1章 2話 ライブラ
「君は...」
「僕かい? 僕の名前はヒイロ! ヒイロ・グルメンズ!」
彼は満面の笑みで、自分の名を名乗った。
礼儀として、一応、私も名乗っておこう。
「私はクミン、クミン・シード。」
ヒイロは笑みを浮かべたまま、「変な名前だね。」と私の名前に対する感想を述べた。
「失礼な!」と突っ込みたいところだが、今は現状を把握するほうが先だ。
とりあえず、ここはどこか訊ねてみた。
すると、ヒイロは立ち上がり、両手を大きく広げ、こう答えた。
「ここは、“ライブラ”、世界のあらゆる記憶が保管されている場所さ。」
そこには大量の本が敷き詰められた本棚が壁沿いにズラリと並べられており、高さ2メートルほどに積み上げられた本の山が至る所に存在していた。
ライブラ?世界の記憶を保管する場所?
そのような場所が第2迷宮内にあるなんて聞いたことがない。
クミンはしばらく考え込み、そして、ある一つの結論にたどり着いた。
(ここは未発見領域なのか?)
未発見領域とは、迷宮内において、冒険者ギルドに発見されていない未開拓の領域のことである。
特に今回のように、ある条件がそろわないとたどり着くが出来ない場所には、この世界ではまだ見つかっていない、珍しい技術が組み込まれた魔道具や物凄く強い性能の武器等のお宝が眠っていることが多い。
すると、ここには何か物凄いお宝が眠っているってことか。
クミンはお宝というワードに目を光らせ、この空間に隠されているであろうお宝の在処に目星をつけるべく、ヒイロにそのことを悟られないように情報を引き出そうと試みたが…。
「ねえ、ヒイロ君?ここにおたか...んっ、なにかすごいものとかあるかな~?」
「目が怖いよ、クミン、それにここには世界の記憶について書かれた本と食料以外何もないよ。」
普段の彼女は物事に対し、常に思考を巡らせて冷静に対処するのだが、金銭等、欲求を刺激させられるものを前にすると、自前の冷静さは皆無となり、ポーカーフェイスを維持できなくなるのだ。
人見知りのヒイロもこの通り、若干引きつった顔でクミンの様子を伺っている。
(クッ、駄目か。)
クミンは手鏡を取り出し、無理やり笑顔を作った。
流石にお宝のありかを口にするわけないか。それだったら、ヒイロに気付かれずにお宝を探す口実を作るしかない。
そうだな…。
クミンは、散らばった本に視線を逸らし、ある策を思いつく。
辺りに散乱した本。恐らくだが、彼は整理整頓が苦手な性格だ。そのせいで、足の踏み場がなく、移動や、本を探す時等、生活で何かしらの不便を感じているのだろう。そこで、私が本の片づけを手伝うことを提案すれば、本を片付ける素振りを見せつつ、違和感を覚えさせずにこの空間を自由に探索できる口実を得られる。ついでに、出口への案内と引き換えに出せば、宝探し後に、迷わずにすぐここから出られる…うん、完璧。
よし、これで行こう!
「ねぇ、ヒイロ君。一つお願いがあるんだけど。」
「ん、お願い。」
「そう、お願い。もし、だけれど…ここの出口を知っているなら、そこまで私を案内してくれないかな。そのお礼というか、代わりといっては何だけど、今困っていることがあれば手伝ってあげるから。例えば、本の片付けとか、本の片付けとか、それと本の片付けとか…。」
「そんなに…本の片付けがしたいの?」
「…うん。」
本心駄々洩れのクミンの言葉に、ヒイロは若干引き気味で戸惑いを見せていた。
その様子を目にしたクミンはお宝に目が眩むあまり、ボロを出してしまった事に気付き、ヒイロの警戒心を解く為にもう一度、表情を作り直し、彼の出方を伺う。
「物凄くありがたいけど…その、結構大変だよ。」
「覚悟の上!」
「それじゃ…お願いしようかな、ライブラの本の片付け。」
ヨシ!キタアァァァァァァァァァァーッ!
