Life's margins Series 2 お祭り騒ぎ Memories 1
これは、僕の昔の話。おそらく、彼女が中学生として、ふたりとも同じ時代を生きていた世界。
僕の想い出話になるけど、聞きたい人は聞いていって欲しい。
毎年、僕の中学校には、文化祭がある。別称があったんだけど、もう僕は忘れてしまった。彼女に聞けば覚えてるとは思う。
文化祭には色々なプロセスが存在し、その都度に中学生なりの思慮が入る。だから、大人になってしまってる僕からすると、無駄でしかないのだが、熱は伝染していくもの。なんとなく盛り上がるものになるのは間違いない。例えば、名誉あるクラス対抗の合唱コンクールがあったり、これまた名誉あるクラス対抗の出し物があったり、もっとも、出し物と言っても、出店みたいなものではなく、真面目なテーマの解説である。まあ、簡単に言っちゃえば、博物館の企画展を学校上げてやるようなものだ。
ここで、文化部は最後の展示となり、運動部の有志がみんなでカラオケを歌い、終わったあとに涙し...と、学校全体では様々なドラマが起こる。でも、残念ながら、僕には、僕にしか起こったドラマしか、話すことができない。
さて、当日から遡ること、約1ヶ月前。生徒会という、実質的な顧問の先生たちによる、全体テーマが発表される。この時点では、どのクラスも何をやるのかは全く決めていない。が、面白いことに、こういうモノは個々の作品と一緒に展示されるため、漫画の表紙を真似たラフスケッチを美術の時間に書いて、適当に提出しちゃえば、それが展示されるという恐ろしさをはらんでいた。そう言えば、当時美術室で一緒になる女子、この子もバックボーンを掘り下げて行きたい子ではあるのだが、その当時に徳永英明のラジオの話をずっとしていた覚えがある。だから、なんとなく書いた内容より、話した内容のほうが、覚えているわけだ。
また、わが校には当時最先端だったFM-TOWNSがあった。図書室にあるDOS/Vのテトリス参考書を元にコマンドを打ち込み、TOWNSでの互換DOSでは動かなかったときの、あのF8を押したときの絶望感。ま、それはさておき、解像度の低いビットマップをなんか書いて提出するという話があった。ユニバーサルデザインが叫ばれて久しい現代において、ちょっと凝ったデザインとカラー、三角と四角だけを使って、トイレのデザインを提出した覚えがある。が、オカンには、というより、時代が早すぎて、誰にも理解されていなかったと思う。
そういう文化部的授業の集大成となるのが、名誉あるクラス対抗の合唱コンクール。密室審査だから、結局のところどうなのかはわからないが、音楽の先生と吹奏楽部の顧問が3人ぐらいで審査しているものだったらしい。当然ながら、あとに来るクラスのほうが余韻が残りやすいため、最後、あるいは最後から1つ前ぐらいの順番のクラスが最優秀賞という栄冠を勝ち取る。これが1日めのクライマックスであり、名誉を手にしたクラスは、今度は展示でフォーカスされることになるという、二本柱の企画回であった。
そして、その展示でも、教師の企画力のみがほぼ雌雄を決することになる。入学する5年前から、とある担任が受け持つクラスがずっと優勝であった。ずば抜けた、とはいい難いが、生徒を動かすことが上手いのだろう。正直、テーマなんてどんなものでもいい、しかし、審査するのは生徒会役員と、顧問の先生だ。つまり、対策は練りやすいし、クラスに温度差があれば、企画は最初から出し物として成立しなくなる。これが重要となる。
例えば、僕が2年生のときに出された課題として「映画文化」に関する出し物を依頼され、スペースゴジラと鉄道模型、あとは当然時間がないので、突貫工事でビルなどを作り、実際にスペースゴジラを高所から落として、ダンボールのビルの潰れなどを再現したものを作った。が、結局作った本人は面白かっただけで、あまりインパクトはなかったらしい。僕が特撮に憧れるのは、やっぱりそういう緻密さとアドリブの間で、すごい映像が撮れてしまうからなのだろう。僕にはおそらく無理な世界だと思っている。
さて、我が3年6組が今年与えられた課題。それは子供の人権に関する話だった。話している今だと、ジャニーズやら、宝塚やらで揉めているが、あれも若年層の人権による問題であるところが大きい。さて、25年前はどうだっただろうと思うと、そこは違法に次ぐ違法の世界だった。この国では、長らく子供は親の所有物で、元服することで一人前となるが、それ以前の問題として、生存率は低かったとされる。詳しくは調べていないけど、今、起きている子供の虐待よりも、おそらく子供の生存率は低かったんじゃないかと思う。文明開化、二度の世界大戦を経験し、実質的なアメリカの属国となり、独立を回復してからが異常なのだ。ベビーブームでも起きようものなら、おそらく生存率は100%に限りなく近かっただろうし、何より国の宝としてありがたがられた。
