第6話 魔物の森
「うおっ、お、おはよう」
「おはようございます。シルビオ様」
......まだ慣れないな。
家の構造も大体分かってきたが、やはり朝起きた際に誰かがいるという状況にはどうしても慣れない。しばらくはこんな調子が続くだろう。
「シルビオ様、お話がございます」
昨夜は、リーネのことをあまり話さずに眠ってしまった。疲れていたし、そんな重要な事だと思わなかったからだ。だが、さすがに今日は話しておくか。
軽く着替えを済ませ、食卓の椅子に腰掛けて話を始める。
「あの子は奴隷市場で買った。昨日の学園帰りにな。弱ってるから、俺が養うことにした」
ヴィオレッタは訳が分からないといった様子で、疑問を浮かべている表情だ。
「言われた通り、体を洗って新しい服をご用意しましたが、急にどうしたのでしょうか?私達だけではご不満でしたか?」
「そんな訳無いだろ」
今までメイドが居ない生活しか知らなかった俺に、急にこんなにメイドが付いたんだ。
しかも美少女揃い。
不満なんかある訳ないだろう。
「まぁ、色々あるんだ」
「......そうですか」
ヴィオレッタは無駄だと悟ったのか、それ以上は聞いてこなかった。
しかしその代わり、寄り道するなら伝えて欲しいと言われた。どう伝えろと言うのだ。
携帯電話も無いのに。
「あぁ、あとその子の名前はリーネ。一番初めに言うべきだったな。今後、俺はリーネを奴隷扱いしないつもりだから、よろしく頼む。俺の、そうだな......妹みたいなものだと思ってくれ」
「妹さん......ですか、分かりました。くれぐれも注意して接します」
頼もしいメイドだ。優秀だな。
そんな優秀なメイド達に、リーネの教育をお願いしたい。奴隷ではなく、普通の女の子として優秀な人にしてあげたいのだ。
そんな訳で、メイドとして家事などを学んでもらうのが良いだろうと考えた。
ちょうど着替えて部屋に入って来たリーネに相談を持ちかける。
「あっ、ご、ご主人......様」
「俺はシルビオ。シルビオさんでもシルビオ君でもシルビオでも、何とでも呼べ。それでどうだ?ここでメイドとして働かないか?」
「めいど?」
「あぁ、そこの人達と同じ仕事だ」
「仕事......分かりました」
これは、恐らくリーネの意思ではない。奴隷として、主人の言うことを聞いただけだ。
......まだ時間がかかりそうだな。リーネから奴隷意識を無くして、普通の女の子として生きられるようにしてあげたい。
リーネは確か、これでも
魔法を使うのに必要となる原料、魔力の強さも優秀だ。訓練すれば、俺と共にタッグを組んで最強を目指せるかもしれないほどに。
いや、俺では足逆にを引っ張ってしまうか。
「ヴィオレッタ、とりあえずリーネに仕事を教えてやってくれ」
「......本当に、私達と同じ扱いで宜しいのですか?」
「もちろん。リーネは優秀だぞ」
物覚えが良い事は、ゲームで知っている。
まぁシルビオは奴隷としてしか扱って居なかったみたいだがな。
「かしこまりました。できる限り、努めさせていただきます」
メイド達なら大丈夫だろう。きっとリーネを立派に育て上げてくれる。
だが、俺が勝手に連れてきたのに、ヴィオレッタ達にばかり任せるというのはさすがに自分勝手すぎるか......あまり面倒をかけさせないようにしないとな。
「それじゃあ、行ってくる」
支度をすませ、俺は家を出ようとした。
ふとリーネの方に目をやると、なんだか心配そうな目でこちらを見つめている。
それもそうか。いきなり知らない場所で、知らない人に、知らないことを教えてもらうなんて、不安でたまらないだろうな。
主人である俺すらも行ってしまうのだから、もう頼れるものがない。
「リーネ」
俺は、リーネに歩み寄った。
そしてポケットから缶を取り出す。手のひらに収まりきる程の、小さなものだ。
