第23話 思わぬ縁(えにし)
夏休みが終わり、二学期が始まった。
ある日の事。
美術部の部室で、若冲は弘子と共にミーティングらしき事をしていた。若冲は焙じ茶を、弘子はアールグレイのストレートを飲みながら。
「今週の僕のスケジュールはどうなってるんだっけ」
若冲が問うと、弘子は分厚いスケジュール帳をおもむろに取り出してぺらぺらとページを捲った。
「そうですね、今週の竹林寺先輩の予定はまるまる5日間空いてますわね。思い切り自分の作品に没頭出来る事と思います」
そう頷いてから少し言葉を切り、暫しの沈黙の後、思い切ったように弘子は若冲に告げた。
「…あ、でも、その前に、逢って頂きたい方がひとりいらっしゃるんですが、宜しいですか?」
「僕に逢いたい人?」
「一学期、剣道部の応援の為に竹林寺先輩が中心になって横断幕をお作りになりましたでしょう?その御礼をしたいと言ってらっしゃる、剣道部の部員の方が居るんです。実は、わたくしの同級生なんですが…」
「成る程。折角だからお逢いしようかな。何なら今直ぐお呼びしても大丈夫だよ」
若冲が答えると、弘子はすっくと椅子から立ち上がり「それでは、早速呼んで参りますわ」と台詞を残して静かに部室を出て行った。
遠ざかる弘子の気配を見送りながら、若冲は未だ見ぬ来客の為に、茶を淹れる準備を始めた。
5分後。
「失礼しまーす」
と言う明るい声と共に、弘子に伴われてひとりの少女が部室に入って来た。
小柄で華奢で、明るい栗色の長髪を三つ編みにした少女だ。
若冲はその少女の面影に、軽い既視感を感じた。
「初めまして。剣道部所属の赤城美奈(あかぎ みな)と言います!」
少女は物凄くハキハキとした挨拶をした。その挨拶の姿も何処となく若冲には見覚えがあった。
「この度は素敵な横断幕をありがとうございます!物凄く励みになりました」
「いや、横断幕は僕ひとりの手柄じゃないから…でも、ありがとう。喜んでくれると描いた此方も嬉しい」
若冲が、静かに淹れたての玉露と茶菓子を美奈に差し出す。
美奈は玉露のぬくもりが心地好い湯呑を手に取りながら、静かに微笑む若冲の顔をまじまじと穴の開く位に見つめて居たが、やがて無邪気に問いかけた。
「ひとつ質問良いですか?竹林寺先輩」
「何なりと」
「竹林寺先輩、西日本に親戚がいらっしゃいませんか?」
「居るよ。ばあちゃんの義理のお姉さんとその家族が」
「その親戚の方は、大きな動物園にお勤めじゃありませんか?」
「うん。『鳥見ヶ丘総合動植物公園』って動物園の飼育課長をやってるよ。…でも、良く知ってるね」
若冲がやや面食らった表情で答えると、美奈は「やっぱり!」と一言叫び、すかさず制服の胸ポケットの中から生徒手帳を取り出して、若冲の前に差し出した。
生徒手帳のケースの中に差し込まれた写真には、見覚えのある女性が美奈と共に並んで写っていた。
「あ、須藤さん!」
今度は若冲が叫んだ。
写真に美奈と共に写ってたのは、紛れもなく夏休みに鳥見ヶ丘で逢った須藤碧瑠その人だった。
美奈の述懐は続く。
「こないだ碧瑠姉さんに電話で話を聞いたんです。だから『若しかしたら!』と思ってたんです」
「えっと、須藤さんと赤城さんはどう言う関係で?」
「従姉妹同志なんです」
にこにこと笑顔で美奈は答えた。
言われて若冲は改めて美奈の顔を見つめる。そう言えば眼差しや面立ち、それに髪の毛の色や髪型が何処となく碧瑠に似ている。先程感じた既視感の正体が判って、若冲は溜飲が下がった気分になった。
「碧瑠姉さんは私の親戚の中でも一番仲良しなんです。しょっちゅうメールでやり取りしてるんです」
「そうなんだ」
「碧瑠姉さん、滅茶苦茶竹林寺先輩の事を褒めてましたよ。絵が上手だし、ハンディをものともせずアクティブに動いてるって」
「そんな事言ってたんだ。何だか面映いね」
「今回こうして御礼を言いに来れて良かったです!碧瑠姉さん、竹林寺先輩の事をずっと気にかけてましたから」
「今度電話なりメールなりする時があったら、良かったら僕が宜しく言ってたと伝えて置いてくれるかな」
「はい!碧瑠姉さんも喜ぶと思います」
若冲と美奈の思わぬ縁(えにし)に、弘子が驚きの表情を見せた。
「赤城さんと竹林寺先輩にそう言う縁があったとは知りませんでしたわ。…世間って狭いですわね」
「そうだねぇ」
若冲が感慨深げに呟いた。
Jack the painter テクパン・クリエイト @TechpanCreate
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