そもそも、だ。


りょう』と名乗っていたその男は、呪術師養成所・祓師塾ふつしじゅくの同期だった。そこに『腐れ縁』とついてしまったのは、入塾して以降六年間、紅珠こうじゅと涼がひたすら学年首席の座を巡って火花を散らし合ったことに由来する。


 座学でも、実技でも、その他諸々でも、何かと張り合うことが多かったと思う。紅珠から勝負を吹っかけることもあれば、涼から勝負を吹っかけられることもあった。割合は五分五だったような気がする。


 ちなみに勝敗も五分五だった。紅珠に言わせれば『ま、私の方がちょこっとだけ優勢だけどね』という所だったし、涼に言わせれば『いーや、俺の方が微妙に優勢だな』といった具合ではあったが。


 二人の実力が他の同期からは頭抜けていて、かつ互いの実力は伯仲していたから、何でも競い合うのは楽しかった。しゃくだったから絶対に口にはしなかったが。


 ──それがどうしてこうなった。


 紅珠は初めて身を横たえる寝台の上に大の字に寝転んでいた。天蓋付きの高級寝台なんぞ一生縁はないと思っていたのに、一体全体本当にどうしてこうなった。


 ──そしてこうなっていることに、どうして誰も文句を言わず、反対もしてくれないわけ?


 夕刻にこの屋敷に入り、問答無用で風呂に突っ込まれた後、夜着を着付けられてこの部屋に押し込められた。周囲はすでにとっぷりと日が暮れていて、寝台の傍らに置かれた燈明が心許こころもとなく闇を照らしている。


 世間一般で使われている言葉を用いるならば、今宵は『初夜』と呼ばれるやつだ。


 恐らく今の紅珠は虚無を顔中に広げていることだろう。もはや自分自身、この局面においてどんな顔をすればいいのかも分からない。


 ──いやいやいやいや、そもそも、ね? 祓師塾卒業以来、一年以上音信不通の行方不明だったくせに、いきなり『実は第三皇子だった』とか『嫁に来い』とか言われても訳分かんないんだってば。


 祓師塾というのは、宮廷が未来の宮廷呪術師を育成するために置いている学寮の一機関だ。首席で卒業すれば無条件で宮廷呪術師組織・明仙連めいせんれんに入省することが許される。


 祓師塾で学ぶ学生呪術師達は、皆この利権を手に入れるために、仮にその座に手が届かなかったとしても、少しでも良い条件で明仙連に採用してもらえるように研鑽けんさんを積む。


 祓師塾を卒業した生徒は、成績が優秀だった者から明仙連に採用され、それが敵わなかった人間は国ではなく地方で呪術師として採用されるのが常だ。時折おおやけに仕えず在野の呪術師となる道を選ぶ者もいるが、それもごく稀だと聞いている。呪術師界では『祓師塾卒業』というだけで呪術師としての腕は保証されるから、余程就職先を選り好みしなければ卒業生が食いっぱぐれることはないという話だ。


 そんな中、紅珠と揃って首席卒業を果たした涼は、明仙連の呪術師になる道を選ばなかった。当然涼は明仙連に入り、これから先も自分と火花を散らし続けるのだろうと思っていた紅珠が、卒業当日にその話を聞かされて驚愕したことは言うまでもない。


 ──おまけにあいつ、その先どうするのか、どれだけ問い詰めても答えなかったし。


 元々、涼はつっかかる紅珠の言葉をノラリクラリとかわすのが得意だった。あの日も涼は詰め寄る紅珠の言葉を全てかわし、いつもと変わらないニヘラッと捉えどころのない笑みを浮かべ続けていた。


