お月さまの宝物

花野井あす

お月さまの宝物


 たーくんは金平糖の大好きな小さな男の子です。

 

 どれくらい小さいかというと、わたしの親指くらいなのです。

 

 ふふ。わからないですよね。

 

 わたしがいったい誰なのかも知らないのですから。

 

 でも、それは些末なこと。たーくんが愛らしいことだけわかってくだされば、それでいのです。

 

 さて、たーくんなのですが、お陽さまがお休みになるといつもわたしのもとへやってきて、「今日もきれいね」なんて言ってくれるのです。

 

 そして、いつも好物の金平糖をひとふくろ取り出して、「いっしょに食べましょう」とわらう。まあるい頬にできた笑窪がなんて可愛らしいのでしょう!

 

 それはとても嬉しくて嬉しくてたまりません。わたしはいつもひとり。だから、たーくんが愛しくて愛しくてたまりません。

 

 さらにたーくんは、もみの樹の上で「ほう、ほう」と歌う梟さんやたんぽぽの綿毛で遊ぶ狐の子どもたちにまで声をかけて、わたしのもとへいざないます。

 

 さあ、宴のお時間です。

 

 たーくんはにこにこ楽しげに歌い、踊ります。梟さんも狐の子どもたちも歌い、踊ります。愉快な様子に惹かれて、ほら穴で居眠りをしていた熊お爺さんや餅つきをしていた兎の夫婦もやってきました。

 

 あゝ、なんて賑やかな宴なのでしょう!

 

 けれどもお陽さまがお顔を出し始めると、その楽しい夢のようなひとときはおしまいです。みんなみんなさっと居るべき場所へ帰って往くのです。たーくんもまた、空になった金平糖の袋を持って帰って往くのです。

 

 わたしはまた、孤独ひとりです。

 

 ずっとずっと、そばにいてくれれば好いのに。

 ずっとずっと、宴が続けば好いのに。

 

 それでもわたしは泣きません。いいえ、涙がないのです。あのお空の雲のように、泣きたい時に泣けたら良いのに。

 

 それでもわたしは淋しくありません。だって、たーくんがきっと再度た逢いにきてくれるもの。

 

 けれどもある真闇な日。たーくんは言いました。

 

「ぼくには金平糖がもうないんだ。だから、ここでさよならだ」

 

 わたしは立ち去るたーくんを呼び止めることができませんでした。たーくんは姿を見せなくなりました。宴はもう、開かれなくなりました。

 

 わたしは誰でもなくなりました。

 わたしは何者でもなくなりました。

 わたしは、どこにもいないのです。

 

 それから幾つお陽さまがおやすみになるのを聞いたでしょうか。


 ぼんやりと鳥や獣たちが彼らのひとときを愉しむのをただ眺めていると、矢庭にもみの樹の影から誰かが言いました。

 

「僕は金平糖になりたいんだ。そしてずっと、あなたのそばに在りたいんだ。」

 

 ただ、ただわたしは戸惑います。

 

 なんて素敵な言葉でしょう。長いこと高鳴ることのなかった胸がときめきます。わたしはそっと彼に手招いて、彼を金色の金平糖にしました。

 

 すると一等輝くその金平糖は微笑みかけました。

 

「ほら、これでずっと二人だけの宴ができるでしょう」

 

 金色の金平糖は、青年になったたーくんでした。


わたしはもう、孤独ではなくなりました。愛しいひとは共にお陽さまのいない時を歩んでくれるからです。

 

 わたしは、夜を照らすお姫さまになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お月さまの宝物 花野井あす @asu_hana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説