Life's margins Series 1 好きだったあの人へ Memories 2

「今日は、これ、持ってきた。」

「うん、ありがとう。さっそく持って帰って読むね。」

「感想、聞きたい。教えてね。」

相変わらず真っ赤な可愛い顔、か細い可愛い声。この子は、本当に今まで見つからないのが不思議でしょうがなかった。

そして、袋の中を見た。いや、これすげえ冊数あるけど、なんだ?...花より男子か。うーん、これもアニメをやってたやつだったりしたな。

でも、まともに読んだことないな。この際だし、23冊あるけど、まあ、読んで見るか。


僕らは、まだその支配の中で、危険な綱渡りをずっとしていた。担任は、漫画の貸し借りぐらいならと容認してくれているが、それよりも男女関係になることを問題としていた。

僕は我慢をしていた。担任にすべてを聞いていたから、より気を付けるようにした。幸いだったのは、ふたりとも奥手な人間だったから、好きという感情なのかどうかも分からないけど、お互いに好意を持っていたというところだった。あ、もちろん、僕は自分の気持ちには気づいてたけど、それは自由になってからでいいと思っていた。


さすがに2週間ぐらいかかったかな。一応、出ていた23巻までは読んでみた。

しかし、ちょっとこの物量は、袋でも目立つような気がする。まあ、しょうがないか。

僕は、彼女の机へ借りた漫画を持って行った。


「これ、ありがとう。まだ続いてるんだね。知らなかった。」

「うん、アニメは終わっちゃってるけど、全然違う話。読んでくれて、嬉しい。」

「そっか。重い思いをさせちゃったね。よいしょっと。」

机の上に載せた。後々思うと、この行動が、発端だったのだろうと思った。

彼女はいそいそと鞄の中に詰めていた。見つかったらまずいというのもあるし、何より冊数も多いから、このまま持って帰って見つかっても、面倒なことになりかねない。

そもそも、下校時に持ち物チェックなんてする学校が、あの時代ですらどれだけあったんだという話だ。生徒に人権はないという態度を取っているのが、腹立たしいだけだ。

「また、違う漫画貸すから、待っててね。」

「うん、ありがとう。楽しみに待ってる。」


それからも、彼女との漫画の貸し借りはしばらく続いた。別にやましいこと...あ、漫画の貸し借りはやましいことか。

ともかく、お互いの紹介する漫画を楽しみにしながら、学校へ通っていた。僕にとっては、高校とはそれが全てに近い。同級生がいい大学に行こうと思って勉学に励もうが、それよりも、年齢的に楽しまなければいけないことがある。小さな反抗みたいなものだった。


しかし、彼女に良からぬ噂が立ち始める。それは、例の停学の件である。どこから話が漏れ伝わるのかは知らないけど、彼女の停学の理由に関して、ヒソヒソと話をするカースト上位の女子たちが出てきたのである。後に、僕も巻き込まれることになるが、それは、少し後の話だ。