しかし、それは光の部分。当然、性犯罪、人権侵害などの面で、子供は整っていなかった。驚くべき話ではあるが、18歳以下のヌードを禁止したのも、実は99年の児童ポルノ禁止法まで禁止法が存在しなかった。その時代、今でいうパパ活と呼ばれる援助交際や、ジャニーズでクローズアップしている、同性愛者の若年層へのいたずらなんかも、地方都市ではよくあることで、そういう風俗のお店だって存在していた。声高にそういう話ができるようになったのも、25年前にそんな法律ができたから、と考えるのが一般的である。ま、つまり子供に対してネグレクトだなんていいはじめたのは、その辺が境となる。実際、詳しくは触れないけど、ネグレクトを受けて育った僕という生き証人がいるので、よくある昭和の風景では、全く普通のことで、飯を抜かれ、頭を叩かれ、押入れに閉じ込めるなどの所業は、もう、今は罪に問われない。そう。これは、僕の父が行ったことだ。
余談であるけど、同世代の裸を見るというのは、やはり興奮より、罪悪感が勝ってしまった。僕は、そういう辱めを与えてしまった過去がある。一線を超える罪悪感に勝てなかったのだ。個人の倫理観とは言え、彼女には、詫ても償えないほどの辱めを与えたと思っている。それも、人間の性であろうか。
25年前となると、ユニセフ当たりまで話が飛ぶ。まだ、国際社会でも問題とされるギリギリの時代だった。つまり、中学生向けに噛み砕いた文献が存在しないのである。クラスをだいたい3分割して、なぜ必要か?今はどうなのか、そして今後はどうかという3セクションをそれぞれの班で調べて、発表するというのが、最大の出し物となるわけだ。
「今はどうなのか?」の班に、僕と彼女は、と言っても、大体が小学校からの顔見知りなので、指揮官さえ間違えなければ、ま、大体内容は合ってることになると思う。
毎回のようにこの話をする上で、リサーチャーとなるのが僕、そして全体的な創作を行うのが彼女たち、そして飾り付けや装飾などを行えば、ま、大体完了ともなる。僕は、リサーチャーであるように自分から動くことにしていた。メンバーなどは要らない。簡単に言っちゃえば、脚本が僕、監督は誰か別の人がやればいい。そして監督補佐も僕。全体的な工程をコントロールするように動く。それから先は任せる。手直しが必要であれば、メインの原稿を修正していく。実際には総監督は僕なのだが、それを上手いことコントロールするように、みんなに役割を与える。そして、役割を割り振れば、自動的に生産物は出来上がるというわけだ。
さて、そんな大きな問題、片田舎の学校の図書館でも資料はいいとこ2冊。そこで、学校で得られる情報は別のリサーチャーに任せ、僕は街の図書館で調べてもらうことにした。が、これも難航して、最終的には子供の人権に関する私見を述べた蔵書なんかまで紐解くしかない。幸い、国連が出している資料なんかは、日本語訳されているため、大枠としてこれを採用しながら、ミクロな情報として、学校の図書室の内容も入れておく。これを約1週間繰り返し、リサーチャー部隊の役割は終了。表現方法ぐらいの問題はあるものの、脚本は仕上がった。これで、残り3週間。僕にとっては、1週間が昼寝で、締めの2週間は見直し期間かなと思っている。でっかい模造紙に文字を書き、極力修正はしない方向性ではあるものの、表現に関してまずかったり、意図しないような表現で書かれているということも、脚本の時点ではまだまだ多いハズ。ただ、それは仲間を信じて、修正して欲しいというのが本音である。とは言え、ダブルチェック、トリプルチェックはできない。なぜなら、まとめたのは僕で、真実を知るのは、僕しかいない。頼れるのは、良くても担任だけど、この担任、やたら僕の肩を持つ人で、僕の感性が面白いと思う方の人なのである。だから、まともなことを書いていれば、きっとそう思っちゃうんじゃないかと。信用されてた分だけ、信用には答えたつもりだ。
社会人でよくあるプレゼンとはまた違う手法ではあるが、展示物の制作において、正確な情報と、それに裏付けは、やはり必要だと感じる。まあ、それにしても、情報源が僕の調べた内容だけというのは割と危険ではあるんだけど、幸い、この一週間の放課後の動きを見ていたクラスメイトは、無関心、あるいは信用といった感じだろう。何と言っても、やらなくていい資料の調査を勝手にやったんだから、感謝されど憎まれることはないだろうと思いたい。
「んじゃ、とりあえずこれを元に、掲示方法は任せるから。分からなかったら聞いてね。」
「う~ん、これ、噛み砕いてこれなんでしょ?できるかなぁ。」
とりあえず考える猶予みたいなものも僕は欲しかったから、
「それじゃあさ、とりあえず、一週間でどんなイメージなのか、絵コンテ...じゃなかった、完成図みたいなのを書いてみて。そこからは、また一緒に考えるよ。」
「君はどうするのさ?」
「悪いんだけど、僕もざっとまとめただけで、実は内容が良くわかってないから、一週間で理解しておくよ。そうすれば、ある程度は形にし始めてからも、修正を効かせることができる。それで、問題ないと思ってる。」
「じゃあ、なるべくまとめるようにしておくから。君は、図書室?」
「そうだね。図書室にいるようにするよ。」
残り20日。
その日、僕はいつものように、隠れた休憩所というか、いわゆる屋上に当たる場所で、原稿チェックをしている体で、とりあえずウォークマンの再生ボタンを押した。
