八稿目 僕っ子の花嫁

二月。一段と寒さが厳しくなってきたこの頃。

朝から、ソワソワしてしまう。

それもこれも、今日という日がいつもと違って特別だからだ。


毎年のようにやってくるそれは、正直関心なんてものはない。

そもそもあてもなかったし、むしろ本命だの義理だので揉めることの方が多い。

一番多かったのは、俺より遥かにモテるあいつに渡してほしい、というものだっただろうか。


「あ、いた。おーい、稀羅っち〜〜〜」


彼女ー九十九灯織が、向かいの横断歩道から手を振る。

信号が変わるが否や走り出すと、彼女は止まることなく俺に向かってきて……


「ハッピーーバレンタイ〜〜〜ン」


「うわっ!」


途端、視界が真っ暗になる。

その一瞬で、彼女が抱きついてきたのだと理解する。

柔らかく温かいものが顔に押し付けられるせいか、このまま黙って抱きつかれるわけにはいかなくて……


「ちょっ、何してんだよ、九十九。やーめーろっ!」


「この前読んだ少女漫画で、ヒロインがこうしててさ〜可愛かったんだよね〜」


「まぁた漫画かよ……」


「で? どうだった、待ち合わせからのハグ。ご感想は?」


「どうもこうもねぇわ」


俺がため息混じりにいうのも、彼女は気にしない。

相変わらず、彼女の考えていることはつかみづらい。

正直こっちが反応に困ってしまうのだが。


「稀羅っちってば、今日はやけに緊張してない? もしかして、僕の本命が楽しみすぎて待ちきれなかった?」


「そ、そんなこと……なくはないが……」


「あはは、正直~でも稀羅っちのそういうとこ、嫌いじゃないよ」


今日は2月14日。バレンタインデーとよばれ、恋人にとっては特別な日でもある。

うちの両親が毎年、これでもかってほど送りあうせいか、好きか嫌いかで聞かれると嫌いなイベントだ。

学校やバイト先でも、俺より遥かにモテる昴に渡してほしいというものばかりだし、もらうことに貪欲な北斗を止めることの方が大変だし……

そんな日にわざわざ呼び出されて、期待するなと言われる方が無理である。

なんせ付き合って初めて迎えるバレンタインなわけだし……


「ま、初めてだし無理ないよね。僕も今まで以上に頑張っちゃったし」


「頑張ったって?」


「はい、どーぞ」


そういいながら、彼女はめちゃくちゃきれいに包装された箱をあえて開けてみせてくれる。

そこには、見事にきれいなチョコレートが入ってあって……


「え、まさかこれ、手作りか!?」


「そうだけど、そんなに驚くこと?」


「いや、まさか手作りだとは思ってなくて……手作りなんてもらったことねえし……」


「え、そうなの? てっきりもらいまくってると思ってたけど……あ、そういえば稀羅っちは残念なイケメンだった」


「言わなくていいんだよ、そういうことは」


俺が突っ込んでも、彼女はしてやったりというように笑う。

渡された箱をゆっくり開けると、可愛らしいハートのチョコと、ボール型にかたどられた生チョコなど、様々な形のものが敷き詰められていた。


「相変わらず手が込んでるな。もらっていいのか否か……」


「稀羅っち、知ってる? バレンタインにあげるお菓子って色んな意味があるんだよ」


「へぇ、そんなのもあるのか。じゃあ、チョコはなんて意味なんだ?」


「うーーん、その前に一つ聞かせて? 稀羅っち、僕のこと好き?」


なぜ、そんなことを聞かれるのだろう。

改めて聞かれてしまうと、どう答えていいかわからなくなる。

しかも本人がいる前で、だ。

いつもみたいにからかってきてるのか、なんて思ったが、なぜか彼女は真剣な眼差しでこちらを見ている。

こ、これは……ちゃんと言わなきゃダメ……だよな……


「いちいち言わせんなよ……好きだよ、当たり前だろ」


「…… チョコレートはね、あなたと同じ気持ちって意味があるんだ。ダメ元できいたけど、その答えが聞けて嬉しい」


いつか、くるであろう未来。

俺の隣には、彼女がいてほしい。

そう思えるのは、彼女のことを好きになったから……なのだろうか。


「僕も君が好きだよ。せっかくだからキスでもしてみよっか?」


「はぁ? 嫌だよ、恥ずかしい。また漫画のネタにするとかだろ?」


「漫画とか関係なく、僕がしたいんだ。それじゃ、ダメ?」


意地悪そうに、九十九が笑う。

有無を言うこともなく、彼女の唇がゆっくりと重なる。

伝わる匂いと感触を、肌で感じながら俺は思った。

俺の彼女ー九十九灯織は、やはり掴めないと。


fin

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俺の隣には、いつの間にか君がいて。 ~happy moments with her☆彡~ Mimiru☆ @Mimiru_336

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