最初にすること?

008 解体ってまじかよ★

 

ロランは死体に近づき、端末をかざした。


 ピピピ、ピ、ピ、ピー――短い電子音がスキャンの終了を告げる。


{対象の死亡を確認。見た目の一部やDNAから、コブル族の特徴を確認できますが……}


「コブル族……あの小さなメカニックか!」


 ロランはふとHUBで見た忙しげに動き回る小柄な異種族たちを思い出し、エリクシルの言葉を遮った。彼らの特徴的な黄色い大きな目、黒く横長の瞳――あの印象的な姿が脳裏に蘇る。


{……ですが、これはコブル族の亜種、もしくは近位種と考えられます}

「近位種か……確かに似ていない部分も多い。こいつが近位種だという理由は?」


 ロランの問いに、エリクシルは冷静に続ける。


{胸部に本来存在しないはずの熱量反応があることです。食性によっては体内にある種の成分を蓄積させ、結石のようなものを生成する生物が存在しますが、コブル族には当てはまりません。そういった理由から近位種と分類しているのですが……」

「待て、簡単に説明してくれ……。結石じゃないとして、それはなんなんだ?」


 専門的すぎる話にロランは頭を抱える。


「大気の不明成分と類似しているのです。それだけでも詳しく調べる価値があるかと。ご興味がおありなら、内臓を分析して食性なども調べられますが……。わたしとしても、胸部の熱量反応について優先して分析をしたいのです。胸部の確認をお願いできませんか?}

「ちょっとまて……コブル族が近位種だとして、その胸の異物の特定のためにコイツの胸を切り開けって言ってるんだよな?」


 エリクシルから与えられた情報過多にただでさえ悩ましいのに、あまつさえ解剖の指示と来た。

 ジョークにしては質が悪い。


{はい、おっしゃるとおりです。それに加えて首の耳をヒト族のものだと仰いましたね。できればそちらも精査したいので回収をお願いしたいと考えていました}


 ロランはコブル族の首飾りを手に取りながら、その重さに顔をしかめる。

 首飾りを断ち切り、耳と共にポケットにしまうとき、彼の心には葛藤があった。


「これは百歩譲っていいとしよう。だけどよ、解体しろってのは抵抗があるぜ。近位種だっつってもコブル族なんだろ? 同胞みてえなもんじゃねえか。……殺されかけたけど……」


 襲われたことを思い返し、ロランは複雑な心境を抱く。


{はい、ですがこの熱量反応……つまりエネルギーの塊と思われるものを入手できれば、リファイナリーを通じて燃料や動力に転換できるのではないかと考えています。このコブルの詳細についてもラボで分析をすることで理解が進むでしょう。分析を急ぐ個人的な理由もないとは言いませんが……}

「船の燃料になる可能性があるなら……やるしかないか……。でもちょっと待ってくれ、心の準備がいる……」

{平常時であればシャワーでのリフレッシュを推奨するところですが、さすがに…………}


 エリクシルが改めて返り血を浴びたロランと凄惨な現場を見渡して言い淀む。

 ロランはエリクシルの視線を感じ、血まみれになった自分に気が付き、苦い顔をした。


「あぁ、たしかにこれは……な。それに調べるって……取り出すってことだよなぁ……うっへえ。……確かに解体するなら今しかねえ、どうせもう血塗れなんだ。シャワーを浴びたあとには絶対にやらねえ。食性については興味がねえよ。胸の異物だけで勘弁してくれ……」


