フルーツデコレーション
言の葉綾
フルーツデコレーション
今、あの子たちがいないと、私はどうなっていただろう。
廊下側から2列目、前から3番目の席。そこでふと、物思いに馳せる。
きっと、あの子たちがいなかったら私は、確実にひとりぼっちで、そしてここには…
「オレンジ!」
そう、私を呼ぶ声が聞こえた。私の物思いは、たいていあの子たちが呼ぶ声によって断裁される。
何、と私が問いただすと、桃色のボブカットのピーチが、私の前で笑顔で立っていた。
ピーチは同じクラスではない。だが、昼休みになると必ず、私のところにやって来る。
ピーチだけではない。ストロベリーも、レモンも、アップルも、私のところに集まって来る。
これが今の、私の日常。
「今日はどこ行きますか?」
「ん〜カラオケ」
「今月5回目だよ?流石に金欠〜」
「それよりもテスト近いんだし、勉強しないとじゃない?」
「現実逃避は生きていく上で大切だよ」
この5人の意見は、とにかく合わない。だからなぜか、最後の砦は私。だいたい意見がまとまらない時は、私が最終決断を下すことになっている。
「歩きながら考えよう」
なるほど、そうですね!うんうん、歩きながらだといろいろ考えやすいし!他の4人はそう言いながら、他人のクラスだというのにわーわー喋り始める。
彼女たちがいなかったら、私は確実にひとりぼっちで、そしてここにはいないだろう。
だから私にとってこの4人との出会いは、人生を決定づけるものだったのだ。
「はーい、この二次関数の式を答えろ〜。じゃ、大和田」
くすくすくす。そんな笑い声が聞こえているのくらい、私はわかっていた。あの子は答えられない。今日も言葉に詰まるんだよね。ウケる。こんなに簡単なのに。
案の定、私は言葉に詰まってしまった。私は幼い頃から、算数や数学が苦手だ。頑張って家で勉強しているけれど、一向に成績は良くならず、ただただ下降していくだけ。
何もできない、ひとりぼっちの子。クラスで煙たがられるのにちょうどいい人材。なんて、私はあの頃、自分のことをそう評価していた。それ以外に、いい表現が思いつかなかった。
みんな、このボリューム感のあるロングヘアを不潔だと思っていて、眼鏡かけていて俯いているから地味だと思っていて、それプラス授業で指されても毎回答えられないから、気持ち悪いと思っている。なんで、少しばかりは自信のある国語や英語は、ただただ先生が喋っているだけで、苦手な数学はたくさん指されなきゃいけないのだろう。先生、きっと私が笑われるのを面白がっている。大和田、大和田、って何度も呼ばれたから。
授業が終わると、私の肩の力は抜ける。だがその分、休み時間の喧騒が、私の体躯を覆っていく。覆われてしまった体はうめき声をあげるけれど、教室から出て行ったら、本物のノケモノになる気がして、私は黙って給食を食べていた。
とりあえず、いるだけでいいから、ここにいよう。ここから抜け出して、居場所をなくしてしまったら、学校に行けなくなってしまう。
胸がきゅっと締め付けられ、まるで閉鎖空間に収容されたような心地の生活は、ずっとずっと、終わりが見えなかった。
私が通っていた中学校は、部活動は自由参加。だから私は、部活動には参加せず、いわゆる帰宅部だった。部活動に参加して、友達と切磋琢磨して、汗を流し合って、お互いをライバルと認め合って、大会や発表会に奔走する・・・・こんなの、私には似合わない。それよりも勉強しないと、数学でますます答えられなくなる。これ以上、赤っ恥はかきたくない。この今までの努力が、報われたためしはないけれど。
いつもは家に真っすぐ帰るけれど、あの日はそんな気分にはなれなかった。あの日はお父さんもお母さんも仕事で、帰りが遅くなるからだ。1人っ子の私にとって、辛いことがあった日に、夜遅くまでひとりぼっちで家で過ごすのが、この上なく退屈だった。
だからあの日は、公園に寄った。中学校から少し歩いたところにある、小さな公園。よく、親子連れや小学生が訪れる場所。私のような中学生なんて、来るわけないような場所。
幼い頃によく乗ったブランコに腰を下ろす。足の裏で地面を蹴れば、少しは嫌な気分が飛んで行ってくれるかな。幼い子が信じるような迷信を、中学生の私も、信じたくなってしまった。最初は静かに、徐々にスピードを上げながら、私はブランコを漕いだ。
ゆらゆら上下に揺れる。空気の甘さが口の中に溶け込む。このまま空に飛んでいきたい。友達もいなければ、勉強も何もできない、そんな私なんて、消えてしまえばいい。きっとみんなも、それに賛同する。みんなの賛同を得られるなんて、これくらいだろう。ちょうどいい機会だ。
私は空に飛んでいこう・・・・・
