1章 未開惑星探索編
002 不時着★
光がある。
とても大きな光が流れている。
一滴の光が、やがて光が光を呼んで大きくなる。
そして光の道は
その
光の
さながら星のように、爆発し、生まれ、また爆発し、息絶える。
そこかしこが煌びやかに、夜の星のように光が明滅する。
小さな光が二人を誘う、光の奔流へ。
片方が、もう片方の手を握ると何かを呟く。しかし聞き取れない。
片方が手に指を絡ませると、身体を抱き寄せる。
ああ、とても暖かな光を感じる。
母の無償の愛、父の護る愛。そして秘めたる想いを。
幾千の時が流れ、奔流と共に
誰かが見せる。
走馬灯のように、世界の成り立ちを。
爆発し、生まれ、発展し、争い、死に絶える。
多くの無念が、遺恨が、幸せが、その想いが
誰かの記憶を見た気がする。
誰かが笑った気がする。
誰かを好きになった気がする。
誰かが怒った気がする。
誰かを嫌いになった気がする。
誰かが悲しんだ気がする。
誰かを失った気がする。
誰かを恨んだ気がする。
誰かが離れていった気がする。
誰かをこの手で殺めた気がする。
誰かがこの手を握ってくれた気がする。
誰かが生まれた気がする。
誰かと喜んだ気がする。
光の奔流が教えてくれる。
おぼろげに、見た、聞いた、感じた。
そして離れていく。
落ちていく。
波が優しく運ぶように。
ふわふわと。
軽く押し出す。
光が顔を覗き込む。
それは人差し指を口の前に立てているように見える。
* * * *
「……」
「…………うっ……」
「……うぅ…………」
ロランが意識を取り戻すが視界はまだ霞む。
「……なにが…起こったんだ……?」
「……宙賊に襲われて……船が…………」
ロランは直前にあったことを思い出すように呟いた。
「……そうだ、エリクシル……エリクシル!?」
{ …………… }
エリクシルの反応はない。
船内は薄暗く、コクピットから入る光を頼りにロランは体を起こした。
「痛っ……」
ロランは頭に触れると、コブがある。
「……いてーーー!」
それはヌルッとし、思わず触れた手を見てロランは叫んだ。
「……血っーー!?」
自分の右手にべったりとついた血を見てもう一度叫ぶ。
「なんでっ」
ロランの霞む視界もやや開けてきた。
周囲を見渡すと倒れていた床の壁側に、自身から流れ出たと思われる血痕を見つけた。
「ぶつけたってことかよ……」
ロランは壁に手をつき立ち上がると、身体に触れて他にケガはないかを確認した。
「頭以外は……大丈夫か……おっと……」
ロランがゆっくりと歩き始めると、足元がふらついた。
壁に手をついてしのぐと、光に向かって進む。
光は船の窓から差し込んでおり、窓から覗くと緑豊かな景色が広がっていた。
「緑、植物……森か?」
ロランは目の前の光景が信じられず自分のほっぺたをつねった。
周囲は様々な植物で溢れ、遠くの山々や空を飛ぶ鳥も見える。
「重力波に巻き込まれて消滅したんじゃねぇのか? なんで森に不時着した…?」
ロランは困惑し、コックピットへ戻る。
機器のボタンを押してみるが、無反応。
腕輪型端末にも反応が見られない。
ロランは立ち止まり、考える。
「動力が落ちてる……」
ロランは急ぎエンジン部へと降り、警告色のカバーを開けてスイッチを操作すると……。
フオオォォォーーーーーォォン……ピーーーピピピ……
様々な機械の起動音と共に、船内に光が戻った。
「復旧した!」
ロランはガッツポーズをして喜ぶ。
「エリクシル、応答しろ」
{ ………… }
「あれ?」
{ ……ロラン・ローグ、何があったのですか? }
しばし反応がないため、もう一度繰り返す、とようやくエリクシルの返答があった。
しかしホログラムは見えない。
ロランは不時着したことと、外が森であることをエリクシルに説明し、情報収集を依頼した。自身は頭を強かに打ち付けた後頭部の血を流すべく、シャワーを浴びに行くことを伝えた。
{ ロラン・ローグ、怪我をされたのですか!? }
「……? あぁ、頭を少しぶつけたが問題ない」
ロランはエリクシルの心配する声に一瞬疑問を感じたものの、すぐにそれを気にすることなく返答した。服を脱ぎ、腕輪型端末を取り外した後、ロランはバスルームへ入った。
