第8話速度を上げろ

 穢消師の拳を防ぎつつ距離を取る。少しずつだが目が慣れて準備の動きから大体の攻撃場所を予測し固める。予想がズレたら愛がカバーに入る。戦い始めて数分で様になった戦い方をしていた。

「命、守ってばかりだといつまで経ってもチャンスが来ないわよ」

「守るので精一杯なんだ。それに俺はあくまでも話し合いでの解決がしたいと思ってる。もし殴って怪我でもさせたら大量の穢消師がこの町に集合するんだぞ」

 命は口ではそう言ったが「コイツは止まらない」と心のどこかで感じていた。ただ楽しそうに暴力をぶつける。虫を笑いながら踏んで殺す子供の様に。そんな奴が話し合いを提案しても乗ってくるのか。この男の目的は穢レ人俺達を消滅させる事。

 どちらに進んでも地獄の選択に命は悩んでいた。もし戦えばこの先一生涯追われる身になる。しかしこのままただ押されて黙って殺されるのも嫌だ。悩みは動きに出た。足の踏み込む動作を見て先に行動するも、その動きはフェイク。防御の予想を外してしまう。愛が止めようとするも、腰の入った一撃の前には愛のガードすらも粉砕した。

 鋭い突きが左の胸を抉る。痛む胸を押さえその場にしゃがみ込む。その瞬間に命の答えは出た。

「愛、倒すぞ」

 この男を倒す。追われても良い。ただ負けて死ぬ事だけは絶対に嫌だ。命の思考と行動は逃げ距離を置くスタイルから距離を詰めガンガン攻める形に変わった。

「やっとか」

 男は命の決心した一言を聞いて口角を上げそう言った。

 命は前へ素早く足を運び右手を強く握り込んで肘と腕を固めて高速で上半身を回転させる。先程しゃがまされた強烈な突きを見様見真似で繰り出す。狙いは鳩尾。速度も申し分ない。男はガードの姿勢を見せなかった。

 この拳は通る。そう思っていた。

「いいねぇ。そう来ないと」

 男は口角を上げて命の突きを迎撃する様に自分も突きを繰り出した。拳同士がぶつかり合い競り合う。すぐに命は左手を出す、しかし華麗に避けられる。男の顔を狙った高速ジャブ。愛が手を出して受け止める。

「ぶっ!」

 はずだった。愛が受け止めたはずの拳は命の顔面に当たっていた。後ろに大きくのけぞる。愛が背中に手を当ててくれた為コケる事は無かった。再び両手を上げて睨み合いに戻る。

「どういう事だ。防御してただろ?」

「これは中々面倒くさい」

 理解不能な一撃。愛の防御は完璧だった。威力の高い技は手そのものが砕けるが隙を刺す軽いジャブ。防御できない訳が無い。

「遅い遅い」

 悩んでいる命を見て手招きするように挑発をする。その直後高速前ステップからの命の右脚を狙った蹴り。男は右膝を狙って行動に制限を掛けようとしていた。命も負けじと蹴る脚を狙って上から踏んで勢いを殺そうと右脚を上げて踏みつける速度を上げた。

