同級生、そして僕 ~Life's margins Series~

R32+0

Life's margins Series 1 好きだったあの人へ Memories 1

これは、僕の昔の話。おそらく、彼女が高校生として、ふたりとも同じ時代を生きていた世界。

僕の想い出話になるけど、聞きたい人は聞いていって欲しい。


僕は高校時代、宇都宮の私立の学校に通っていた。理由は、そこしか行ける高校がなかったから。

進学校とも言えないが、伝統校であり、それに囚われすぎている感もある古臭い感じのところはあった。

僕は、そこの進学コースで、文系を受講していた。理由は簡単で、理系の才能は元々なく、もっぱら、自分の得意科目は小論文と社会科全般。まあ、歴史に関してはそれほど詳しくないものの、そこそこ網羅していたことが、文系に進む決め手になった。しかし、結果として、その後の人生では、ロジカルシンキングが必要な職に生きていることになる。別に、それは問題なかったのだが、そもそも、学問が嫌いだった。今もそうであるが、必要なことは調べたり、知るべきだとは思っているものの、生きていくには、不必要な情報も必要となる今の社会では、それは効率的ではない。知ることを求めながら、知りたくもないという矛盾で生きている。

話は脱線するかもしれないけど、日本の教育のシステムは、抜本的な作り直しが必要なレベルだ。この30年で日本が成長せず、様々なテクノロジーやイノベーションについていけなくなってしまったのは、日本人自身の慢心や、あらゆる意味で、民間から新しい社会が提案されるであろうと勝手に国の中枢が思い、教育だけではないのだが、とにかく私腹を肥やすことだけを突き詰めていった結果なのである。だけど、悲観は出来ない。結果として、日本は未整備の多様化社会に入ったため、ある程度自由な暮らし、もっと言えば、個人に合う生活を得やすくなった。あとは、その世界で生き残れるかどうか。まあ、財産の7割以上を老人が持つこの国は、すでに破綻していて、生活もまともに出来なくなっているのである。今、僕らが生きていられるのは、おそらく己の知恵と、それぞれの経済力に尽きるのだろう。

話を戻そう。したがって、効率的ではないことはしたくないが、興味のある世界にはどっぷりはまるにはどうしたらいいかと考えた時、その当時の僕には、学校で学んでいる学問は一切不要であり、その頃の教科書と言えば、ファミ通とPC雑誌だった。今思えば、英語はもう少し勉強しても良かったとは思うけど、僕が人文学にでも興味を持たない限り生かされることのない、古文の授業などは、不要だった。しかし、その中で理解力だけには長けていたのか、文系なのに数学や科学などの成績は悪くなかった。かなり矛盾をはらんだ歪な人間だった。おそらく高校3年間の中で得られた知識のうち、役に立ったのは、やはり社会科の、地理と政治経済のみだった。

ちなみに、全く関係ないけど、Beatmaniaが出た時、あまりにも20,novemberがクリア出来ず、延々と机を叩いていたらしく、説教された覚えがある。それぐらい変わってる人間だった。


さて、そんな高校生活も、3年目。ウチの高校は、珍しく2年にコースが分かれたあとは、クラス替えもなく、卒業まで同じメンバーである。

僕の仲のいいメンバーはクラスで3人。それに、1年の時に同じクラスだったメンバーを含めると、5人だった。とはいえ、基本は同じクラスのメンバーで、他のグループのメンバーとワイワイやり、男子はそれほど揉め事をするようなところではなかった。

この、他のグループのメンバーで、妙に漫画の趣味が合うやつがいた。すごくひょうきんで、面白いやつだったが、同時に、自分の好きな漫画家への熱量が熱かった。彼は矢沢あいの漫画が非常に好きで、僕も原作の「ご近所物語」を読んでいたのもあり、当時は別冊だったCookieに読み切りで出された「NANA」や、「Paradise Kiss」だけのために女性向けファッション誌を買ってきては、読んで感想を話し合うという、そんな生活だった。彼は、また、女性向け漫画にかなり詳しく、当時LALAで連載していた「彼氏彼女の事情」がアニメ化されると知って、大々的に勧めてくるようになった。どうせ、アニメ化されちゃうのならと、僕はその得体の知れない漫画を、まとめて6巻まで買ってきた。

