ヴォイドアウト SF民が異世界攻略

ぽんにゃっぷ

001 プロローグ★


 ジジッ、ジーージジッ、ポーーーン

 短いノイズの後に小気味よい音が鳴り、アナウンスが再生される。


{おはようございます。ロラン・ローグ、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月4日の6時です。睡眠時間は7時間となり……}


「くぁ~~~、眠いなぁ」


 ロランはあくびをしながら自室を出て、医療ベイのクリーンルームへ向かった。

 洗面所で寝ぼけた顔を冷水で洗い、前髪をかき上げながらもみあげの感触を確かめる。

 左耳の後ろに軽い痛みが走り、チップ埋設手術の痕を思い出す。

 

「そうだ、エリクシル。手術どうなった?」


 ピッタリとした制服姿のホログラムがノイズ交じりにロランの隣に現れる。

 エリクシルと呼ばれたそれは、無感情に応答した。


{……エリクシル第6世代のナノデバイス埋設手術は成功しました。手術は1時間で終了し、その後の副反応、バイタルに異常は――}


 エリクシル第6世代は、ロランの宇宙船に搭載された人工知能で、ホログラム付きのAIアシスタントだ。

 埋め込まれたチップと端末を通じて様々なサポートを提供している。

 ホログラムは船内の投影装置や、ロランが着けている腕輪型端末から映し出される。


{――インストールとリンク完了にはあと30分要します }

「30分後にリンクテストを行う。リマインドを頼む。それと航行ログを確認したい」

{……承知しました。航行ログ、当船イグリースはアイルート星系、惑星イナンを出発してから18時間の亜空間航行中になります。11時4分頃、救難信号を検知しましたが、救難要請応答はオフのため通知しませんでした。貨物運搬目的地の惑星イタマまで、……約12時間要します}


 ロランが洗顔を終えるとエリクシルに目をやった。


「ふんふん、ログ報告も正常に動作しているな。……おっ? 航宙軍士官服? デザインいいよなあ」


 エリクシルの士官服は、地球太陽系の航宙軍で使われている真っ白な制服だ。

 ロランがその姿を褒めてホログラムの肩に触れると、手はすり抜け、ホログラムがわずかに歪むだけだった。エリクシルは当然、無反応だ。


「アクセスも問題ないってことは、エリクシルのOSオペレーティングシステム移行は成功したんだな。……全く宇宙アメーバなんか見落とすから痛い出費になるんだ。今度はそうならないようにしてくれよな。おかげで保険料が上がっちまったんだぜ」 