 だから、ブチッとキレた紅珠は勢いのまま涼に最後の挑戦状を叩き付けたのだ。


『涼! 私と一本立ち合いなさいっ! あんたが負けたら洗いざらい今後のこと説明してもらうわよっ!!』

『ほぉん? じゃ、俺が勝ったらお前は何してくれんの?』

『あんただって私に何か要求すればいいでしょ!?』

『おん? つまりこの勝負に勝ったら、お前は俺の言うことを何でも聞いてくれるってこと?』

『叶えられる範囲で、一回だけね!』

『へぇ? いーじゃん。受けて立つわ』


 売り言葉に買い言葉で決闘が成立し、二人は言霊ことだまを以って『負けた方は勝った方の言うことを何でもひとつ聞き入れる』という宣誓を交わした後、勝負に臨んだ。


 結果、紅珠は涼に負けた。


 そりゃあもう、今まで伯仲していた実力は何だったのかと思うくらい、ものの見事に惨敗したのだ。


『お前、気が動転してると途端にボロが出るよなぁー? そんなんで明仙連でちゃんとやってけんのかぁー?』


『俺ぁ心配だなぁー?』と煽りに煽ってケタケタ笑う涼に向かって全力で殴りかかったものの、その拳さえヒラリとかわされ、さらには煙幕まで使われてしまい、むせ込んでいる間に涼は姿を消していた。それが二人の別れになったのだ。


 ──いや、ほんっと、最後そんなだったのに、こんな風に再会するって何なの? 何なのさ?


 呪術師達にとって、言霊を用いて交わした約定は絶対だ。破ることは死を以っても許されない。『絶華ぜっかの契り』と呼ばれるその誓約は、相手に必ず約束を果たさせる効力を持つ。


 しかし涼はその絶対の約定を使わないまま姿を消した。涼が一体いつ、どんな形で、どこからその効力を使ってくるのかとしばらく紅珠はおびえていたのだが、何も起こらないまま数日が過ぎ、半年が過ぎ、一年が過ぎた辺りで紅珠は怯えることをやめた。


 代わりに胸を埋めたのは、モヤモヤとした怒りと多少の寂しさ、後はほんの少しの心配だった。……後ろふたつを認めるのは癪だが、寂しかったし心配もしてしまっていたのだから仕方がない。


 ──……こっちがどんな気持ちでこの一年ちょいを過ごしたと思ってんのよ、バカ。


 紅珠はゴロリと体を転がして右半身が下になる体勢になると、拳に固めた左手をポスリと枕に振り下ろす。軽い八つ当たりにあった枕は、少しだけ硬い感触を紅珠の手に返しつつも柔らかく紅珠の手を受け留めた。高級寝具である割に硬めの感触は紅珠好みで、不本意ながらもの凄くよく眠れそうな予感が今からしている。


 ──あんたが明仙連に来なかったから、私だけが『期待の新人』だの『明仙連の新星』だの『武侠仙女』だの、御大層な名前で呼ばれることになったんじゃない。


 涼が煽りに煽ってやり返させてくれないまま失踪した怒りを、紅珠はひたすら任務と修行にぶつけ続けた。


 そりゃあもう、呪術師業に励みに励んだ。


 特殊技術職で他の省庁に比べれば女性職員も多い明仙連だが、やはり宮廷は男社会だ。『女である』というだけでナメられるのが常である組織の中で、紅珠は己にナメ腐った態度を取ってきた同僚を挨拶代わりにぶん投げ、同じくナメ腐ったことを言ってきた先輩も片っ端から千切っては投げまくり、果てはナメ腐り切った上司を締め落として回った。


 そんなことをすれば、風当たりが強くなるのは当然のことだ。


 紅珠は周囲の腹いせと他の女性職員に対する見せしめとして、本来ならば新人が割り当てられるはずがない高難易度の現場にばかり回された。おまけに補佐役を与えられない単騎出撃。後からこの一連の流れを聞いた上官は豪快に笑いながら『普通の新人なら軽く十回は死んでるな!』と言い放ったものだ。


 ──私に言わせれば、八つ当たりにちょうど良かったけども。


 そう、まさしく八つ当たり。


 紅珠はこれ幸いとばかりに涼への怒りを妖怪達へぶつけまくり、どんな現場も綺麗サッパリ修祓してやった。どんなに過酷な現場に突っ込んでも覇王よろしく覇気を纏って帰ってくる紅珠に性根が腐った男どもは恐れおののき、職人気質な腕利き達は『面白ぇ新人が入ってきたな!』と性別への偏見を取っ払って紅珠を可愛がってくれるようになった。