中身は、なんとキャンディだ。この世界でのキャンディは割と高値が付く。
だが貴族であるシルビオなら、手に入れるのはそう難しくは無い。
学園で仲良くなったあかつきに、皆に配ってやろうかとでも思っていたのだが。
「これをやる」
リーネに渡した。
子供というのは、大体飴ちゃんで釣れる。と、思っているのは俺だけなのかもしれないが、嬉しくない子供はそういないだろう。
最初は缶を不思議そうに見ていたが、すぐにニコリとして「ありがとうございます」と言ってくれた。
まだそれが何なのか分かっていないようだ。
「それは食べ物だ。蓋を開けて、中身を食べるんだ」
俺はもう一つ缶を取り出して、蓋を開けて見せた。そして一粒キャンディを取り出すと、口の中へ放り込んだ。甘い。味はシンプルだ。
何かのフルーツのような味がするが、何かは分からない。何だこれ。
メイド達は「奴隷に......?」「そんな簡単にあげて......」と少しザワめいたが、まぁこれもそのうち言わなくなるだろう。
しかし、最初に奴隷だと紹介したのがまずかったな。失敗だ。
「皆も食うか?」
俺が今開けた缶を、メイド達にあげた。
リーネだけに優しくするから駄目なのだ。普段から頑張ってくれてるメイド達にこそ、こういうちょっとした褒美でもあげるのが良いのだと思う。
案の定、皆喜んでキャンディを頬張った。
「ほら、リーネも」
「......」
リーネはキャンディを取り出してからも、しばらく手の上で見つめていた。
そして意を決して、口の中へ放り込んだ。
すると目を大きく見開き、驚いた表情を見せた。
「おい......しい」
「そりゃあ良かった」
初めての味に、感動してくれたようだ。
本当はもう少しリーネと話していたいが、俺も行かなくてはならない。
「ヴィオレッタ、後は頼んだ」
「行ってらっしゃいませ。シルビオ様」
メイド達とリーネに見送られて、学園へと向かった。
今度は行きも歩きで通うことにした。
他にも貴族がいるとはいえ、馬車での通学はさすがに目立つからな。
少しでも貴族っぽさを無くせば、みんなももっと気軽に接せるようになるかもしれない。
そういう細かい事から、少しづつコツコツとだ。
「おはよう」
と、俺は突然、後ろから肩を叩かれた。
振り返るとそこには、男がいた。
フレデリックじゃない。だが、とても身に覚えのある姿。
主人公のアランだ。
俺は驚いて、少し固まってしまった。まさかアランの方から来るとは、予想していなかったのだ。
俺はまだ、少なくともアランの前では何もしていない。やらかしていないはずだ。
それなのにアランがわざわざ、この登校という状況で話しかけてくるということは、何かしらの用があるのだろう。知らない人に、いきなり話しかけて来るとは思えない。
「お、おはよう......」
ゲームでは、アランの入学当日にシルビオと対立した。シルビオが女子生徒を奴隷のように扱っていたからだ。
しかし、それは俺がシルビオとして阻止することによって防がれた。阻止というか、女子生徒を扱わなかっただけだが。
その代わりにアランとの対立は無くなり、アランと関係を持つという事象が無くなったのだ。
と、そう思っていたのだが......どうやら避けることは出来なかったらしい。
これが運命と言うものだろうか。
「君はシルビオ=オルナレンだね?」
馴れ馴れしい。
前のシルビオだったら、とっくに拳が飛んでいっている所だ。だがここは穏便に済ませよう。
「そういう君はアラン=カイバール」
「そうだよ」
「......」
......まぁ、通じないよな。
この世界にはパロディが無ければ、そもそも漫画すらない。悲しい世界だ。
「この前、君が奴隷商人について行った所を見たって言う人がいてね」
「......」
嫌な緊張が走る。
一瞬の間が、とてつもなく長く感じられた。
