配達員、凪原運のスリーコイン

@yamayama0318

配達員、凪原運のスリーコイン 第1話

「まただ……」


スマホの画面に表示される見慣れた三桁の数字を見ながらため息と共につぶやく。


大きな四角いリュックを背負って自転車に乗り、街を奔走する、いわゆる配達員というものを僕はやっている。

なんとかイーツとか、なんとか館とか、そういうやつである。

お客さんから注文を受け、店舗に商品を取りに行き、自宅まで届ける、そんな仕事だ。


1件の配達あたりの最低単価は300円。

(サービスによっても違うだろうが、少なくとも僕が利用しているサービスの最低単価はこれだ)

300円、つまり100円玉が三枚なので、スリーコイン――スリコと言ったりもする。

都心でもない限り、ほとんどこの最低単価で配達をすることになる。


スマホの画面には、配達の依頼とおおよその距離、そして報酬額300円が表示されている。

この依頼を受けるも受けないも配達員次第というわけだ。


……配達距離は1.7キロ、別にそんなに遠いわけでもないし、断る理由もないか。


相変わらずの報酬額を見てため息をついたものの、そんなのいつものことかと気を取り直し、依頼を受ける。

今回のお客さんは某ハンバーガーチェーン店の商品をお望みらしい。


このハンバーガー店の注文はよく入るので、注文が無い時は、基本的にはこの店の前で待機している。

例によって今回も店の前で待機していたため、僕はスマホを片手に店の中へと入った。


「すみません、商品を取りにきました」


午前10時30分、注文カウンター前はそれほど混雑しているわけでもなく、

僕は注文カウンター前とは別の、受取専用のカウンターの前に立ち、店員さんに声をかけた。


「ありがとうございまーす、注文番号どうぞー……」


早朝から働いているのか、疲れている様子で気だるげに店員さんが応える。

間違って商品を持っていかないように、商品を受け取る際はスマホの画面に表示されている5桁の注文番号を伝えることになっているのだ。


「えっと……36547です」


「36547……これ、ですね。お願いしまーす」


商品の入った紙袋を二つ受取り店を出る。

片方の袋は暖かく、もう片方は冷たい。

僕は配達用リュックの中に温かいものと冷たいものが触れないように、仕切り板を挟んで入れた。

リュックを背負い、自転車のスマホホルダーにスマホを取り付けて、画面に表示されている配達開始を押す。


表示された配達先の住所は、もう何度も配達したことのある地域だ。


建物名は……あれ、聞いたことのない名前の建物だな。


そんなに都会でもないこの街で、もう一年以上配達員をやっているため、自分が配達している地域のマンションやアパートの名前は自然と覚えてくるのだが、今回の配達先の建物名には聞き覚えがなかった。


高天原荘……たかあまはらそう?こうてんげんそう……かな。

マンションじゃなくて、アパートだろうな。

この住所のあたりにこんな名前のアパートあったっけ……。


若干不思議に思いながらも、全ての建物名を覚えているわけでもないし、

そういうこともあるかと思い、僕は自転車に跨り、目的地に向けてペダルをこぎ始めた。


――――――――――――――――――――


ここ……だよな……?


スマホのマップを確認する。

配達先を示す赤いピンと、僕の現在地を示す人型のアイコンがほぼ重なっている。

ここが配達先で間違いない。


「まじか……」


目の前の、人が住んでいるとは到底思えないボロボロの木造アパートを見ながら思わず呟いた。


普段通った事のない小道を走り、さらに無造作に雑草が生えた手入れされていない狭い砂利道を抜けた先に高天原荘はあった。

人が生活している建物からは、なんとなく生活感が漂っているものなのだが、このアパートからはそれが感じられない。

なんというか、ただそこに建っているだけ、なのだ。


配達先の住所を確認する。

高天原荘……203号室。


配達用リュックから商品を取り出して抱え、底が抜けるのではないかと心配しながら恐る恐る階段を上っていく。

木製の階段がギシギシと音を立てる。


階段を登り切り、201号室と202号室の前を通り過ぎる。

どの部屋からもやはり誰かが生活しているような雰囲気は伝わってこない。

203号室の前に到着し、インターホンを押そうとするが、通常ならインターホンがついている筈の場所にそれが無い。

ドア周辺を確認してもインターホンが備え付けられている様子は無かった。


僕は仕方なく両手で抱えていた商品を片手で抱えなおし、木製のドアをノックした。


「こんにちはー、商品を届けに来ましたー」


周りが静まり返っているからか、それほど大きな声を出したわけでもないのに辺りに響く。

中から反応は無い。


「すみませーん」


もう一度ノックをし、声をかけてみる。

しばらくして、数センチだけゆっくりとドアが開いた。

玄関まで出てくる物音も気配も無かったため、少しだけ驚いてしまう。


中から出てきたのは、子供だった。


肌が異様に白く見えるのは、このアパートの薄暗さのせいだろうか。

色白で華奢、そして長く伸びた前髪で目元が見えないその子は、少し怯えた様子で僕を見上げる。


男の子……いや、女の子か……?


中性的な雰囲気の為、性別もわからない。

……が、まあそんなことはどうでも良いか。


おそらく親の代わりに玄関まで商品を取りに来たのだろう。

アパートの異様な雰囲気と相まって少々面食らってしまったが、子供が玄関先まで商品を取りに来ることはたまにある事だ、特段驚くようなことではない。


「お待たせしました、こちら商品です」


子供の目線に合わせてしゃがみ込み、抱えていた紙袋を差し出す。

子供はゆっくりと手を差し出して商品を受け取り、抱き抱えた。


配達員の仕事はお客さんに商品を届けること。

つまり僕の仕事はこれで完了だ。

商品を受け取り、お客さんの自宅へ配達、これで報酬はスリーコイン。

とにかく数をこなさなくてはならない。


子供に商品を受け渡した僕は、失礼しますと一声挨拶したあと、階段へと向かう。

後ろからドアの閉まる音が聞こえた。


そういえば……部屋の中から何の音もしなかったけど、一人だったのかな。

デリバリーサービスってあの年齢の子でも使えるんだっけ。

今時、子供のころからスマホ持ってるもんな……ありえなくもないのか。


ギシギシと音を立てる階段を降りながらそんなことを考えていたその瞬間、なんの前触れもなく、まるでゲームの電源を切ったかのように、ブツンッと視界が真っ暗になった。


――――――――――――――――――――




「ありがとうございまーす、注文番号どうぞー……」


……は……?


「……あの、注文番号お願いします」


……なんだ……これ。


「ちょっと、聞いてますか?」


「え……あっ、すみません、えっと……」


言うなれば、流れを無視して動画を編集し、関係ないシーンを無理やり繋ぎ合わせたかのようだった。

階段を降りている途中だった筈の僕は、一瞬視界が真っ暗になった次の瞬間、バーガーショップの受取カウンターの前に立っていた。

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