これを聞いている人が、カレカノに精通している必要はないけど、6巻までの、5巻までが一区切りという感じで、話はその後、非常に暗い方向へ進んでいく。もちろんハッピーエンドだから、読んでない人には読んで欲しいと思うところだけど、そのカレカノの6冊が発端となり、僕は一つのエピソードに巻き込まれていく。


当然のようにドハマリしてしまった僕と、彼の噂が噂を呼び、その6冊のカレカノは、まずクラスの男子、特にアニメが好きなやつなどを中心として回っていく。僕は、あまりに返ってこないことを危惧し、もう1セット買って、これは家に置いておいた。この行動についても、説明が必要だと思う。

最初に言った通り、僕が通っているのは、私立高である。当時の公立高と違い、私立高でも非常に厳しい規則が存在していた我が校では、遅刻で反省文、異性交友だと思われるものはすべて処分対象、更に個人の髪型や、ネクタイやリボンの付け方に至るまで、あらゆることに縛りがあり、罰則規定が存在した。後々、この話を詳しく解説することになると思うけど、20年後の僕からすれば、全く無意味、いや、当時も気づいていたけど、そんな声を上げることは出来なかった世界だった。ちなみに、極度のプレッシャーに押しつぶされ、数年に一度のペースで、主に優等生が自殺するなんて話もちょいちょいあった。それぐらい、異常な世界だったのだ。

当然のように、40人強いたクラスも、3年となれば36人ぐらいまで減っている。彼らが自由を欲しかったのか、それとも点数取りの見回りに捕まったのかは知らないが、悪そうな連中は学校を退学させられたり、あるいは机が片付けられていなければ、停学させられたり。高いお金を払い、未来へと進むために学問を学ぶという点においては良かったのかも知れないが、その一方で、不要なものはすべて排除させられた世界。年頃の男女が恋愛を知らずして生きる、己の趣味や主張をすべて捨て去って生きる、それを学びというのだろうか。そして、そこから脱落していった人間の人生を、簡単に壊していく世界。18の人間が置かれる環境ではないと感じていた。何をやるでもなく、ただひたすらに学力を上げること。それしか私立高では求められない。まあ、大人を説得するとなると、営業力が必要になるので、そういう環境が親にとって魅力的に感じるのも分かる。でも、それは、健全な人間を生み出す環境だったのか?少なくとも、僕はその後を知る人間を5人しか知らない。だから、それぞれが幸せになっているなら、それでいいと思っている。僕も、この3年間を生きたからこそ、今の自由な生き方に満足感を得られているのだと思っている。当然、なまじながらに娘もいる。そして伴侶もいる。彼女たちも僕の生き方に共感してくれるのだから、耐え抜いたことが間違いではなかったのだと思っている。

もう1セットの存在。これは、いわゆる保存用である。そのような環境。見つからずに無事手元に漫画が返ってくるとは思えない。だからこその予備である。ファミ通を取られても、週刊アスキーを取られても、僕にはそれほど痛手ではない。でも、カレカノは非常に魅力的な作品だった。これは手元においておかないわけにいかない。実は、人生で漫画をダブって買ったことは、この6冊だけだった。そこに描かれた、別の高校の世界、それに魅了されてしまっていたのだろう。


