025 冷凍ラザニアが旨い


「ふふ、チョコバーしか食べてないもんな、一度夕飯にするか」


 ロランはさっそく夕食の準備に取り掛かる。


 キッチンへと向かうと、フリーザーから取り出したるは、ヤム・ヤッピーの冷凍ラザニアとトローリチーズ、ベジ理研の人工野菜のベジタブルミックスだ。

 厚さ3センチの四角と丸のコンテナを調理機に入れ、自動モードでスイッチを押す。

 調理機が加水過熱し、コンテナがみるみる内に厚みを増す。


 隣に置かれたチーズのパックを見つめるロランは、ふとため息をついた。


「このチーズも、宇宙じゃ贅沢品なんだよな……」


 宇宙生活において、生鮮食品は非常に貴重だ。

 特にチーズのような発酵食品は、惑星やHUBの高級レストランでしかお目にかかれない。

 チーズは輸送が難しく、保存も手間がかかるため、宇宙で手に入れるのは金が必要だ。


 ロランが手にしているのは「トローリチーズ」という冷凍保存された代用品だが、それでも贅沢な一品だ。

 彼は調理機からラザニアを取り出し、出来上がったラザニアにたっぷりとこのチーズをかける。


 少女はラザニアの香ばしい匂いに鼻をヒクヒクさせ、チーズがとろける様子を目を輝かせて見つめていた。


「チーズ、わかるのか? ……熱いから気をつけろよ」

「■■■■! ■■■■!」


 少女は嬉しそうにラザニアを頬張り、口の中で味を確かめるように静かに噛む。

 その表情はまるで初めての体験に心を奪われているようだった。


 ロランは彼女の反応を見てほっとし、笑みを浮かべた。


「食べ物の好みはそんなに違わないのかもな……。まあ、これなら俺たちと一緒に食べていけそうだ」


 そんな微笑ましい光景を眺めながら、ロランも一緒に味わう。

 トマトの爽やかさ、ベシャメルソースと肉の旨み、チーズと炒められたタマネギのコク、そのほかの野菜の甘み、その全てが混然一体として調和をなしている。

 食べ慣れた味ではあったが、とても旨く感じる。

 誰かと食事をとる楽しみは久しく忘れていた。


 少女が嬉しそうに夢中なって食べるのを見て、ロランの頬に涙が伝う。


{ロラン・ローグ、大丈夫ですか?}

「大丈夫だ。……昔は、こんな風に誰かと食卓を囲むのが当たり前だったんだよな」


 エリクシルは気を使ってそれ以上は尋ねない。

 ロランが食事を止め感傷に浸っていると、少女はロランのプレートとロランを交互に指さし何かを言う。


「■■■■■? ■■■■■■■?」


 ロランは少女の言わんとすることを察した。


「いや、残さない。これは俺が食べる」


 ロランが食事を再開すると、少女はとても残念そうに口を尖らせた。


「食い意地の張ったやつだな」

{それだけ空腹なのでしょう。早くも体調が戻ってきたようで良かったですね} 

「確かに、こんだけ食えれば心配ないな」


 少女はプレートを舐めて完食している有様だ。


「文化レベルによっちゃぁ、この皿の素材も存在しないもんばかりだよな……。この船自体がそうなんだろうけどよ」


 ロランは少女を助けたことを後悔していないが、文化レベルが明らかに異なるこの船に保護したことが本当に正しかったのか考えた。


{そうですね、通常であれば未開惑星保護条約に抵触していますね}

「この地を出られるんなら未開惑星保護条約違反で監禁されたって構わないぜ!」


 食事を終えた後はまた言語学習の時間がやってきた。

 満足したあとだからか、少女は集中して取り組んでくれた。

 エリクシルが記録した単語の数も順調に増えていく。


「もうこんな時間か。寝るには少し早いけど、そろそろ寝るか。犬っころにベッドを貸してやろう」


 ロランはふぅと息を吐くと、少女に手招きしクリーンルームのバスルームへと向かう。

