《オッドアイの勇者と突然の来客》

 右が碧色、左がこげ茶色の完全なるオッドアイ。毎朝鏡で自分の顔を見るたびに段々この顔が忌々しくなってくる。

「はぁ……」

 重いため息が一つ漏れる。この瞳こそが勇者たる証明なのだ。

 この世界、ウォルフ・ロール大陸の光と闇の均衡が崩れた時、世界に魔王が降臨し、世界は勇者を生み出す。

 その勇者は十六歳の誕生日には勇者としての才を開花させて、魔王を倒す旅に出なければならないのである。


 そんな勇者適合者である自分が勇者になる日は明日だ。

 明日になれば王宮へ呼び出されて、儀式を経て勇者となる。


 ……あれ? この感じ何か覚えがある。前もこんな説明口調を心の中で思いながら過ごしていたような記憶が……、

 トントンと扉をノックする音。返事をして自室の扉を開けるとそこには母親が立っていた。

「王宮の使いがもしかして来たのですか?」

 自分の質問に母親が驚きの表情を示した。

「えっ? よく分かったわね。王宮からファスタに何やら用事があるらしいの」

「あ、えっと、え?」

 何故自分は母親が王宮から使いがやってくることを知っていたのだろうか? 勇者の能力が開花する前に、未来予知でも出来るようになったのか、いやそんなハズはない。

「ちょっと準備するから待って欲しいと伝えて」


 準備が終わって、家の入り口へと向かうと其処には、この世界には珍しい漆黒の少年が立っていた。風貌をみるに、自分と同い年くらいに見える。

「えーっと、初めましてでいいかな? 僕の名前はハジメっていいます。魔道士として勇者を手助けしなさいと国王様に言われて挨拶に参りました。明日から魔王討伐の一員として加わります。よろしくお願いします、えっと……」

「ファスタでいいよ」

「あ、はい。よろしく、ファスタ」

 黒い少年はニッコリと笑った。その表情も何処か記憶の奥底で覚えがあるのは何故だろうか。

「早速ですが、僕この世界に降り立ってまだ日が浅いのでファスタがよければなんですけれど、この街などを案内していただけませんか?」

「この世界に降り立って? それは一体どういうこと?」

「あっ、申し遅れました。僕は王宮から召喚されてこの世界に来た。つまりは異世界からやってきたんですよ」


 やっぱり、この下り、どこか覚えがある。


 荒っぽい馬車に揺られて着いた王宮周辺のマーケット、

「ここは色んな食材なんかが売られているんだね」

「この国で一番大きなマーケットだから」

 ハジメは目を輝かせながら、様々な屋台を見てまわっていた。

「それにしてもハジメは異世界から来たというのに、パシ語。この国の公用語を上手く話せるんだね」

「そういえばそうですね。呼び出された途端皆さんの喋っている言葉はなんとなく分かる感じでしたし、召喚された際の“加護”みたいなものだと思いますよ。あっ、でも言葉は分かりますが文字は分からないので手探り状態なんですが」

 ハジメはそう言って苦笑する。

「でも大丈夫。僕はこうみえてもパズルは得意なので、ほら、文字ってパズルみたいなところあるし」

「確かに」

 そんな微笑ましい談笑をしながらマーケットを巡る。すると、向こうの方から見覚えのある人影が目に映り、自分は動きを止めた。

 もしかして、彼らは……、

「どうしたの? ファスタ」

 動きが止まったのを見て、ハジメが不思議そうに自分を見る。

 やってきた人影たちは幼い頃からの知り合いであり、自分と目が合うと、深々と会釈をし、

「ファスタ様。いよいよ明日が運命の日ですね。我々パシャール国民一同、貴方様の旅の祈願をしていますよ。それでは、失礼いたします」

 そう言って去って行った。

 なぜかその光景が起こる前から予期できてしまっていた。


「……やっぱり、コレも何処かで見た光景だ」

「ファスタ?」

 思っていることがつい声に出してしまって、ハジメに心配される。

「あ、ごめん。ちょっと、ビックリしたことがあって」

「大丈夫かい、何か悩み事があるなら聴くけど? あっ、でもこの世界にきたばかりの僕では役不足かな?」

「いいや、こんなに親身になってくれるのはハジメくらいのもんだよ。ありがとう。でも大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけだから」

 自分の言葉にハジメはハッとする。

「あー、ごめん! それなのに案内なんかに付き合わせちゃったりして」

「気にしなくて大丈夫だよ。さ、そろそろ赤の刻だ。自分は明日に向けて帰ろうかと思うけど、ハジメは王宮の方へ戻るのかい?」

 広場にある時計を見る。赤の刻、一日がそろそろ終わる時刻になる。明日の準備も少しばかりはしないといけない。

「うん。王宮で客間を使わせてもらっているから、じゃあファスタ、また明日ね」

「あぁ、また明日。王宮でね」

 ハジメと別れて、馬車で家路へと戻る。


 揺られながら、今日の出来事を思い返してみる。

 初めて会ったハジメのこと、そのハジメを街案内すること、そして知り合い達に余所余所しく挨拶をされたこと。

 初めて起こった出来事のはずなのに何故か起こりえる出来事を予想できた。まさか能力が本当に開花したのだろうか……、明日儀式のときに訊いてみるとしようか。


 家につき、特に特別な何かをするわけでもなく、普通に床に就く。

 明日はいよいよ家を出る日。どんな出来事が待ち受けているのだろうか。


 ――特に楽しみでもなんでもないのだけれど。


***


 この世界の一日はあっという間だ。そんな早いサイクルを経て、次の日を迎える。

 ただし、今は状況が特別だ。

 僕は手元の時計を見る。一周回り切った時計がまるで逆再生をするかのように逆回りに回りだす。逆回転で一周回りきると、また時を刻み始めた。


 そう、同じ日が繰り返されているのだ。


「早く原因を突き止めないとなぁー。時間が掛かりすぎって“カミサマ”怒られちゃうかもしれない」

 かといって、思い当たる原因が特に思いつかないのだ。この国に来て王宮見学も制覇したし、街も特に怪しいところは見当たらない。

 あとは……、

 そういえば彼にも少なからず変化が生まれているように感じられた。もしかしたら僕の気のせいかもしれないけれど、一か八かに賭けてみる価値は十分にありそうだ。

「せっかくだし、彼にも手伝って貰うとするかな。そうとなれば、王様に頼み込んで明日も馬車を手配してもらわなきゃ!」

 僕はルンルン気分で客間へと戻っていくのであった。

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