第5話 奴隷
「つまり、俺とお前で仲良くしてるって所を見せるんだよ」
昼休み。
俺は、フレデリックの『どうしたら学園で嫌われないか講座』を聞いていた。
まぁ、もう嫌われているから『嫌われているが、心を入れ替えたと信じてもらえるか』講座になっているけど。
「でも、既にお前自身は変わってるみたいだし、問題は皆がそれに気づくかどうかなんだよな」
今まで俺は、どうやってシルビオとして生きていくかに拘っていた。だが、そんなのは俺じゃない。シルビオに転生した意味......それを考えれば、元の体と同じことをしていては意味が無いのでは無いだろうか。
そういう訳で、俺は改心したシルビオとして生きていく事となった。
とは言え、
確実に中身は変わっている。人が変わったようにと言うことがあるが、本当に人が入れ替わっているのだ。
だが、皆は信じていないし、第一変わったことにすらも気付いていない人もいるだろう。
......今まで気にしないフリをしていたが、やはり嫌われるというのは存外辛いものだ。
それが俺ではなく、シルビオだったとしても。
今は俺がシルビオなのだから。
「なぁ、ひとつ聞いていいか?」
「おう」
「なんでそんなに俺に構ってくれるんだ?」
「なんだよ。『学園一の嫌われ者』が改心しようとしてるんだ。そんなの、ほっとけないだろ」
真顔だった。
コイツは本気で言っている。
真剣に言葉を発している。
それが、表情からよく伝わって来た。
「......そうか」
友達、仲間。そんなものは馴れ合いだと、ゲームでシルビオは言っていた。俺も、少なからずそう思うところはあった。
だがフレデリックのおかげで、確信した。
仲間は、こんなにも頼もしいものなのだと。
友達というのは、こんなにも安心できるものなのだと。
「それにしても、今こうして昼を食べているわけだが......」
俺達は、昼飯を食べている最中だった。
「なぜ廊下で食べているんだ?」
そう、廊下だ。
世の中には、頼もしい仲間がいれば、頼もしくない仲間もいる。
コイツはどっちだろうか。
不思議な事に、俺達は二人して廊下で立ち食いしていた。
なぜ、こんな羞恥を受けなければならないのだろうか。別に教室の席なら空いているんだし、席について食べれば良いだろう?
というか、そうしたい。
「なぜってそりゃあ、目立つからだろう?」
「......」
......それはそうだろう。
わざわざ人通りの多い廊下で立ち食いなんかしていれば、目立つに決まっている。だから嫌なんだ。
なぜ、目立ちながら昼食を食べなければならないのかと聞いているのに。
「俺らが仲良くしてる所を見せるって言っただろ?」
......?
「あ、これがそう!?」
「そうそうこれ。今やってんの」
そういうことか。今この状況そのものが、作戦作戦の内ということなのか。
こうして仲良く昼飯を食している所を、他の人に見えやすいように廊下で食べていると。
なるほどね。
「天才だな」
「だろ?」
「だろ?」じゃねぇよ。今のは皮肉だ。
そのドヤ顔もやめろ。
まぁでも、確かに人目には大分ついているようだな。良い意味でも悪い意味でも。
悪い意味の方が多いかもしれないが、「なぜあんな所で?」というより「なぜフレデリックがシルビオなんかと?」の方が多く聞こえる。
どうやら、意外にもフレデリックの思惑通りのようだ。意外と言えば、フレデリックも人気者っぽい所だな。俺に話しかけて来る所を見ると、変人なのは確実なのだが。それなりに人には好かれているらしい。
時々「シルビオが......お弁当!?」などと聞こえることもあるが、シルビオはいつもお弁当では無かったようだな。
確かに、朝ヴィオレッタに頼んだらまた驚いたような顔していた。
この学園、学食もあるにはいるのだが、行くと色んな人に見られて嫌なんだよな。
何より、弁当の方が美味い。うちのメイドが作る弁当は一番だ。
それにしても、最近メイド達を驚かせてばかりだ。
今度お詫びに何か買ってやらないとな。
いや、それもまた驚かせてしまうか?