 洗面所の収納棚を開くと、大量の生活雑貨が目に入った。

 ロランはこう見えて無駄に買い貯める性質たちだ。


 ロランが少女用のハブラシを手に取ると封を切って手渡した。

 そして歯磨き粉チューブをネリネリと"ハブラシ"につけて歯を磨く様子を少女に見せる。

 少女は意図が分かったようで、真似て歯を磨き始めるが、歯ブラシの味に少し驚いている様子だった。

 少女が口を歪めると、口の中に短いがしっかりと尖った歯が見えた。

 ロランはそんな少女の短くも鋭利な歯を、見た目にそぐわず凶悪だなと思った。


「……生活様式はそんなにかわらねえんだな、歯磨きもできるし」

{そのようですね}


 エリクシルはふたりを見ながら頷く。

 歯を磨き終えると、ロランはキッチンのウォーターサーバーから浄水を取り、少女を連れて自室へと向かった。

 トコトコとついて来た少女に、ロランはベッドを勧める。


「■■■■■? ■■■■■■■■?」


 少女はベッドに飛び乗るとふわふわなベッドが沈むと、目を輝かせてフカフカを堪能し始めた。


{ロラン・ローグ、洋服の加工が済みました}


 エリクシルが少女の服の完了を報せる。


「おお、ちょうどいいな」


 ロランは研究ラボに向か、い作業台から完成した衣服を回収して自室へ戻った。

 寝転んでいる少女に服を広げて見せる。


 少女に似合うように大きめな茶色いステッチが施されたデニム生地のオーバーオールと白い半そでTシャツ。

 それらが少女のサイズに合わせて見事に作り替えられている。

 少女は喜んでベッドから飛び起き、その場でバスローブを脱ぐとすぐさま着替え始めた。


「おいおい、少しは恥じらいってもんを……ってまだ小さいもんなあ」


 ロランの胸に、ふと懐かしい記憶が蘇る。

 幼い頃の妹、アニエスの姿が浮かんできた。

 年が離れていた彼女を、ロランはまるで守るように、いや、実際に守ってきたのだ。

 彼の目の前で、無邪気に笑い、はしゃぎ回っていたあの小さな存在。


「……本当、昔に戻ったみたいだな」


 アニエスが小さな手を伸ばし、服を着替えるたびに「兄ちゃん、手伝って」と頼ってきたあの日々。

 温かいお湯に浸かりながら、無邪気に笑う妹の笑顔。

 小さな手を握って、髪を洗ってあげたあの感触。

 湯気が漂う風呂場の中、アニエスの笑い声が弾けたあの時間は、今でも彼の心に鮮明に残っている。


「……良く似合ってるじゃねえか」


 ロランが少女にサムズアップして笑顔を見せる。

 少女はなんとなく嬉しくなり、くるりと回るとそのままベッドに倒れこんだ。


「■■■■……ふかふか!」


 彼女の目が輝き、ベッドの上で嬉しそうに跳ね回る。


「すっかり気に入ったみたいだな……でも、文化の違いってやつだろうな」

{わたしたちにとっては当たり前でも、彼女にとっては未知の世界でしょうね}


 ロランが電気を暗くすると、少女はふわふわのクッションに頬を押し当ててる。


「おやすみ。明日もやることがたくさんあるぞ」

{おやすみなさい}

「■■■■……」


 少女が何かをいうと、目を擦りながらベッドに横になる。


「おやすみ」 


 ロランは少女がおやすみと言ってくれた気がして、もういちど返事をすると自室を離れリビングのカウチに横たわった。


{ロラン・ローグ、話があります……}


 エリクシルは真剣な面持ちでそばに腰掛けた。


「お、おぉ……珍しいな。なんだ?」


――――――――――

人工野菜にまつわる話について

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330666179504026

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