うちの中学は、平成になってからできた建物だったこともあり、いわゆる屋上はない。しかし、約30年前、当時の最新設備を有していたため、パソコンルームや、職員室や、図書室、そしてカーペット敷きの3年6組に関しては、なんとエアコンを完備していた。しかし、フロアエアコンみたいなものであったのと、3年6組は当初存在せず、増設された教室だったこともあり、屋外にどうしても巨大な室外機を搭載しなければいけなかった。
歪とも言えるが、屋上がないなら、3階の非常口を大きく取り、そこに配置するしかないという話となり、かくして避難用のベランダからエアコンのメインユニット付近へアクセスする導線は大きく作られていた。そして、そこはちょうど図書室の入り口とパソコンルームの横にあるスペースであり、室外機はあったものの、バレずに音楽を聞き、昼寝をするぐらいは楽勝だった。これまた、今で言うチープカシオで目覚ましを取り、大体17時ぐらいには教室に戻って、どんなもんかと意見をすり合わせる。
残り19、18、17と、特に問題なく話は進んだ。一切資料は読まず、ずっとglobeだけを聞いていた。サボりグセと言ったら印象が悪いかもしれないけど、実際にサボるだけの仕事をした報酬だと僕は思っていた。
残り16日。わら半紙をお腹に掛け、のんびり昼寝をする。至福のとき。この日はラルクを聞いてた。True。メジャーじゃないけど「Caress of Venus」の出だしのピアノにかっこよさを感じた。もちろん、名曲「the Fourth Avenue Café」もるろ剣のEDだったし、後々知ったけどスカパラのメンバーとセッションしてたジャスっぽいカッコよさ。思えば、この頃から音楽には雑多なのかもしれない。
そう、もしかして、ラルクを聞いてたから、君が探しに来たのかな?
「なんか、ナルシストだよね。オトーサンってこういうイメージあったかな。」
「とにかく影が薄かったのよ。それは、元来持ち合わせている生命の希薄さと相まって、実はいなくても大丈夫って。」
「事実、オトーサンが言ってた課題みたいなものをそのままやってるだけで、特に作業に支障はなかったんだよね。」
「多分、あなたが私達、いや、あえて周囲と言わせてもらうけど、周囲に対して影響力を与えたのは、これ1回じゃないかな。」
「じゃあ、なんでラルク聞いてるときに、わざわざ探しに来たの?」
「あ~、やっと見つけた。そりゃ見つからないわけだよね。こんなところ、私だって初めてきたもん。」
私というより、最終的に掲載する場所を取って、さて掲載文字に応じて作業に入ろうという話になって、そしたら図書室にいないって話になった。
寝てる。しかも気持ちよさそう。学校のベランダで寝てる人なんて、本当にいるんだね。
「おーい、起きて?」
ん、イヤホンしてる。なんだかわからないけど、外してみよう。
そして、耳元で、
「起きてってば。役目の時間だよ。」
びくんと体が反応するような感じで、君が目を覚ましてくれる。
「アレ、バレちゃったか。ここなら誰も来ないと思ったのに。」
「もう、みんな探してるけど、誰も行かなそうなところにいるって思ったの。意外?」
そのときの僕は、きれいな女神様が見えたような感じだった。
夕焼けに照らされて、神々しい感じがした君。でも、良く見てみると、ただのクラスメイトだった。
「いや、僕の油断かな。君がここまで来るって思ってなかったんだよ。」
「大丈夫。バラさないから安心して。」
「なんかさ、ごめんね、ちょっと気持ち悪いこと言うかもだけど。」
「何?なんか言い方にトゲがあった?」
「こんなに気分のいい目覚め方ってあるんだなって。君に起こされたから?」
「ん......、恥ずかしいな。そういう捉え方するんだ。バカ。」
とりあえず、伸びをして、作業に入ろうと、
「それじゃ、戻りましょうか。ごめんね。わざわざ探しに来てくれて。」
「ホントだよ。でも、来てくれるんだ。ちょっと、見直したよ。今まで、私達が一生懸命考えて、やっと形にしようかってときに。」
「でも、僕の予定では、そこは形になるまで、あと1日ぐらいかかると思ってたんだ。侮ってたよ。ごめん。」
その後は、別に謝るでもなく、彼女に捕まったという扱いで、作業に参加、というか、口出しとなんとなくのイメージを伝達していった。
今となってはパソコンで分かる文字であるが、当時は手書き、しかも内容もよくわからないものを、わら半紙で8枚だったかな。原稿用紙のコピーだから、わら半紙しか選ばせてくれなかったんだよね。
今だから思うけど、400字詰めの原稿用紙ってのは、使い勝手が悪い。本当は調査ノートを全部コピーしようと思ったけど、まとまらないので、急遽、原稿用紙をもらって清書をしたというのが正しい。まあ、3000文字ぐらいにまとめたわけだ。当然これを全部使うわけには行かず、おそらくは良くて1200字程度に圧縮する必要がある。その取捨選択を、僕は彼等に委ねたんだ。しかし、理解してくれなかったようだ。まあ、仕方のないことではあるんだけど、明けて月曜日、改めてキャンパスノート5ページで書き出した。書いてる本人が作っただけあって、それはブラッシュアップされた、ある程度の起承転結を持つ文章に成り立っていった。さあ、ここまで作ったんだ。あとはお願いしたいところである。