「ま、いいじゃないか。楽しいし」
「楽しい......のか?」
楽しい......果たして、この状況を楽しいと思えるのかどうかは怪しいところだが......まぁ、悪くは無い......か?
別に俺はマゾじゃないが、少なくともこうして誰かと一緒にご飯を食べるということは、楽しいと言える。
やはり一人は寂しいものだったのだと、仲間ができてよく分かった。
俺は、一時の喜びとサンドウィッチを噛み締めながら味わっていると突然──────
「ちょっとアンタ!」
と、気の強い声がした。
俺とフレデリックが声の主を見ると、そこには手を腰に当てて仁王立ちをしている女子。
今作のヒロインである、フィリア=ヘズルワーレの姿があった。
「そこの人に何してるの!!」
ヒロインと言っても、数人いる中の一人。
気の強いツンデレ枠だ。
彼女は、アランの転校初日に校内を案内してあげたり、その前に登校中にアランと出会っていたりなど、既に何度か会っているはずだ。
だが俺は、今のところ何もやらかしていないし、アランと対立もしていない。
それなのに何用か。
「こんな廊下のど真ん中で、アンタいい加減にしなさいよ!」
目の前まで来て、その細い人差し指をこちらに突き指す。どうやらアンタというのは俺の事のようだ。
しかし何を怒っているのだろう。カルシウムが足りていないんじゃないのか?
それか何か勘違いをしているな。
察するに、俺がフレデリックに廊下で飯を食うようにと強いたと思っているのだろう。
なら、状況をよく見てほしいものだ。
俺だって弁当片手に話しているし、フレデリックだって楽しそうにしてるじゃないか。
どちらかと言えば、むしろ俺の方がこの状況を強いられている。
「早く解放しなさいよ!」
「いや、別に俺困ってないよ」
「......?」
フレデリックの言葉により、忙しかったフィリアの動きがピタリと止まった。困惑した表情を見せる。
よくやったぞフレデリック。そうだ、お前が擁護してくれないと、俺が何を言おうが問答無用で言いくるめられてしまう。
「......」
フィリアは目だけを動かして俺の持っている弁当を見た。
そして俺とフレデリックを数回見比べ、顔を赤らめる。
状況を理解したようだ。自分が勘違いしていた事に気付き、恥ずかしくなってしまったのだろう。
「え、あ、いや......べ、別にそういうことを言いたかったわけじゃないし......気ぃ使ってあげただけだしっ!!」
フィリアは、何だか言い負かされた気分になったようで、逃げるように廊下を走って行った。
俺はその間苦笑いを続けるしか無かったが、まぁこれで誤解は解けただろう。
「フィリアも勘違いしていたようだし、これむしろ逆効果なんじゃ?」
フィリアと同じように、
「だな。教室で食べよう」
俺達は場所を移した。
教室の席に大人しく座り、残りのお弁当を食べる。
ゲームでは知れなかった、フレデリックの好きな物などを知ることが出来たし、中々充実した時間だった。
フレデリックは意外にも、辛いものが苦手らしい。
どちらかと言うと甘いものだそうだ。チョコレートとか。しかし、チョコレートと言ってもキクオという俺が元居た世界で言うところのカカオだな。それの八十七パーセントが一番好きだそうだ。それは果たして、甘いと言えるのだろうか。
――――――
「はぁ、終わったぁ......帰るか」
今日の学園は終わり、フレデリックに別れを告げる。
残念ながら、家は全く違う方向なのだ。
そもそも俺は車通学だしな。
まぁ車と言っても馬車なので、あまり楽ではない。めっちゃ揺れるしそんなに速く無い。尻や腰が痛くて痛くて。
道に人が大勢いると、前へ進みにくかったりもする。しかし、自分の足で歩くよりは楽だ。
「お迎えに上がりました」
校門の前で、メイド長のヴィオレッタが待っていた。
ヴィオレッタは馬車の運転も出来るらしいのだが、一応他に運転手がいるようだ。
