《オッドアイの勇者と異世界からの使者》
朝。馬の嘶きで目が覚める。
自室の窓をみると、まだ空はまだ薄暗い。やっと陽の光が出てきたばかりなんだろう。
『ファスタ、ちょっといい?』
そんな朝早い時間だというのにも関わらず、母親が部屋の前で自分に呼び掛けてきたのだ。
ゆっくりと重い体を起こし、扉を開けてあげる。
「こんな朝早い時間にごめんなさいね。ファスタにお客さんが来ているみたいなの」
こんな朝早くに来客?
「王宮から来ているらしくて、ファスタに手伝って貰いたいことがあるそうなんだけど?」
しかも王宮から、手伝って貰いたいことがある?
自分が勇者として王宮へと向かうのは誕生日である明日のはずだ。それなのに、用事があるからってわざわざ自分の家まで来るなんて……。
……あれ、この流れ何か覚えがあるな。何故だろう。
「わかった、今行くよ」
僕はある程度の身なりを整えて、家のドアへと向かう。
ドアを開けると、そこには真っ黒の少年が現れて、こちらを見て笑う。髪色が漆黒だなんてこの世界には大変珍しいのだけれど、何故か初めてみたような感じではないのは何故だろうか?
「ファスタ様、どうも。僕、ハジメっていいます。異世界から召喚されて、明日から旅のお供をするように王様から申し付けられました。よろしくお願いします」
ハジメと名乗った少年は朝早いというのに元気よく挨拶をする。
どうりで。この国には珍しい漆黒の風貌だと思ったら、異世界から召喚されたとなれば頷ける。
「あ、あぁ、どうぞよろしく」
どうやら彼は明日から自分と一緒に旅をする仲間らしい。その仲間が自分に手伝って貰いたいことって一体何なのだろうか?
「ところで、自分に手伝って貰いたいことって一体何でしょうか?」
「あー! そうだったね、僕と一緒に探し物をして欲しいのです」
「探し物?」
「はい。どうしても旅立つ前に見つけたくて、王様にお願いしたら、ファスタ様と一緒に探すように言われまして。明日が旅立ちの日だっていうのに、大事な時にお手数おかけしてしまいすいません。」
彼はそう言ってペコペコとお辞儀をする。
「分かった、その探し物の捜索手伝うよ。今日は一日家に居るだけだったから」
「ありがとうございます。ファスタ様」
「ファスタと呼び捨てにして貰っても構わないよ。明日から同じ旅に向かう仲間なんだから」
「ありがとうございます。ファスタ。では、僕のこともハジメとお呼びください」
「よろしく、ハジメ」
こうして、自分とハジメはお互いに仲良くなった。
でも、やっぱりハジメと初めてあった気がしない。何処かであったかのような既視感に襲われるのだ。こんな漆黒の少年と顔を合わせたことが過去にあったのだろうか?
「準備をしてくるから待っていて」
自分は自室へ戻って、出かける準備をする。
探し物と言えばやはり王都の街だろうと思って、ハジメが乗ってきた馬車に相乗りして、市街のマーケットへと向かった。
道中、ハジメに探しているものはどういうものかと訊ねたけれど、どうやら説明が難しいものらしく、口では説明できないらしい。そんなものがマーケット周辺にあるのかはイマイチ怪しい予感しかしないが、探してないのなら仕方ない。
マーケットに着き馬車を降りた自分たちはマーケットを散策する。自分が明日勇者になって旅立つことをこの国の全員が知っているものだから、会う人会う人に『ファスタ様、明日からの旅立ちの成功、祈っていますよ』と声を掛けられる。本当にそう思っているかは当事者ではないので分からないが、自分はそう挨拶をされると愛想笑いで返し、そそくさとその場を離れた。
そしてここにも、
「ファスタ様。いよいよ明日が運命の日ですね。我々パシャール国民一同、貴方様の旅の祈願をしていますよ。それでは、失礼いたします」
彼らは自分と昔からの馴染みで、小さい頃は共にはしゃいでいた仲だというのに、今となってはすごく余所余所しくこちらに挨拶をしてくるのだ。
「ありがとう。皆の祈りで私も百人力だ」
自分の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかったが、その言葉を聞いて、馴染みたちもきょとんとした後にさっさと去っていった。
昔馴染みたちの言葉もどこか聞き覚えがある気がした。運命の日なんて勇者になる明日しかないはずなのに、最近聞いたような気もする。
ハジメとの出会い、街ゆく人たちとの会話、運命の日、既視感がまるで積み重なって自分の頭に刻まれていく。
勇者の才能が開花した? いや、それはあり得ないし、というか、この下りも何度かやったような気がする。
「ファスタ、どうしましたか? もしかして体調悪いとか?」
自分が頭を抱えて広場でうなだれていると、ハジメが心配そうに駆け寄ってきた。
「ちょっと考え事をしていただけだから大丈夫。それより、探していたものは見つかったかい?」
ハジメは静かに首を横に振る。
「あちこち探してみても見つからないね。ファスタはトリガーっていう言葉に聞き覚えない?」
ハジメが持ち出した言葉に首を傾げる。“トリガー”、生憎この国の言葉でもなさそうだし、それっぽい言葉も存じ上げない。
「ごめん。聞いたことないや」
「そっか。聞いたことないならまた一から探すしかないねぇ」
一から探すかぁ、と自分は広場の大時計に視線を向ける。そろそろ青の刻を過ぎて、赤の刻になりつつあった。
「手っ取り早く探さないとだめだね」
「ファスタ、それはどうしてだい?」
そっか、ハジメは異世界から来たからもしかしたら時間の感覚が違うのかもしれない。
「この世界は赤の刻から黒の刻になるときに次の日になるんだ。だから、黒の刻に変わる前に探し物を見つけないと旅立つ日になっちゃうから」
ハジメにこの世界の時間についての説明をすると、あー、と納得した様子だった。
けれど、
「それなら大丈夫だよ」
大丈夫?このままでは自分とハジメは探し物が見つかることはなく旅に出ないといけなくなる。正直探し物を探すどころではなくなってしまう。
「でも、それじゃ次の日になるだろ? 大丈夫だという根拠は?」
「だって……」
「明日なんてものは永遠に来ないから。そのことに君だって薄々気がついているのだろ、ファスタ?」
「え?」
ハジメがにっこりと笑う。夕日に照らされて、彼の顔が殊更不気味に見えてしまう。
彼は一体何を言っているんだろう?明日が永遠に来ない?そのことに自分自身も気が付いている?
なんだか心臓がざわざわと煩い。
「同じことが繰り返されている感覚、既視感、初めてのはずなのに前に見た気がする感覚。それが今、君が襲われている現象でしょ?」
自分の周りをクルクルと回りながらハジメが説明をする。
すべて当たっている。まるでハジメは自分の心を見透かすように語り掛けてくる。
「どうして、それを?」
「どうしてって、この物語が君の勇者になる前日で止まっているから。だから、永遠に君は勇者にはなれない」
自分が永遠に勇者になれない?それに、物語って一体どういうことなんだ。ハジメは一体何を知っているんだろうか?
「ハジメはこの世界の何を知っているんだ? 教えてくれ! ハジメ、君は一体何者なんだ!」
「うーん、教えてあげてもいいんだけど……」
カチッと広場の時計が、赤の刻から黒の刻へと変わる。
「時間切れだ。また今日説明するね」
その言葉と同時に自分はまるで何かに吸い込まれるように、体が後ろに引きずられる。抵抗しようにも抗う事が出来ず、何かの空間に吸い込まれていった。
「うわっ!」
飛び起きた先は、自室のベッドであった。
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