第4話 友達

翌日。

学園に着くやいなや、アランが目に入った。

流石は主人公、よく目につく。

今のところはまだ絡まれていないが......いや、ゲームだとシルビオから絡むわけだが、そういうのはまだ無い。会話という会話はしないので、好かれていなければ嫌われてもいないだろう。

まぁ、シルビオの噂ぐらいなら耳にしていてもおかしくは無いが。

なるべく争いごとは避けたいので、アランとはあまり関わらない方が良いだろう。

絶対に勝てないことを知っているからな。


「......」


相変わらずアランは女子に囲まれている。

ゲームで俺がアランとしてプレイした時も、何故だか女子が寄ってきたからな。

そういうゲームの設定だと言われれば何も言い返せないが、だったら今この景色は何だと言うのか。現実以外のなんでもない。

アランはきっと、そういうトラブル体質と言うか、ちょっとしたことでも放っておけない性格というか。たぶん、お人好しなのだ。

それに比べてシルビオは......女子どころか、男子すら避けられてしまう。

お陰で廊下など、道が空いていて通りやすい。


「アラン君、昨日はありがとう」

「あぁ、あれぐらいなんて事ないさ。それよりももう大丈夫なのか?」

「うん、もう大丈夫。アラン君のおかげだよ」


羨ましいなぁ、おかげとか。俺も言われてみたい。

アラン=カイバール。

このゲームの主人公にして、チートハーレムの最強男。外見も中身もイケメンで、誰にでも優しく対等に接する良い奴だ。男女関係なく人気者。

そしてシルビオとの関係性を簡単に説明すると、敵だ。

と言っても、元を辿ればシルビオが悪い。

シルビオがクラスメートを奴隷のように扱っていたり、このゲームのヒロインに貴族の力を行使して無理やり......いや、これはまだ先の方だった。

とにかく、ほとんどの場合シルビオに原因がある。いや全てだな。全部シルビオのせいだ。

これまでも、そしてこれからも。ずっとシルビオがやらかすのだ。

まるで呪いのように。

今現在、俺の中での転生したくないキャラクターランキングは堂々の一位だ。

まぁ残念な事に、こうして転生してしまった訳だが。


「よっ」


と、大人しく机に突っ伏して静かにしていた俺の元へ話しかける奴がいた。

頭を起こして見ると、クラスメートの男が近付いて来ていた。

前世で体得した『休み時間に話しかけられない術』を破っただと......?こいつは只者では無いな。

そもそも、シルビオに自ら話しかけようとする人がいたことに驚きだが......いや待て、もしかしたら俺じゃなくて俺の後ろの人に話しかけたのかもしれない。こういうことよくあるんだよな。

俺は勘違いを避けるために、後ろを振り向いた。しかし誰もいない。


「お前だよお前。シルビオ」


マジかよ......例えば、学校でタバコを吸っていて両耳にピアスが開いていて、さらに首にタトゥーまで入っているクラスメートがいるとする。そんな奴に話しかけられるか?

否、話しかけられるわけがない。

いくらシルビオが前に比べて変わってしまったとは言え、まだ皆「頭でも打ったのか?」程度にしか思っていないはず。それなのにコイツは馴れ馴れしく話しかけてきた。

命知らずもいいところだ。


「な、何か用か?」


俺はハッキリと相手を見た。

見覚えは......ある顔だな。確か、モブだったか?

主要キャラじゃ無かったと思うが。

何度もプレイした俺だからこそ気付くことが出来るが、他の人なら記憶にも残らない。それ程印象の無いキャラだった。


「お前変わったな」


直球だった。

まぁ、変わっていることは誰よりも俺が理解しているが。他の人からそうやって言われるとは思っていなかった。こんなシルビオのような人間がどうなっていようが、興味なんて無いかと。


「誰だか分からんって顔してんな。俺はフレデリック=イルペ。フレディって呼んでくれ」


イルペ......?