しかし、今日は何となく歩いて帰りたい気分だ。
「すまないが、今日は歩いて帰るよ」
「......?どういう事でしょうか?」
「そのままの意味だよ。わざわざ迎えに来てもらって悪いけど、今日は歩いて帰りたい」
学生の頃は歩いて帰ってたからな。その癖で、一人で帰りたいのだ。
まぁ道も覚えて来た所だし、ちょっと観光したいってのもある。
せっかく転生したのだ。どうせならこの世界を楽しみたい。
「ですが......分かりました。お気をつけて」
「ありがとう。じゃあまた後で」
俺は一人で歩き出した。
こうして街並みを見ていると、やはり異世界ファンタジーって感じがするな。
俺の語彙力が低くて申し訳ないが、なんかこう......とても現実とは思えないくらい美しい。人々は活気に満ちていて、どこか温かさがある。
「ちょっとすいません」
もう空も暗くなってきた頃。
学園帰りにしては軽快に歩いていると、怪しげな商人が現れた。
元気な街の人々とは裏腹に、気味の悪い男だ。
だが......コイツには見覚えがある。
「私は奴隷商人のドルクと申します。シルビオ=オルナレン殿ですね。貴方様のお噂はかねがね聞いております」
ドルク。奴隷商人だ。
確かにシルビオは、物語の途中から奴隷を連れていた。もちろん酷い扱いだったが......いや、奴隷としては正しいのか?
まぁとにかく奴隷を購入していた。
ゲームではアラン視点の為、シルビオがいつどこで何をしていたのかなん分からない。だがセリフなどから逆算すると、確かこの日だったはずだ。
まぁ結果は正しかった訳だな。
「その目は、奴隷を必要とされていますね?」
今思えばコイツの言っていることは全くの嘘だ。もちろん全てでは無いが、俺のこの目のどこが奴隷を必要としてるって言うんだ。
......いや、まぁ合ってはいるか。その為に歩いていた訳だしな。
残念な事に、シルビオは奴隷を売るには最適な客だろう。お金を持っていて自分に自信が無い。他人をこき使うことで、劣等感を隠したい。奴隷を持つのにとても向いている。
それを見抜くという点においては、コイツは本物の奴隷商人だ。
「どうぞこちらへ」
俺は、薄暗い建物の隙間へと連れていかれた。
こんな場所があるのかと思ってしまうような狭い場所に店はある。
サーカスのようなテント。しかしサーカスよりも随分と小さいし、飾り付けなども一切無い。
さらに辺りの暗さにより、不気味さが増している。今までは画面越しに見ていただけあって、あまり現実味を感じなかったのだが、こうして自分の目で見てみるとどうしても怖い所があった。
正直入りたくない。中を知っていても、そう思ってしまうような雰囲気があった。
恐る恐る中に入ると、動物の鳴き声のようなものが聞こえて来た。
高い声から低い声。周りに見えるのは、ほとんどが人間だ。
「ごゆっくり」
ゆっくりするような場所じゃないだろ。
まぁ、そう言われても俺は別に奴隷を必要としている訳では無い。
ゲームでのシルビオは、メイドよりも扱いが楽だからという理由で奴隷を買っていた。
メイドは直接傷つけることを許されていないが、奴隷ならどう扱っても何も言われないからな。
だが、ここで『あの子』を買わなかったらどうなるのか俺は知らない。
「小さい奴はいるか?」
「ええ、もちろんですとも」
ドルクに案内され、ついて行く。
筋肉マッチョな奴から、セクシーな女まで。様々な奴隷が檻の中に閉じ込められている。
その中でも自我があったり、精神崩壊していたり、もう既に動かなくなっていたりと、様々な人がいる。共通しているのは、皆表情が死んだように暗いという事だ。
「こちらです」
「違うな。女だ」
「ほう、そういうご趣味が」
「なんだ、今は男が主流か?」
奴隷を買うやつなんて、ほとんど体目的だと思っていた。もちろん俺はそんな目的で購入する訳では無い。シルビオはどうだったのか知らないが。