 やがて『生物的には女だが、腕は間違いなくそこらの男呪術師より上』『てかあの心意気と度胸はおとこの中の漢』と広く認知された紅珠は、そこらの男どもより明仙連の重鎮達に重宝されるようになった。


 そうでありながら『あいつは女であることを利用して〜』だの『きっと色仕掛けを〜』だのとありきたりな陰口が聞こえてこないのは、そんな陰口を叩く気さえ起きないくらいに紅珠が『性別:紅珠』として明仙連に馴染んだせいだろう。


 と言っても、紅珠が手練達から直々に指南を受けるようになった頃には、そんな口を叩きそうな人間は紅珠の躍進に心を折られて自ら明仙連を去ったり、『素行に難アリ』と上から判断されて他部署へ飛ばされたりしていて、ほとんど残っていなかったのだが。


 ──あ、心を入れ替えて真面目に鍛錬に励むようになった人もいたな。数は少なかったけれども。


 結果、今の紅珠は二年次の女呪術師でありながら、明仙連が誇る腕利き集団『八仙』の紅一点として内外に認知されている。『テメェら男ならちったぁ紅珠姐さんを見習わねぇか!』というのが最近の明仙連では定番の激励と化しているんだとか、何とか。


 ──ん? それだけ可愛がられていた期待の新人だったのに、何でみんな強制された結婚に反対してくれなかったの? 私、上官と先輩おっちゃん達の可愛い腕利き後輩紅珠ちゃんだったじゃん?


 そう、紅珠としてはそこも不満だった。


 第三皇子・李陵りりょう殿下に呼び出され、結婚を無理強いされたのがひと月程前。屋敷一間を破壊するに至る力技の抗議に訴えたものの、『絶華の契り』を盾に迫られれば紅珠とて突っぱねるのは難しい。


 それでも、事は結婚だ。


 婚姻、嫁入り、言葉は何でもいい。


 とにかく、一生に一度あるかないかの重大判断をこんな形で強制されても、受け入れられないものは受け入れられない。


 その場では涼に根負けする形で一方的に『もう決めた話だからな!』と押し切られた紅珠だったが、何とか白紙撤回する方法を求めて方々に意見を求めた。


 しかし頼みの綱である明仙連の先輩兄貴達は『紅珠の攻撃を耐えしのいでピンピンしてるなんて、スゲェな、そいつ』だの『決闘に負けたならいさぎよく嫁ぐのが漢だろ!』と言うばかりでまったく紅珠の味方をしてくれなかった。


 ならば実家の家族はと言えば、『実は涼君から内々にお手紙もらっていたのよぉ! 自分から言うまでは黙っててくれって口止めされてたものだからぁ!』『涼君ならば安心だ。むしろこんな跳ねっ返りをどっしり受け止めてくれるような人間は涼君くらいしかいない』と、なぜか両親から絶大な信頼を得ていた涼に実の娘である紅珠の方が負けた。その場に涼はいなかったというのに。


 ──何なのよぉ……! 何なんなのよ、涼、あんたってヤツはぁ……っ!!


 そんなこんなで、紅珠はあっさりと嫁に出されてしまった。『嫁に来い』宣告を受けてからひと月という早さで。


 犬猫をもらい受けるわけでもないというのに、この手際の良さやら気軽さは何なのだと紅珠は全力でわめきたい。『諸事情あって婚姻の儀式は後から執り行う。とりあえず屋敷に入ってくれ』という話になっていたって、いくら何でもこれは手際が良すぎる。


 ──まぁ、だからこそ分かったこともあるんだけども。


「おーおー、花嫁自ら夜着姿で寝台に転がってるなんて、随分乗り気じゃねぇの」


 そこまで考えが行き着いた瞬間、部屋の入口から声が聞こえた。


 くつろいだ姿を取り繕うこともせずゴロリと寝転がることで声の方を振り返れば、皇子然とした装束からくつろいだ夜着に着替えた涼がいつの間にかそこに立っている。祓師塾時代、そこらの庶民と変わらない衣を何かと着崩して着付けていた姿を見てきた紅珠にしてみれば、昼間の姿よりも今の姿の方が違和感がなかった。


