Life's margins Series 2 お祭り騒ぎの裏 Memories 2

2日め

なんのことはない。この日は各クラスや文化部の展示、そして、運動部にとっては、引退後の最後のセレモニーみたいな日でもある。

正直、全く興味がない。あの時の僕は、もうクラス展示でやりきっただけ。あ、運動部の伝統は、尾崎豊好きがいたので、任せて終わりである。


「よっ!やってる?」

「珍しいね。暇しに来たんでしょ。大歓迎。」

美術部の部長。2年のときのクラスメイトで、仲のよかった女子。そういえば、コイツもキンキが好きだったな。僕らはSMAP世代じゃないのかな?


「相変わらず。だけど、部長しかいないんだっけか?」

「う~ん、部員が下級生ばっかりだしね。今日は、1日ビデオでも見てようと思ったんだけど、そういえば、美術室ってビデオデッキなかったなって。」

「何を見るつもりだったの?」

「銀狼怪奇ファイル。光一くんがね、かっこいいのよ。」

「一緒に見たいところだけど、デッキがないんじゃしょうがないな。」

「で、どうしようかって考えてたところ。」

「期待されたって、そんなに面白い話なんかないよ。」

「違う違う、話し相手が欲しかったの。流石にクラスメイトを巻き込むのも嫌だしさ。」

「ま、それに、今日は体育館の2階の通路にでも寝っ転がってれば、嫌でも有志の出し物が見られるからな。」

「とりあえず、部費で買ってるお菓子とコーヒーぐらいは出して上げるよ。」


美術か。特に思い入れがなさすぎて困るレベルだ。うちの担任が技術教師だから、機械いじりは好きなんだけどね。

しかし、さすが美術部員。デッサンなんか見ても、嫌いじゃ書けないような構図がちゃんと出来てる。1年なのに、すごいな。


「お待たせ。ブラック、行けるほうだっけ?」

「そもそもにコーヒーを一緒に飲んだ覚えがない。甘いので。」

「悪いね、コーヒーミルクで我慢して。」

悔しいから、コーヒーミルクを2個入れてやった。今じゃブラックでも大丈夫だけど、やっぱり味覚が子供だったんだよな。

「飲むんだ。」

「せっかく出されたし、ま、普段飲んだことのないものでもね。」


「そっちは大変になったんじゃない。つるし上げみたいなもんでしょ?」

「クラス全員で驚いてる。だって、そっちのほうが明らかに合唱してたでしょ?」

「ま、でも、そのおかげで、ここにいる意味が出来たって言ったほうがいい?」

「まあ、そんなところ。クラスの見回りも、美術部だから割り当てられてないしね。」


「で、色々噂が上がってるじゃない。あれ、ホントの話?」

「なにそれ。僕にはわからないんだけど。」

「ほら、吹奏楽部のあの娘と付き合いはじめたらしいって話。」

のちに思うが、このときに付き合ってたら、今の僕らの関係はどうなってたんだろうね。

「あー、ちょいとお近づきになったってだけの話だよ。高嶺の花ってね。」

「君ってさ、割とスキャンダラスな男だよね。おしゃべりがたたってなのかもしれないけど。」

「そうかも。確か2年の時だっけ。僕らが付き合ってるって。」

「お互い、勘違いされがちだよね。ただ、喋ってるのが楽しいだけで。」

「その割に、今年はそういう噂、聞きませんけど。」

「クラス変わっちゃうとね。未だに3組で肩身狭いよ。知ってる男子も女子もほとんどいないんだから。」

「作ればいいじゃん、友達。」

「それほど外交的ではないのです。」

「その割にしちゃあ2年のときは、何人も仲良しがいたじゃない。」

「やっぱりさ、いやいや仲良くするよりも、自然と仲良くなったほうが、仲が保てるというかだよ。」

「それで5組で見るんだ。なるほどね。」

「で、本当のところはどうなの?」

「どうもこうも...あ、寝起きを見られた。」

「なにそれ?全然意味わかんないよ。」

「まあ、それぐらいの関係にしといて。それほど遠くもないハズだから。」

「期待を持たせる回答ね。まあ、でも、そんなところよね。」


しかし、閉鎖されてる図書室と音楽室に比べれば、こっちのほうが来やすい場所ではあるのに、本当に誰も来ない。


