029 ミートローフは冷凍だって旨い

 

 ロランがチョコバーを食べ終わり、リビングのカウチに座ると、ニョムもその隣にちょこんと腰を下ろした。

 ふたりが勉強の準備ができたことを確認すると、エリクシルが教鞭をとった。


「次は言語学習の時間だな。エリクシル、始めようか」


 エリクシルは再び女教師風の衣装に変わっていた。

 キャットアイフレームの眼鏡に、前髪を残してポニーテールに束ねた後ろ髪。

 ワイシャツとタイトスカート、そして黒の網タイツにハイヒールで決めている。


「網……」


 ロランはその挑発的な網タイツに目を引かれ、思わず視線をエリクシルの顔に固定したまま動けなくなっていた。


 一方、ニョムは服装が変わったことに気づき、触れようとする。

 しかしホログラムは歪むばかりで、ニョムの手は虚空を掻いた。


{……わたしには触れられないんですよ。触られたことは少し感じるようになりましたが……}


 不思議そうなニョムに、エリクシルは微笑みながら首をかしげる。


「……そういえば前に風も感じると言っていたな。もしかしてエーテル素を感じ取っているのか?」


 ロランが尋ねると、エリクシルは嬉しそうに頷く。


{ズバリその通りです。ニョムさんにもジェムストーンの存在を感じられるのですが、この地に生きとし生けるものにはエーテル素が含まれています。わたしはセンサーを通じてその流れを感じ取れるようですね}


「そうか、……ニョムにも、そりゃそうか」


 ロランはふと自分とニョムの違いに思いを巡らせる。

 異なる存在でありながら、共有するものもあるのだと胸に深く刻む。


 そんなロランに、エリクシルが授業の開始を告げた。


{……さて、動詞の学習も並行していきましょうね}

「特定の動作を見せて『ナニ?』と尋ねるのがいいんだよな」

{そうですね}


 ロランはやる気を見せると、カウチから立ち上がり、そしてまた座る。


「……ニョム、ナニ?」

「■■、■■■、ナニ?」


 ロランは、ニョムに動作がうまく伝わっていないことに気づき、ジェスチャーで一度待ったをかける。

 そして再度立ち上がって「ナニ?」と尋ねた。

 エリクシルも同様に動きを繰り返す。


{ニョムさん、ナニ?}

「"タツ"? "タツ"■■■■■■?」

{タツ! 立つですね}

「おおっ! この調子ならいけそうだ!」


 ロランは手応えを感じ、次に座る動作を見せて尋ねる。


「"スワル"? "スワル"■■」

{スワル! 座るですね}

「これは楽勝か!?」


 ロランの嬉しそうな表情に、ニョムも微笑みを返す。

 ニョムも協力する意欲を見せ、3人の学習は順調に進んでいった。


 そのとき、突然ニョムのお腹が鳴る。

 彼女は恥ずかしそうにお腹を押さえた。


「ははっ、朝飯がシリアルだから腹持ちはよくねえわな。昼飯にしようか」


 ロランは笑いながらニョムに手を差し出し、2人は手を繋いでキッチンへと向かう。


{……上手くいきましたね}


 エリクシルは言語学習を通じて大分打ち解けた様子のふたりを見て、小さく呟いた。


 *    *    *    *


 ロランが冷凍庫からヤム・ヤッピーのコンテナを取り出している間、ニョムはテーブルの周りをぐるぐると駆け回っていた。

 彼はコンテナをテーブルに置き、ニョムに選ばせる。


「ワァ~~、■■■■?」


 ニョムは目を輝かせながら、パッケージに描かれたデミグラスソースたっぷりのミートローフを指さした。


「それにするのか。ちょっと待ってろよ」


 ロランはミートローフのコンテナを調理機に入れ、スイッチを押す。

 しばらくすると、中から立ち昇る湯気とともに良い香りが漂ってきた。


 蓋を外すとミートローフが姿を現し、ロランはそれをプレートに豪快に盛り付け、副菜を添えてテーブルに運んだ。


「オォ~~!」


 ニョムは歓声を上げ、熱い料理をフーフーと冷ましながら、一口を楽しそうに頬張る。

 その顔は笑顔でいっぱいだ。


「■■■■ッ!」

{なるほど、その反応はアツイ、熱い、ですね}

「うんうん、熱いだな」


 エリクシルが微笑むと、ロランも頷いた。


「よくできた先生だなぁ、エリクシルは」

{ふふ……日々学習していますから}


 エリクシルは冗談めかして返すと、ロランも笑顔を浮かべた。


「……そうみたいだな。……さて、食おうか。いただきますだ」


 ロランはフォークとナイフでミートローフを食べ始める。

 ソースで煮込まれた肉にナイフを入れると、中からマグマのように肉汁が溢れソースと合流した。


(どこかの星では河川の合流点を聖地として崇めていると聞いたことがあったな。この旨そうで抗い難い見た目はまさに聖地と呼ぶのも頷けるぜ!)


 ひとり忍び笑うロランであったが、考えていることはもはや意味不明だ。

 ニョムもその大きな塊を器用に一口大に切り分けると、パクンと口に放り込んだ。


「~~~~~~~ッ!!!」


 ひと口食べれば、肉と野菜とソースの旨みが弾ける。

 ヤム・ヤッピーのキャッチコピー、"弾ける旨さ"に偽りはない。


 ニョムは目を真ん丸にして、思わずほっぺを両手で押さえた。

 まるで幸せを噛みしめるように微笑む彼女を見て、ロランもまた穏やかに微笑んだ。


 ミートローフは、挽き肉に刻んだ野菜を混ぜ、四角い耐熱容器でオーブン焼きにした料理だ。

 ヤム・ヤッピーの冷凍ミートローフは、表面をしっかり焼いて香ばしさを出し、トマトの効いたソースで煮込まれている。

 外側はしっかり、中はジューシーな旨みが詰まっていて、濃厚でありながらさっぱりとした味わいが特徴だ。


 ミートローフは、作る人によって様々にアレンジされる。

 中にゆで卵を入れたり、野菜の食感を楽しめるよう粗く刻んだりと、家庭ごとの工夫が光る料理だ。

 どの家でも独自のレシピがあり、代々受け継がれてきた。


 時にはレシピが途絶えることもあるが、それでもミートローフは広く作り続けられ、宇宙でも変わらない家庭料理の一つとなっている。


 ロランは食事をしながら、ニョムの様子をちらりと見た。

 ニョムは美味しそうにミートローフを味わっている。

 自分たちとこの世界の住民とで、味覚の違いがないことにロランは改めてほっとした。


{ふふふっ、いいなぁ……でも、ふたりが楽しんでくれているなら、それで十分です}


 エリクシルは少し羨ましそうにしながらも、優しく微笑みを浮かべた。

 ホログラム越しに見守る彼女の目には、ふたりの笑顔が映っていた。


――――――――――――――

カステラ岩。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073104942570

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