ファスタ・ストアド破伝 破壊完了

 とんでもない冷や汗とバクバクという動機が止まらない。何度か辺りを見回してはみたけれども、やはり自分の部屋で間違いはなかった。

 さっきまで誰かと一緒に居たはずなのに、何故自分は今、自分の部屋で寝ているんだろうか?

 いや、そもそも誰かって誰だ?

 記憶が混同してちぐはぐだ。

 部屋にかけてある暦を見る。そろそろ黒の刻から青の刻になる頃、そして今日は自分が勇者となって旅に出る前日だった。

 心の中がざわざわする。胸騒ぎ。この下りを確か前にもした気がするのだ。

 明日には旅立つっていう大事な時だというのに、一体自分はどうしてしまったのだろうか?


 カチャ。


 その時、いきなり部屋の扉が開く。そこには漆黒の少年が此方を覗いていた。

「ファスタ、目が覚めたかい?」

 この国では珍しい漆黒の髪の少年、そんな珍しい存在が一体何故自分の部屋に来ているんだと驚いてしまったが、ふと、彼の顔に見覚えがあった。

「ハジ……メ?」

 自分は彼のことをハジメと呼ぶ。そんな名前の知り合いなんて存在しないはずなのに、彼の名前はハジメなんだと理解した瞬間、急に頭の中で記憶がフラッシュバックする。


 そうだ、自分はハジメの探し物を探して王宮近くの市場を訪れたんだけど、黒の刻になった瞬間何かに吸い込まれて意識を失ったんだ。

 それだけじゃない、ハジメに街を案内して欲しいと言われて市場を案内したこともある、その前には王様に呼ばれて王宮に行くと、召喚されたばかりのハジメに会って、ってあれ、これはすべて自分が勇者になる前日に起こった記憶、でも、今日もその前日で、あれ?


 今日っていつなんだ?


「ファスタ大丈夫かい? すごい汗だよ?」

 自分が混乱しているのを他所にハジメは飄々とした感じで話しかけてくる。

「ハジメ、今、いつなんだ?」

「今かい? 今日はねー……」

 ハジメがにやりと笑う。

「君が勇者になる日の前日だよ」

「いや、だって、昨日も確かその日で、ハジメの探し物を探しに街へと出かけたじゃないか」

「そうだね、昨日も前日だった。だから昨日僕が言ったじゃないか。この物語は君が勇者になる前日で時が止まっているから。いくら頑張っても次の日はやってこない」

 そういえば昨日ハジメがそんなことを言っていたような気がする。

「ハジメ、そういえば明日になったら説明してくれるって言っていたよね。君が一体何者でこの世界の何を知っているのか」

「そういえばそんな話もしたね。いいよ、話そう。ちょっと椅子借りるね」

 ハジメは自分の机に備え付けられていた椅子に腰掛ける。

「何処から言えばいいかなぁ。この世界、ウォルフ・ロールはすでに破綻している世界だ。君の勇者になる前日から全く時が動くことはない。日を跨いでもまた戻ってしまう。そもそも前日より前の過去も存在しないのだけれども」

 幼少期とかの記憶もちゃんとあるのにそれはおかしいんじゃないか?とハジメに尋ねると、それは君の中に“セッテイ”という核があるからね、と答えられる。セッテイって一体なんのことだろうか?

「まぁ、そういう破綻があるからって、僕は神さまに命じられて、この世界をこれで刺して壊す為に来たんだ」

 ハジメが手をかざすと、すっと武器のようなものが出現した。

「……その武器で?」

「そう。でも、ただ闇雲に刺すだけじゃダメなんだ。トリガーに刺すことで、この世界を壊して消滅させることが出来る優れモノなんだよ」

 世界を……消滅……、そんなことをすれば自分も消えてしまうことになるのだろうか?

「ハジメはどうしてこの世界を壊してしまうんだい?」

「どうしてって……」


「神がそれを壊せというので」


 ハジメの顔はあたかもそれが当たり前という感じであった。

「で、でも、世界を壊すにはトリガーってやつが必要なんだろう? 昨日二人で探したけれど見つからなかったじゃないか。ないなら、世界を壊すことは出来ないんじゃないか?」

 そう、昨日あれだけ街中を探していても見つけることが出来なかった。もしかしてそういうものは始めから無いのかもしない。

「いや、必ずトリガーは存在するんだ。前は探しても見つからないから困っていたのだけど、僕、見つけちゃったんだよねぇ、トリガー」

 ハジメはニコリと笑った。

「え、見つかった? 一体どこに」

 自分の記憶によると見つけたような素振りは全く見せなかったのに、一体どこで見つけたんだろうか。

「僕の世界の言葉にね、“灯台下暗し”っていう言葉があってね、いやぁ、案外近くにあったんだなって」

 次の瞬間、


 ハジメが持っていた武器で自分の胸元を突き刺したのだ。


「えっ」

「それは、君だよ。ファスタ」

 自分が……、俺が世界を壊すためのトリガー……?

 グッとハジメが力を入れて俺に矛を突き刺す。刺されているハズなのに不思議と痛みは感じなかった。

「ファスタ、今までありがとう君と会えて楽しかったよ。そして、さようなら」


 ハジメの言葉と同時にパキっと何かが壊れる音がして、一気に俺の視界が真っ暗になった。

 嗚呼、これで俺は勇者の宿命から解放されたのかと、自分は心の底から安堵した。


 家も知り合いも世界もすべてなくなった。真っ暗になった。俺も世界が無くなるのであれば消えゆく運命なのだろう。

『んー、やっと終わった。それにしても何度も繰り返しが起こるのって結構疲れるなぁ。また神さまになんて言われるか』

 暗闇の中で誰かが話す声が聴こえた。これは……ハジメの声。

『きれいさっぱり消えてしまったなぁ。ファスタとお話しするの楽しかったけれど、仕方ないよね』

 世界が消えてもなお、ハジメは俺の話題を出す。俺も、勇者に選ばれてからがっつり会話をしたのはハジメくらいだったなぁ。

「ハジメ!」

 俺は彼の名前を呼ぶと、いきなり視界が開けて、目の前にハジメが出現した。

「うえっ! ファスタ、君、なんでいるの?!」

 真っ暗な世界の中で俺の姿を見てハジメが驚きおののく。

「分からない。何かハジメの声が聴こえて呼んでみたらいきなりハジメが目の前に現れて、正直俺もびっくりしてる」

 二人とも互いに目を合わせて驚きの表情をする。

「あちゃー、レリック化しちゃったかー」

 ハジメは手で自らのおでこを叩く。

「……レリック? なにそれは」

 また聞き覚えのない言葉に俺は首を傾げる。

「レリックっていうのは……、まぁ、これは戻ってからでいいか。じゃあ、行こうファスタ」

 ハジメは俺に手を差し出した。

「行くってどこに?」


「僕たちの世界にだよ」

 ふと目の前に四角い光が出現した。ハジメは俺の手を握ってその光の中へと俺を誘導するのであった。


 ファスタ・ストアド破伝 破壊完了。

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神がそれを壊せというので 黒幕横丁 @kuromaku125

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