なるほどな......見られていたか。
全く、なんてタイミングの悪い。
「何を考えているのか知らないが、変なことはするなよ」
「......ああ。ただちょっと話しかけられてしまっただけでな。お前の気にしているようなことはやっていない」
思わずお前と言ってしまった。
俺の方が馴れ馴れしい。
「そっか、なら良かった。引き止めてしまってすまない。要件はそれだけなんだ。それじゃあまた、学園で」
アランは、厳しい目付きで俺を睨みに来ただけだった。
まったく、気が抜けないな。まさか誰かに見られていたとは。
警戒するべきはアランだけではなく......クラスメート。
いや、学園全体を警戒しなくてはならないかもしれない。
人の目というのは、いつどこにあるのか分からないものだ。
「おっす。おはよう」
と、アランと入れ替わるようにフレデリックが来た。
謎の安心感がある。
こいつだけは、俺の敵では無いみたいだ。
「おはよう。なぁ、フレデリック」
「ん?」
「俺の敵は、思ってたよりもずっと多いようだ」
その言葉に対してフレデリックは、特に否定しなければ、肯定もしない。
呟くように言うだけだった。
「そっか」
「敵とか言うな」「友達だろ」そんな言葉はいらない。ただの綺麗事だ。
しかしフレデリックは、俺の気持ちをよく分かってくれている。
そうか......こんないい仲間を持っていたのか、アラン。
また、アランへの嫉妬が大きくなってしまっただけだった。
この気持ちは、一体どうすれば拭い去ることが出来るのだろうか。
──────────
しばらく歩き、学園へ着いた。というか、フレデリックも同じ道だったんだな。
何だか少し嬉しい気がする。歩いて来て正解だった。
教室に入ると、俺よりも一足先に着いたアランが居た。俺は途中でトイレに寄って、心の準備をしいたから遅れたのだった。
いつ見ても、アランの周りには男女関係無く集まっている。その中には、フレデリックの姿もあった。
あぁ、なるほど。こういう気持ちなのか。
主人公では無い人の気持ち。
主人公を目前とした敵役の気持ち。
モブの気持ち。
これが、ハーレムを見る側の人間なのか。
主人公......か。
俺はなぜ、アランに生まれ変わらなかったのだろうか。
なぜ、シルビオなんかに転生したのか。
改めて疑問に思わされることとなった。
──────────
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
憂鬱な学校がらやっと終わり、やっと家に帰る。
玄関を開ければ、メイド達が迎えてくれた。
一人暮らしだった俺にとっては、家で誰かが待っていてくれるというだけで嬉しいものだ。
まぁメイド達にとっては、俺が居ない方が幸せかもしれないがな。
「お?リーネ!」
名前を呼ばれてビクッとしたリーネ。
メイド服を着せてもらったリーネの姿に、思わず大声を出してしまった。
やはりまだ怖いか。しかし、オドオドしながらも迎えに来てくれる姿は、とても癒されるものだった。
「早速仕事が出来ているようだな。偉いぞ」
「......はい。ありがとうございます」
リーネを褒めていると、何人かのメイドがゾロゾロと廊下を歩いて行った。
「何かあったのか?」
「本日は、これから魔物の森へ行ってまいります」
ヴィオレッタは、冷淡にそう言った。
そうか、もうそんな時期だったのか。
貴族は、毎年何回か開かれる舞踏会に出席しなければならない。そして、この世界の舞踏会には変なイベントがある。
それは、テリトリーに自分の家から一人送り出し、魔物と闘わせるというものだ。
一番強い魔物か、多くの魔物を狩った家が優勝となる。
優勝者には、参加費(強制)で買った色々な褒美が待っているが......大体は爵位の高い奴らが持って行く。理由は分かるだろう?