クミンは自身の思惑通りに事が運んだことに安堵し、思わずガッツポーズをしてしまった。
「え、急にどうしたの?」
「あっ、いや、なんでもないヨ~。あははは」
クミンは急いでガッツポーズをしまう。ともかく、自由にこの空間を探索できる口実を得た私は、散らばっている本を整理するふりをし、辺りを散策した。
~~~~~~~~~~~~
2時間後。
お宝らしいものは、見つかりませんでした。
あっちにも本、こっちにも本、前方にも本、後方にも本、左右にも本、どこでも本、見渡す限りの本…。ここには本しかないのか!
まさか、この本全部がお宝か?
と一瞬思ったのだが、残念ながら、本の中身はどれも、王都にある王立図書館で目にしたものばかりだ。流石に、迷宮外にある物と同じ物に希少的価値があるとは思えない。
クミンは2時間前に抱いていた期待が大いに外れ、ガッカリしたという意味の大きなため息をついた。
なお、当の本人は、私に片付けをすべて押し付け、段々に積まれた本の上に腰かけ、読書を堪能してやがる。
クミンはヒイロの態度に怒りを覚えたが、『出口への案内』を引き換えに出した以上、片付けが終わらない限り、ここから出られない。
一応、作業を放っておいて、一人で出口を探すという手もあるが、未知の領域を右も左も分からないまま、一人で探索するのはとても危険だ。もし、何日も迷ってしまい、ウェストポーチに詰めてある非常食が底をついてしまった場合、例え、運よくここへ戻って来られたとしても、約束を破った相手に助けを求めるなど、筋が通らず、ほぼ100%断られてしまうだろう。
「はぁ、仕方がない。」
私はお宝さがしをあきらめ、片付けの続きを始める。黙々と作業したせいか、ほんの数時間で片付けは完了し、気付けば床一杯に散らばっていた本すべてを本棚へと戻っていた。
高さ8メートル程もある巨大な本棚に囲まれた、本が空間を支配する世界。天井から吊り下げられたランプの霞がかった光により、宙舞う埃が小さく光る妖精のように見え、より幻想的な雰囲気を醸し出す。
さらに2メートルごとに鉄格子のテラスと直立式の梯子が設けられ、本と本との世界をつなぐ架け橋を表現しているようだ。
これが、ライブラの本来の姿。
クミンは360°本に囲まれた世界に壮観され、自身が非現実に存在している事を改めて思い知らされる。
しかし、今更ながら思う。
なぜ、迷宮内に図書館が?
しかも、見たことのない本ならまだしも、どれも、町の本屋や王都の図書館に置いてある本ばかりだ。中には最近出版されたものまである。
一体、ここは…。
「終わったかい?」
考え事に深くのめり込んでいる所に突然ヒイロが声をかけてきた。クミンは不意を突かれたように、「うわぁっ」と声を荒げ、驚いた。
この空間自体が謎過ぎるあまり、コイツの存在を思考に入れていなかった。そうか、コイツが外へ出て買い集めているのであれば、この場所に近代の書物が集まっている理由に納得がいく。
つまり、この空間には確実に出口が存在する。
こう言った報告例がない未知の場所が未発見領域呼ばれる理由。といっても、誰も見つけられなかったという単純な理由が主であるが、それとは別に見つけたものの出口がなく、外界へ伝える手段が無いまま息絶えたという理由もある。ここ第2迷宮は殆ど探索し尽くした場所である為、クミンはその可能性を捨てきれずにいた。
だが、【ヒイロ】と【近代の書物】という二つの存在により、出口の存在が可能性の存在から確証へと変わり、不安が払拭したことに安堵したクミンはほんの少し胸を撫でおろす。
「大丈夫?」
「あっ、うん。少し驚いただけ。」
悲鳴をあげた後に胸を撫でおろした一連の動作に対し、ヒイロはびっくりさせてしまったと罪悪感を覚えていたようだ。まぁ、びっくりしたのは確かだけど、胸を撫でおろしたのは別の理由だから…ね。
そんな罪悪感で押しつぶれそうな、つぶらな瞳で私を見ないで。
クミンは自分を心配そうに見つめるヒイロの表情から逃れるように視線を逸らし、たまたま目線を逸らした先にあった、ヒイロが手に持っている本に着目した。
「そういえば、その本…。」
