神がそれを壊せというので

黒幕横丁

ファスタ・ストアド破伝

《オッドアイの勇者と異界の魔道士》

 フォルフ・ロール大陸。光と闇が完全に分断されている世界。世界のバランスは常に拮抗し、光のモノ、闇のモノはお互いに干渉せずに暮らしている。

 しかし均衡が崩れたとき、魔王が現れ、世界は混沌と化すのだ。

 世界そのものがその混沌を止めるべく、この世に勇者を生み出す。


 そして、その世界が生み出した勇者というのが、自分、ファスタ・アイドローなのである。


 えっ。自分で自称しているだけじゃないかって?

 とんでもない。確たる証拠がある。

 勇者の証として、オッドアイ=左右違う色の瞳の男児が生まれる。鏡で自分の顔を見る。右が碧色、左がこげ茶色の完全なるオッドアイ。

 ハァ……と重いため息をつく。

 話を戻そう。オッドアイが生まれれば、魔王が世界に降臨する。これはこの世界の確約事項だ。


 実際問題、魔王が降臨した。今から五年ほど前の話になる。


 ならば、さっさと魔王を倒しにいけばいいだろうと思うだろうが、そうは簡単に問屋が卸さない。……はて、問屋って何だ? まぁいいか、話を続けると、

 オッドアイをもつ勇者適合者は、十六歳の誕生日を迎えないと魔王に対抗する力を開花することができない。これは古の本に書いてあるそうだ。国お抱えの偉い学者様がそう言っていた。

 十六歳の誕生日、王宮で儀式を経て始めて勇者としての力を開花し、聖剣を片手に魔王を討伐する旅へと出発するのである。

 そしてその適正者である自分がいつ十六歳になるのかというと、


 明日だ。


 明日には十六歳になり自分はこの住み慣れた家を出て、魔王を討伐する長い旅へと向かう。

 あー、そんな事を考えていると急に憂鬱になってきた。そんな中、コンコンと自室の扉をノックする音が聴こえる。

『ファスタ、ちょっといいかしら?』

 その声は母親の声だった。自室の扉を開けて、母親を迎え入れる。

「ごめんなさいね、大事な時期なのに部屋にはいちゃって」

 母親は何故か畏まった様子で自分に話しかけてかけてくる。

「いや、特に準備も何もしていなかったから平気なんだけれども、何か用事?」

「王宮の方から使いの方がいらしてね、ファスタに用事があるから今から来て欲しいって」

「王宮から?」

 おかしい。十六の誕生日は明日だっていうのに、国から呼び出しを受けるだなんて。今から儀式をするにしても、古の本に書いてあることが本当であるならば、多分力なんて開花しないだろう。

「分かった。とりあえず、準備するよ」

 少しばかり首を傾げながら、王宮へと向かう準備をした。

 自分が暮らすパシャール王国はウォルフ・ロール大陸の二番目に大きい国である。だから、王宮の広さもそれなりに大きい。

 荒っぽい馬車に揺られて、城に着く。

 体調が悪くなりそうなのをグッと我慢をして、使いに導かれるまま、王宮の中心部、謁見の間へと向かっていく。

 こういう場所は勇者になる時に訪れるものだとばかり思っていたので、あまりの豪華な装飾品の数々に目が潰されそうな気分だった。

 謁見の間に向かうと、中央で膝を着いて、国王の到着を待った。

『パシャール王国代八代目国王、モテギ=サン八世様~』

 執事の合図と共に、ノシノシと国王が謁見の間にやってきた。その姿を見て深々と頭を下げる。

「顔を上げなさい。よく来た勇者、えーっと……」

「勇者ファスタですよ。国王」

 国王はどうやら自分の名前を覚えていないらしく、横にいた執事に名前を教えてもらっていた。

「勇者ファスタよ」

 再び頭をさげて一礼をする。

「明日が儀式の日だというのに、急に呼び出してスマンな。どうしても事前に呼び出しておかねばならない事態が起こったものでな」

「その事態……とは?」

「おーい、彼のモノをココへ」

 国王の手を叩く合図で奥からつれて来られたのは、漆黒の髪に漆黒の瞳をし、少しボロのローブを纏い使い古された杖を持った自分と同じくらいの歳の少年だった。

 少年は自分の顔を見ると、ニコッと笑った。

「今日勇者ファスタを呼び出したのは他でもない。この魔道士に会わせる為だ」

「魔道士ですか?」

「あぁ。彼は我が国の召喚使いが異世界から呼び出した魔道士」

「異世界から……」

 自分の知らない世界からやってきた魔道士。なんだか強そうな予感がしてきた。

「きっと、勇者の魔王討伐の助けになってくれるだろう。明日からの旅は彼と共に行きなさい。人数は多いほうが心強い」

 国王からの粋な計らいに自分は有難くお辞儀をしてその案を受け入れた。魔道士の少年が自分の方へと駆け寄ってきた。

「初めまして、勇者ファスタさん。僕の名前は、……えーっとこの世界の言葉ではちょっと発音しにくいかもしれないけど、“ハジメ”っていいます。よろしくお願いしますね!」

