第10話零れたら死ぬ

「詳しい話は私の家で話をしよう」

 穢レに対抗する為の術を教える為哲太は命を家へ招待した。「電車で行くんですか?」という命の質問に対し、哲太は右手を前に出した。

「どこでもドア的な奴さ。……落ちろ」

「っ!」

 地面が抜けて下へ落下する感覚が二人を包む。一瞬で周りが暗くなりその直後明るくなる。

「ようこそわが家へ」

 一階建ての和風建築が目の前にポツンと建ってあった。家の周りには太い木々が生い茂り神秘的な場所だった。命が体験した事のある暗くて不気味な奈落とは真逆の物だった。

「これが奈落?」

「いいや、ここは山奥に立てた私の家だ。奈落の出口を今立っている場所に設置してどこからでも入れるようにしている」

「じゃあここは現実世界って事か?」

「そういう事。だから人間に害は無いよ」

 そう言った後哲太は歩き出し砂利が敷き詰められた庭へ歩き出す。命も後ろを付いて歩く。家と庭を合わせても数百坪以上は軽くある。辺りをキョロキョロと見まわす命。

「命、これが見えるかい?」

 哲太は命に右の握りこぶしを見せる。一般人の瞳にはただの拳だが命の瞳には黒い穢レを纏って映った。

「穢レを纏っている」

 命は見えたモノをそのまま伝えた。

「その通り。君は見えてないと思うけど君の体は微量の穢レを纏っている。だから愛に触れるし穢レ人も触れられる」

「じゃあそのまま殴っても良いって事か?」

「そういう事」

 命は両手を広げて目を凝らしてみるも特に穢レは見えない。また穢レを纏う感覚も無い命は両手に兎に角力を籠めようとする。

「無理に纏わなくて良いよ」

 哲太は命の左手を両手で優しく握った。

「でも量が多いほど強いんじゃないのか?」

「あくまでも護身術だ。それに君は人間で穢レを貯め込みすぎると死ぬよ」

 穢レで死ぬ。その言葉を聞いた際、黒い塵になった店員を思い出し、思った疑問を哲太に聞いた。

「俺さ、奈落で穢獣に噛まれたりしてるけど普通は死ぬんだよな?」

「穢レで人が死ぬ理由はその人間の許容値……つまりコップだと思ってくれればいいよ。そのコップが一杯になるまでは死なない。でも……」

「零れたら死ぬ」

「その通り。そして穢レは一度体から入ったら抜けることは無い」

「……」

「今日はこれで終わり」

「え?」

 突然講義が終わり命が戸惑っていると、哲太のポケットから着信音が鳴った。

「ちょっと電話が来たみたいだから家の中でも好きに遊んどいてよ。もしもし」

 命はそう言われて家の中に入っていった。しっかり扉が閉まった所まで見届けた後、電話をとる。

「早かったね幸明。それで調べて欲しいって言ったモノは見つかったかい?」

「ああ、見つかった。この町に潜伏している穢レ人は多分だけど八十禍津の手下だ」

 通話相手は幸明だった。

「うーん、十剣じゅっけんの一人かな」

「十剣?」

「また話すよ。でも狙いはやっぱり」

「ああ、心無しんむが狙いだ」

「なら、少し手荒だけど命を使おうか。愛がこのまま自分が書いた台本通りに事を進めるのも気に障るし」

「どうすれば良い?」

「今から送る住所に来て、命を心無の奈落まで案内するんだ。そのまま彼だけ落とせば良い。その後は私が好きなようにする」

「わかった」

 哲太は通話を切り家の中に入る。玄関に大人しく座る命に微笑みながら、

「命! ごめんね、帰ろうか」

「わかった」

 そして奈落を通じて祖母の家の庭に戻った。時刻は午後六時。段々と空は暗かった。

「お前」

 玄関の前に自分を刺した犯人である幸明が立っていた。命は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら睨みつける。幸明も同じような顔で命を睨み返した。

「年上に対してお前って言うなガキ」

「うるせーよ。何の用だ? また殺しにでも来たのかよ」

「違う。星野コイツ借りるぞ」

 命の肩を握って引き寄せる。命はその手を振り払う。

「ちょっと待てって、愛を呼ばせろ」

「何もするつもりは無い。さっさと来い」

 命の腕を掴む。

「信用できるか。腹にいきなりナイフぶっ刺した野郎の話なんか」

 それもまた振り払い後ろに下がって距離を置く。そのまま大声で愛を呼ぼうと息を大きく吸った時、その動作を見て哲太は、

「命、私も一緒に行くよ」

 そう提案した。哲太は自分を救ってくれたと聞いていたので命は渋々その条件で了承した。

「本当に何もすんなよ」

「しないって」

 そのまま幸明の車に乗り込み目的地へと発進する。

「お前よく車でこの町に来たな」

「本当にそう。高速も通ってないし道はボロボロだし電車で来たら良かったよ。それに駅前しか駐車場無いし」

 その会話で終わった。あとはただ静かな車内で運ばれる。

「ここで下りろ」

 車が止まり幸明が降りる。辺りはすっかり暗くなっていた。

「どこだよここ。星見るならもっと上だぞ」

「違う。一対一で話したかったんだよ」

 幸明はそう言うと草むらの中に入っていく。「私も行くから」と哲太の一言で命は着いて行った。そして何にもない草むらで哲太は脚を止め命の顔を見る様に振り向いた。一呼吸置いた後、

「お前何で穢レ人に手を貸そうだなんて思ったんだ?」

「俺がそうしたいと思ったから」

「……契が切れたら更新する気は?」

「無い」

「本当か?」

「切ったら愛を殺すのか?」

「さあな。でもいずれ殺さないといけない」

「……」

「まあ何でも良いけどとにかく契約を更新する気は無いんだな」

「ああ」

「じゃあ俺が聞きたい事は終わりだ」

 哲太はそう言った後、右手を前に出し親指、人差し指、中指を広げ残りの二本は握り込んだ。

「堕ちろ」

「っ!」

 命はその場から消え、二人になった。

「言われた事はやったぞ。あとはお前がどうにかすんだろ?」

「コラコラ年上に対してお前なんて言わないの」

「うるせぇ。俺は良いんだよ」

 幸明は反抗期の子供の様な事を言った後、車に乗り込み数分した後走り出した。

「全く……困った子だなぁ」

「さて、命。少し苦しいがこの町を守る為に頑張ってくれよ」

 暗闇の草むらの中哲太はただその場に立っていた。

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奈落 @Mamama_Mimimi

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