第43話 明日の米作り
「鉱山の復旧作業は順調に進んでいます。休山中の鉱夫たちの働き口も手配しました。ラウル様と一緒に閉じ込められた労働者たちには、見舞金と生活支援金を支給してあります。怪我人も順調に回復しており、問題はございません。ただ……」
「ただ?」
「炊き出しの料理を食べた作業員たちが『米の味が忘れられない』と口々に言うのです」
「……え?」
「このように、手紙での陳情も大量に届いております」
ウィルソン商会長は鞄から大量の手紙を取り出した。
宛先はウィルソン商会宛もあれば、ブルーフォレスト家宛、私宛の物もある。
ドキドキしながら封を切って、中の手紙に目を通す。すると、そこには――
『またおにぎりが食べたいです!』
『フォレストサーモンと米の組み合わせは最高でした!』
『ぜひ来年も米を作ってください!』
『米を使った料理のレシピを教えてください!』
『米をブルーフォレスト領の特産品にしましょう!』
……などなど、様々な称賛や要望が書かれていた。
「これは……」
「どうやら米は、ブルーフォレスト領の民たちに受け入れられたようだな」
私の隣でラウル様が微笑む。ウィルソン商会長も私の様子を見て、大きく頷いた。
「そこで改めてお願いがございます。来年もブルーフォレスト家で米作りをしていただけませんか? 可能であれば量を増やしていただけると助かります」
「え、ええ、それはまあ、可能ですけど」
今年収穫したお米からは、ちゃんと来年用の種籾を取っておいた。
来年は今年以上のお米を作ることができる。
ただ唯一の懸念は、お米作りには沢山の人員がいるから、周囲の人々にどこまで協力してもらえるかだったけど……。
どうやらその問題も無事に解決しそうだ。私は沢山の手紙を抱き締めて笑みを浮かべる。
嬉しい。この世界でも、ブルーフォレスト領でもお米の美味しさは皆に伝わった。
信じて良かった。やって良かった。私は今、心の底からそう思う。
「……私、来年はもっと沢山お米を作ります! お米には色んな食べ方、加工方法があるんです。ラウル様にも、来年はもっと沢山のお米を味わっていただきたいです」
「ああ、楽しみだな。米は主食として食べても美味いが、俺個人としては米粉を使った菓子が好きだ。もっと食べたいと思っている」
「はい。腕によりをかけて作りますね!」
来年の米作りに向けて気合を入れる。
来年はもっと美味しいお米を作れるように頑張らなくちゃ!
もっともっと……ブルーフォレスト領以外にも、エラルド王国全土に……ううん、この世界中にお米の素晴らしさを広めてみせる!
「……ところで……」
話が終わるとウィルソン商会長はティーカップを置いて、私とラウル様をまじまじと見つめた。
「? 何か?」
「失礼かとも存じますが……ラウル様は少し、お太りになられたのではありませんか?」
「えっ」
「……そうか?」
「はい。前に会った時よりもふくよかになられた気がします。気のせいでしょうか」
「…………まあ、少し太ったかもしれないな」
ラウル様は微妙に言葉を濁しながらそう言った。
驚いてラウル様を見る。毎日会っていたから気付かなかったけど……確かに少しだけ、ふっくらしてきたかもしれない。
もちろん最初に出会った時ほど太ってはいない。
だけど近頃は怪我のせいで動けないところに、毎日米粉のスイーツをお出ししていたから……。
でも仕方ないと思うの。一時は命の危機すら危ぶまれる状況だったんだもの。
生きて再会できたのだから、思いっきり甘やかしたくもなってしまう。
……ああそうか。きっとラウル様のお父様とお母様も、今の私と同じ気持ちだったのね。
同じ気持ちで……かつてのラウル様を太らせてしまったのね。
一度も会ったことのないラウル様のご両親。私の義父と義母になる方々。彼らと心が通じ合ったようで、こんな時なのに温かい気持ちになれた。
……でもこれは由々しき事態だ。健康の為にも痩せてほしいとラウル様に頼んだのは私なのに、なんてことを……。
「す、すみません、ラウル様! 私ったらラウル様のお身体を考えずに毎日毎日……!」
「謝らなくていい。エルシーが作る米粉の菓子を毎日食べたいと所望したのは俺だ。その結果がこの体ならば、俺の責任でもある。自己責任だ。エルシーは悪くない」
「ラウル様、ですが……」
「……そうだな。以前エルシーから指摘されたように、肥満は体に良くない。今日からは控えるとしよう。明日からは豆腐を使った料理をまた作ってくれ。豆腐と野菜、魚を使ったヘルシーな食生活に切り替えていこう」
「……はい、お任せください!」
私はラウル様の言葉に大きく頷いた。
ダイエットなら私に任せてください、ラウル様。きっとまた貴方を健康的に痩せさせてみせますからね!
そんな私たちの様子を、ウィルソン商会長は静かに見守ってくれている。
こうしてブルーフォレスト領に嫁いだ私の最初の一年は、終わりを迎えようとしていた。
ラウル様と出会い、ダイエットしてもらい、お米を育てて収穫し、色んな料理を作って過ごした一年だった。
あっという間だったけれど、とても充実した日々。
この一年を私は一生忘れないだろう。
来年は美味しいお米をもっと沢山育てたい。
お米を加工して米麹を作り、味噌や醤油や酢も作っていきたい。
お米の食べ方はおにぎりや米粉だけじゃない。他にも美味しい食べ方はある。
というか、味噌や醤油や酢を利用することでお米の可能性は無限大に広がっていく。
ブルーフォレスト領で手に入る食材と組み合わせるだけでも可能性が広がる。
肉じゃが、田楽豆腐、イクラの醤油漬け、ルイベ漬け、サーモンの照り焼き、お味噌汁、お寿司に海鮮丼……。
じゃっぱ汁にせんべい汁、バラ焼きに生姜味噌おでん……。
ああ、想像しただけで涎が出てきそう……! 想像するだけでお腹が空くような美味しいレシピが沢山ある。
私自身が食べたいという気持ちもある。そしてラウル様に美味しいと言ってもらいたい気持ちもある。
私の好きな料理をラウル様にも食べてもらいたい。大切な人と同じ料理を食べて、美味しいと笑い合えるのは幸せなことだ。
その幸せを叶え続ける為にも、来年もやることが盛り沢山だ。
「エルシー」
「なんでしょうか、ラウル様」
「改めて言おう。俺の傍にいてくれて感謝している。これからもよろしく頼む」
「……喜んで!」
私はラウル様の笑顔を見て、心の底から思った。
――この人と出会えて、本当に良かったと。
そして来年も再来年も……ずっとずっと、こうして二人で一緒に歩んでいきたい。そう心から願った。
<第一部・完>
転生令嬢は米作りがしたい~従妹の身代わりに醜いと噂の辺境伯に嫁がされましたが、理解のある旦那様に恵まれてとても幸せです~ 沙寺絃@『追放された薬師~』12/22発 @satellite007
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