再び書き出された第二稿を見て、読み物のように読んでいる男子もいれば、マーカーでラインを入れる女子もいる。
「でもさ、正直言って、原稿用紙で8枚をただ漠然と理解しろってのが間違ってるよね。」
「そう言われると、僕も失敗だなって思う。でも、思いついたのがそれだったわけでさ。」
「ちなみに、あの時写経とか言ってたけど、何ページぐらい書き写したの?」
「う~ん、調べたページはだいたい200ページぐらいだったかな。今となっては多分2000文字ぐらいでスマートにまとめられると思うけど、アレも重要だと思うと、こっちも重要だと思い始めて、で、一旦終わりまで書いたら、ノート半分。30ページというわけだ。30ページを3000字にした努力は認めてほしかったよね。」
「で、それをベースに第二稿。こっちは読み物として面白かったかな。」
「私は同級生なのに、こんな面白い読み物書けるんだと尊敬したよね。」
「そうそう。何も、あなたには期待していなかったけど、実は逸材がいたんだって。」
「そう言えば、オトーサンも今みたいな丸形じゃなかったから、不思議と女子の好感度は高かったよね。」
「でも一方で、やっぱり何を考えてるのかわからない感じがあったから、近づきがたかったのよね。」
「起こしに来てくれたときは?」
「う~ん、たまたま、見つけちゃったってね。普段、パソコンルームって鍵がかかってたじゃん。なんか、課題をやる生徒用にあの時期は開放されててさ。」
「そうそう、壁から上窓を見たときに、人がいるって。で、行ってみたら。」
「そうか。いや、長年さ、見つかった理由と、そのときに見たものはどう処理していいか分からなかったんだけどさ。」
「その時に見たもの?なんか見えた?」
「どうせ下着のことでしょ。白いパンツでも見たんでしょ。」
「も~、そうやってさ、純真な男子の思いをあっけらかんってしないで欲しいな。」
「でも、今は白い下着なんか着てたら、頭おかしいって言うんでしょ。まったく。」
「...いや、僕は嬉しいけど。タイトスカートの中にストッキング越しに見る白い下着。」
「生々しいの。このケダモノ。」
「まあまあ、おねえちゃん、オトーサンも冗談で言ってるんだからさ。」
「いや、スーツプレイとかもいいなあって思ってたりするよ。」
「あー、もう、どうしてそう収集つかないほうへ行くかな。続きが聞きたいの。」
「もういいんじゃない。どうせこの話自体、パンツでおちゃらけて終わりだよ。」
「ふぅ、分かった。私が大人になるから、続けましょ。あなたの話。」
翌月曜日。
資料をそれぞれ噛み砕いている時間。僕も改めて、内容を確認している。
う~ん、これ、なんで僕が書けたんだろうか。はっきり言って謎である。資料にしては、逸脱しているし、本当に読み物のような感じである。
「ねぇ、これ、どうやったら書けたんだろうね?」
「いやいや、君がまとめたんじゃん。私達としては、これで要点をまとめれば、下書きに入れる。でも、ここまでで要点がまとまってるんだよね。だから、この内容から、どれをピックアップするか、それをまた教えて欲しいよね。」
「と言ってもなぁ...本心を言うと、それはみんなで相談して欲しいんだよね。それぐらいみんなでやって欲しい。もちろん、軌道修正は僕がやるから。」
「分かった。とりあえず、みんなでやってみよう。こっちにはこれだけまとめてくれる味方がいるんだから、私達も頑張って出し物をまとめよう。」
「「「はーい」」」
さてと、これで僕は特にやることなく、監督だけ出来るかな。まあ、それだけの責任を負う覚悟はあるけど、それよりも自分でなぜこんなにきれいにまとまった資料を作ることができたのか、それが良くわからないんだよなぁ。
「あれ、輪に加わらないの?」
君が声を掛けてきた。どうも、話し合いでも中心にいて欲しい感じ。
「ああ、いやね、自分で作ったといえ、これを写すだけだと、僕以外が手を加えない掲示物になっちゃうからさ。僕は僕で、自問自答してるんだよ。あくまで、みんなで頑張った文化祭ってことにしたいじゃん?」
「昼寝してたのに?」
「痛いところ突くな。でも、分からない点があれば、一緒に考えていくし、それでいいでしょ?」
「みんながそれでいいなら、それでいいんじゃない。でも、私は少し手伝ってほしかったかな。」
「...買いかぶり過ぎだよ。君は僕になんか信頼を寄せてるよね。」
「だってそうじゃん。迷子になっても、冷静に自分の出来ることをやる、資料集めも、自分の出来ることをやる、これだけで、君は頼りになるかな。」
「そうなの?でも、たまたまだよ。僕はそれだけしか出来ない。君たちが求めるなら、それを一緒にやるけど、ほら、なんというかさ、その、」
「あ~、個人的な負担がね。確かに、この資料だけで、君はやりきったって思っちゃうよね。」
「僕も手伝えることはやるけど、それでも、補助に回るつもり。みんなが困っていたら、声を掛けてくれるだけでいいよ。」
「なんだ、ちゃんと頑張れるじゃん。やっぱり、君は出来る子だよ。」
「出来る子...う~ん、クラスメイトに出来る子って言われるのって、なんか複雑な気がするな。」