「私の噂、気にしてないの?」

ある時、漫画の貸し借りをしていて、聞かれたことがあった。

「気にしたところで、漫画の貸し借りが出来なくなるわけじゃないよ。君が貸してくれるから、僕も貸すんだよ。」

「そうなんだ。意外と、気にするのかと思った。」

「別に事実だとしたって、漫画の貸し借りに影響はないよ。君も、僕も、好きな漫画を読んで、感想を教え合う。それだけの関係だよ。」

この頃は慣れたらしく、顔もそれほど赤くならなくなってたけど、この時はさすがにまた真っ赤にしてた。

「うん、ありがとう。また、漫画借りるね。」

「あ、自分のペースで、読んでくれていいからね。」

彼女はコクッと頷いた。



「で、お前は、どうなのよ。当事者に限りなく近い感じだけど。」

友人に聞かれた。噂ではなく、事実を知っている僕にとって、それはどうという感情でもなかった。

「いや、別にそれほど何かを思ってるわけでもないよ。だけど、同じ趣味の人だから、いなくならないで欲しいかな。」

「あれ、意外と何もしてないってこと?」

「当たり前だろ。毎日、お前らと下校してるってことは、特に関係があるわけじゃない。そりゃあさ、漫画の中にラブレターでも挟んであれば、嬉しいけどさ。」

「興味がないわけでもないけどってやつね。まあ、でも自分で証拠を示してるんだから、お前はシロだよな。」

「シロ?何の話?」

「え、マジで知らないのか?お前と、彼女の関係に付いて、いらない尾びれが付いてきてるって話だよ。」

「...そうなの?お前、それ、誰から聞いたんだ?」

「いや、いつも話してる女子に聞いた。お前が、あの子と付き合ってるんじゃないかって噂をされてるって。」

警戒心が薄かった。いや、そういうレベルではなく、何を言い訳にしても、このままでは事実ではないことが、事実であると、同調圧力にやられる気がする。

「ホンネを言えば、あまりあの子ともう話さないほうがいいと思うけど...」

「悪いな。漫画の貸し借りだけはやめるわけに行かないんだよ。彼女はどう思ってるか知らないけど、僕は、楽しみになってしまってるからね。」

「なんだ、てっきり、エロゲーとか、絵にしか興味ないのかと思ってたよ。だけど、本当に気を付けたほうがいいよ。噂レベルでかき消せるところは、俺もなんとかするよ。」

「ごめん。なんかいらないことに付き合わせてるかもしれないよな。」

「いや、俺も、その辺がはっきりして良かった。まあ、頼むから、停学処分とかにはなるなよ。なんか、今の風紀の担当者は、やたらに不純異性行動と言って、言いがかりみたいなものを付けて回ってるらしいから。これ以上噂が大きくなれば、お前にも目が行くはず。」

「その時はその時。あくまで、僕は、彼女と漫画が好きって共通点で繋がってるってだけだよ。」



別に実害もなく、彼女と漫画の貸し借りの日々は続いた。くすぶり続ける噂はあるが、クラスのほとんどが、本当に漫画を貸し借りしてるだけだと認識していたようである。

それから、ふしぎ遊戯やら、るろうに剣心やら、ヒカルの碁やら、さすがにご近所物語を持ってきてくれたときは、自分でも持ってると断ったりした。

彼女の漫画の好みはよく分からなかった。少年漫画も読むし、少女漫画も読む。そして、必ず、感想を聞かせてくれる。それも詳しいオタクっぽい感じではなく、簡潔にまとめたような、非常にシンプルだけど、感じたままを聞かせてくれていたのだろうと思った。

理屈はいらない、彼女は素直なんだ。素直な感じ方に触れていたい。それが、僕があの頃思っていた感情なのかもしれない。そう、僕と再会したころの、娘みたいな感じだった。



「...、それと...、放課後、ちょっと生徒指導室に来なさい。」

ある日の昼休み、話したこともないような教師からそう告げられた。僕と彼女?

「どうしたん?なんかやった?あの子と一緒に呼ばれるなんて。」

「漫画の貸し借りぐらいしかしてないのにな。あ、そのことか。」

「参ったなぁ。僕、なんて言い訳をしたらいいだろう。素直に言ったほうがいいのかな。」

「まあ、嘘は言っちゃいけないだろ。正直に話してきたらいいんじゃね。」

しかし、同時に強烈な悪意のある笑い声が聞こえたのも、見逃さなかった。それは、カースト上位の女子グループで起きていた。

おそらく、僕らはハメられたのだ。さも事実のように話をされ、クラスのスキャンダルにしてしまう。それが自分たちの力を誇示することになると、カースト上位では思っていられたのだろう。ただ、大っぴらに動くのは良くないし、学校側に事実を告げればいいのだ。

