第5話

 美貴は、爛漫とした様子で笑っているけれど、その裏には多くの苦労があったことを私は知っている。

 周平君から聞いたのだ。

 周平君は、なんだかんだ言って美貴のことが好きだったらしい。

 しかし、美貴は目もくれなかった。 

 そして、よく分からない男に引っかかって、でも結局そうするしかなくて、今、そこから逃げ出している。

 しかし、私はここを真実にしたかった。

 今、逃げだしているとしか言えない状況の彼女を、逃げているのではなく生きているというような、もっと前向きで自分を肯定できるような形で、いさせてあげたいと思っていた。

 

 「もう何度目かな。ねえ、車まで買っちゃったね。一応、住所はあるけれど全然帰ってないしね。」

 「ねえ、何であんな山の中に家買ったのかな。笑っちゃうよね。」

 「でもいいじゃない。税金安いし。一応、都会だから、というか都会の山の中だから、色々な税金が妙に高いなんてことないのよね。」

 「確かに、ラッキーだったかも。」

 そうだ、ラッキーを、こうやって掬っていけばいいのだ。

 怒るのは、誰だろう。

 本当に、誰なのだろう。

 何か、こうやって美貴を助手席に乗せて車を運転していると、全てがすぐにどうでもよくなった。車って偉大だなあ、とすら思っていた。そして、仕事も増えていき、取引先からの荷物の搬入や、それに伴う運搬も行っている。

 そして、それに伴う、それに伴う、という形で仕事は増えていき、お金も増えていき、私達はちょっと有名な二人組になっていた。

 もう、美貴の夫も、美貴のことは諦めたらしい。

 そして、私も大丈夫だ。

 二人でいることには何の問題もない、お金もある。

 だけど、なぜか少しだけ、本能的な部分でいつも、寂しさを抱えている。

 それを埋める物を私たちは、知っている。

 けれど、あえて見ないことにしていた。

 二人で約束していた。

 もう、いいよね、と。もう外で苦しい思いをするのはもういいよね、と。

 「車買い替えたいなあ。」

 「いいね、そうする?」

 「うん。」

 私達にはお金があった。

 だから、物事を決める時には逡巡がない。

 「あのさあ、ちょっと聞きたいんだけど。」

 「何?」

 「美貴は本当にいいの?周平君とか、周りの人ときちんと交流してたじゃない。」

 「え、逆に秋ちゃんは?秋ちゃんはいいの?秋ちゃんはいいの、ねえ。すごく美人で、きっと言い寄ってくる男の人いたでしょ?」

 「…まあね。なんて。」

 「いいよ冗談にしなくて。分かってる。もう私たち限界だよね、本当は、望んでるから。」

 「そうかもね。」 

 私は、美貴の提案を濁した。言葉ごと無かったことにしようともがいた。

 けれど、

 「だから、やめよう。やっぱり、人生を生きよう。ねえ、もう決めたから。」

 「そう。」

 私は冷淡に、そんな感じでただ一言、述べた。

 二人の会話はそこで止まった。

 私達は、もうそれから二度と、会うことは無かった。

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田舎で暮らすの @rabbit090

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