「私の励まし方。出来ることがある子は、みんな出来る子。そのまんまなんだけどね。」
「うん、分かった。それなりに頑張るけど、今はみんなで頑張って欲しい。」
苦手というわけではないんだけど、不思議な子だ。まあ、それにしたって、高嶺の花ってやつ。僕には過ぎた子だ。でも、頼りにされるのは、悪くない。
翌日
相変わらずうちの班は、文章の解読をやっている。ある意味、個人個人の意見に相違があるみたい。と言っても、資料に書かれていることが全てであり、どれを重視するかによって、印象が変わってくるのは、調べてるときにわかってたことだった。しかし、この人権問題というのは、実は自覚がないだけで、子供である僕たちも侵害しているような内容も色々ある。それがわかると、やっぱりショックを受ける子もいれば、綺麗事だと言うやつもいる。子供のコミュニティ、思春期も前半の子供のコミュニティでは、想像できないような内容が、僕の調査資料には書いてあるわけで、それを合否することより、本来ならば、そういうことを知らしめる必要があるのだと思っていた。だから、ここでディベートを始められても、おそらく溝は埋まらないだろうし、何より進行が遅れてしまう。社会人になると、色々なことを多次元的に見ることが出来るものだけど、子供にそれは経験がない。でも、なぜか僕はその辺が身についてしまった。だからこその1週間の解釈だったのだ。それがもう2日も押している。それにもどかしく思ってしまったが、僕はまとめ役でもなければ、主導するだけの人望はないと思っている。ただ黙って、資料を見ながら、教室でもウォークマンで音楽を聞いていた。僕がウォークマンで音楽を聞いていても、誰一人注意しないということは、みんな余裕がないのだ。僕が余裕ちゃきちゃきなわけでもないけど、なにかきっかけがあれば、打開出来るのかも知れない。
「ねぇ、監督さん、こういう感じにまとめてみたんだけど、ちょっと見てくれない?」
タイミング良く、僕を呼ぶ声が聞こえた。また違う女子、彼女とは1年からずっと一緒のクラスなんで、割とどういう子なのか分かる。なるほど。まとめ役をやってたんだな。
「監督...じゃないけど、どんな感じ?」
そこから、男女混ざって、何が重要で、何を伝えるべきなのか、その辺が、僕と同じ状態、つまり、僕の資料で完結出来ているということに結論づけられてしまったらしい。自分ではそうでも思ってなかったが、調査資料には異様な説得力があったのだ。う~ん、困ったな。それじゃあ、僕らのスペースは文章だけになってしまう。展示物が文字だけなものを、果たして保護者や教師から、評価されるのだろうか。
「う~ん、それじゃあさ、とりあえず中心にするのは、成り立ちと4つの原則にしたらいいんじゃないかな。それ以外は、もったいないけど切り捨てよう。時間にも期限がある。」
「ということなんだけど、どう思う?」
さて、ヒントというか、僕ならこうするという意志は伝えた。あとは、みんながそれをどう思うか。個人的には、そこまでやってほしかったけど、馬鹿にしているわけではないが、僕が見えている主題と、みんなそれぞれが思う主題というのは、それぞれに異なる。意思統一が出来ていないまま、2日もかかっている。なるべくなら、僕の案で納得して欲しいところではある。
「いいんじゃない。だって、...が調べて、そこが重要だと思ったなら、俺たちはそれ以外を選択する必要はないと思うよ。」
「そうだよね。これじゃあ、書き出すまで、まだ時間かかりそうだし、いっそ見切り発車でもいいのかもね。みんな、やってみよう。」
「「「はーい」」」
結局、僕の意思が通ってしまった。僕はもっと色々なことを考えてほしかったけど、間に合わないのは一番まずいので、その点を重視すべきだから、仕方がない。
「やっぱり、言葉に力があるよね。」
「そうなのかな?僕は、自分が重要な点を、みんなに伝えただけだよ。」
「だけど、君がきっかけ。本当に出来る子なんだね。私も頑張らないとね。」
「僕は字が下手だから、掲示物に関してはみんなに任せる。とりあえず、じゃあ重要な部分を抜き出していく作業をしてくるか。」
「みんな頼りにしてるんだよ。頑張れ。でも、あと8日しかないけどね。」
「寝ないでまとめるよ。成績下がったら、誰に責任を取ってもらおうかな。」
不思議なもんで、君と話してるだけで、なんとなく出来ると思ってしまうんだよね。どうしてなんだろう。
「オトーサン、絶対私のこと、すでに好きになってるよね。」
「そうなのかな。でも、やっぱり高嶺の花ってイメージが強かったよ。僕はたまたま知らなかっただけで、君はモテモテだったんでしょ?」
「やっぱり、心に来る人はいなかったのよね。あなたもそうだったかもしれないけど、私も、あなたの言葉は気になってたのよ。」
「そんなもの?」
「そうそう。不思議と成功させてしまうオトーサンのあの能力。大人になれば誰もが羨ましがる能力だと思うんだけどな。」
「それは、全てがわかった今だからだよ。君も大人になったから、すごいって思うようになったんじゃない?」
「そういうものなのかな。17の私は、それを当たり前に見てたのかな。」