「悪いな。明日から休暇だったら、笑ってくれ。」

「おいおい、何か思い当たることでもあるのかよ?」

「いや、ないけど、嫌な空気と圧力を感じる。僕だけで抑えられれば、明日もこの席で飯を食ってる。」

「あんまり無茶はしてくるなよ。」

「いなくなったら、面白くないんだからさ、必ず明日も登校してくれよ。」

「それぐらいの覚悟でいるってことだよ。もちろん、何もなければ、明日も登校はするよ。」


気づいてしまったことに目を背けることをするのは、やっぱり気に入らない。でも、僕はいいけど、彼女まで巻き添えにしたくない。

午後の授業を受けつつ、足りない脳みそで、アレコレを考えた。


帰りのホームルームが終わったあと、僕は担任のオバちゃんに話を聞くことにした。

「先生さ、呼び出し受けてるっての、知ってるよね?」

「ごめん。先生も、急に話が回ってきて、状況が理解出来ていないんだよ。」

「普通、男女で呼ばれるとしたら、やっぱりアレだよね。」

「その覚悟はしていったほうがいいね。アンタは悪いことしてるわけじゃないし、今日までのこと、多めに見てるところはあるけど、問題だとは思わない。」

「となると、誰かが垂れ込んだって考えるほうがいいのかな。」

「さすがに、なにか証拠がない限りは、呼び出しまで行かないとは思うんだよね。私の知らないところで起こってることなのかも。」

「いや、迷惑を掛けるつもりはないんです。だけど、先生がその状況じゃ、本当にわからないとしか言いようがないのも一理あるなって。」

「アンタ、別に悪いことにはならないと思うけど、彼女には前科が付いてしまっている。だけど、この学校では、自分の身を第一に考えなさい。」

「...そういう感じなのね。分かりました。それじゃ、ちょっと指導されに行ってきます。」

「いいかい、アンタは明日も登校してくるんだよ。」

生徒思いの良い担任だったと思う。こういう組織にあって、今までこの人にも何回かは守られたのかもしれない。


ガラガラ

「失礼します。」

入っていった生徒指導室では、すでに生徒指導の先生と風紀担当の先生が、彼女と向い合せに座っていた。

「そこに座れ。」

あ、コイツが昼休みに来た奴だな。風紀担当ってのは、随分ガラが悪いんだなと思った。お前のほうが、学校のためにならないだろうとでも言おうかとも思った。

素直に僕は着席した。そして切り出したのは、生徒指導の先生だった。

「まずは、呼び出してしまって、済まなかったね。」

生徒指導の先生は、穏やかな方のようだ。話をするだけなら、この人でも十分通るかもしれない。

「さて、二人共、ある生徒から匿名でこのような写真を提供された。」

二人でその写真を見る。どうも、僕と、彼女が親しげに喋っている写真だ。あ、僕は、この子と、こんな顔で話していたんだな。

「申し開きというか、理由を尋ねたい。なぜ、このように親しげに話していたんだい?」

僕が口火を切った。

「それは、二人で趣味の話、漫画とかアニメの話をしていた時の写真ですね。彼女とは、クラスメートですし、趣味が合うからそういう話をしてたんです。」

「嘘を付いてるな。この時、デートプランの話をしていたと、紙が添えられていたんだよ。どうせ、苦し紛れに考えた嘘だろ?」

風紀担当の大声。そんなに人を罵りたいのか、それとも、嫉妬心なのか、僕はなぜこの人がこんなに起こっているのか、理由が分からなかった。」

「嘘を付いている?なら、先生は名のりもしない、ただ写真とメモだけを残していく、匿名の知られたくない生徒の意見を信じるというのですか?」

「言い訳するんじゃねえよ。お前がそうですって言えば、学校も穏便に済ませると言っている。さあ、そうだったんだろ。」

「そんなことありえません。理由を述べれば、言い訳するななんて、どこの世界で通用するんですか?僕らは、理由を話に来ただけです。それは脅しですよ。」

「脅しなんて言葉を使うとは、だから理屈っぽいのは嫌いなんだよ。そういうことを聞いてるんじゃない。今すぐ学校を辞めたいか、それとも停学処分になりたいか、そういうことを言ってるんだよ。もう、悪いことはしてるんだよ。」

頭を拳でグリグリさせながら、風紀担当は言ってきた。

と、生徒指導の先生が手を上げ、すかさず、しまったとばかりに、風紀担当は僕の頭から拳を離した。

「済まなかった。彼がエキサイトしてしまったね。」

あまりいいともいい難かったが、担任の言葉を思い出し、

「いえ。」

と答えるのが精一杯だった。

「それじゃあ、...さん。君のほうの理由を聞かせてくれないだろうか。」

「...私...趣味の話...楽しくしてただけ...です。」

か細いというより、もはや消えかかっているような言葉だった。案の定、調子にのる奴がこの場にはいる。

「聞こえないよ。もう、そういう話をしてたんだろ。どちらにしろ、認めたようなものだから、声にもならない言い訳をしてるんだろ、ああ?」

「一つ申し上げたいのですが、先生、風紀ってなんですかね。チンピラみたいな脅しを掛けて、停学だ退学だって、自分の思い通りに審判を下すことなんですか?」

怒りから一言言ってしまった。まあ、僕はこれで終わりかな。

「わかんねえ奴だな。お前らは、もう共犯ってことで、停学か退学になるってことなんだよ。残念だったな。楽しい学校生活が終わって。」

「あまり無礼なことを言うんじゃない。彼らの未来を何だと思っているんだ、君は?」

生徒指導の先生がその暴言を止めた。まだ、話の分かる人がこの学校にはいるらしい。

小さく会釈をして、

「済まない。不快な思いをさせてしまったね。私達は君たちの未来を預かる身として、相応しくない行動を取ってしまった。」

「ならば、彼女の言い分も聞こえたんじゃないですか?僕達は、本当に趣味の話をしていただけなんだ。それを、決めつけで話をされたら、誰だって真実を話すことは出来ないでしょ?」

隣で、青くなって、小刻みに震えている彼女が目に入った。

「そうやって、事実も確認しない、恫喝して相手を萎縮させる、そして、誤認情報に踊らされる。彼女の怯えっぷりを見て、そんな紳士的な言葉で片付けられますか?」

気がついたら、僕はなぜか泣いていた。

「彼女と趣味の話をしてただけですよ。それなのに、彼女はこんなに怖い目に合ってるんですよ。あなた達から、何を学べと言うんですか?恫喝の仕方ですか?」

「いちいちうるせぇんだよ。一発殴られたいのか、小僧。」

ま、もういいだろう。オバちゃん、自分の身を第一に考えるなんて出来なかったよ。こんな理不尽に、彼女は一回あってるんだもんな。誰かが助けてあげないとダメだったよ。


ドン!