「がっ!」

 しかし砕けたのは逆の左膝だった。姿勢が大きく崩れその場に尻もちをつく。愛ですら反応できない一撃。

「くっそ……」

「そろそろ終わりか?」

「命、膝を治すから時間を稼いで」

「なあ最後に教えてくれよ」

 両手を上げて降参の意思を見せる。

「何をだ?」

 男はすぐに殺しては来なかった。なるべく回答に時間がいる難しい質問をしよう考える。

「俺は人間で、中に穢レ人がいる」

「だから?」

「人を殺したらヤバいんじゃないのか?」

「まあ、でも穢レ人と共謀してたって言ったら終わり。責任問われたら……無いな。穢消師を管轄してる奴らは揉め事になりたくないから何も言わないしね」

「助けてくれよ。実は俺中にいる奴に無理矢理契約されたんだよ。可哀想だろ?」

 話を続けるために恥も捨て命乞いをする。すると愛が話しかけてくる。

「命、提案がある。返事せずに聞いて」

「何だよ今更。覚悟して戦ったんだろ?」

 男は命がプライドを捨てた行動を見てため息を吐いた。

「お願いだよ。助けてくれよ」

「嫌だね。最後は男らしく黙って死ねよ」

「アナタは弱い。だからどうやっても、この男には勝てない。でも一つだけ方法がある」

「他の穢消師呼んで話してくれよ。もう俺は降参だ」

 必死に言葉を繋ぐ。切れてしまえは問答無用で殺しに来るからだ。

「アナタの左目を頂戴。勿論一週間だけ。貴方と目を共有して動きを見えるようにする」

「もういい。飽きた」

 男は右手を振りかぶった。

「もし目をあげても良いなら。反撃して」

「奇遇だな。俺も飽きたよ」

 目を愛に渡す恐怖はあった。しかし命の気持ちはただ一つ。この男を倒して逃げる。それだけだ。命は地面の砂をバレない様に握り込んだ。

「何を言ってるんだ?」

 男はいきなり関係の無い話を始めた命の言葉に首をひねる。

「お前との話が飽きたって言ってんだよ」

 砂を顔目掛けて思い切り投げる。目を閉じ手を顔の前に出し守ったところで命は立ち上がって一歩踏み出し、全身全霊の一撃を顔面に叩きこむ。男は転がるように倒れた。しかし

「騙し討ちとは感心しないなぁ」

 殴られた頬を触りながら男は立ち上がる。

「命、今なら見えるから」

 愛の一言で命の見える世界は大きく変わった。男の動きがパラパラ漫画の様に断片的に映る。右の拳で左胸を狙う。命は体を逸らし躱す。そしてそのまま膝を折って立ち上がる勢いを乗せて腹に向けて一撃を放った。

 男の体が少しだけパンチの威力によって浮く。そのタイミングで世界は元に戻った。

「どう?」

「最高だ」

 そう言った瞬間に鼻の穴がムズムズしてきて鼻血がツーと流れた。拭っても拭っても止まらない。

「本来は人間にはできない技だから反動もあるけど」

「すぐに決着を付けたら大丈夫って事だろ」

 地面に寝そべっていた男はムクリと起き上がった。その顔は満面の笑みだった。

「久しぶりだな。思いっ切り殴られるのも」

「何回でも殴ってやるよ」

「アハハッ命乞いからの騙し討ち。パンチを避けてカウンター。ここまで泥臭い戦い方をする穢レ人なんて見た事無いや。最近の奴らは皆一瞬でケリがつくから面白くなかったんだ」

「お前穢レ人は元人間なんだぞ」

「知るか。俺はただアイツらが憎い。アイツらが生きているから大春おおはるが死ぬ羽目になったんだ」

「速度を上げろ」

 そう言って男は短剣を取り出した。両刃の短剣。色は黒色で全長二十センチほどの物だった。命は突然訳の分からない言葉を発した男を警戒していると、

「お前死んだよ?」

 その一言と共に命の意識と肉体が取った行動は真逆だった。命は戦う為に一歩踏み出したつもりだった。しかし肉体はその場で跪いた。

「は?」

 腹部には刃が深く差し込まれており、血が流れている。

「結局お前も雑魚かよ」

 先程まで互いに拳が届かない距離までいたはずなのに気が付けば目の前で跪いて頭が混乱している命を見下ろす様に立っていた。そしてそのまま雑に短剣を引き抜く。

「がぁ……」

 腹部に経験した事のない痛みが走る。奥歯を噛みしめようとも底の無い痛み。刺された部分からは血があり得ない速度で流れ始めた。まるで出血の速度が上がっているように。汗が滝の様に出始める。

「ああ、そういう事か」

 男は体を動かくスピードを上げられる。命は死の淵で男に感じた謎の正体の結論を出した。渾身の突きを相殺されたのも愛が防御したハズの拳が顔に当たったのも右蹴りが左蹴りに変わったのも。全てこの男が自身の速度を上げて行った行為。

「愛……ごめん」

 そう言うと命の瞳の色がくすみ始め意識を失った。

「残念だ。あと数年後に戦ってたら互角だったかもね」

 そう男は気を失った命に言い放った。刃が黒く輝く。そのまま命の首を狙った一振りは深く深く突き刺さった。

「この子は関係ない」

 愛が体を出現させ命を抱え込むようにして庇い振り下ろされた一撃は背中に深く刺さった。

「お前、あの時の」

「この子は私が巻き込んだの。だから見逃してあげて」

「無理だ。お前とつるんでるなら猶更だ」

「まあまあ、幸明こうめい。一旦武器を下ろして彼を助けてあげてよ」

 一人の男性が現れた。上半身は白の半袖のシャツに下は紺のデニムを吐いている。長い白髪を後頭部で紐に括り黄色の瞳をした変わった見た目だった。

星野哲太ほしのてつた……」

 土御門幸明つちみかどこうめいは急に現れた男を見て名前を呟いた。

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