 ロランの顔は引きつっている。

 エリクシルの顔にはワクワクとした表情が伺える。

 念のために言っておくが、異物が気になるのだ。


「……うううぅぅ」


 そういうとロランはコブル族の足を掴んで船から離れたところに置くと、船から大きな工具箱を持って戻る。

 工具箱から床にガシャっと置いてバックルを開けると、工業用の大きなカッターを取り出した。


「やる……やるのか……これを……」


 ロランはしばらく躊躇していたが、覚悟を決めて大きなカッターを手に取り、死体に向き直った。


「……ふん!」


 ロランのカッターが胸骨に深々と入り、骨と肉を断つ音が響く。

 中からは緑色の血が溢れ、鼻をつく異臭が漂い始めた。


{異物は心臓付近です。もう少し横です}


 エリクシルの指示に従い、ロランは内臓を調べていくと、小さな石のような物を見つけた。


「…………あった、これか!?」

{その通りです。高密度の熱量を検知しています。これで、燃料抽出の手掛かりが得られるかもしれません}

「ただの石ころに見えるが……」


 ロランは緑の血を拭い、小石を日光にかざして観察した。

 黒く濁った部分がありながら、一部は琥珀色に輝いていた。


{これならリファイナリーで成分を抽出できるかもしれません。念のため残りの2体からも回収して下さい。それと生体サンプルとしてコブル族の体の一部があれば……耳でも良いですよ}


 エリクシルがロランにそっと耳打ちする。

 この要求にロランは顔をしかめた。


「これを、あと、2回!? それに、耳も、やれってか!?」


 ロランは言葉を区切って、嫌悪感を隠そうとしない。

 エリクシルは、ちょっとした不満を顔に表わし、ほっぺたを膨らませる。


{解体作業がとても手際よくおキレイでした。経験がおありでしたか?}


 内心"ここまでやったんだから最後までやれよ"とでも言いたいのだろう。

 エリクシルは姿勢を正すと、渾身の笑顔でお辞儀をし、おべっかを使ってロランのやる気を引き出そうと試みる。


(クゥッ! 可愛すぎるぜ……)


「……人型は初めてだ」


 ロランは内心でエリクシルの可愛らしさに心を奪われつつ、最後の抗いを口にする。

 エリクシルは全く動じず、天使のような笑顔で静かに見守っている。

 その姿からは"このまま何もしなければ日が暮れるまでそうしているからな"という圧力を感じさせた。


「選択肢はないってわけか……」


 ロランは諦め、カッターを再び手にして、残りの2体に向かった。


 *    *    *    *


「や、やっと終わった……」

{お見事です、ロラン・ローグ}


 ロランが三つの小石を集め、最後の一体から耳を切り取った後、遺体を近くの窪地くぼちに運び出す。

 そこで彼は腰のポーチから厚手の小瓶と電子ライターを取り出し、小瓶の中身を遺体に撒き、ライターで火をつけた。


 火は勢いよく燃え上がるが、煙はほとんど立たない。

 着火剤の効果で燃焼温度が高まり、煙が抑えられているのだ。


「く……っせえっ!」


 燃える遺体から立ち込める悪臭に、ロランは顔をしかめ、服の袖で鼻を押さえつつ火を確認する。


{死体に何が寄ってくるかわかりません。衛生的で良い判断です}


 エリクシルは、その行動を賢明だと評価する。


「よっし、これでひと段落だな」


 ロランは火が問題なく燃え続けるのを確認すると、地面に落ちていたショットガンベルバリン 888を拾い上げ、汚れを払い落とす。

 バックパックにショットガンを戻し、腰に手を当てて天を仰いだ。


「太陽が……でかいな」


 ロランは太陽の巨大さに気づき、指をさす。

 彼の頭上に、星系最大級の恒星がその威容を見せつけていた。


{ええ、間違いなくこの星系最大級の恒星です}


 ロランは深く息をつき、船内へと戻る。

 ハッチのスイッチを押し、タラップを昇って武器ラックにショットガンベルバリン 888とスタンガンを収めると、クリーンルームの向かいにある簡易ラボへと向かった。


{先ほど採集したものを分析台に置いてください}


 ロランは言われるがまま、首飾りに吊るされた耳と、3つの小石、そしてコブル族の耳を分析台に置く。

 天井から伸びたアームがレーザーを照射し、次々とそれらをスキャンしていった。


{まずは首飾りの耳ですが、紛れもなくヒト族のものです。状態から、少なくとも数か月以内に切り取られたものだと推測されます}

「人がいるってことだな! 文明がある!」


 ロランは喜びのガッツポーズを取る。エリクシルは微笑みながらそれを見守った。


{次に、先住民の耳ですが……コブル族の近位種と思われますが、DNAに変化があります。これは、コブル族の子孫である可能性が高いです}

「コブル族の子孫……」


 ロランはその事実を噛み締めながら、思索に耽った。


――――――――――――――――

チョコバーを出してる会社の企業ロゴ。

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