大きく机を叩く音が聞こえた。僕も我に帰ったような気がした。

「そこまでにしなさい。教師が殴るなんて言葉を使って、恫喝するのは問題だ。君も、彼らに謝るんだ。」

「理由がわかりません。ここまで反抗したからには、風紀を乱していると私は判断してるんですよ。」

「君が、彼らの生殺与奪を握っているわけではない。最終的に、学校が下すことだ。君は、何かを勘違いしているようだ。残念だが、この部屋から出て行きたまえ。」

「勘違いしているのは、先生の方じゃないですかね。その甘さが、舐められる原因を作ってるんですよ。」

「私は、この学校に従って発言しているだけだ。君のように、恫喝したり、事実でない情報を精査せず、最初から決めてしまっていたようでは、話にならない。今までは君が問題ないと言っていたから、信用していたが、とんだ認識違いだったようだ。」

そして、風紀担当を部屋から追い出すような動きを取り、体格では劣るものの、体全体を使って、ドアまで押して行った。

「残りの話は私が聞きます。あなたは、今日に限らず、今学期行ってきた風紀指導を、もう一度考え直しなさい。学校からの処分は、追って伝える。」

その言葉を聞いたところで、急にドアを開け、舌打ちをしながら出ていった。当然、乱暴にドアは閉められた。

隣を見ると、彼女は泣いていた。こんなところに遭遇したことは、人生でもなかっただろう。怖い思いをさせてしまった。


「本当に申し訳ない。この通りだ。」

生徒指導室は非常に狭い。その中で起立し、90度に腰を折って謝罪をしてくれた。その謝罪は、僕にはもったいない。彼女が受け入れるべきことだと思っている。

「荒れてしまった。君たちを守ってあげられず、本当に済まなかった。あの教師に関しては、私から学校に報告しておく。」

そして、一息付いて、

「最初から、仕切り直そう。私は、君たちを信じてあげたい。そのための申し開き、理由を聞かせてくれないだろうか。」

結局は堂々めぐりであったものの、同じことを説明した。

「先生、僕はずっと疑問に思っていたのですが、その写真と、メモというのは、一体どこから出てきたものなのですか?よくよく考えてみれば、この学校では、カメラの持ち込みは認められていないだろうし、これは、盗撮に当たる事象です。そしてそのメモの内容。更に風紀担当の先生の言い分。明らかに犯人がいるとは思いませんか?」

わざわざ現像代まで出して、そういうことをしたい人間。そして、単なるメモ書き。筆跡から見て、犯人は浮かんでいるのだが、あぶり出すのもどうかと思った。

「君の言っていることはもっともなことだ。でも、我々には、その匿名の人間を探す権限はあっても、それを裁くための規則が存在しないんだ。いや、まあ、写真を取ったということで、規則違反をしていることには出来るが。」

「ただ、おおごとにしてしまったのは、確かに責任があると感じています。責任があるとすれば、その隙を作ってしまった、僕にあります。彼女にはありません。」

本当なら、肩を抱いてあげたい。本当なら、安心させる言葉を掛けてあげたい。しかし、紳士的とは言え、この人も先生だ。そんなことを、目の前でするわけにはいかなかった。いや、僕の度胸が足りなかったのだろう。

「大人しく僕は罰を受けるつもりです。そして、学校には、その匿名の人間の特定と、厳正なる罰を与えてください。でも、ただ怯え続けた、彼女は許してあげられないでしょうか。」

「君は面白い生徒だね。非常に知的で、自己犠牲も厭わない。そして暴言や暴力にも屈しない。えーと、」

そうして、いわゆる個人内申書というやつらしきものを手にした。

「成績はあまり良くないな。こりゃ、確かに内申点が悪くなると言えば、その通りだろう。ただ、私達にも落ち度はあった。その辺を考慮する。」

そして、彼女のほうを向いた。

「怖い思いをさせてしまったね。本当に済まなかった。君も、彼と言い分は一致している。特に問題には...え?停学処分?なぜ君みたいな子が停学になったんだ?」

「風紀担当の先生に...中学の友人と帰ってたら...」

「そういうことだったか。これは、ちょっとむずかしい話になってきたな。」

生徒指導の先生は、首をかしげてしまった。

「どういうことですか?」

僕が思わず聞き返してしまう。

「いいかい、理解力のある君だから話してしまうが、初犯はこの学校でも軽い処分。まあ、君の場合は厳重注意にしかならない。ただ、問題になるのは、同じ理由を言っていても、二犯、それも停学処分のある人間に対しては、厳格な処分を与えなければいけなくなってしまう。」