「それでいいんじゃないかな。大切なのは、今、それを知った上で、色々話をする。それだけで、たいていの小競合いは、丸く収まる。」
「大人よね。落ち着きもそうだけど、あなたには、あの頃以上の説得力がある。元々その素養はあったから、みんな話を聞いてくれたんじゃないかな。」
「...褒めてもらってるなら、ありがとう。」
「いいえ、こちらこそありがとう。あなたのその能力と、判断力はやはりずば抜けているわよ。」
水曜日
いよいよ模造紙に内容を書いていくことになった。僕はチェックしただけ。あとは任せるといった感じで、見つからずに昼寝をしようと思ってたんだけど、君に見張られてた。
「いつものところで寝てるだけだから、解放してくれないかな?」
「だって、みんなが書いてて、疑問に思っても、回答者がいないと駄目でしょ?」
「それこそ、僕の出番じゃない。みんなで考えようよ。」
「そう?理解できてるのは君だけじゃない。」
「う~ん、それがみんなの総意なら、僕はどういう立場なの?」
「いいじゃん、班長みたいな感じ?」
「...んじゃ、班長の仕事は寝ることなんで。昨日も要点をまとめたから、いい加減眠いんだよ。」
「それじゃ、ここで寝てていいよ。」
「はぁ、それじゃ、甘えさせてもらうよ。わからない時だけ、起こしてね。」
「素直でいいね。ちょいちょい見てるからね。」
と、頭を上げた。
「ん、どした?」
「ああ、ごめん。続けて。なんか呼ばれた気がしたんだよ。」
「びっくりさせないでくれよ。班長さん。」
「...ん?班長?」
「そうなんだろ。お前がまとめたものを、俺たちが形にしていく。お前はブレーンで、班長ってわけだ。」
君はニヤニヤしてる。くそ、目を離した隙に色々言いふらしたな。
「はいはい。せっかくだから、班長じゃなくて、監督のほうがいいな。作品を仕上げてるわけだし。」
「...なんかしっくり来るね。そっちで行こうぜ。」
「ってわけで、とりあえず形にしていくよ。監督。」
...監督ねぇ。どうしたものか。班長よりは、なんか作ってるっぽいからいいとふざけてみたが、まさか使うとはなぁ。
監督というのは、本来総合的に案件をまとめる人間だ。
僕の役割は、原案、あるいは原作者ぐらいのレベル、まあ、監督の仕事は、これから先に待ってるんだろう。
こうして、木曜日、金曜日と作業は続いていき、とりあえず文章はある程度出来た。ここから先、如何にして読んでもらえるか、如何に目を留めるものへ飾り付けるかだ。
そして、文章の読み直しなんかも必要だ。あるいは、修正をお願いするかも知れない。本格的に監督をすることになるとすれば、ここからだろう。
明けて月曜日。
「う~ん、ちょっとお願いがあるんだけど。この最初の見出し、こっちに差し替えにしてもらえるかな?」
僕は、気づけば黙々と修正点を上げて、また遠くで俯瞰し、こっちを直してと。あれ、普通に、僕が監督してるなこれ。
「挿絵を丸く切って、ここの穴埋めしちゃおう。文章は辻褄合わせでいく。ちょっと模造紙を多めにもらってきていいかな。」
きっと、一つのものを完成させるのに、人を動かすということは、こういうことなのだろう。そして、ある意味、僕がこの作品の責任を負うということになるわけだ。
「あ、ちょっと待って。う~んと、あ、ここからここまでを模造紙で覆って、なんか図書館から資料借りてきてさ、それっぽい絵を追加して。」
「なんか、あいつってこういうこと出来るのな。良くわからないやつだと思ってた。」
「ね。でも、あんまり成績も良くない。愛想はいいがそれだけだと思ったら、これだもんね。正直、侮ってた。」
そう、本当に君は出来る子。アイディアをまとめて、それを具体化出来る原動力を作れる人。だから、反動で眠ってしまう。でも、それが許される人。
うらやましいかもしれない。私みたいに、順序立てて物事をこなすことが難しい人には、すごく眩しく見える。もうすぐ、君が作った作品が見られるね。
「これってどう思う?なんか、直したことによって、ちょっと意味が変わってきてる?」
「う~ん、どうだろ。俺等はわかってるからいいけど、パッと見で分かる感じじゃないのかもしれない。」
「ヤダな。直したところをもう一回直すってのは。」
「頭下げて筆記担当に新しく書いてもらおうか。その間に、お前が文章を程よく直してくれよ。」
「よし、それで行くか。無理なら僕も頭下げるから、行ってくれや。」
月曜日にして、2回同じ箇所を書き直しするというのは、労力がかかる。ならばいっそのこと、挿絵まで計算した絵コンテを用意すべきなのだろうけど、その絵コンテを書く時間が惜しい。なぜなら、うちの班は調査から文章の解読まで3週間を掛けてしまっているから、時間の余裕がなさすぎるのだ。そして、思った以上に僕も含めて、内容の落とし込みが出来ていない。それだけ難しいスポットだったのは確かだろうと思う。大体にして、この場で言うのは問題だが、このセクションに比べると、他の班は、これまでと、これからを書くだけでいい。事実はあれど、大した内容は詰まってない。特に未来のことなんて、誰一人としてわからないけど、少なくとも子供の人権向上へ努力していくのだろう、で終わりにしていいのだ。本音を言えば、それほどのリサーチはいらなかったとも言える。だから、学校の図書室の資料だけで書いた前半セクション、そして憶測だけで書かれた後半セクションに比べて、内容が浮いてしまっている。とはいえ、ここまで付き合ってもらった班のみんなのためにも、中途半端にしたくはなかった。
