4-1:目覚めを迎えてくれる言葉。


 ——06:26 / 2122/06/01 (JST)


「もう少しこっちに寄ってください」

「……腕つらそうだけど。やっぱ私が撮ろうか」

「腕は大丈夫なので! それよりもう少しかがんでください」

「わかった」

 いつもの屋上。朝陽が顔を出した青空に、MICAを持った結実花の腕が掛かっていた。

 携帯性より端末性能を重視するのは二人とも同じで、私は機能拡張でECHOを搭載し、結実花は高精度カメラ・モジュールにリソースを割り振っていた。

「じゃ、撮りますね」

「ん」

 シャッターが切られた。

「どう?」

「結構いい感じかもです」

 空間投影画面F L I Pで拡大すると、身長差分だけ顔を寄せ合った二人が自然な感じで映っていた。



 終末睡眠症候群E S Sが最初に確認されてから二年二ヶ月と二週間。世界人口は相変わらず減り続けているけれど、私と結実花は今日も当たり前に起きて、ここで過ごしている。

 どちらかが先にいなくなる恐れはあった。

 でも、私達は最後まで一緒にいることに決めていた。

 少し退屈な、当たり前の日々を一緒に過ごしているうちに、私達は気づいたからだ。

 お別れがいつ来るかわからないこの状況って、ESSがなかった頃と同じなんだってことに。あるいは、未来の期限がわからないのは当たり前なんだってことに。

 昨日、結実花は私に一つの提案をした。


 ——もし明日も一緒にいられたら、この先は二人だけの記憶にしませんか?


 すぐにECHOを止めて、って言わないのが結実花らしい。データとして共有できなくなることを〝二人だけの記憶〟とさらっと言えちゃうのもすごいと思う。

 代わりに、私からも一つ提案した。



「えっと、これで共有で承認っと。で、いいですか?」

「うん、大丈夫」

 さっき撮った写真をサムネイルに設定して、音声認識でECHOを呼び出す。

「ECHO——記録を……えーっと、三分後に終了」

『わかりました。三分後に個人情動記録を終了します』

「え、三分!?」

 結実花がこっちに身を乗り出してきた。

「あまり時間掛けていきなり途切れたら嫌だし」

「そうですけどー……」

「何も出ないと日付の後ろに二人の名前が付くよ」

「え、私も?」

「うん、さっき転送じゃなくて共有にしたから」

 結実花が頭を抱えた。

「ううううう……うー、未希も策士ですね」

「結実花ほどじゃないよ」

 笑って答えると、少し不本意そうな顔に見上げられた。なんでだ?

「そりゃそうといとまって言葉、入れたくない?」

「ありですね。この記録って他の人も見られるんですよね?」

「うん。さっき設定した」

「じゃあ、こんなのはどうです——」

 結実花の耳打ちに思わず笑ったけど、「いいね」と答えて指で入力した。ついでに、ECHOの入力補助機能を使って英語のサブタイトルも付けてみた。

 タイトルを決めて、残り一分くらい。

 この記録をどう終わらせるかは、昨日のうちに決めてあった。

 二人、向き合って呼吸を合わせる。


「——おはよう」


 眠りの終わりがあるのなら、その時には目覚めを迎えてくれる言葉がふさわしいはずだから。

 私はMICAを床に置いて、結実花の手を握った。

 指と指がからみ合い手の平が重なると、額をそっと合わせる。笑いがもれた。狙ってやっていたのに、なんだか気恥ずかしくなってしまったからだ。

 朝の風が二人きりの世界に静かに流れていた。



        ‥




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