真面目族とコミュ族

折原さゆみ

第1話

「真面目に生きなさい」


 これは真面目族が幼いころからたたき込まれる言葉だ。私はこの言葉に従い、いままで生きてきた。


 人間は二つの人種から成り立っている。肌や髪、瞳の色などの容姿の違い、言葉の違いはあれど、この二つの区別に比べたら、それらの違いはきょうだいみたいなものだ。


 私が属する「真面目族」とは基本的に製造業を担う人々のことだ。私たちが作ったものを売ってくれるのが、もう一つの人種「コミュ族」である。


 コミュ族は私たちが作ったものを彼らの得意とするコミュニケーション能力によって、たくさんの人々に売りつける。買うのは真面目族、コミュ族両方になる。お互いに協力して長い間、生活してきた。


 しかし、最近ではコミュ族による不正が相次いで発覚し、その協力が成り立たなくなる状況が続いている。



「またコミュ族の人間が不正を行ったようだ。今度は魚の産地の改ざん。我々真面目族が取ってきた魚を嘘の産地でごまかして売ろうなんて、とんだ嘘つき野郎どもだ」


「俺達が丹精込めて作り上げた新種の野菜の種が盗まれた。あの時、俺のそばにいたのは買い付けに来たコミュ族の人間だった。あの野郎が盗んでいったんだ!薄情者め」


「俺の作った作品が転売されていた!家に飾るからっていうから、非売品のところをわざわざ売ってやったのに。裏切られた気分だ」


 真面目族は、名前の通り真面目に生きることを信念にしている。何事にも一生懸命に取り組み、相応の対価以上のものは受け取らず、質素に生きてきた。私の両親だってその祖先だって、今までそれで不自由なく暮らしてきた。それが崩れ始めている。


 テレビやスマホでは連日、この手のコミュ族による不正の事件が相次いで報道されていた。



「真面目に生きているのが馬鹿らしくなってくるね」


「そうはいっても、私たちはコミュ族みたいに口がうまくないから、他にどう生きろっていうわけ?私たちが彼らに勝てるわけないでしょ」


「確かにそれはそうだけど……。でもさ、私たちが真面目に一生懸命に作ったものを安く買い叩かれたり、嘘の情報で売られたりしているのを見ると嫌になるよ」


「そうだよねえ」


 私たちは、お互いに顔を見合わせてため息を吐く。私たちがいるのは、駅の近くにできたオシャレなカフェだ。休日に高校時代からの友達とおやつを楽しんでいた。


「お待たせしました」


 店員が注文した料理を運んできた。季節は秋。さつまいもや栗などを使った限定メニューが目白押しで、私たちもそれにあやかって季節限定メニューを注文していた。私がスイートポテトで、友達はモンブラン。


「いただきます」


 重苦しい話題はここでいったん中断する。真面目族とコミュ族のいざこざは昔からあったのだ。きっと、今回もうまく互いが譲歩してうまくやっていくだろう。


「おいしいね。さすが、真面目族が取ってきた栗なだけあるね」


「サツマイモも丹精込めて作られた感があるかも。めちゃくちゃ甘くてほっこりしておいしい」


 メニューの説明に書かれたことをうのみにして、私たちは互いの料理の感想を言い合った。もしそれらの説明が嘘で、コミュ族が儲けるためにでっち上げたもので、実際に使われているのが売れ残りの安いものだったのなら。


 私たち真面目族がそれに気づくことができるだろうか。

「そういえば最近、真面目族からコミュ族に変更する人が増加してるらしいよ」


「変更ってそんなに簡単にできたっけ?」


 生まれながらに真面目族、コミュ族と決められていて、大抵の人間はその枠からはみ出すことは無い。人種の変更は難しいと聞いたことがある。


「なんでも、コミュ族が楽してお金を稼いでいるのを見て、真面目に働くのが嫌になったとかなんとか」


「ああ、それはたまに思うよね。なんで汗水働いてものを作った私たちより、彼らの方が給料が高いのかって」


 そう、真面目族とコミュ族の間には、性格だけでなく大きな違いがあった。汗水流してものを作っている真面目族よりも、それを売っているコミュ族の方が給料がよかった。どうして、口だけの人間が自分たちより給料が高いのか、私も常々思っていた。その疑問や不満がついに爆発してしまった人がいるのだろう。


「私もそれは思ったことがある。でもさ、生まれながらに持っている人種って、なかなか捨てられないよねえ。だから、本当に変更をする人もいるんだけど、なんちゃって変更みたいなことをする人も増えているみたいだよ」


 友達が話してくれた内容は、私からしたら理に適っているように見えた。とはいえ、そのままそんな生活をしていくのは危険な気がした。


 コミュ族の下で働く。


 肉体労働はせずに、口先だけで仕事をする彼らの仲間にしてもらおうというわけだ。彼らの下で学んで、いずれ本当に人種を変更すれば、一人前のコミュ族になることができる。しかし、そんなことがまかり通ればどうなるのか。