「ちょっと、集まってもらえないかな?」
僕が掛け声を掛けた。とりあえず、手を止めて集まる班員。
「教えて欲しいんだけど、どれぐらいの字のサイズなら、読んでみようかなって思う?どこまでの高さなら読んでみようと思う?その辺を詳しく聞きたい。」
そうして、今までの違和感を取り除いていく方法を講じてみた。そして、とりあえず、はがせるようにマスキングテープで、文字のエリアを形作ってみた。
「案外、狭いんだな。そこに勘違いがあったか。う~ん。」
「どうしたん?監督さん。」
「いやね、他の2班に比べて内容が詰まってるだろ。だからさ、文字を読んでもらえるとしたら、どれぐらいの高さまでなのか、どれぐらいのサイズなのかを知りたかった。と、なると、この時点でこのテープより下の文章と挿絵なんかを、もっと分解して、最適な位置に配置していくしかないんだなって。」
「それって、やり直しってこと?」
空気が重い。そりゃそうだ。半日が無駄になるわけだから。僕だってどうにかしたい。
「そうしたら、悪いんだけど、ここから後ろの文章を、更に簡略化する。悪いけど、挿絵とかを上に貼れるように、切り取ってもらえないかな?」
作業量にして、今日の作業量の8割近くを、作り直したいと言っているんだ。賛同はしてもらえないだろうな。
「ねぇ、それだと前半の文章とバランス合わなくなるから、文章は改めて全部簡略化して、このテープの中に収めるような感じで、周りに挿絵を散りばめるほうがいいんじゃない?」
「生徒はそっちのほうが見慣れてるか。授業みたいだもんね。」
「それでも文章に空きスペースができちゃったら、今度はそこに絵でも書こう。それでいいでしょ?」
あれ?みんな、意見が言えるじゃない。なんで、最初から言わないの?
「あ、うん。ありがとう。悪いけど、とりあえず、再利用出来そうなものを切り落として、今日は終わりにしよう。僕は、更に文章をまとめるよ。」
まいったな。もっと反発されると思ってたけど、とりあえず道筋は見えてきたかな。
「あの時、もっと反発されると思って覚悟してたんでしょ?」
「うん。いや、最後にはもう自分で全部作ろうかぐらいの考えもあった。でも、なんか、みんな意見が言えるようになってたんだよね。」
「触発されたのよね。劣等生だった人間が、どういうわけか文化祭でぐうの音も出ない資料をまとめて、解釈してしまった。そこまで頼り切りだったみんなはどうすればいいかって、本能的にわかったのかもね。」
「だけど、オトーサン、その辺、なぜか妥協がなかったよね。今とは大違い。」
「今は妥協じゃなくて、許容してるのよね。」
「いい意味で若かったと思う。それに、ああいう体験は一握りの人間しか出来ない。たまたま、僕の番だっただけ。誰がリーダーでも僕はしっかりとした中身を用意しただろうと思うよ。」
「あら、でも、それだと逆説的に、しっかりと中身を用意しちゃったから、リーダーにならざるを得ないことになっちゃうかな。」
「なるべくしてなったんだ。リサーチャーになった瞬間、オトーサンには、その役割ができちゃったわけだ。」
「いや、そんな機会がそのあとなくて、本当に助かったよ。」
火曜日。本番は土曜日とはいえ、学内文化祭だから、その日は作業が出来ない。残り4日。
ブラッシュアップした原稿は、とうとうノートの見開きぐらいに収まるまでに縮まった。班で内容を確認していき、各々がそれまでの原稿と見合わせる。
「...言いたいことが全部わかった気がする。この前のやつが読み物としたら、これはキレイにまとまった要点を書き出した原稿だわ。」
女子の誰かがそんなことを言った。3回目にして、ようやく脱稿の兆しが見え始めた。そして、これ以上無駄な内容はない。なんなら、少し足してもいいぐらいだ。
「時間がないから、とりあえず字のサイズをA4で4文字入るようにして、一回通しで書いてみてもらえないかな。書き直しの模造紙はこっちで調達するよ。」
「分かった。ちょっと雑になるけど、やっていくね。」
「それじゃ、模造紙もらってくるよ。」
「あ、私も一緒にマーカーもらってくるね。
君がついてきた。同じ作業をやってたはずなのに、なんか久しぶりな感じがする。
「やっぱり、君は出来る子だったんだよ。監督さん。」
「その出来る子っての、最初はなんか嫌だったんだけど、しっくりくるようになってきた。」
「自分が出来る子だって認識したんだよ。私は、京都で知ったんだけどな。」
「あの時は偶然。今回は自分で出来ることをやってる。その違いなのかな。」
「楽しい?」
「楽しい、かな。」
「最後まで、楽しんで作れるといいね。」
「あ、うん。そうだね。」
そこからはベースの模造紙をもう一度張り直し、書き終わった清書用の模造紙を重ね張り。そして寂しくなってしまう上下には、昨日切り取った挿絵や、今日新しく書いている挿絵をどんどん飾り付けていく。