「それは、つまり、停学処分ということですか?」

「そういうことになってしまうね。ただ、君には迷惑を掛けた。取り消しとはいかないが、最大限に考慮して、1週間ほど、停学処分を受けて欲しい。」

「...わかりました。」

「分からないです。そんなことがありますか。あの風紀担当に捕まった?理由もなしに停学処分?それじゃあ、恫喝した人間が、彼女を2週間も停学処分させたという事実になるんですよ。理解しろという方がおかしいです。」

「君の言い分も分かる。でも、この学校でのルールは守らなければいけない。どういう理由であれ、彼女に初犯が付いていたのは事実としか言いようがないんだ。」

「でも、」

そこで、彼女が、僕の手を握って、止めた。

「ありがとう。大丈夫。私、すごく嬉しかった。君も嘘をつかなかったし、感謝してる。でも、私は、一度停学になってるから、ダメ。」

「ダメって。なんで諦めちゃうの。ねぇ、僕は、これから誰と、趣味の話をすればいいの?」

「ごめん。でも、待ってて。すぐに戻ってくるから。一週間、あっという間だから、待ってて。」

そして先生のほうを向き、

「ご迷惑を...お掛けしました。」

本当に消えそうな声だった。先生も、苦渋の表情を浮かべている。


結論として、僕には厳重注意、そして彼女には1週間の停学処分が下った。理由は風紀を乱したから。不純異性行動ではなかった。

そして、風紀担当の先生は、その日の内に理事会に掛けられ、自宅待機処分となったようだ。私立の高校あるあるだけど、ある時から教師が急にいなくなるということがよくある。残念ながら、彼はおそらく懲戒解雇処分になるんじゃないだろうか。


そして、風紀担当は、情報提供者の名を知っていた。それは、やはりカースト上位の女子のリーダー格だった。こちらに関しても、同じく風紀を乱したこと、更に盗撮が加わったことで停学処分となり、気がつけば机が無くなっていた。自主退学していたようである。


