第9話二大穢神
「武器を下ろせ」
「嫌だね」
再び刃は愛の背中へ振り下ろされる。
「無抵抗の女性を傷つけるとは良くないなぁ」
哲太は幸明の振り下ろす腕を掴んで固定する。力が均衡している為プルプルと震える。
「お前も殺したいと思ってたんだよ」
「じゃあ早く来なよ」
哲太は掴んでいた腕を話し手で挑発する。幸明は息を整え命に致命傷を与えた一撃。自分自身を加速させ普通の人間では絶対に反応できない即死技。狙いは首、速度は十二分。しかし哲太はその超スピードに反応し、同じように腕を掴んだ。
「遅い、遅い」
そのまま流れる様に手首の関節を逆に曲げ幸明の掌から短剣は落ち、鳩尾を右膝で素早く鋭く抉る。怯んだところで首後ろを掴んで地面に抑え込む。五秒もかからなかった。高速で始まり高速で終わった一騎打ちは哲太の勝ちで終わった。
「離せよ」
力ずくで拘束を外そうともがくが哲太の腕はビクともしない。
「彼を治すんだ」
哲太はただ一言そう言った。
「嫌だね。そのガキ殺してそこの女も殺す。それが穢消師の使命だ」
「彼が死んだら間違いなく穢消師は全滅させられるよ」
「どういう意味だ」
「
少し考え込んだ所で幸明が口を開く。
「
神々が自らの穢レを落とす際に産まれた神。それが穢神。望まない生を与えられ人々や神々から忌み嫌われ二人の神は自ら地獄に落ちた。神と人を憎みその全てを殺す為、彼らは自分達と同じ憎しみを持つ地獄に落ちた人間を#穢レ人__・__#として人の世に送り出した。
それが大昔から今まで続く穢レ人と穢消師達の終わらない戦いの始まりである。
「そう、その二人だね。そして彼女は後者だ」
哲太から告げられた予想外の発言に幸明は戸惑いながらも先程の戦闘での違和感を愛に質問する。
「穢神の割には俺に好き勝手やられてたけどな」
「彼女単体なら強いが全力を出せば体を貸している彼は即死だ」
「……」
幸明は黙って視線を愛に向けるが愛はただ命の傷口を黙って触っていた。愛は命の体内に微量の穢レを入れ、心臓マッサージや切れた血管や臓器などを塞ぐなど少しでも延命をしようとしていた。
「おい、本当に大禍津なのか?」
「……ええ、そうよ。でももう捨てた名前」
治療をしながら小さな声で呟いた。しかしその発言は幸明の地雷を踏んだ。
「捨てられるか。お前はあの日
「私はこの子を守れるなら何もしない」
「お前は今まで大量の人間を殺しておいて何が守るだ! 俺がそのガキ殺してお前ももう一回地獄に叩き落としてやるよ」
「落ち着くんだ。少し怒りっぽくなったかい? どちらにしろ君が彼を治さないと拘束は解かないし彼女は口を開かないと思うよ」
「じゃあ治してやるから教えろ、そのガキは一体何なんだ? 何で穢レを体内に入れても死なないんだ」
「……」
幸明の口調は段々と荒々しくなっていく。しかし一番知りたい謎の少年についての問いに対して愛は黙り込んだ。
「無視かよ」
愛に聞こえる様に舌打ちをする。
「さあ、治すんだ。彼女も延命処置をしているみたいだけど時間が無いみたいだ」
幸明は深いため息を吐いた後、
「……そいつの体触らせろ」
そう小さく吐き捨てた。
「うんうん。素直で私は嬉しいよ」
「親みたいな態度すんな」
幸明はそう言って命の体に手を当てる。すると血が止まり傷口も綺麗に塞がった。悪かった顔色も段々と色がついてくる。
「ほら、治してやったぞ」
「ありがとう」
愛は幸明に顔を向けずにお礼を言う。
「穢レ人がお礼なんかすんな。気持ち悪い」
幸明の毒舌を気にもせず、ただ命の顔に手を触れ頬を撫でる。その姿は子供を心配する母親の様に幸明の眼に映った。その姿を見て一つ問いかける。
「お前、何でこんな辺鄙な地にいるんだよ」
「隠居の為」
「違うだろ。お前の目的はそのガキだ。その感じだとお前とかなり深い関係だな」
「……」
愛は何も言わずただ黙る。互いに口を閉じ蝉の声だけが耳に届く。
「さあ、お開きだ。私はこの二人を家まで送るから君は逃げた奴でも追っておきなよ」
藪から棒に哲太が手を叩いて鳴らし命を背負う。
「命令すんな。わかってる」
「素直じゃ無いなぁ」
苦笑いを浮かべる哲太。逃げた穢レ人を追う為に反対方向に歩き出した幸明が急に振り向き哲太に話しかけた。
「そのガキに言っておいて」
「何をだい?」
「お前が手を組んだのは思っているよりもヤバい奴って事」
「うん、勿論」
優しく笑った後幸明はゆっくりと歩いて行った。哲太は命を背負いならが命の祖母の家に向かう。気持ちよさそうに命が吐息を立てているのを聞いて哲太は少し安心した。しかしそんな命の事を考えるとどうしても聞かないといけない事があった。
「愛、詳しくは聞かない。でも彼は人間として生きさせてあげるべきだ」
「嫌よ。もう放すつもりは無い」
隣を歩く愛に対して提案したが愛は即答で拒否した。頑固な愛にため息を吐いた後一つ質問をした。
「君なんだろ?