「ん、この本知っているの。」
「うん。」
良く知っている。
【世界の絶景 100選】
一面雪に覆われた氷の大地や澄んだ空色が映る大きな湖、秋色一色の紅葉に囲まれた都など、世界各地に存在する誰もが認める絶景が記載されている本。
かつて、世界が魔物に支配され、今みたいに町の外へ出られなかった頃、私はこの本をよく読んでいた。
『いつか、この本に描かれている場所に行ってみたい』という想いを募らせながら…。
そして、やっと、人類が町の外へ出歩けるようになった頃、私は本に書かれた場所で一番近い場所へと足を運んだ。
「綺麗…。」
初めてその光景を目にした時の感動を思い出しながら、クミンは、ヒイロからその本を借り、その場所が記されたページをめくる。
一面見渡す限りの花畑。
春には桃や黄色の花を、夏には青や空色、秋には紫や橙色、冬には赤や白色と、季節によって違った表情を見せる。
この花畑の一番の見どころは、花が満開し、見頃を迎える頃に花畑を吹き抜ける季節風。風と共に宙を舞い、そして、空から降り注ぐ花弁を眺めながら、鳥の歌声に耳を傾ける。
春と秋は生温く、夏は涼しく、冬は冷たく…。
鳥の歌声も、渡り鳥の種類によって…。
そう、花だけでなく、風や動物までもが四季によって色合いを変えるのだ。
それ故に、この場所は【四季の花畑】と呼ばれ、今もなお、多くの人々に愛されている。
「綺麗な場所だね。そこ」
どうやら、ヒイロもこの場所が気に入っているようだ。クミンは自身のお気に入りの場所が褒められたことを嬉しく思い、つい、この場所のことについて語り出してしまう。
「うん。なんというか自然との一体感を味うことができて、とても心地が良くて、つい季節が変る毎に足を運んでしまうの…それくらい魅力的な場所。それで…。」
ヒイロは興味津々でクミンの話に耳を傾けた。
少しして花畑について語り終えると、ヒイロは次のページをめくり、ページに写っている写真を指さし、「それで、ここは?」とその場所について訊ねる。
クミンは仕方ないと思いながら、この本に移っている場所について全部説明した。
ページを1ページ、1ページと、めくるたびに、ヒイロの表情が太陽のように、あたたかく、輝き始め、彼の表情につられ、クミンも思わず笑みをこぼした。
思い出すな、私がまだ幼いころに兄と一緒にお母さんが本を読み聞かせをしてくれたことを。あの頃に戻った気分だ。そう、私と兄、母と父、家族全員で一つのテーブルを輪のように囲んでいた頃に…。
しばらく二人は、幸せなひと時を過ごした。
そして、最後のページをめくり終えると、ヒイロは先程の太陽のように明るい笑顔から一転し、暗い影を落とした少し悲しげな表情をし出した。
その表情を目にしたクミンは「…もしよかったらだけど、他の本のことも教えよっか?」と声をかけたが、「いや、いいよ。」とヒイロは断り、表情を元に戻しながら気持ちを切り替えた。
「さてと、ここの片付けも終わった事だし、他の所の片付けに行こうか。」
「えっ…他の所?」
「うん。本が散らかっているのはここだけじゃないからね。」
「いや、でも…片付けるのはここだけじゃ…。」
「何を言っているんだい。僕が頼んだのは『ライブラの本の片付け』だよ。このフロアはライブラのほんの一部。先はまだまだ長いよ。」
「そんな…。」
クミンは口から魂混じりのため息を吐き出し、大きく落胆した。
「まぁ、片付けしていったら、その内出口にたどり着けるから、そう気を落とさないでよ。」
「それだったら…別にいいか。」
クミンは肩をガックリと落としながら、とぼとぼとヒイロの後に続く。ヒイロはクミンが後ろからついて来ていることを確認し、本棚にある本を一つ手に取り、奥の方へと押し込んだ。
すると…。
ガタッ…ドドドドォドドォ…・
本棚が突然動き出し、奥の方から扉が現れた。
「さぁ、行こうか。」
こうして、ヒイロとクミン、二人の冒険が始まった。
ワールズ・エンド・ラビリンス 絶滅危惧種 SEI @basarumosu8811
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