かくして、一連の話は集結した。が、彼女だけは、まだ1週間の停学処分を受けなければいけない。


「君はいい人だから...絶対に、待ってて。」

「うん、待ってる。また、漫画の貸し借りしよう。」

そうやって、その日は別れた。



それから、1ヶ月経った。けど、彼女は学校に来ることがなかった。


「というわけで、先生。あなたの知ってることを、僕はすべて教えてほしいんです。」

「何度も言ってるわよ。停学処分は明けてるって。」

「じゃあ、なんで、登校してこないの?おかしいじゃん。」

「アンタ、ちょっと生徒指導室に来なさい。」

「は、俺、悪いことしてないですよ。」

「察しなさいよ。この子は。」

あ、そういうことか。


「あれから、学校が謝罪に行ったの。娘さんを預けて頂いていたのに、2度も恫喝してしまったってね。」

「2回...そういうことになるのか。」

「でも、彼女はもう、学校に行きたくないと言い始めてるらしいのよ。非常に怖い思いを2回もさせられてるからね。」

「...。」

「このまま行くと、出席日数が足りなくなってしまう。けど、本人が拒否してる以上は、どうにも出来ない。」

「...で、その話を僕にするってことは、先生もついに僕の力を借りて話そうってことになったわけだ。」

「こんなことは異例中の異例なのよ。ただ、誤認とは言え、停学処分が2回も付いていると、内申点の心象も悪い。そういうところで、あなたの出番。」

「なんか、ドラマみたいな話。僕は、彼女の彼氏とかじゃないんだよ。」

「でも、私の知る限り、あなたより心を許してる生徒がいない。だからあなたに頼むのよ。たまには頼りになりなさい。」

「先生には恩義があるし、行くよ。先生が彼女の家に連れてってくれるんでしょ?」

「わかった。すぐに準備して、行きましょう。彼女の心のケアと、説得に。」


そうして、僕は担任と共に、彼女の家に行くことになってしまった。


ピンポーン

なかなかの佇まい。そこそこ大きい家のお嬢様だったんだな。知らなかった。

「あら、先生、またいらしていただけたのですか。申し訳ありません。それと、この生徒さんは?」

「初めまして、...と言います。娘さんと同じクラスで、仲良くさせていただいてました。」

挨拶が終わると同時に、ビンタされていた。

「アンタが、うちの娘を誑かして、停学処分にさせて。」

「お母様、誤解です。彼は最大限に罪を軽くする説得をしたんです。」

先生の言い分に、フンといった感じで返されてしまった。


「あなたには申し訳ないことをしたわ。ごめんなさい。」

「いえ、男性が出てきたから、そう思われるのは当たり前です。こちらこそ、申し訳ございません。」

なぜ、俺は彼女の母親と、彼女の家のリビングで話しているのだろう。しかも、さっきの勘違いをしっかり理解してくれるとは思ってなかった。

「先生、どうします?」

「会って帰りたいところよね。会わせていただけないでしょうか?」

「分かりました。でも、強制的に学校に来いとか、そういう話は止めてくださいね。」


トントン

「入るわよ。」

母親は扉を開けた。そして、僕らを招き入れるようにしてくれた。

考えてみたら、女の子の部屋って入ったことなかったなぁ。あ、やっぱり可愛らしいサンリオのグッズとかあるんだな。

「元気だったかい。今日は、お友達を連れてきた。」

「久しぶり。会いたかった。」


その時の彼女は、誰がどう見ても、お人形そのものと言った感じ、可愛さが詰まっている。

セミロングの髪に隠れた綺麗な目、童顔で、やっぱり可愛い私服...ああ、今だと地雷系って言うのかな?やたらピンクとかが目につく服。

今思うと、これは黛冬優子の服装そっくりだ。そうか、冬優子好きってここから来てるのかもな。


それはともかく、僕に顔を見られるのがイヤなのか、クッションで顔を隠してる。ちらっと見える顔は真っ赤になってる。

「なんで...入れたの?」

「先生と来ていただいたからよ。あなたの恩人らしいじゃない。」

「いじわる。」


「で、そのクッション、いい加減離してくれないかな。」

「はずかしい。そんなに見ないで。」

「アンタ達、そういう関係だったの?」

「先生、誤解だから。今度こそ不純異性行動になっちゃうじゃん。」

「先生、何にもない。ただの趣味の話をする友達」

あ、友達に昇格してる。これはこれで嬉しいね。

「ま、ゆっくり話してなさい。私は、親御さんにお話をしてきます。」

バタン


どうしよ。女の子の部屋で、好きな女の子と二人きり。全然考えてなかったぞ。

「何焦ってるの?」

「何って、二人きりなんだよ。」

「ゆっくりお話出来るよ。私、今、無限のリヴァイアスってアニメ、毎週見てる。」

「あ、それ僕も見てる。話の展開がスリリングで面白いよね。」

「嬉しい。こういう話、ずっとしたかった。」

「そうだね。僕も、君と話が出来て嬉しいよ。」

「ね、うちの漫画、見てみる?」

そうすると、暖簾の掛けられた本棚が開いた。あれ、意外と多くもない?

「私も、お小遣いから漫画買ってるから、そんなにたくさん持ってないの。」

「そりゃそうか。あ、Xとか、レイアースとか、CLAMP好き?」

「カードキャプターさくらも好き。読む?」

「僕はレイアースは読んでるんだよね。Xかな。でも、それは、次に借りるときでいいよ。」


「...ごめんなさい。」

「どうしたの?急に。」

「もう、学校、行きたくない。」

「そっか。ごめん。僕もあのとき怖かっただろうし、行きたくなくなるのもしょうがないよね。」

「え、説得しに来たんじゃないの?」

「う~ん、僕は、先生に付いてきただけ。会いたかったんだよ。」

すると、彼女はポロポロと泣き出してしまった。え、何か間違えたか僕?