 ロランは不機嫌そうに返事をして、椅子に勢いよく腰を下ろした。

 目の前の容器を指で軽く突くと、中で光る謎の液体が揺れた。


{ロラン・ローグ、宇宙アメーバ対策は宙業務に携わる上で基本中の基本です。宜しければ、「初めて学ぶ宇宙学:著ヨクセ」より対策方法をインストールしますか?}

「……何回も聞いたぜそれは、それにもうインストールしてある。そんなことよりもっと気の利いた冗談の一つでも言えれば良いんだけどよ」


 ロランはフォロンティア・ミルズ製FNFC栄養機能食品チョコバーを最後の一口まで頬張ると、気だるげに口を開いた。

 そして少し呆れ顔で、冷めかけた黒い液体をカップから一口すすった。


{承知しました。本日の天気は晴れのち雨になります。所によって宇宙濃霧が発生します}


 エリクシルは先ほどと変わらず、無感情に返事をした。


「ククっ、で、このあと流星雨でも降るってわけか?」


 ロランは予想外の返事に思わず口角を挙げた。


{流星雨の予報はありません}


 エリクシルは即答する。


「んなもん分かってるわ、やっぱりOSと記憶情報の移行は失敗だ。学習し直す必要があるな」


 ロランは、ため息をつきながら左腕の腕輪型端末を指で弾く。


「今回の依頼で、この前の稼ぎを取り戻す。それには宙賊のいる航路もあえて選ばなきゃならねえ。ハイリスクハイリターンってやつだ」


 ロランはコーヒーを飲み干すと、左手を強く握り、開いた。

 その瞬間、腕輪型端末からホログラムインターフェースが浮かび上がる。

 彼は左手を軽やかに頭上で回転させ、広域レーダーを展開するためのハンドサインを送った。


{危険区域での広域レーダーは、敵性勢力に居場所を知らせることになります}

「分かっている。ヴォイド星系の環状ベルト地帯を検知するまでだ。そのあとはステルスフィールドを展開して通過する」

{……推奨しかねます。第2等級小型貨物船舶イグリースのステルスフィールド性能では、フリゲート戦艦を所有する宙賊に看破される可能性が高いです}

「だと思うだろ? HUBで航路図を買ったんだ。200万クレジットでな。これを航路図に」 

 ※HUB=一般的に宇宙港を指すが、酒場の意味も持つ


 ロランは胸元からチップを取り出すと腕輪型端末にかざす。端末から青白いレーザーが射出されチップを包み込んだ。


{……現在の航路図に転送します。……完了しました}


「見ろ、環状ベルト地帯から迂回路がある。そこを通れば安全だと」


 ロランはホログラムインターフェイスに表示された航路図の赤い点滅部分を指し示す。


{……非正規の航路図は、宙賊が撒き餌として売りつける事例があります。販売者の身元を確認されましたか?}


 エリクシルは無感情のまま応答する。


「船主は俺だ、言うことが聞けないのか?」


 ロランは苛立ちながら返事をし、昨夜のことを思い出した。


 宇宙港のネオンが輝く酒場で強い酒を飲んでいた時、痩せた男が近づいてきた。

 彼はロランに酒を奢り、星系間輸送業での成功を褒めながら会話を弾ませた。

 酔いが回り、ロランが失敗談を話すと、男は宙賊のいない航路図を勧めてきたのだ。


「うぅーーん……あの時は大分酔っていたな。思い返すと怪しい男だったよな。……いやでも俺はこれに賭けたんだ」


 一晩眠り冷静になったロランは、「あれは詐欺だったのでは?」と疑い始めた。

 薄笑いを浮かべた男の顔が脳裏に浮かび、その表情がますます腹立たしく感じる。

 彼はそのイメージを振り払おうと、頭を振った。


「そうだ。エリクシル、環状ベルトまで後どれくらいだ?」

{……約30分です。広域レーダーの射程まであと10分です}


 *    *    *    *


{広域レーダーの射程内に環状ベルト地帯が入りました。迂回路方向に重力波を検知。迂回路を修正しますか?}

「ベルト地帯からあまり離れすぎないように修正をしてくれ」


ロランは鼻歌交じりに無声通信で応答し、リクライニングを倒してリラックスする。


{承知しました。航路図を修正します。迂回後、10時間で惑星イタマに到着予定です}


新しい航路が画面に表示され、航行のマイルストーンも更新される。


「10時間、余裕だな」


 ロランはヘッドセットをかけ、お気に入りのシンセウェイヴを再生した。

 ため息をつきながら白色矮星わいせいを眺めていたその瞬間、アラームが鳴り響いた。


 ビーーーーーッ!

 プププ、ビーーーーーッ!

 プププ、ビーーーーーッ!

 プププ


  この警報音が鳴り響くと同時に、船の主席前に現れたホログラムが赤く点滅し始める。

 ホログラムが拡大され、航路図のレーダー上に一つの赤い点が映し出された。


「なんだっ!?」

{広域レーダーに敵性勢力のシグナルを確認。……判別、宙賊『ブラッド・ロンド』です}


 ロランがリクライニングから飛び起きると、無感情なエリクシルの音声が端末から発せられる。


「悪名高ぇやつらじゃねぇか! うっそだろ……。っつーかベルトはまだのはずっ!?」


 焦りに頭を抱えるロランは、突然ハッとしてエリクシルの言葉を思い出す。


「っ! 待ち伏せか……」


 その瞬間、彼の脳内には、以前に出会った柔和な笑みを浮かべる痩せた男の顔が浮かび上がる。


「あ・の・やろおお~~~~~っ!」

{非正規の航路図を信用するべきではありませんでした}


 頭を掻きむしるロランに、エリクシルが追い打ちをかける。


「わかっているっ! 亜空間航法は間に合うか?!」

{亜空間ドライブ起動まで2分要します。……間に合いません}


 その時、ロランの後ろで浮かぶ巨大なホログラムに、もう一つ赤い点滅が追加される。


 {『ブラッド・ロンド』を2隻検知、識別:第3級小型戦闘艦フリゲートグロングニゥールです。イグリースの速度を上回っています。亜空間ドライブの起動に1分30秒要します。……魚雷射程範囲内まで1分。亜空間航法、間に合いません}