「ま、ここにいたほうが、ある意味勘違いも上書きされるかな。」

「なにそれ。私と君?それって、あんまりスキャンダルにはならないんじゃない。」

「軽くいうけどさ、案外、君って男子からは人気あるのよ。」

「そんなの知らないよ。誰にも告られたことないよ。」

「んじゃこれから先、告られることはあるかもね。厄介払いに僕と付き合ってるって言えば。」

「それで相手が納得しちゃ、それはそれで困るかな。」

「まあ、ごもっとも。」

「そういう君は?私のことどう思ってる?」

「茶飲み友達じゃない。今は。」

「即答だったね。」

「他に何がある?」

「少し進んでる、とか?」

「何が進んでるの?」

「...ごめん」

「ま、どうせ、この場面を見られたとして、僕はコメントする立場にないしね。」

「いやあ、君のような喋りで心地いい人って、割と珍しいと思うんだよね。」

「ラジオの聞きすぎで、喋りがうまくなるなら、今頃はべらせてるでしょ。」

「それは君の度胸がないんだよ。あと、いい人で終わっちゃう感じ。」

「いい人で終わるなら、それでいいんじゃない。少なくとも、付き合ってることにはならないよ。」

「そうだね。だから、君と喋ってると面白いんだよ。」

「なんか、少し変わったね。昔はちょっと恥ずかしがったのに。」

「慣れちゃったんだよ。君との関係を話すことに。」


「え、そんなに聞かれてたの?」

「男女共にだよ。え、だってこれから更に告白までされるんでしょ。私。」

「なんか、ごめん。」

「別にいいの。私にも選ぶ権利はあるから。」

「選ばれないで正解だよ。僕も、こういう関係は心地いい。こういうのもありだと思ってる。


「美術部は続けるの?」

「どうしようかなぁ。私、単に体動かしたくなくて、吹奏楽部も嫌だから、美術部やってたんだよね。」

「に、してはだよね。もったいない気がする。趣味でもいいから、続けたらいいのに。」

「それよりバイトしたいかな。バイトすれば、ジャニーズのコンサートにも行けるでしょ。」

「趣味には金がかかるよな。バイトしたら、ゲーム何本も買えるのにって思うよ。」

「でも、当面はずーっと勉強だよね。イベントらしいイベントって、今日が最後。君との会話も、最後かもよ。」

「それもいいんじゃない。僕も、もったいないとは思うけど、ほら、そういうのって、望まない限りは、消えてっちゃうもんなんだよ。きっと。」

「かっこいいこと言うね。半年ぶりに話してみたけど、なんか知的になってるよ。」

「カッコつけたい時期なんじゃない。別に、何も考えてないけど。」

「うわぁ、それ天然だわ。これから先、あんまり勘違いさせるようなことを言わないほうがいいよ。」

「友人の忠告として受け取っておくよ。しかし、僕の何がいいんだか。」

「女子と喋れない人種もたくさんいるんだよ。そこに無感情で飛び込める君が他と変わってるんだよ。好き嫌いは別としてね。」

「そういうもんなのか。勉強になったよ。」

「あれ、もう行っちゃうの?」

「悪いな。展示物の解説要員なんでね。時間があったら、また来るよ。コーヒーも、また飲みたいしね。」

「勝手に喫茶店にするな。出ていけ。」

「んじゃ、またな。」




「3組のあの娘?ってのが良くわからないんだよね。」

「元2年1組って言えばいいのかな。というか、君って2年は何組?」

「3組だったよ。」

「あ、思い出した、美術部のあの娘。あぁ、分かるわ。あなた好み。」

「なんで近い年月の君のが分からないの?」

「いや、多分オトーサンと暮らしてて色々忘れてるんだよ。」

「ふぅ~ん、ああいう子がタイプでしたか。でも私も、そこらへんのカテゴリーじゃないの?」

「まあ、好みはそれぞれだけど、あなたは恋人タイプ。彼女は友人タイプ。」

「意外に中学の友人多いじゃない。あの人も中学で同じクラスだった子でしょ?」

「これはあとから言われてみたらと思ったんだけど、当時深夜ラジオを聞きすぎてたせいで、喋りがそっちに似てきたらしいんだよね。」

「そっか、おしゃべりな女子との掛け合いが普通に出来たから。」

「そういうことみたい。でも、20年経ったら、寂れちゃったっていうね。」