「どうしてそう思うの?」
「簡単だよ。君は命との契約を伸ばしたい。だからワザと状況をグチャグチャにして伸ばす様に誘導させた。その結果まずは左目を貰った」
「妄想が過ぎるわよ」
愛は哲太の話を鼻で笑った。
「君がそうするつもりなら。私も彼を少し利用させて貰おうかな」
「殺すわよ」
いつもの優しい笑顔は消え、殺気溢れる鋭い視線で哲太を睨みつける。
「怖い怖い。でも私は一度君を殺したことがあるんだよ? 忘れたのかい?」
「まさか忘れる訳無いでしょ。私の冗談が伝わらなかったの?」
「でも本当に彼が君と契約を更新しないと言った際に無理に迫ったりしたらその時は……わかるよね」
哲太からも微笑みが消え声がワントーン低くなる。
「そんな事しないわよ」
「穢レ人は嘘つきだからなぁ」
「あなたも今はコッチ側よ?」
「あははっ! 確かにそうだった。気持ちはいつでも人間だから忘れてたよ」
再び二人の微笑みが戻る。
「どうして蘇ったの?」
「簡単さ。禍津二人を監視して危険なら殺す。それが私の使命だからね」
「……」
「でも、君はまだ良し悪しがわかる。問題は八十禍津の方だ」
「生きているのは知っているけどどこかに隠れているんでしょ?」
愛は八十禍津の顔を思い出しながら話を続ける。
「ああ、人を激しく憎みながら隠れている」
「ここに来たのは私を見に来たの?」
「それもあるけどもう一個野暮用がね」
「そう」
その後も雑談を行い目的地に着きリビングに布団を敷き命を横にした。哲太は玄関でお茶を飲みながら時間を潰し愛は眠る命の顔を本当に微笑みながら見つめたり触れたりしていた。
「……っ」
「あ、おはよう」
命が目を覚ますと上から愛が覗いている光景が広がる。しかも祖母の家の天井も見える。刺されて絶命したと思っていたが生きている状況に困惑し愛に質問をする。
「あれ、俺刺されて……」
「初めまして命。私は星野哲太」
リビングの扉が開き哲太が命の質問を遮る。
「この人が助けてくれたの」
「あんた穢レ人だろ」
命は直感で哲太が人間では無い事を理解した。もしもの不意打ちにも対応できるように両手を握る。
「おや、何でそう思ったの?」
「何となく。直感的な?」
「よくわかったね。正解」
「命、その人は穢消師と同じと思って」
「?」
「安心してよ。私は味方だ。さて、少し話をしよう。場所は変えて愛抜きでね」
そう言うと幸明は命に手を差し伸べて立ち上がらせる。そのまま玄関を抜けて庭に出る。哲太はそこで立ち止まり話を始めた。
「さて、命君。君はさっきの戦闘で何を渡した?」
「左目」
「体調に変化は?」
「特に無いです」
「契約はいつ切れるんだい?」
「今日から一週間後に」
淡々と質疑応答を繰り返す。
「なら最後に一つだけ。君はこのまま愛と契約を続けると間違いなく死ぬ」
「危険な目に遭ってって事ですか?」
「それでもあるが、君は人間だ。そして愛は穢レ人」
「人間は穢レを大量に浴びると黒い塵になって死ぬ。君もいつかそうなるって言っているんだよ」
命は奈落での店員の最後を思い出す。
「いつですか」
「さあ、でも君の体が穢レに耐えられなくなったらそうなってしまうね」
「……」
「要はコップと同じさ。人間それぞれ大きさが違ってそのコップが満タンになって零れると死ぬ。君は生まれつき偶然そのコップが大きい。でも無限じゃない」
哲太は命にもわかりやすく例えを使って説明をする。
「契約で得た目を使いすぎるとすぐに溜まるかもね。それに彼女は穢レ人の中でも有名な方でね。もしかしたらさっきの戦闘で場所がバレて面倒な輩に絡まれるかもしれない」
「じゃあどうすればいいんですか?」
「だからそれ用に抗う術を教えよう。君一人で戦えるようにね」
命の質問を「待っていました」と言わんばかりに自慢げに言った。
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