「もし、私たち真面目族が生産を止めて全員がコミュ族になったら、この世界はどうなるんだろうね」


 今はまだ、少数しかコミュ族として生きていく人間は少ないが、今後、真面目族の不満が高まり、爆発したら。


「そんなの、世界は崩壊にするに決まってるでしょ」


 いくら口が達者でコミュニケーション能力に優れていて、交渉事に強いとはいっても、売るためのものがなくては生活どころか生きていくことさえ困難だ。


「実際、崩壊は既に起きているみたいだよ」




「私たちはコミュ族と袂を分かつ決断をした」


 ある日、真面目族の代表がそんな宣言を下した。最近のコミュ族の不正に耐えきれなくなった結果の行動らしい。


「今後、私たち真面目族はコミュ族に一切、ものを提供することはありません」


 それに反対したのは、コミュ族たちだ。彼らは真面目族に頼り切った生活をしていた。そのため、製造業などの一次、二次産業に対するノウハウはない。真面目族と縁を切れば、彼らには飢え死にという未来が待ち受けている。なんとしてでも、彼らは真面目族との和解にこぎつけなくてはならなかった。しかし、今までのコミュ族による真面目族に対する雑な対応により、彼らが和解することは無かった。


 真面目族とコミュ族の住む場所は分かれている。どの地域でも、コミュ族が住む場所の周りに真面目族が住む地域が出来上がっていた。コミュ族が住む地域に畑や工場などの類は一切なく、マンションや物を売る店が立ち並ぶだけだ。



 真面目族による宣言が下されてから、治安が一気に悪くなった。各地域の中央に住むコミュ族たちの間で暴動が起き始めていた。真面目族による品物の供給がない今、彼らは真面目族に取り入って、彼らと一緒に肉体労働に励むしかなかった。


 しかし、そんなことは彼らのプライドが許さなかった。そこで何が起こったかというと、コミュ族の人間が真面目族の住む地域に移動するという現象が起きた。そして、彼らは自慢のコミュニケーション能力を駆使して、真面目族から様々なものを盗んでいった。


 ただ、物を盗むだけなら被害は少ない方だ。ガラの悪いコミュ族の人間となると、真面目族の家に押し入ったり、彼らを傷つけたりするなどの強盗傷害事件を起こすものもいた。


 真面目族がそれを黙って見過ごせるわけがなく、次第に真面目族はコミュ族だと知ると、彼らを見境なしに暴行し始めた。


 こうして世界は混沌に満ちていく。争いは続いた。




「いやあ、あの時はいろいろ大変だったねえ」

「だよねえ。私たち、一時は正体がばれたかもって、焦ったもん」


『アハハハハ』


 私たちは以前、駅前で食べたカフェに再度訪れて食事をしていた。あれからどれくらい経ったのだろうか。100年か200年、もしかしたらもっと経っているかもしれない。とはいえ、私たちに時間の感覚はない。しかし、時代が変わり店が変わっても、ここにカフェは存在していた。


「それにしても、あれは受けたよねえ」


「そもそも、肉体労働で製造する彼らと、口先だけで生活する彼らという、二つの人種に分けて生きようとした最初の人間がいけなかった」


「でもさ、役割分担されていて、私は結構いいと思ったけどな。この社会が終わりを告げた原因は」


 真面目族に対しての感謝が足りなかった。


 口先だけで生きてきた彼らはもっと、真面目族を丁重に扱うべきだった。目先の利益にくらんで彼らをないがしろにしたのが間違いだった。人間は口だけでは生きていけないことをもっと心に刻んでおくべきだった。


「オマタセシマシタ」


 店員が注文した料理を運んできた。


「ありがとう」


 テーブルに料理を運んだ店員は礼を言わずに、そのままその場を離れていく。不愛想に見えるが、機械なので仕方ない。


「これこれ、また食べたいなあと思っていたんだよねえ」


 友達はモンブランを口に入れて、幸せとつぶやいている。私もスイートポテトを口に入れて味をかみしめる。


 今の季節は夏真っ盛りで、栗もサツマイモも手に入らない。


「時代の流れって恐ろしいよねえ。だってこれ、完全に見た目も味もモンブランでしょ」


「私のスイートポテトも本物と見紛うほどの出来だ」


 現在は、文明が発達して季節関係なく、食べたいものがいつでも食べられるようになった。そして、人間は歴史を繰り返す。


「今度は何だっけ。上級国民と下級国民だっけ。人間って自分たちを二分する位置付けが好きだよねえ」


「いつまでそれが続くのか見ものだね」


 私たちは笑いながら、今日も彼らの行末を彼らの生活に溶け込み、見守るだけだ。

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