さて、僕の手を離れたカレカノは、行方不明となる。この期間、誰かが没収されてしまったとか、あるいは家に持ち帰ってしまったという話もあるのだが、やがて、それは女子のグループが持っているという話になった。それとともに、僕や彼と、カレカノの話をする男女が増えていった。不思議なコミュニティである。たかだか二人で盛り上がっていただけの漫画が、回り回ってクラスの話題の一つになるというのは、想像もしていなかったし、こういう人でも、漫画は読むんだなぁって思ったり。それを傍で見ているほうとしては、不思議だったと思うのと、良い作品ほど、やっぱり人には伝染する。まして、僕らは高校に対して、悪事を働いている。娯楽などもってのほかな世界に、それをコソコソと楽しむわけだから、もしかすると、何倍も面白く読めたのではないかと思っている。思えば、これは広告代理店の手法に近い気がする。


つまり、僕のカレカノは、所有者がよく分からないまま、色々な読者を経て、ちょっとしたブームを起こし、そこにアニメ放送もあって、あんまり面識のない女子とも会話している自分が不思議だった。それまで、本当に好きになったのは、今の伴侶であり、娘。そして、あの頃から性欲はあっても、特に女子に興味があるわけでもなかった。もっと言えば、全員を把握してないから、興味を持つこともなかったという感じである。思いがけない人たちから、声を掛けられるというのは、ちょっとした不思議にしか思えない。でも、表面的にカレカノの話をしているだけで、気分が良くなるなら、それでいいんじゃないかというのが、僕の結論だった。それだけ、彼女にぞっこんだったわけだ。

そして、いつしか、ほぼクラスの全員が読んでいるのではないかというタイミングで、僕の手元に、最初に貸した人間から戻ってきた。この本は、色々な冒険を経て、僕の手元に帰ってきたわけだ。ご苦労さまといいながら、さて、この本はどうすべきなんだろうかと、ちょっと考えた。

本棚に同じ漫画が2セット揃ってるのもなんかおかしな話だし、これから先、最終的には22巻まで出るのであるが、そこまで揃えるのもどうかという話だった。もういっそ、クラスの共有図書として扱っていいんじゃない的な空気すら僕の気持ちにはあった。



「あの、カレカノって、言えば貸してもらえるって、本当?」

それが、彼女との初めての会話だった。

「うん、別に返して貰えれば、貸してあげるよ。」

えーと、誰だったかな。同じクラスの子なのは分かるんだけど。あれ、こんな可愛い子いたっけ?