「やればできる子だから大丈夫よ。それに、今はそうでもないし。穏やかだから、話しやすい。」

「そう言ってもらえると光栄ですね。」

「あれ、なんか置いて行かれてる?ねぇ、ふたりとも、なにわかり合ってんの?」




3年6組は、幸いにして階段に近いクラスだか、行き止まりであり、隣がコンピューター室兼6組待機所だったもんだから、コンピューター室の見張りをしつつ、父兄の方々には展示物の説明を行う必要がある。ま、そんなもんはソラで言えてしまうぐらいの知識を詰め込まされてしまったがゆえ、教師たちからの受けはものすごく良かった。ただ、一般の人にはこれぐらい噛み砕いていても、理解が及ばない。30年前の、子供の人権なんてものは、ないに等しい。やれジェンダーだ、やれポルノだなんて言い出すのは5年後。度胸があれば、同級生のヌード写真集が買えてしまう世の中だった。だから、理解されない。子供ながらに、こういうものなんだなと思った。おそらく、この国の中枢にいる人達は、今でも理解出来ないだろう。問題というよりは、倫理観みたいなものだから、その時代を生きないと、なかなか理解は出来ないのだろう。

その後、休憩、昼休みを挟んで、とあるクラスメイトから声を掛けられた。

「あ、ごめん、ちょっといいかな。」

「ん、いいよ。」

コンピューター室のオフィスチェアに座りながら答えた。

「あのね、ちょっとだけ、ネクタイ貸してほしいんだよね。このあと、使うんだ。」

「それはいいけど、僕のでいいの?」

彼女は小声で

「借りてもいいかなって。君なら。」

う~ん、これはこれで勘違いされやすい発言である。でも、彼女とは趣味の話をしばしばするので、特に感情はなかった。

とりあえずネクタイを解いて、渡してあげた。

「ほい。とりあえず、体育館か、美術室か、ここか、どこかにいるから、悪いけど探して返してもらえるとありがたい。」

「借りていくね。ありがとう。」


さて、と。

今年の尾崎豊の後継者を見に、体育館にでも言ってみるか。


午前中の吹奏楽部発表会に続いて、午後のなりきりお笑いライブ、そして同じく我こそはと集まった人たちのカラオケ大会である。

とりあえず、バスケ部の伝統として、3年の一人が、尾崎豊の曲を歌うという風習が、開校以来続いているらしい。

今回出てきたのは、普段も尾崎歌ってるようなやつで、ギターが趣味ということもあり、なんとなくサマにはなっていた。あとは、すべからく普通の「I love You」を聞かされた。




「あ、ダメダメダメダメ。ストップ。」

「何よ。ちょっと面白そうな場面じゃない。」

「おねえちゃん。私達、これに出てるの。覚えてない?」

「えっ、本当に。ウソ、誰と出たんだっけ。」

「ほら、同じクラスの子と、「I'm Proud」歌ったじゃん。」

「そうそう。感想は、普通でした。可もなく不可もなく。」

「えええ~、そんなことあったっけ?全然覚えてないんですけど。」

「ま、覚えてないなら、それはそれでいいよ。」

「そっか、あれ、可もなく不可もなくだったんだ。」

「でも、今はYOASOBIを歌ってるんだから、世話ないよね。」

「「I'm Proud」が今や「アイドル」だからね。うまくなったでしょ。」

「音程に追いつくだけで立派だよ。君は。」


「ウソ、本当に出たのかしら。本気で覚えてない。」

「んじゃま、続きと行きますか。」




僕らの世代にありがちなのは、デュオだった。例えばチャゲアスとか、PUFFYとか、もちろんカラオケ大会だから、ラルクやLUNA SEA、ミスチル、安室奈美恵、華原朋美などを歌う組もいた。しかし、やっぱり変声期に当たる人間が多いせいか、びたっとハマるような上手さはない。

どうしようかな。コーヒーブレイクに美術室行こうかなと迷ってると、ネクタイを貸した子が6人組ぐらいで、globeの「DEPARTURES」を歌ってた。確か運動部だったと思うんで、最後の思い出みたいな感じなのかな。歌ってる途中で泣いてる子もいた。なんか、野暮な感じがして、体育館を出て、またコーヒーブレイクに行った。