 ハジメと名乗ったその少年は異世界から来たのにも関わらず、この国の言葉、パシ語を流暢に話していた。

「あぁ、よろしくね。ハジメ」

 ハジメと握手を交わすと、国王が再び話し始める。

「早速で悪いが、勇者ファスタよ。この魔道士にここいら周辺の案内を頼めないか? 王宮の者にさせても良かったのだが、生憎明日の準備で忙しくてな」

 周りを見回すと、確かに周囲はなにやら慌しい様子だった。きっと明日の儀式が大掛かりなのだろう。

「わかりました。行こう、ハジメ」

 彼をつれて、王宮の外へと出た。

 周辺は様々なマーケットや港で栄え、人々の笑い声が絶えない。

「凄いですね、ファスタ様。海がこんなにも近いなんて」

 ハジメは外へ出ると、真っ先に港の方を向いて目を輝かせていた。どうやら、ハジメの世界にも海は存在するらしい。

「パシャール王国は漁業が盛んなんだ。マーケットの屋台へ行けばカブトウオの目玉焼きが食べることも出来る。ここら辺の名物だ」

「なるほど。ココは漁業が盛んなんですね。勉強になります。ファスタ様」

 ハジメが自分のことを様付けで呼ぶのが何となく気になってしまう。

「……あのさぁ」

「ん? なんでしょう?」

 ハジメはキョトンとした目でコチラを見る。

「王様から自分のことをなんと聞いたかは知らないけれど、パッと見、年齢もソレほど変わらないと思うんで、様付けは勘弁して欲しいかなぁーって。気軽にファスタって呼んでくれていいので」

 ハジメは暫し考え、

「いいですよ。ファスタ……コレでいいかな?」

 とコチラの案をのんでくれた。

「ありがとう。ではマーケットの方へ行こうか」

 ハジメを屋台が立ち並ぶマーケットの方へ案内しようとすると、進行方向には幼い頃からの知り合い達が歩いてきていた。彼らとハッと目が合うなり、

「ファスタ様。いよいよ明日が運命の日ですね。我々パシャール国民一同、貴方様の旅の祈願をしていますよ。それでは、失礼いたします」

 昔は共にはしゃいでいた仲だったのに、まるで人間が変わったように余所余所しくお辞儀をして去って行った。

「……」

 自分はその光景を黙って眺めているしかなかった。

「……スタ、ちょっと、ファスタ」

 ハジメの声にハッと我にかえった。

「大丈夫か? ファスタ」

「あ、あぁ……大丈夫。ちょっと言われ慣れてないから驚いただけだ」

 そう。言われ慣れてないだけ。

 昔はあんなに親しかったのに自分が勇者の素質が開花する歳に近づくにつれて、国が、友達が、更に両親さえもどんどん自分を遠ざけている気がする。

 それだけ、勇者という存在は異質なのかもしれない。はぁ……と深くため息をついた。


 ――これだから、勇者になんてなりたくもなかったんだ。


 ハジメを一通り街周辺を案内した後、再び王宮内へと送り届けて、馬車に揺られ家路へと戻った。

 明日は記念すべき十六歳の誕生日だというのに、特にお祝い事なんてするわけでもなく、淡々と食事を終え、自室へと入る。

 明日の儀式終了後にはすぐに旅立つ準備をしなければならない。長い旅になるけれども、特に持って行きたいものがコレといって無く、最悪どこかの街にでも寄って手配すればいいやと最低限の必要なものを皮製のポシェットに突っ込んで机の上に置いた。

 寝具の上へと上がり、寝る準備をする。明日はいよいよ自分が勇者になる日。

 本当の物語の幕開けは明日始まってしまうのだ。次に目を覚ます時は、きっと陽も昇っていることだろう。


 ――あぁ、出来ることなら、永遠に明日なんて来なければいいのにとさえ思ってしまうのであった。

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