気になってしまったのだが、まあ、別に詳しく知る必要もなかったし、どうせ、これっきりの関係になるのだろうと思っていたので、深く追求することはなかった。

とりあえず、入っていた袋を渡した。思えば、この袋もボロボロだな。きれいな袋に入れ替えればよかったかな。

「はい、特に急がないから、読み終わってから返してくれればいいよ。」

「ありがとう。読み終わったら、返すから。安心してね。」

か細い、うるさい男子でもいれば、かき消されそうな、可愛い声。今だったら、声優を目指そうと思っちゃうぐらい、可愛い声に聞こえた。



3日が経った。

「これ、ありがとう。面白かった。」

そうやって、目の前にあの袋が出てきた。見上げると、彼女が立っていた。

「あ、うん、焦らなくてもよかったのに。そんなに急ぐこともないよ。」

「ううん、面白かったから、どんどん読み勧めていったの。別に、いつものペースで読んだだけ。」

「そう。よかった。」

あらためて彼女の顔を見た。セミロング、前髪に隠れたキレイな瞳。そこまで大きくない身長。そして愛らしい童顔。

こんなに可愛い子がいるクラスだったんだなと思わず思った。ボソボソと喋る、相変わらず、か細い可愛い声。なんで、こんな子が埋もれているのだろう。

恥ずかしそうにしている。顔が真っ赤だ。僕が知らないということは、他の男子もそれほど知ってるわけではないんだろう。

この前は、もしかして相当勇気を出して声を掛けてくれたってことなのかな。まあ、それも、彼女のみが知るところだ。

「それで、これ、お返しに、読んでほしい。」

出されたのはりぼん版のママレード・ボーイだった。アニメは見てるけど、確かに原作は読んだことなかったな。なんか終わり方が違うんだよな。

「ありがとう。ちょっと借りてていい?」

「うん、そのつもりで持ってきた。読んだら、感想、聞かせて欲しいな。」

「分かった。僕もアニメは好きだったから、楽しく読めると思うよ。」

「嬉しい。約束だからね。感想、聞かせてね。」

不器用な笑顔といえばいいのだろうか。それとも彼女の素なのだろうか。あの人たちは嫉妬すると思うけど、この子の笑顔は、どこか危うさがあった。

いわゆる、守ってあげたい系の女子だ。僕にとって、本能を揺り動かされることに違いない。それぐらい、彼女には、接してみないとわからない魅力があったのだろう。


礼儀として、あとは、約束もある。ちょっと時間はかかったが、読破した。

案外、内容は最後のほうが全然違う話であり、りぼんの本誌でこういうまとめ方をするものなのかと、ちょっと個人的には驚いた。まあ、あとはアニメが好きだったのもあったので、親の声より聞いた國府田マリ子のmomentと水島康宏の枯れ葉色のクレッシェンドを、ここで改めて聞きながら読み進めていけた。

結果、翌週には古本屋めぐりをして8巻全て買っていた。少女漫画にありがちな、ストーリーの引付け方の上手さが、まとめ買いへとつながる。確か、ご近所物語もそうだった気がする。


彼女へ返そうと...あ、席はあそこなんだな。窓際の一番前。あまり目を向けないような場所だから、僕も分からなかったわけだ。いや、他人にそれほど興味を持つことがなかったのかな。まあ、それはともかくとして、彼女には、お礼より感想のほうが喜びそうだから、結構考えさせられるな。

借りた袋を持って、彼女の席へ向かう。

「これ、ありがとう。すごく面白くて、僕も全巻買っちゃった。」

不意に話しかけられたのが恥ずかしかったのか、この前と同じで顔が真っ赤だ。

「そう。ねえ、感想、教えてほしいな。」

「僕はアニメを見てたからだけど、最後のほうはアニメと全然違うし、ちょっと大人っぽい感じで、しっかりハッピーエンドにしてるのは、すごいなって思った。」

「そうなんだ。もしかして、意外とアニメとか、漫画とか、知ってる人?」

「う~ん、他の人より、少し知ってるってだけなのかもしれない。」

「じゃあ、また私がオススメの漫画、貸してあげる。君にも、色々貸して欲しい。」

「うん、いいよ。だけど、僕も言うほど少女漫画が分かるわけじゃない。」

「うん。別に、君が面白いと思った漫画でいいの。それを貸して欲しいな。」

「分かった。じゃあ、今度は僕が、面白そうな漫画を持ってくるよ。」

「ありがとう。お願いするね。」


独特のテンポ。彼女は不思議な魅力を受ける。こういうやり取りをしたってことは、僕には心を開いてくれたのだろうか?


気になった。彼女はどういう子なのか?簡単に言えば、彼女に好意を持ったといえる。それ故の興味。

ある日、彼女をずっと観察していた。観察というと、聞こえが悪いかもしれないけど、僕は気になればそちらを向いて見ていた。

彼女はコミュニティからは若干浮いているような子だった。特に仲の良い子もいないけど、昼休みには、女子の、まあ静かそうなグループでおしゃべりをしてるようだった。

全く派手さはない。本当に素材で勝負みたいな感じなんだなと思った。ただ、その存在感のなさもあり、言葉が悪いが、見向きもされないような子。でも、本人は別にそれを気にするような子じゃないのだろう。ひたすらに淡々と日々を生き、その中で自分の好きな漫画を読んでいるのが、彼女の幸せなのかもしれない。