壁に嵌め込まれたスイッチを押すと、シャワーノズルから細かい霧状の水が吹き出し始める。頭から流れる血が混じった水は徐々に色を薄めながら排水溝に消えていった。
{ 傷を確認します }
「おわっ!?」
シャワーを浴びるロランの横にホログラムが現れる。
エリクシルは直立不動で、口だけを動かしている。
その予想外の出来事にロランは驚き、たじろいだ。
そして慌てて股間を隠し、水滴が飛散した。
{ 傷は……軽傷ですね。安心しました }
エリクシルはロランの傷を確認し、安堵の表情を浮かべている。
「シャワー中に入ってくるな! ……いや、まてまて、ここにはホログラムの投影装置はないはずだ。どうなっている!?……それにお前にそんな……気遣うようなが機能あったか?……」
ロランは語気を荒げエリクシルに問う。
{ はい、いいえ、本来はここに投影装置はありません。腕輪型端末からも離れていますが、見ての通りホログラムを映し出すことができています。機能の有無については詳細はわかりませんが、とにかく心配しました }
エリクシルはロランの眼前に近づくと、顔がアップになり、左目の下の識別バーコードが目に付く。
その表情は少し不思議そうで、しかし同時に憂いを含んでいる。
その生きた表情にロランは思わず見惚れる。
「……いいから、とりあえずシャワー室から出てくれ!」
我に返ったロランが状況を思い出し、突然の羞恥心に襲われた結果、強い口調で言い放ってしまう。
エリクシルの人間らしい振る舞いとその複雑な状況には自分でも驚かずにはいられない。動揺を隠しつつなんとか退出するよう促すので精一杯だった。
エリクシルが{ 退出します }と言ってホログラムが消えた後、ロランは自問自答する。
「一体どうしたっていうんだ、ホログラムだぞ……。表情まであった……」
ロランは心拍数が高まっていることに気付いた。
その理由がプライバシーの侵害、エリクシルのAIらしからぬ行動、あるいはホログラムの表情に心を動かされたからか、明確には理解できないまま混乱していた。
水の滴る音に集中し、心を落ち着かせようとするロラン。
鼓動が少しずつ平静を取り戻すのを感じながら、シャワーを終える準備をする。壁のスイッチを押して強力なエアジェットを起動し水滴を払い落とす。
傍の棚から下着とジャンプスーツを手に取り着替える間、エリクシルの{ 心配しました }という言葉と声と憂いの表情が、何度も何度も繰り返し再生される。
ロランはコクピットへ向かいながら、気を紛らわせようとチョコバーを手に取る。
封を切りながら、チョコバーを口に放り込もうと目線をあげると、信じられない光景が目に入ったのだ。
目の前でエリクシルが軽く会釈している。ホログラムでありながら随所に動きがみられているのだ。
エリクシルのタイトな航宙軍士官服のジャケットと膝上までのタイトなスカートは
それらは発色良く光沢を帯び、艶々しく伸縮し、スカートがさらりと揺れる。
青みがかった斜め分けの前髪と、ミディアムに整えられた髪が自然に動くさまは、生き生きとして見え、まるで実体を持っているかのようだ。これまでほとんど気に留めていなかった彼女の外見が、突如として魅力的に映る。
今にも口の中に放り込まれそうだったチョコバーが、指の間をすり抜け床に落ちる。
チョコバーは低反発性クッションタイルの床の反発力を受け、弾み、音もなく明後日の方角へ飛んで行った。
眼前にはエリクシルが
「エリクシル、お前、それ……」
惚けにも見える、呆気にとられたロランがようやく口を開いた。
{ わたし……動けるんですね }
エリクシルが自らの体を確認するように動くと随所が揺れる。航宙軍士官服の袖が、髪が、また、どことは言わないが。
―――――――――――――――
エリクシルのラフスケッチ。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330666403281894
エリクシルの名称について。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023211925289659
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