「最新鋭の戦闘艦かよお! やべえぞ!」


{……50……40……30……機体をロックされました。魚雷4門発射確認、回避行動を取ります}


 エリクシルが船首を反らし、警告する。


{1門、回避間に合いません。左エンジンに着弾。衝撃に備えてください。誘爆阻止のため、左エンジンを停止します}


 アラームが鳴り響き、船内は揺れ、照明がちらつく。


「うおおっ! 揺れる!」

{左エンジン部被弾、燃料漏出確認}

「なんとかなるのか!?」


 ロランの叫びと同時に、通知音が響く。


{フリゲートからの通信です。回線を開きますか?}

「開くしかねえだろう……」

{回線を接続しました。映像を受信します}


<……よぉ、兄ちゃん、『ブラッド・ロンド』の艦長、デラ・コーサだ。降伏勧告する前に足を削がせてもらったぜ。あとは言わなくてもわかるよな?>


 巨大ホログラムに葉巻をふかす眼帯の男が映る。

 顔に大きな傷がいくつもあり、いかにもな風体だ。

 ロランはその顔を睨み続けていたが、ふと気付いた。

 その後ろには薄笑いの男が手をヒラヒラとしているのが映っている。


「くっそ! ……こんなことってあるかよ」


 ロランは操縦桿を叩き、悪態をついた。

 眼前には巨大なホログラム、奥で魚雷が誘爆し、まばゆい閃光を放っている。


{ロラン・ローグ、グワ・ウマラ条約に則り降伏・投降して下さい。捕虜として命だけは――}


 突如、警報が船内に響き渡った。

 巨大なホログラムと通信チャンネルが赤く明滅する。


<おっとぉ……これはやばいな……兄ちゃんに構ってる場合じゃないぜ>


 ブツッ!

 相手も同じ警報を受けたのか、眼帯の男はそう告げると通信を切断した。

 レーダーの赤い点が後退する後ろで、超新星のような爆発が視界に飛び込んできた。


{魚雷が重力波宙域で誘爆、増幅したようですね}

「それよりっ! あれは重力波の歪みだろ!? ……目視できるって……やばいんじゃないか!?」


 ロランはコクピットの外を指差し、叫んだ。

 そこには異様な光と歪んだ重力場が視界に広がっていた。


 重力波の引力に捕まり、歪みが徐々に大きく迫る。

 船体は轟音とともに揺れ始めた。


 不気味な音が船内を満たす中、エリクシルがロランの前に姿を現した。


 {ロラン・ローグ……あなたをお守りする役目を果たせずに申し訳ありません。残念ですが……ここでお別れです。ログ保存、恒星間年月日、統一星暦996年9月4日の8時、本船は惑星イタマへの航路の途中、重力波により対消滅ヴォイドアウトします}


 エリクシルが故人に対する口上のように無感情に別れを告げる。


「おいおい!! エリクシル!!! 俺、家族を見つけられないまま死んじゃうのかよっ……!? なんとかなっ――」


 だが、襲い来る閃光が全てを覆い尽くし、世界はホワイトアウト。

 光が一瞬輝いた後、すぐに深い闇が広がった。


 その瞬間、この宙域から星々の輝きは消え去ったのだった。


 *    *    *    *


 {………………}


 ―――――――――――――――――――

 作品のフォロー、★で応援お願いします!

 この小説のポータル。挿絵や前日譚などへのリンクを載せています。

 https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093074087620598

 主人公のイメージ。最近描き直しました。

 https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093084026859148


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る