「やってる?」

「夜眠れなくなっても知らないよ。」

そうか、こういうノリが、普通の男子には難易度高いのか。

そういいながら、美術室に入ると、美術教師がいた。

「ああ、先生もこちらでコーヒーブレイクですか?」

「生徒がコーヒー飲みに来ちゃマズイだろうに。ま、でも3年生まで、良く育ったよな。」

「いやいや先生、まだ半年近くありますし、事件は起こさないにしても、それは高校合格ぐらいまで取っておく言葉でしょ。」

「気が早かったよな。まあ、黙っておくからゆっくりしていきなさい。」

「あれ、なんかまずいタイミングで来ました?」

「足が悪いからさ、見回りサボってたの。黙っててよ。」

そうすると、出て行ってしまった。別に言わないし、知りたくもないだろうに。


「カラオケ?」

「そう。やってるけど、やっぱりなんとなく名残惜しくなってくるもんなんだね。」

「文化祭、案外頑張ったんだ。」

「まあ、教師受けはめちゃくちゃ良かった。あとは、節穴じゃなければ、普通なら金賞...は言い過ぎか。」

「見に行けばよかった?」

「こういうときは、自分のクラスの出し物が一番だと思ってるだろ。わざわざほかをみる必要はないと思うよ。」

「でも、本当は、生徒に色々なことに興味を持ってほしいから、やってるのにね。」

「それを知ってても、なかなかライバル意識は抜けないものなんじゃない。特に、今回は、ほぼ全部調べ物は僕がやったしね。」

「うっ、心が痛むわ。その1ヶ月、ずっと作品を仕上げてたんですもの。」

「その結果がこれでしょ。絵心のある人間というより、漫画心のある方だけど、僕は、好きだよ。」

「軽くていいね。でも、お礼は言っておく。ありがとう。」


「え、じゃあ、クラスはどうしたの?」

「知らない。誰かやったんじゃないかな。ほら、だいたい女子は吹奏楽部の多いクラスほど穴が空きやすいから。」

そういえば、吹奏楽部の打ち合わせのときに、僕の昼寝が見つかったんだっけ。皮肉なものだな。

「あれ、どうしたの?なんか心当たりあるの?」

「いや、ありすぎてどうしようってね。」

「そんなことはないんじゃない。少なくとも、クラスのみんなは、君をを認めたんでしょ。だったら、別に金賞を取らなくても、思い出として残るよ。」

「まあ、そういうことにしておくよ。君は?なにかいい思い出になった?」

「生徒なのにコーヒーを2杯も飲みに来た男子がいい思い出。だって、先生を除いたら、1年生すら来なかったんだもん。」

「今頃、その1年の中では、案外、僕と君が付き合ってることになってるかもね。邪魔しちゃマズイって。」

「でも、私は、それで楽しかったから、十分。来週になったら、また5組に逃げるよ。」

「あんまり無理はしないほうがいいよ。と言っても、銀狼怪奇ファイルを1話取り逃しただけでこの世の終わりみたいな顔してたのを見たことあるからなぁ。」

「ショックだよ。好きなドラマが録画されてないって、どんなにつらいことか。部屋にテレビがあればいいんだけどね。」

「んじゃ、そろそろ適当に帰るよ。君も、寒くならないうちに...っと、案外寒いなこりゃ。」

「私も17時までだから。その後帰るね。今日はありがとう。」

「うん、またね。」




「またねの後は?」

「会ってない。」

「そんなぁ~。なんか悲しい。」

「それがこの人なりの優しさ。意図的なのか、天然なのかわからないけど、またねという言葉で、彼女は3組のまま卒業出来たのよ。」

「そうなのかな?」

「...全然フォローした意味がないじゃないの。それに、話を聞いてると、天然ジゴロ炸裂してるじゃないの。」

「全然気が付かなかった。普通の会話だと思ってたけど、そう聞こえるんだね。」

「まあ、銀狼怪奇ファイルを1話取り逃したことは同情してあげる。再放送もされたかどうか忘れるレベルだし。」

「おねえちゃんってさ、もしかしてだけど、今の方がキンキ好きだよね。」

「もしかしなくても好きよ。SHOCK何回も見に行ってるわよ。」

「まあまあ、落ち着いて。まだ続きがあるんだから。」




今と違って11月にもなれば、ブレザーにベストぐらいは着る。今日はベストを着てないのと、ネクタイを貸してしまったので、首周りが寒い。

「どうせコンピューター室も誰もいないだろう。みんなキャンプファイヤーに行ってるべ。そのまま帰ろう。」

そうささやきながら、コンピューター室へ。そして、オフィスチェアに座って荷物をまとめてると。

「あ、いた!」

ネクタイが、いや、ネクタイを貸した子が、息を切らせながら、部屋に入ってきた。