 整っている、と、認めてやらんこともない容貌。昔よりも手入れされているのか、解いて緩く肩口でひとつにくくられた黒髪はサラリと胸元までこぼれ落ちていた。


 呪術師たるもの、当然として引き締まっている体つき。それでいて武官のようにゴツくはないから、その辺りも女性受けはいいだろう。


 その顔に浮いた厭味いやみで軽薄な笑みを消して、凛、しゃん、と立っていれば、まぁ十人中七人くらいまでの女性は振り返ってくれるのではないだろうか、というのが紅珠が涼に対してつけている評だ。


 ──そういえば、今のコイツは『涼』じゃなくて『李陵』なんだっけ?


『涼』という名は祓師塾に通うための偽名だったはずだ。ならば本名を知った今、自分も彼のことは『李陵殿下』とかしこまって呼ぶべきなのか、と頭の片隅で考えながら、紅珠は涼を見上げる視線に険を込める。


「かく言うあんたは、随分と乗り気じゃないみたいね。こっちに嫁入りを強制しておいて、この時間まで顔も見に来ないなんて」

生憎あいにく、色々と忙しい身の上なんでな」


 うつ伏せ状態で肘をつき、あごを載せて涼を見遣れば、涼は軽く肩をすくめてから部屋の中へ踏み込んできた。


 この部屋の周囲に、人気はない。あえて人払いがされているわけではなく、屋敷全体で置かれている使用人の数が元から絞られているのだろう。


『李陵』と呼ばれる人間が暮らしているという屋敷は、紅珠が知っている『涼』という存在から想像ができないくらいに静まり返った場所だった。生活感さえ、微かにしか感じられない。


 そんな静まり返った空気の中に、あえて紅珠に聞かせているかのように涼の足音は響いた。紅珠が知っている涼は、足音がしないのが常であったはずなのに。


「でも本心じゃ、仕事なんぞほっぽって、お前を迎えに行きたかったんだぜ?」


 寝台の傍らまで歩を進めた涼は、ギシリと寝台を軋ませながら紅珠の隣に腰を降ろした。その音にさえ身じろぎひとつしないまま涼を見上げ続ける紅珠に、涼はトロリと甘い笑みを向けてみせる。


 涼の手が、紅珠の肩に伸びた。軽く紅珠の肩を押しただけで紅珠を仰向けに転がした涼は、そのまま紅珠に覆いかぶさるように体を傾ける。


 その瞬間、フワリと戯れるように紅珠の腕が動いた。


「それは随分と光栄なことね」


 涼の肩に伸びた紅珠の手は、紅珠を転がした涼の手よりも軽やかに涼に触れる。


 だが次の瞬間、涼の体は鋭い音とともに寝台に叩き付けられていた。


「で? 本題は?」


 あっさりと体の上下を入れ替えた紅珠は、涼の上にまたがると片手で喉の急所を押さえた。そんな紅珠の手元を隠すかのように、手入れが追いついていない紅珠の髪がパサリとこぼれかかる。


 添えられた指は、その気になれば一息で気道も頸動脈も締め落とすことができる位置に置かれていた。その鮮やかな手際に、叩き付けられた衝撃に息を呑んだ涼が息を止めたまま身構える。


「こんな呼びつけ方するんだもの。あんた、よっぽど何かに困ってるんでしょ?」


 言葉はあえて柔らかく、しかし挙動は殺意すら込めて。


 明仙連が誇る『八仙』が一角、『武侠仙女』の名を取るようになった紅珠は、『今度こそ逃がしてなんかやるもんか』と言外に匂わせながら腐れ縁の同期に迫る。


「あんたが素直に全部吐いて助けを求めてくるんだったら、私だって無下にはしない。さっさと全部吐いて楽になっちまいな」

「……ハッ!」


 そんな紅珠に返されたのは、小馬鹿にしたような笑い声だった。だがそれにも紅珠は静かな表情を揺らがせないまま涼へ視線を注ぎ続ける。


「何を根拠にそんなことが言えるんだ? 一年以上顔を合わせていなかった上に、俺は六年も身の上を偽ってあの場にいたんだぜ? 『絶華の契り』をいいように使ってお前のことを」