あなた達は強いから、僕はそういうことを日頃思わないけど、彼女の場合、彼女は彼女の幸せを生きていて、やっぱり守ってあげたいという感情が出てきた。

その頃は、あなた達より好きだったかもしれないね。夢中とは言わないけど、できれば、僕も、彼女の幸せを分かる人間になりたいと思った。

多分同類なのは理解できてる。僕がメカメカしい方向の人間のオタクであって、彼女も、可愛い皮を被ったオタクなのだろう。

いわば、僕らは、学校で漫画を貸し借りする共犯関係。その中に、好意が生まれても、それはおかしくないことだと、今は思っている。


さてと、彼女に貸す漫画ねぇ。

どういうわけか、僕は何故か少女マンガを人より知っている。なぜなのかわからないけど、妹がいたので、妹の買っていた漫画雑誌をなんとなく読んで、それが面白ければ自分で単行本を買っていくというスタイルが定着していた。う~ん、「フルーツバスケット」って、彼女は知ってるかな?まだ単行本は3巻までだけど、僕は好きな漫画だ。

とりあえず袋に詰めて、翌日彼女に貸すことにした。

「いいかな?」

「うん。もしかして、漫画、持ってきてくれた?」

「うん。まだそんなに続いてるわけじゃないんだけど、これを貸してあげようと思って。」

そうして袋を渡した。まあ、カレカノのときもそうだったけど、雑誌と違って、大っぴらに人目に晒すものではないからね。

「うん、ありがとう。中、ちょっとだけ確認していい?」

「別にいいよ。まあ、ここで出して読まれるのは、ちょっと気が引けるけど。」

「大丈夫。タイトルを見るだけ。」

袋をそっと開けて、タイトルを見ている。ん、ちょっと微笑んだような感じになったのかな。

「ありがとう。読んでみる。感想、ちゃんと伝えるね。」

「うん、楽しみに待ってる。あんまり、急がなくていいから、気にせずに読んでね。」

そうして、席を離れた。


そう。この高校において、もう一つの問題。それは、男女間の会話。これが大っぴらにされるのは、僕も、彼女も望まないところだったと思う。

理由は、前に説明した通り、不純異性行動に該当しかねないからだ。いや、正確には、それがスキャンダラスにならなければいい。でも、目立ってないだけで、もし、このやり取りが誰かの目に付き、噂として尾ひれが付けば、致命的なことになりかねない。前になぜあんなにくどくどと説明したかというと、この不純異性行動というくくりで、停学処分を受けるような生徒がしばしばウチの高校ではあったからだ。単なる教師の嫉妬なのか、不確定な噂なのか、とにかく風紀を乱しているとみなされるのである。前にも書いた通り、この裁量権は学校側の一方的な判断で決められてしまう。ゆえ、成人もしない、子供のうちから、間違いを犯しているわけでもないのに、脱落させられてしまうのだ。それでも生きていかなければいけない、辞めさせられた生徒はどう思うのだろうか。自殺者が出るほど厳しいからこその、一方的な学校側への批判が出なかったことに、今思うと、「そこは異常な空間だったのだ」と認識出来る。



