2-1:あたたかいご飯が食べられるということ。
——08:21 / 2122/05/24 (JST)
朝。
ベッドの中でもぞもぞしていると、起きた私に気づいた医療AIが勝手に健康診断を始めた。非接触スキャナーの「当ててますよ」っていう橙色の光と、空中に浮かぶ赤い『検診中』の
『終了しました。心拍数、血流、体温、すべて正常値。脳波正常、
医療AIは穏やかな女の人の声で言うだけ言うと、それきりでだんまり。ふよふよと浮かんでいた
残存生活者支援施設で暮らすようになって二週間と五日。それなりの時間が過ぎても私は当たり前に眠って、今日も当たり前に目覚めている。
……朝ご飯を食べに行こう。
「おはようございます」
朝の食堂。結実花の挨拶は今日も空を切った。
私じゃない。入り口のとこで行き合った同い年くらいの女の子は、無視して外へ出ていく。
それから結実花は、壁際の通路で、カウンターの手前で、テーブルの間で、居合わせていた同世代の男女六人に挨拶をしたが、今日も全員に無視されていた。
周りが冷たいんじゃない。みんな新しい人間関係を持とうとしないから、周りの対応が普通なのだ。例外は施設へ来る前からの知り合い同士で、そういう人達はその中でまとまって関係を広げたがらない。
手痛い喪失を経験しているからこそ新たに関係を結びたいとは思わないはずなのに、結実花はどうしてかひとと関わりたがる。
結実花はちょっとへ——変わった子だった。
初手から自己紹介してくる時点で変わってるんだけど、その人懐っこさは施設の中でひときわ浮いている。同い年だからかもしれないけれど、私と顔を合わせるたびに話しかけてくるし、私の雑な対応にも嫌な顔一つ見せなかった。
「未希、おはようございます」
「……おはよ」
「ここ、いいですか?」
「どうぞ」
なんだか今日は「好きにすれば」と言う気がしなかった。そんな気まぐれを起こしたからかもしれない。
「あれ、やめた方がいいよ」
言葉が、口を
「何をです?」
「挨拶とか、そういうの」
箸を取ろうとしていた結実花の手が止まる。
「えっと……やっぱり、迷惑なんでしょうか?」
「さあ。ただ、無視で済むならいいけど、いらない反感買うかもしれないよ。ここ、同年代の女子が多いけど男子もいるし、たまに大人もいるから」
言外にトラブルになったら腕力に訴えてくるかもしれない、と伝えたつもりだった。ここの住人は多かれ少なかれ情緒不安定だからでもある。
「あ、それは……。うん、そうですね」
結実花は一瞬神妙な顔になる。意図が伝わったのかもしれないし、思い当たる節があったのかもしれない。
「あの……。未希は?」
「何が?」
「これからも、声を掛けていいですか?」
「いまさら?」
苦笑を返すと、結実花は「ですかー」と頬を緩ませる。
ほどよく焦げたトーストをかじると、結実花も「いただきます」と言って箸を取った。
物流の停滞を人口の減少が上回ったので、食べる物の心配がないのは喜んでいいのだろうか……。
「毎日ご飯が食べられるのは間違いなくいいことですよ」
結実花は、まだ湯気が立っている目玉焼きから顔を上げてぴっと指を立てた。
……声に出していたらしい。
言うつもりのなかった疑問に答えられたのが恥ずかしくて、コーヒーカップを口に運んだ。
「そうだね」
「はい」
私のごまかしめいた相槌に、結実花は当たり前にうなずく。
‥
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