「あんたは昔から、女としての私には興味がない」


 紅珠が悪意に満ちた涼の言葉を静かに断ち切ると、涼は驚いたように言葉を止めた。無言のまま目を丸くする涼へ静謐な視線を据えたまま、紅珠は凛と言葉を紡ぐ。


「あんたは周囲には打ち明けられない事情を抱えてあそこにいた。そして今も、打ち明けられない窮地に立たされているから、私を呼んだ。この世で唯一、どんな立場に立たされても、どんな状況に突っ込まれても、呪術師として無条件で背中を預けられる私のことを」


 紡ぐ言葉に、迷いはなかった。偽りも、加飾も、一切ない。


 だって、紅珠はそれが自分達の中で絶対の真理であると知っているから。


 ──私が逆の立場だったら、そうだもの。


 技を偽る技量を会得する前から、ともに技を研いできた同期。誰よりも勝ちたかったからこそ、誰よりも観察し続けた相手。


 その手癖も、思考の回り方も、考えるよりも先に分かってしまう自分自身が嫌になるくらい、自分達は相手のことを知り尽くしている。それこそ、組んで現場に出れば『鉄壁の連携は無双無欠』とまでうたわれたほどに。


 あえて言葉で確かめなくたって、明仙連に揃って進むのだと、信じて疑わなかったほどに。


「あえて后という形で屋敷に迎え入れたのは、呪術師として私を招き入れたと周囲に思われたくなかったから。婚儀を後回しにしたのは、何やかんやと理由をつけて、事が解決したら私を元の場所に戻すため」


 紅珠が冷静に言葉を並べている間に、徐々に涼の顔からは悪役じみた笑みが掻き消えていった。その下から出てきたのは、涼らしくない、だが涼の素顔であるとも分かる、泣き出しそうな気配を含んだ情けない笑みだった。


「で? 何か反論は?」

「……お前、太っただろ? おめぇ」

「分かった。やっぱ殺す」


 考えるよりも早く指先に力がこもる。だがそれよりも紅珠の手にフワリと涼の手が被せられる方が早かった。


「手ぇ貸してくれ、紅珠」


 柔らかく紡がれた声には、切実な響きが宿っていた。この距離でも微かにしか聞こえない声には、傲岸不遜を絵に描いたような涼が紅珠にしか見せない弱さがにじんでいる。


「一年ちょい、一人で頑張ってきたんだけどよ。……やっぱさ、俺、お前がいないとダメみたいだ」

「最初っから素直にそう言やいいのよ」


 スルリと涼の喉元から手を引いた紅珠は、さらに涼の体の上からも身を引くと傍らにポスリと座り直した。そんな紅珠に向き直るように、涼は右腕を枕にして寝台に転がる。


「で? あんたはここで何をしてるわけ?」

「ここでっつーか、王宮でっつーか、……まぁ、皇帝一族周りで、なんだけどよ」


 どこから話したものかと迷うように一度宙へ視線を投げてから、涼は話を切り出した。


「皇帝一族には、代々一族の内側から……つまり一族に名を連ねる立場にありながら、臣下っつーか、お抱え術師っつーか、……まぁそんな立場から皇帝一族を守護する呪術師……『隠密呪術師』ってのがいるんだけど」


 本当に根本的な部分から説明してくれるらしい気配を察した紅珠は、話が長くなってもいいように、手元に枕を引き寄せた。


 そんな紅珠の仕草にフッと口元を緩ませながら、涼は紅珠へ問いを向けた。


「お前、そういう話、聞いたことある?」

「初耳。詳しく聞かせて」

「分かった。長くなるから、耳の穴かっぽじってよぉーく聞けよ」

「……あんた、そんな言葉遣いでよく皇帝一族なんてやってられるわね」


『どこでそんな言葉遣い覚えてきたのよ?』と呆れとともに言ってやれば、涼は無言のまま肩を竦める。


 そんな昔から変わらない涼の姿に、紅珠は我知らず残っていた肩の力をようやく全て抜いたのだった。

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