さらに奥へ進む。
すると、とてもか弱そうな。というか弱っている女の子を見つけた。
「......」
間違いない、この子だ。
檻の奥でうずくまっていてよく見えないが、俺には分かる。
シルビオがここで購入する予定の、奴隷の女の子だ。
「この子は?」
「あぁ、それですか。拾った子供ですよ。大したものじゃありません」
奴隷商人は、興味無さそうに答える。
「病気持ちだろ。ここで俺が買わなかったらどうなる?」
「流石はオルナレン殿です。よくお気づきになられましたね。えー......ここで買われなかったら、これは殺処分となります」
その時は魔物の餌にでも。と、グフフと笑った。気味の悪いやつだ。
となると、シルビオは意図せずこの子を助けたことになるわけか。
あれを助けたと言えるのかは別として、とりあえず一時的にこの子の命は救ったわけだ。
「買おう」
「......は?失礼ながら申しますと、これはもうすぐ使えなくなってしまいます。それにこんなに汚れていて......」
ゴホッゴホッと、女の子が咳をした。
確かに。放っておいたら今にでも死にそうだ。
だからこそ、買うのだがな。
「もう少し丈夫な物を......」
「構わん。いくらだ?」
「は、はぁ......まぁオルナレン殿がお気に召したのなら......」
納得いかないようだが、一応売ってくれた。
とてもいい買い物をしたとは言いきれないが、良い事をしたかどうかはこれからだ。
檻から出てきた奴隷の女の子は、とても怯えた表情でこちらを見ている。
「......リーネ」
「......ッ!?」
奴隷の女の子リーネは、名乗ってもいない自分の名前を呼ばれて驚いた。
だがそんなことお構い無しに、俺はリーネに近づく。
「ここから鎖を外して自由にすることは出来る。だが、そしたらお前は一人で生きていかなくちゃならない」
リーネは何も言わず、黙って俺の言葉を聞いている。
自由と聞いた途端に、少しだけ表情が動いた気がした。
「ここで一人でサバイバルするか、俺の元にきて雇われるか、どちらでも好きな方を選べ」
俺は、選択肢を与えた。
別に俺が無理やり縛り付けておく理由は無い。もし嫌だと言うのなら、自由にしてやるつもりだ。
ただ、一人で生きていけるとは限らない。病気も治るとは限らない。
それならせめて、俺の元で雇われるという形で住むか。それを決めさせる。
「......」
リーネは少し悩んだ後、小さな声で答えた。
「......ついて行く」
「なに?」
それを聞いて少し驚いた。てっきり、自由を選ぶかと思ったからだ。
こんな怪しい男に買われ、いきなり二択で選べと言われて、自由になるチャンスがあったというのに。
「......本当に良いのか?」
「......」
リーネは、黙って首を縦に振った。
分からない......もしかして、俺が試してると思ったのか?
年齢はそこまで幼いわけでは無い。同じか、少し年下くらいのはずだ。
なら、そこまで予想しても不思議じゃない......か。
「......分かった。なら来い」
もう、何を言っても無駄だと思った。
自由がそこにあるのに、手を伸ばそうとしないのは奴隷癖と言うかなんと言うか。そういう精神になってしまっているのだろう。
今はとにかく、リーネと共に家へ向かう事にした。
首輪も拘束具も、全て外す。
外した途端に驚いていたが、別に逃げようとはしなかった。
俺を信じてくれたのだろう。
「リーネ、まだ俺のことが怖いだろうが、これだけは言っておく。俺はお前を奴隷扱いしない」
その時の俺の表情は、いつもよりは優しいものだったと思う。
そうでなければリーネはあんな風に、少しだけ、気のせいかもしれないが口元が緩んだような気がした。
その日帰り道は、妙に長く感じた。
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