028 コブルの斥候の分析★


ロランは残りのコブルを処理し、"斥候"の短剣を回収して船へ戻る。戻る途中、短剣を手に取り、金属製であることに気づく。


「これは……鉄製か? エリクシル、これも調べてくれ」

{了解です、ロラン・ローグ。ジェムストーンも合わせて解析しますね}


 船に到着すると、エリクシルとニョムが出迎える。


{おかえりなさい、ロラン・ローグ}

「■■■■■■?■■■■■!」

「ただいま。ほら、これ、見てくれ」


 ロランは"斥候"の短剣とジェムストーンをラボに運び、解析台に置く。


{さぁ、調べましょうか}


 エリクシルはいつのまにか白のラボコートに黒ぶちの眼鏡、厚手の薄いワインレッドのカラータイツに黒のパンプスを履いている。

 胸ポケットにはペンが差し込まれているが、ホログラムの限界なのか、そのサイズのせいでペンが曲がって見える。

 そしていかにもな研究者のような出で立ちで、眼鏡をくいっとして仰々しく報告を始めた。


{このジェムストーンは一回り大きく、エーテル濃度も通常より高いですね。それに、内部に銀色の針状の異物があります。これは他のものには見られない特徴です}

「針か……。なんだか特別な感じがするが、何が隠されているんだ?」


 ロランはジェムストーンを透かして見た。

 淡い琥珀色の光が彼の指先を温かく染めるように見える。

 

「"斥候"の魔石が綺麗なのとエーテル濃度は関係あるのか?」

{その可能性も考えています。さらなる調査にはサンプルがもっと必要ですが……}

「うーん、エーテル濃度が濃いと透けて見える……。イメージとしては逆なんだけどなあ。もしジェムストーンが入れ物みたいなら、エーテルが濃い方が濁りそうな気がするけどよ。俺のはできたばかりかもしれないのになんで透明なんだろう……」

{あなたの場合は理外の理かと。同じ境遇の方がいないと比較できないでしょうね}


「俺のは特別すぎるのか。ニョムのを調べさせてもらうのも気が引けるしなあ……。やっぱり他の個体か……。……あぁ、中身の話だったな。脱線させちまった」

{はい、"斥候"のジェムストーンに針のような内包物がある件です}

「内包物ってなんだ?」

{はい、内包物とは宝石や石英などの結晶構造物の中に含まれた不純物や異物のことを指します。宝石商界隈ではインクルージョンとも呼ぶようです。そしてジェムストーンの構造は、現時点では詳細な解析ができずエーテル素の集合体、塊のようなものだと認識していましたが、この異物の存在から結晶構造である可能性が出てきました}


「結晶構造……。詳細な解析ができないってのはこの分析台の性能が不十分だってことか?」

{はい、小型貨物船舶シャトルカーゴですから、調査船とは解析設備の質に雲泥の差があります。現状の設備ではこれ以上の解析は困難です}

「それと、確か俺のは形が石英に似てると言っていたし、宝石みたいだからジェムストーンて呼称するようにしたと思うんだけどよ。ジェムストーンは結晶だったのか?」

{繰り返しにはなりますがジェムストーンは結晶構造である可能性が出てきました。比較のための更なるサンプルがあればより仮説も立て易くなりますが……}


 エリクシルは眉を寄せ、手のひらにジェムストーンのホログラムを投影した。

 琥珀色の輝きの中で、銀色の針が僅かにきらめいている。


「ふぅ、結局サンプルかあ。ジェムストーンは謎だらけだな」


 ロランがため息をつくと、ニョムがラボに入ってきてジェムストーンを見つけると目を輝かせ、指さして叫んだ。


「オーー! マセキ! マセキ!」

{彼女はこれを"マセキ"と呼んでいるようです。もしかすると、彼女の文化圏で特別なものなのかもしれません}


 ロランはニョムがジェムストーンに見入っている姿を見て微笑んだ。


「お前、これが好きなのか? 大事なものなのかな……」


 彼は手のひらに残ったジェムストーンをニョムに見せる。

 ニョムはその石を慎重に受け取り、手の中でそっと握りしめた。


「マセキ……それがこの石の名前か?」


 ロランがつぶやくと、ニョムは真剣な表情で頷く。

 彼女にとってこの石が何か特別な意味を持っていることを、ロランは感じ取った。


 しかしこちらの翻訳力の低さも否めないが、このマセキが価値のあるものだということ以上のことはわからなかった。


「まぁ子供だしな……」

{そうですよね}

「そうだ、短剣はどうだ?」


 エリクシルの解析が続く中、ロランは短剣の分析に目を向けた。


{鉄製でした。コブルに精錬技術は見当たりませんでしたから、外部から手に入れたものでしょうね}

「盗んだか、拾ったかってことか……あるいは、どこかに仲間がいるかもしれないな」


 ロランは短剣を握り、冷たい金属の感触に思わず眉をひそめた。

 戦闘中の"斥候"の動きを思い出し、その不自然さに再び疑問を抱く。


「それにしても、あの"斥候"は俺を見つける能力は高かったが、戦い方は素人だった。妙にアンバランスなんだよな」 {感知能力とエーテル濃度の関連性は疑いようがありませんが、その戦闘スタイルには確かに矛盾が感じられます}


 ロランはエリクシルの言葉に頷くと、戦闘中の"斥候"の動きをもう一度頭の中で再生した。


「普通、あれだけ感知能力があるなら、もっと上手く立ち回れそうなもんだが……。やっぱり何かが噛み合っていないんだ」


 彼の言葉にエリクシルも一瞬考え込む様子を見せる。


{感知能力が生まれつきではなく、何か後天的に得たものであるなら、その不自然さも説明がつくかもしれません。例えば……突然手に入れた力に振り回されているのかもしれませんね} 「それだと納得がいくな。よし、次の機会があれば、もっと詳しく調べるさ」


 ふたりの会話が終わると、ニョムはカウチで寝転びながらも、手に握りしめた小さなジェムストーンを大切そうに見つめていた。


「ははは、犬っころには退屈だったよな。俺も飯にするか!」


 ロランはニョムの様子に苦笑しながら、簡単な朝食の準備に取りかかった。

 チョコ味のシリアルをボウルに注ぎ、ニョムの前に差し出す。


「ほら、食べな」


 ニョムは嬉しそうにボウルを抱え、ロランも隣でチョコバーをかじる

 ふと、ニョムがロランの手に握られたチョコバーを見つめていた。


「これが気に入ったのか? ほら……」


 ロランはチョコバーを半分に割ってニョムに手渡した。

 彼女は目を輝かせながら口に運ぶ。


「ワウーーーー、ロラン、■■■■■!」

「うんうん、わかるわかる。チョコはうまいよな」


 ロランが微笑むと、ニョムもつられて満面の笑みを見せた。

 ふたりの笑顔を見守りながら、エリクシルがそっと微笑む。


{ロラン・ローグ、彼女との距離が縮まってきましたね}

「そうだな。エリクシル、次の言語学習の時間も頼むよ」


 エリクシルが教鞭をとり、ロランとニョムが勉強に向き合う。彼らは少しずつ、新たな日常を築いていた。


―――――――――――――

"斥候"のイラスト。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330665710162577

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