「ごめん。遅くなっちゃった。これ、返さないとだね。」

結構似合ってるのになぁ。まあ、女子はリボンと決まってるしね。

「もしかして、色々探し回ってくれてた?」

「だって、いるって言うから。はい、これ。」

そうして戻ってきたネクタイ。早速寒いので、結びつける。

「なんか、終わっちゃったなぁって。」

「うん、キャンプファイヤーが始まってるね。」

「ごめんなさい、10秒だけ、胸を貸してください。」

そう言うと、彼女は僕の胸の、ネクタイの部分に額を付けて泣き始めてしまった。

「三年間、おわっちゃったよぉ。たのしかったよぉ。」

泣きながら囁いていた。何故か、自然と頭に手を添えていた。

「終わっちゃったね。楽しかった?」

同じことを聞いて上げた。

「うん、楽しかった。ずっと楽しければよかったのに。」

そうやって泣いた。30秒ぐらいして、僕が頭に手を添えてたことに気づいて、慌てて下げた。

そのタイミング。最後の花火が打ち上がり、文化祭はこれで、幕を閉じる。

「ごめんなさい。好きでもない女の子に胸を貸してくれて、泣かせてくれて。」

「色々頑張ったんだよ。」

「うん、そうだね。また、頑張らなきゃ、だよね。」

「頑張る...か。」

あれ、僕、今すごく恥ずかしいことを言ってる気がする。

でも、泣いている子には寄り添ってあげないとって、昔じいちゃんに教わった。

そして、空いてるオフィスチェアに彼女を座らせた。

「みんなが帰ってくるまで、内緒にしておくから、思いっきり泣いちゃえ。」

彼女は堰を切ったように数十秒ぐらい、大声で泣いていた。

僕も、泣きたい時には、いつも泣いていた。でもカッコ悪いと思って、いつしか泣かなくなった。

人生の節目には、泣きたい時ぐらいある。そう、僕ら中3は、この日を境に、受験勉強に入る。

だから、その前に、目の前の君が僕のかわりに泣いてくれたぐらい、思ってもいいよね。


「ごめんなさい。でも、付いててくれてありがとう。スッキリした。」

「良かった。ネクタイ...は水に濡らしたとでも言おうかな。」


そこにクラスのみんなが戻ってきて、担任も入ってきた。


出し物の結果は、これまた銀賞だった。まあ、テーマに対する資料の少なさを考えれば、健闘したとも言える。

ちなみに金賞は、部落差別を取り上げた3年1組。30年前は、まだまだ部落差別も激しい時代だったが、現地の人の話など、その昔の差別をしっかりと記事に起こしたことが評価されたのだという。日本特有とは言わないが、今でこそなくなりつつある出生の差別。30年前の中学生には、どう見えたのだろうか。

それは、僕が展示物を見てないから、今はもう知り得ない。




「当然、知ってる子だよね。」

「う~んと、あのさ、確か弓道部の子」

「あ、あの子か。え、オトーサン、アニメ方面の人からも、なんか好かれること多くない?」

「まあ、大っぴらにしてたのを知ってるでしょ。ちょいちょい話してたんだよね。」

「にしてもよ。あなたの胸の中に最初に入ったのが私の知らない人じゃなくて、ちょっと記憶を起こせば出てくる子っていうのが、なんというか、こうやり場のない怒りに。」

「オトーサン、完全に手口だもんね。どおりで、自然に頭を撫でてくれる人だと思った。」

「反省よ。あなたはしばらく...何を禁止にしたら堪えるのかしら。」

「おねえちゃんだったらお酒なんだけどね。」

「そういうアンタも、いや、アンタは髪の毛乾かさないのが罰になるもんね。」

「とにかく、あなた/オトーサンは、色々反省しなさい。」

「なんか悪いことしたのかなぁ。別にいい話でいいじゃんか。」

「嫉妬よ。いくら天然とはいえ、そんなことするような旦那とはもう寝てあげません。」

「あ、そうだ。こたつで1週間寝てもらえば。きっとその時の切なさとか戻ってくるよ。」

「それはある意味ご褒美よね。まあ、いいわ。とりあえず、1週間は甘えさせません。」

「僕の睡眠は?また発作が出ちゃうかもだよ。」

「そんなもん、薬で抑えるし、気を失ったら頭突きでもしてあげるわよ。」

「あわわわわわわわわ。ごめんなさい、眠れなくなったら本当に死んじゃいます。」

「オトーサン。覚悟を決めよう。私は気を失ったら、スタンガン程度で許して上げるから。」

同じ顔がニコニコしながら迫ってきます。じいちゃん。言いつけ守ったらひどい目に遭うよ。助けて。




おしまい

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