次の日のことだった。ふと、彼女の席に目をやると、彼女はいなかった。

まあ、特に個人の欠席の事情を話すこともなく、その日は淡々と進んだ。別に、どうしても彼女に会いたいわけでもないし、そういうこともあると思っていたから。

でも、おかしなことに、次の日も、その次の日も、彼女は学校を欠席していた。普段の僕なら、それをどうこうと思うことはない。でも、今は気になってしまう。

幸い、担任のオバちゃんとは仲が良かったので、ちょっと聞き出してみることにした。


「先生さ、...さんなんだけど、なんかここんところ、体調が悪い?」

「心配してるの?そんなに、関わりあったんだっけ?」

「うん、まぁ、ちょっとね。それより、理由。絶対、病気じゃないでしょ?」

担任は困ったような表情をしたが、それまでの信頼感で、僕には教える気になったのだろう。

「他言なのは承知の上ね。彼女、停学になってしまったのよ。」

「それって、自主停学?違うよね?」

「理由はちょっと言えないけど、停学処分。1週間ね。しかし、アンタが関わってるんじゃないでしょうね?」

「知らないから聞いてる。そうなんだ。ごめんなさい。聞いちゃいけない話だよね。」

「でも、あの子、心配してくれる人がクラスにいるのには、ちょっと驚いたね。アンタみたいなのでも、役に立つんだね。」

「役に立つってなんだよ。でも、それを聞いて、なおさら心配。理由が知りたい。」

そうすると、担任は廊下に出るように手招きした。そして、僕に伝えてきた。」

「学校からの発表...非公表ではあるんだけど、不純異性行動って話。他校の男子生徒と下校してるのを見つかったらしいのよ。運が悪いというか。」

「他校の生徒?ウチの学校は、他校の生徒と下校するだけで、不純異性行動になるってのかよ?」

「落ち着きなさい。運が悪かったとしか言いようがないのよね。私達教師も、それぐらいで停学処分はおかしいって言ってる。」

「なら、なんで?」

「残念だけど、風紀の先生には、絶対的な権限がある。個人によってさじ加減が違うのも、この学校の悪いところではある。でも、最低限で済んだのだから、今は我慢して。」

相当いきり立ってたようだった。自分に自覚がなかったけど、まあ、それぐらい怒りが出ていたのだと思う。

「アンタが思うところは、私だって分かる。自分のクラスの生徒だもの。だけど、それを超越したところに、この学校の規則はある。だから、私も立場上、どうにも出来ない。」

軽く一礼をしてきた。僕は、その理不尽を処理出来ずに、どうすればいいのかを考えた。しかし、答えが出ないのである。

「そんなのって。こんな高校生に、そんな理不尽を押し付けるなんて、どうかしてるよ。」

「でも、アンタが通っている高校は、そんなどうかしてるルールで縛られて、出来ている。私が親だったら、当然おかしいって言うところよ。」

一端落ち着くように息を吸った。そして大きく吐いて、

「ごめん、先生。ちょっと落ち着いた。わかった。僕は、1週間、彼女を待ってあげればいいんだよね。」

「アンタは待つことしかできないね。でも、今度はアンタも目をつけられる材料になりかねない。だから、話をするなら、コソコソやりなさい。私は見ないフリだけする。」

「ありがとうございます。でも、それほど大きな関わりを持ちたいわけじゃないんだ。もっと小さな、ね。」

「アンタ絡みだと...漫画の貸し借り?まあ、いいわよ。私の目が届くところなら、庇ってあげる。それ以上は、ちょっとどうにも出来ないかもよ。」

「下手はうたない。それに、別にどうしたいとか、そういうことになったら、なるべく卒業まで我慢するよ。」

「ふぅ...しかし、アンタはああいう子が好みなのね。いいじゃない。可愛い子だから、絶対に問題を起こしちゃダメよ。」

「わかりました。ごめん。面倒掛けたね。ありがとう。」

理由はどうだっていい。ただ、僕の視界に彼女がいないこと、それがこんなに不安になるなんて、そのときは思ってなかった。


とは言え、1週間。土日を挟んで、次の火曜日には、彼女が登校してくるはず。

それを待ち望み、そして火曜日になった。


彼女が、いた。


会えない時間がなんとやら。この一週間で彼女のことをもっと知りたいと思った。

でも、それは叶わない。これからも、ひっそりと関係を続けるだけ。

いいところ、卒業式で思いを告げることが、彼女との始まりなのだろうと、僕は思っていた。


そして、休み時間。

慌てたように、彼女は僕の机の前までやってきて、いつものやり取りに入った。

「これ、返しにきた。すごく面白かった。絶対、アニメになる漫画。」

「ありがとう。そうだね。アニメになったら、面白いと思うよ。」


変わらない。良かった。もっと、彼女の気持ちが落ちていたらどうしようと思っていたけど、相変わらず顔は真っ赤になり、本当に小動物みたいな感じの小さな動き。

大丈夫。これが続く。僕らは、卒業まで、この関係を続けていける。そう思っていた。



一息入れて、続きは後半で。

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