「なんとなく文字が小さい感じするけどなぁ。いっそ、ノートの再現で、要点だけを大きくするとか、そういう工夫が合ったほうが見やすいのだろうか。」
自問自答しながら、とりあえず完成を待ってみる。しまったな。白の模造紙に文字を書くんじゃなかった。あ、いっそ要点はカットした違う色の模造紙でもいいか。
頭の中でアイディアが生まれていく。こういう感覚は嫌じゃない。今までは考えることしか出来なかったけど、今の僕には、班のみんながいて、手伝ってくれる。いいかなと思えば、実現出来る。駄目だったら、また考えればいい。トライ&エラーの繰り返し。試行錯誤とはまた違う、時間のない中での違和感探し。
それからは、毎日似たようなことをやっていた。気づけば、挿絵だらけにはなってしまったが、伝えたいことは、詰め込んだ。
「これでいいんじゃないの。監督。」
「完成にしましょうか。ありがとうございました。」
初監督作がそのまま遺作であるが、文化祭の掲示物は無事完成した。勉学には全く必要ないが、多角的に物を見ること、そして考えるようにすること。こういうことは、もしかするとこれが初めてだったのかもしれない。この中に、僕と同じ感覚を持つ人間はどれだけいるんだろうか。そんなことを思ってしまった。
「オトーサンの中で、あれはどこまで計算ずくで、どこまで天然だったの?」
「ん、そうだなぁ。マスキングテープで読む範囲を作っただろ。あれは計算だった。当然、あの位置に収めるように文字を精査したのも計算。予想外だったのは、もったいないからって色々飾り付けしちゃったり、文字を直すのに他の色の模造紙を使ったら、なんとなくとっ散らかって、まとまりがなくなったのは天然かな。でも、前後との内容への違和感を隠すことが出来たから、僕はそれでいいと思ったんだ。」
「...今も後悔することがあるのね。」
「はしゃぎすぎたんだよ。若かった。でも若いから、ああいうとっ散らかっていいものが出来上がって当然なんだ。本物を知らないわけだからね。」
「それでも心残りがあるの?」
「心残りというか、本当は、みんなそれぞれに完成図があったんだと思うけど、それを、僕に委ねて、正解だったと何人が思ったのかなって。」
「それは、きっと全員それぞれに答えが違うの。社会に出ても、理想と現実は程遠い。でも、イメージを描けた人間を、私はあのとき羨ましく思ったの。」
「それだ。私がオーストラリアで足りないと思ったこと。そうか。こんなところに答えがあった。」
「どんな答えがあったのかな?」
「私がオトーサンの、イメージを持って行動しなきゃいけない、と思っても、イメージっていうのが良く分からなかったんだ。イメージの先、完成図を持って、行動するってことなんだね。」
「あら、それ、私がいつも言ってるじゃない。でも、そうか。イメージって言葉が便利なのがいけないわよね。よくなりたい自分って言うけど、なりたい自分になれる人は本当に数少ない。そのぐらいなれないと思うのよ。そのなりたい自分というものに、どこまで高いディティールをイメージしているか、完成図を持っているかで、その人の人生は大きく変わるのかもしれない。でも、完成図にとらわれると、今度は現実とのギャップに悩まされる。だから色々な方法を知っておくの。現実に即した自分、理想だけで出来上がった自分、そして、今を生きている自分の完成図、それをイメージすることね。」
「で、二人はそれが出来たの?」
「僕はどうかな。その時の心のままに生きてきた。だから、ある意味イメージとは全然違うけど、常に正解しか選んでいないと思う。その結果が僕だ。」
「かっこいいわね。私は...まあ、アレよ、あなたに託した的な。」
「そっか、色々難しいね。」
「でもね、アレを経験して、一つわかったことがあった。人間を動かすにはどうしたらいいか。一つは人情と愛嬌、もう一つは自分の力量だ。たまたま、あのときの僕はその力量をみんなに見せることが出来たから、結果的にまとめることに成功したと思っている。そういう運も、自分の力量についてくるものだと思ってる。」
「そうかもね。私も、この人の実力を最初に目の当たりにした人間だからそうだったけど、学力ではない、学校では教えてもらえない実力を、その当時から持っていたわけだもんね。」
「でも、その割にしては、私のオトーサン像は、もっと大人な気がするんだよね。」
「そりゃそうよ。17歳に会った、38歳のこの人じゃあ、今の方が強烈だわ。色んな意味でね。」
土曜日
かくして、まずは学内での決着をつけるべく、名誉あるクラス対抗の合唱コンクールがあった。
我が3年6組は抽選順に恵まれラス2ではあったが、この年は出来レースのような感じで、3年3組が優勝する。本気ではなかったが、3年3組が3年で1番目の歌唱であり、インパクトに欠けていたこと、それと課題曲の難易度の低さに問題があった。とはいえ、結果は結果であった。一波乱が起きたこともあり、客を招いての出し物の評価が、より公平なものかどうか、若さという熱が、欺瞞を許さない空気となっていった。そして、僕は僕で、君とは違った文化祭のドラマに巻き込まれていく。
2日めに続く
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