絶華の契り−無茶振り婚儀は雷鳴とともに−

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

『運命』なんていうものを、紅珠こうじゅは信じていない。


 基本的に世の中というものは必然だ。努力をすれば良い結果が訪れ、努力を惜しめば凄惨せいさんたる結果に終わる。全てが万事そうではないが、基本的にそういうものだと叩き込まれて紅珠は育った。


 だから今目の前の状況だって、『運命』などではないのだ。決して。


「よぉ、紅珠。久し振りだな」


 たとえ目の前に行方不明だった腐れ縁の同期が唐突に姿を現したのだとしても。


「久し振りついででワリぃんだが、祓師塾ふつしじゅく卒業の時の賭け勝負の報奨の『負けた方は勝った方の言うことを何でもひとつ聞き入れる』って権利、俺、まだ使ってなかったよな?」


 その腐れ縁が『当代皇帝の第三皇子』という肩書きを背負って登場していたのだとしても。


「それ、今使わせてもらうわ。と、ゆーわけで」


 その実は第三皇子だった腐れ縁の同期に、『宮廷呪術師組織・明仙連めいせんれん屈指の実力者、れい紅珠に直々に頼みたいことがある』と屋敷まで呼び出されていたのだとしとも。


「紅珠、お前、俺んトコに嫁に来い」


 その果てに『求婚』という言葉から想像する甘さとは程遠い雰囲気で結婚を申し込まれているのだとしても。


 決してこれは、運命などではないのだ。


 というよりも、運命などであってたまるか。


 皇子に拝謁する臣下らしく、広間の中央に片膝をつき拱手をしていた紅珠は、ニコリと綺麗に笑うとスクッと立ち上がった。そんな紅珠の動きだけで、次に紅珠がどう立ち回るのか分かったのだろう。腐れ縁の同期も似たような笑みを浮かべるとスルリと椅子から立ち上がる。


 次の瞬間、紅珠は一切予備動作を見せずにたもとの中から大量の呪符を同期に向かって投げつけた。対する同期はどこに潜ませていたのか、いつの間にか手にしていた数珠を打ち鳴らし防御の結界を展開する。それでも構うものかと発動された呪符により、謁見のために使われていた部屋の中に爆音と爆風が吹き荒れた。


「ヒューッ!! 流石さすがは紅珠だぜ! 第三皇子に向かって一切遠慮なく爆炎符の嵐とは! その思い切りの良さ、相変わらずしびれるねぇ!」

「痺れるついでくたばっちまえっ! この能天気のウスラトンカチがっ!!」


 投げられる言葉は軽いが、展開される結界は硬い。爆炎符だけではその結界に一寸も傷を付けられていないことを知っている紅珠は、次いで雷撃符を懐から抜いた。


「誰がっ! だーれーがっ!! その程度の権利で人を強制的に嫁にしようってのよっ!!」

「ん? 俺?」


 その声に紅珠は確かに自分の中から『ブチッ』という何かが千切れる音を聞いた。


「今日という今日こそ死ねっ!! このドクズっ!!」


 紅珠の容赦ない罵声とともに、雷撃符はカッと眩い光を放ち、謁見に使われていた部屋は木っ端微塵に破壊されたのだった。

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