「嬉しいよぉ。もう会えないと思ってた。」

「会えるよ。毎日...はもうすぐ自由登校になっちゃうけど、学校には毎日行ってるよ。」

「でも、もうあの教室、戻りたくないの。」

「そっか。うん、でも、君の居場所は空いたままだよ。毎日学校に行ってる僕が寂しいよ。」

「...分かった。頑張って登校してみる。」

「え、なんで?」

「登校しないと、君に漫画、渡せない。それに、私も、寂しい。」

「うん、そうだね。だけど、無理はさせられないから、そこは先生とよく相談してね。」


「...にぶい。」

「何?聞こえなかった?」

「なんでもない。」


それから、先生と帰る時間になった。

「待ってるから。いつでも戻ってきて。」

「うん、私、頑張る。...もう少し、待って。」



「ねぇ、先生。先生ってお見合い結婚なんだっけ?」

「そうねぇ。何?アンタにもわからないことがあるって?」

「ほら、受験勉強しながらだけど、あの子を待たなきゃいけないと思って今まで通っててさ。なんというか、無力さを感じたんだよ。」

「ただ学校に通うだけ。いいじゃない。アンタ、そういう気が昔なかったから、彼女に成長させてもらったんだね。」

「そうなのかな?先生にはそう思える?」

「アンタは劣等生だけど、不思議と手の掛からない子だった。成績が悪い割に、特定の科目でクラスのトップ3には入る。そういう子がいてもいいと思ってるんだよ。会ったころは、もっと問題のある子だと思ったんだけど、アンタは素直でいい子だったから、ここまでしてあげてるのよ。」

「不純異性行動はしないにしても、僕達、これから卒業まで、色々話していいんだよね。」

「...目をつぶるようにしておくから、くれぐれもそれだけは、卒業までしないでおくれよ。」

「分かった。二人で卒業して、それから、自由に恋愛するよ。それならいい?」

「...あの子、あと猶予が2日しかないの。だから、アンタを連れて行ったの。アンタならと思ってね。」

「それじゃあ、卒業出来なかったら、留年?」

「わからない。本人がもう一年通って、卒業したいって言うならそれもありだと思う。成績も悪くない。十分目算は立つ。」

「...もしくは退学して、大検受けるとかしかないのか。」

「個人的には、担任は私が引き続き持つことになるから、私が面倒を見るけど、アンタの変わりはいないのよ。」

「そっか。じゃあ、先生に任せるしかないんだね。僕は、一緒に東京にでも行こうかなって思ってたんだけどね。」

そう言いながら、涙がこぼれてきてしまった。

「つらいのはアンタだけじゃない。彼女だってつらいんだよ。でも、まだ時間はある。私は来ることに賭けてみるわ。」

「そうだね。僕も、彼女を待ってあげないとね。」



結局、彼女が復帰出来たのは、それから1週間後。2月の中旬ごろだった。

残り2週間ではあったけど、君と漫画の貸し借りをしてた。本当にそれだけ。念願のXもちゃんと読めた。


そして卒業式の前日、

「どうせだから、ちょっと、お話しにいかない?」

放課後、誘ってみた。彼女はコクリと頷いた。


大きな公園のベンチで、彼女はそばに自転車を止め、二人で座る。

誘ってみたはいいけれど、僕は言葉に詰まっていた。僕が臆病なんだろう。気持ちを告げるべきなのか、すごく迷った。

「一緒に卒業、したかった。」

涙目になりながら、彼女は僕に訴えかけた。

「そうだよね。僕も、君と卒業したかった。」

申し訳無さみたいなものもあった。でも、さすがに一緒に留年するとまでは言えなかった。というより、自由に留年出来ないから、しょうがないのか。

「じゃあ、今、ここだけの話。実は、僕は、君が好きだった。まだ、何も知らない同士かもしれないけど、高校を卒業したら、色々知って行きたかった。でも、僕は大学が東京にある。そういう理由で、君と離れ離れになってしまう。そういう運命を呪ったよ。でも、君と漫画を交換してた、この半年間は、学校に来る意味を見つけて、とても嬉しかった。」