こんなイベントも、結局はお膳立ての為に用意されたものだってことだ。
そして、そんなイベントに本気で挑む家がオルナレン家だ。オルナレン家の戦闘メイドは、毎週数回以上魔物を狩るように言われている。
練習のためだ。
だが、そんなメイド達の傷跡や服の縫い跡を見る度に、俺は胸が痛くなる。
もしかしたら死ぬかもしれないって所に、戦闘用メイドとは言え冒険者でも無い人間が送り込まれるなんて。
戦闘用というのは、ただの護身用だ。
魔物を倒せる程の強さを持っているという意味では無い。
だから───────
「俺が行こう」
「......えっ!?」
「俺が魔物の森に行く」
「し、しかし......」
「イベントには、家の関係者を誰かしら代表として選出するんだろ?なら、オルナレン本人が出てもルール違反にはならない」
もう、俺はシルビオでは無い。
だから、オルナレン家に従う必要も無い。
シルビオは好きに生きた。なら、今度は俺が好きにしたって良いじゃないか。
「ル、ルール違反でなくとも、そんな事......シルビオ様を危険に晒すなんて」
「関係ない。俺が行くと言っているんだ。主人のやりたいことをやらせて、何が悪い?」
メイド達は、困り果てた顔をする。
無理を言っているのは分かっている。だが、我慢することなんて出来ない。
それに、俺は行きたくない訳じゃない。
せっかく異世界に転生したのなら、少しくらい冒険したいものだ。
「もう、誰も魔物の森へは行かなくてもいい」
「私も行きます」
声を上げたのは、まさかのリーネだった。
何を言っているんだ。
魔物が居るような危険な場所に、連れて行くわけが無いだろう。
戦闘メイドならまだしも、元奴隷だったリーネだ。
「シルビオ様について行くのが私の務めです」
「駄目だ」
......確かに、リーネは強い。
それは、ゲームで知ったことだ。
まだシルビオに買われて間もないのにも関わらず......まぁ、元々アランに戦う気がなかったとはいえ、結構アランは苦戦していた。
ちゃんと育てれば、もっと強くなれるはずだ。
もしかしたら今の時点でも、既に
「悪いリーネ。確かに勤めなのかもしれないが、命を危険に晒してまで付いてくる必要は無い。魔物と闘うのは、ここでメイドをする事よりもずっと過酷だ」
「いいえ。ついて行きます」
頑固なやつだ。
どこへ行くかもよく分かってない癖に、よくも言えたものだ。
奴隷は、主の言うことが絶対。
だが、それはやらなくてもいいとリーネに言ったのだ。しかしやはり、元奴隷としての性なのか、俺の言うことは全て聞いてしまう。全く聞かないというのも困りものだが、自分の意思に関係なく従うというのは俺は望まない。
「リーネ、頼むから──────」
「私がついて行くと決めたのです」
......その言葉に、思わずグッと来てしまった。
それは、本気だと。そう感じたからだ。
ここまで忠誠されたことなんてあるわけが無いのだが、初めてのことで俺が慣れていないのかもしれない。
こんな簡単な事で、心が動いてしまうとはな。俺はまだまだ子供なのかもしれない。
「......そうか」
自分の意思で決めた。
その事が、何よりも嬉しかった。
まだシルビオの下にいる時に、その言葉が聞けるとは。
「魔物の森は大変に危険だ。命の保証は出来ない。それでも行くんだな?」
「はい」
「......」
はぁ......仕方ない。
今回は俺が折れることにしよう。
「......分かった」
だが、リーネは必ず守る。
例え何があろうと、絶対に死なせはしない。
リーネと魔物の森へ行くことに決めた。
これは、自身の実力も測れる良い機会でもある。
「危なくなったら、絶対に逃げるんだぞ」
さぁ、
少しだけ、楽しみだった。
嫌われ者貴族の最弱魔法師〜貴族に転生して異世界最強無双〜 切見 @Kirimi1031
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