と、思ったその時、公園の入り口に人影が見えた。人影にしては大きい、と思ったら、自転車の影も一緒に映っていた。数えて4人の少女が、自転車を止め、公園のなかに入って来た。しかも、勢い良く、はしゃぐように。
よく見たら、同じ中学校の制服を着ていた。彼女たちも、帰宅間際なのだろう。随分と仲良さそうで。空に飛んでいきたいという気持ちは自然と萎んでいて、私は4人の少女の様子を眺めてしまっていた。
少し明るめの赤髪ツインテールの子。深めの赤髪を三つ編みにしている子。檸檬色の髪をひとつまとめにしている子。桃色のボブカットの子。
夕日で照らされていてよく見えないはずなのに、私の視界はクリアだった。彼女たちが無邪気に遊んでいる姿は、私の心に重りを置いたかのようにずしりと響いていたけれど、どこか私の腐れ切った心を洗い流してくれるようなものも感じていた。
じっと眺めすぎていいたからだろうか。ツインテールの子が、私の方に視線をよこした。思わず目が合ってしまった、と目を逸らす。しかしツインテールの子は、私のもとへ近づいてきた。
え、何なのだろう。私は友達もいなければ何もできない、ただの根暗地味陰キャです。ぎゅっとスカートの裾を握りしめ、必死に俯いていると、ツインテールの子は「こんにちは!」と純真無垢な声を上げた。
「え・・・・」
「もしかして、北音中の子?おんなじ制服だね!!」
にっこり笑うツインテールの子。長らく学校の人に笑顔を向けられたことがなかったから、どう顔を向ければいいのか、わからない。でもツインテールの子は、終始ニコニコしている。
「あ、はい」
ネームプレートに入るラインが、黄色。ということは、同じ2年生。そして、「花宮いちご」と書いてあった。
「何年生?」
「え、あ、に、2年生です」
「うっそ!じゃあ同学年だね!」
花宮いちごさんは、他の3人を手招きする。3人も、私の元へ駆け寄ってきてくれた。
「この子、同じ北音の2年生の子みたい!」
「本当ですか!!」
「クラスが違う子だな」
「よかったら、一緒にお話しようよ!てか、まずは自己紹介からかな?」
花宮いちごさんは3人にそう呼び掛け、自己紹介を始めてくれた。
少し明るめの赤髪ツインテールの子は、花宮いちごさん。
深めの赤髪を三つ編みにしている子は、井純林檎さん。
檸檬色の髪をひとつまとめにしている子は、平賀檸檬さん。
桃色のボブカットの子は、佐倉桃さん。
全員私のクラスから3つ離れた2年4組で、全員帰宅部。そして、全員、果物の名前。
奇遇だ。
「みんな、果物の名前だから、ストロベリー、アップル、レモン、ピーチって呼んでるの。あなたの名前はなんていうの?」
私の名前。いつも大和田、大和田、と他人から呼ばれてばっかりで、自分で自分の名前を言うのは、なんだか久方ぶりな気がする。
「私は・・・・2年1組の大和田美環」
「みかんちゃんっていうんだ!じゃあ、オレンジだね!」
え?と思わず顔を上げてしまう。ニックネームなんて、今までつけられたことなど、ない。
「友達になろう、オレンジ!!」
いちごさんを最初に、林檎さん、檸檬さん、桃さんも、私に手を差し伸べた。私に向ける4人の視線は、人を嘲るものではなく、見下すものでもなく、汚物を見るようなものでもなく、ただ純粋に、「友達」を見る目であった。
あの日から、私の毎日が、彩られ始めた。放課後は決まって5人でいるようになり、たくさん喋って、たくさん遊んだ。テストが近くなったら、勉強が得意なアップルとレモンに教えてもらって、みんなで対策をした。おかげで、数学の定期テストで、80点を取れるまでに成長し、授業で指されても答えられるようになった。
ストロベリーも、アップルも、レモンも、ピーチも、言の葉高校への進学を考えていた。先生からは、すさまじい成長を認められ、言の葉高校への進学はできるだろうと言ってもらえるくらいになった。何よりも、この4人と一緒にいたい。そう思っていたため、私も言の葉高校への進学を決めた。
そして見事、5人全員、合格した。
あの時、公園での出逢いがなかったらきっと、私は数学はダメダメなままだっただろうし、友達はいなかっただろうし、言の葉高校にもいなかったに違いない。
今の当たりまえな日常があるのは、この4人のおかげだ。
今日はどこに行こうか、と考えている4つの背中に、私はありったけの想いを込めて叫んだ。
「いつも、ありがとう」
4人は振り向いて、急に何よ、照れる!と言いながら、私のことを見つめる。
「こちらこそ、いつも一緒にいてくれてありがとう」
本当に、この出逢いを果たせてよかった。あの時、空へ飛んでいかなくて・・・・本当に良かったと、心から思えた瞬間だった。
フルーツデコレーション 言の葉綾 @Kotonoha_Aya
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