「私も、卒業したら、好きでしたって、打ち明けたかった。でも、私は宇都宮に残る。だから、終わり。」

「そっか。僕にもう少し度胸があれば、一緒に来て、住んで、大検を取る手伝いとかも出来たのかなって思う。」

「けじめは最後まで付ける。だから、私は留年して、来年卒業する。だから、嬉しいけど、行けない。」

僕は、その頃、ようやく携帯電話を持てた。だから、電話番号を教えようと思った。

「でも、君との関係は続けていきたい。携帯電話の番号を教えるから、寂しくなったら、いつでも掛けて欲しい」

「うん。ありがとう。でも、それはけじめにならない。君には、背中を押してくれるだけで、それ以上は求めない。」

「そっか。それが、君の前の向き方。けじめってやつか。」

「私も、お別れしたくない。けど、卒業出来なかったのは、私が弱かったから。卒業したら、きっと強くなれると思う。」

一つ、ため息を付いてしまった。

「分かった。僕もすっぱり、君とは縁を切るほうが、お互いに幸せになれるかもしれない。心苦しいけど、それが、僕達の答え。」

「私、生まれてはじめて、好きって言われた。この気持ちはずっと忘れない。そして、ずっと、君を忘れない。」

「僕達、今は最初で最後のデートってことになるのかな。」

「そうかもしれない。誘ってくれて、嬉しかった。でも、この嬉しさや楽しさは、大事にしまって、前に進む。」

「君は強いんだね。僕は...やっぱり...恥ずかしいな、」

涙が出てきた。やっぱり、悲しさや悔しさの涙になってしまったな。

「僕は、君を好きになれて、本当に良かった。いっぱいくれて、ありがとう。」

「こちらこそ、いっぱいもらって、ありがとう。」

そして、最初で最後のデートをした僕らは、そこで別々の道へと進んでいくことになった。



卒業式当日は、当然彼女と会うこともなく。結局あの時がお別れだった。

その後、彼女が高校を卒業したということすら、情報はなかった。

後悔することはたくさんあった。だから、それは次に活かせばいい。

とは言え、それを活かすことは出来ず、ついにこの歳まで来てしまったけど...今はあなたがいて、娘がいる。少しは、活かせてるよね。



話を聞き終わり、口火を切ったのは、娘だった。

「...人生って、時には外的要因に左右されてしまう。よーくわかった気がする。」

「あまりあなたにはいいとは言えないけど、結果的に、彼女の存在が今ないから、私達はこうやって一緒に暮らせてるのよね。それが、いいことなのか、分からなくなる話よね。」

「あなた達とは本当に真逆というか、生きる意思が軽薄だった。それは僕も同じだけど、僕はこうやって幸せを手にしている。これが怖いことなんだ。」

そう、あの時、僕が彼女と一緒に卒業出来ていたら、僕らの関係は少し変わり、娘にも、あなたにも、会うことが出来なかった。それは嬉しいことであり、同時に今の生活のない悲しいことになってたかもしれない。幸せを測ることことは出来ないが、あの時の熱量は、今の僕には出せないほどに熱かった。思いっきり、青春をしたんだろう。

「大丈夫。あなたは全力を尽くして、彼女を守ろうとした。でも、あなたにはどうすることも出来なかったのも事実。分かってる。だから、私達も、あなたを責められないし、むしろ、あなたが隣にいてくれる上で、こんなことがあったのだから、次は必ず守ってくれるって思えるもの。」

「そうそう、オトーサンは、今までも、これからも、私達を守ってくれる。それがしっかり伝わったよ。」


「...長い間、僕は勘違いをしてたのかもね。君たちには理解し難い話だと思ってた。けど、話してみて、君たちがすんなり理解してくれて、それでも受け入れてくれることに、僕は嬉しい。」

「そうね。本音を言えば、その子に私は嫉妬心あるけど、どうであれ、あなたを形成する上で、一つの要素になっているのは確か。そのあなたを愛している以上、その子にも、親近感というか、戦友と言うか、なにかシンパシーを感じるところはあるのよね。」

「う~ん、もうちょっと強かったらね。何か変わってたかもしれない。あ、でも、オトーサンが私の前に現れないのはイヤ。」

「僕と、その人の娘になるってのも、なんかおかしな感じだし、あなたと君は切り離せない一つの存在になってしまった。だから、君たちがそばにいてくれるのが、僕の人生では正解だったんだよ。でも、今、彼女がどうしているのか、幸せにしてるなら、それでいいんだ。」



「大丈夫。私、今、子供が二人いて、別の人と幸せに生きてるよ。」



「ん?」

「どうしたの?」

「いや、大丈夫だって、そして、ごめんって。」

「言ってないわよ、そんなこと。」

「あれ、もしかして、幻聴が聞こえちゃったりしてる?」

しかし、僕は感情の行き場を失い、涙を流してしまった。嬉しさも、悲しさもない、一体何の涙なのだろう。

「え、オトーサン、なんで泣いてるの?」

「あ、色々考えちゃったのか。泣くなんて、本当に優しい人なんだから。」

「ううん、いま、聞こえた気がしたんだよ。彼女が幸せだって。」

「あなたの想いが、その人にも通じたのかもね。信じていれば、思いは届くかもしれない。そういうこともあるのよね。」

「そうだったら、こんなに嬉しいことはないね。僕も、幸せに生きてる。ありがとう。」





「...どうしたの?」

「昔のこと、思い出してたの。そして、強く願ったの。届いたみたい。」

「そうか。君は、今幸せ?」

「幸せです。みんなに囲まれて、とても幸せです。きっと、あの人がくれた意志が、私を幸せにしたんだよ。」

「いつか、その人に逢えたら、いいね。」

「逢えなくて、いい。今は、あなたと、子供達がいて、とても幸せです。あの人が幸せと分かっただけで、幸せです。」

「相手の声も聞こえたんだね。ウチも、幸せに生きていこう。」

「うん。ずっと、幸せだよ。」




つまらないおしゃべりに付き合ってくれて、ありがとう。

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