あぁ、思い出した。確かアランの親友?とまではいかなかったか。とにかく友達だ。

友達......だったよな?まぁ何にせよモブキャラであることには変わりない。


「フレデリックか、すまない。覚えていなくて」

「......まぁ、呼び方なんでなんでもいいか。覚えていないとは悲しいな。どうせお前、女しか見てねぇもんな」


フレデリックはギャハハと笑う。

ほ、本当か......?もし、そんな印象を与えているとするなら一大事だ。

「女しか見ていない」......なんて阿呆な肩書きは嫌だ。恥ずかし過ぎる。

シルビオとして生きて行くと決めたが、それだけは修正させて欲しい。


「......確かに少し変わってしまったかもしれないが、シルビオであることは変わっていない」

「ふーん。そりゃそうだろうけど」

「前の方が良かったか?」

「んな馬鹿な。本人の前で言うのもなんだが、最悪だったよ」

「......そうか」


俺はまるで他人事のように納得をした。

実際他人なのだから仕方ない。

しかし、これで俺が変わっているということを、少なくともコイツは感じていることが分かった。

嫌われてばかりだと思っていたが、一人だけでも嫌われていない人がいた。

正直、それだけで少し嬉しいものだ。

だがシルビオから離れてしまう事は、あまり良いことではないと思う。


「本当、変わったよな」

「ん?」

「いや、前なら絶対に「ぶっ殺す」とか言って怒ってたのに。今のお前は全く動じない。何だか、逆に気持ちが悪いぜ」

「......そうかもな」


良い事......なのかもしれない。

だがシルビオとして生きていくには、良くないことだ。

こうして周りの反応も変化してしまっているのは、ちゃんとシルビオとして生きていない証拠。

俺がシルビオになり切れていないという事だ。


「正直言って、この状況は良いことなのかどうか自分でも分からないんだ」

「ん?」

「これで正しいのかどうか。本当の自分を見失ってしまっているような気がして......」


フレデリックは、なぜか右手を差し出してきた。

何かを欲しがっている訳じゃない。

これは......握手の形だ。


「ん」

「......?」

「何だかよく分からないけど、俺は今のお前が割と好きだぜ。だから、これからよろしくな」


よろしく......一体何をよろしくするのかは分からないが、このシルビオを前にして握手をしようというのは俺にも驚きがあった。

ゲームで見ていたシルビオ。彼は紛れもなく悪役だった。

だがまさか、主人公の友達に「よろしく」と言われるシーンなど、誰が想像しただろうか。


「......おう。よろしく」


その手を、強く握り返した。

思わずありがとうと言ってしまいそうになったが、それは流石にやめておいた。

これで友達になれたと俺は思っているのだが、もし勘違いだったら恥ずかしいからだ。


「お前さ」


まだ何かあるのか。


「変わったのかもしれないけど、まぁ本人が一番感じてるか......まだ皆は疑ってるんだよ」


それはもちろん分かっている。

シルビオの変化は、誰だって分かっている。しかし、それが改心だとは思っていないのだろう。「シルビオのことだから、何か企んでいるに違いない」。そう思っている事だろう。

だがそれで良い。

俺はシルビオとして生きていくと決めた。なら、前のシルビオと何かが違うと、悟られてはいけないのだ。


「今までのことを無かったことには出来ない。現にまだお前のことを嫌っているグループも、沢山ある」


グループ?なんだそりゃ。なんかシルビオを殺すための軍隊みたいなものでもあるのか?

なんて、そんなアホな考えはしていないが、確かにシルビオを殺そうとか思っている奴らはいるだろうな。

今まで奴隷のように扱っていた女子とか、それを可哀想だと思いつつ助けなかった連中とかな。......いや、今の言い方はないな。原因はシルビオなんだからな。


「でも、だからこそ俺が手伝ってやる」

「え?」

「俺がお前と仲良くすれば、他の人にも大丈夫だって伝わるだろ?別に俺に影響力があるわけでもないが、力にならせてくれよ」


......驚いた。

こんな良い奴が世の中、この異世界にいるとは。

そういえば、アランと仲良くなった時もフレデリックから話しかけてたな。

たしか転校してきて学園内を案内......は、ヒロインか。

初めてできた男友達だったか?途中であまり出なくなったから、忘れてしまっていたが。

つまり、コイツはお人好しという事だ。

アランが困っている時も、結構一緒にいてくれてたもんな。助けようとはしくれていたが、力不足だった。

だが、申し訳ないがその気持ちには答えられない。

俺はシルビオになるんだ。


「......」

「何だ?何か不満なのか?」

「気持ちはありがたいが......」

「今の自分が変わっちまうのが怖いのか?」


......何?

確かにそうだが......なぜ分かった?


「おっ、図星って顔だな?分かるよ。俺もそういう時があった。でもな、人は誰しも変わらなければいけない時が来ると思うんだ。それは、今までの自分を否定するような事かもしれない。けど、それでも変わらなくちゃいけない時がある」

「......」

「良いじゃねぇか。過去は無かった事になる訳じゃないし、過去があってこその今なんだからよ。そうだろ?」


そう......なのかもしれない。

だが、そんな理由じゃないんだ。俺は俺ではなく、この世界が変わってしまうことを恐れている。シナリオ通りではない、全く知らない新しいストーリーになってしまうこと。それを恐れているのだ。


「人生一度きりなんだからさ。お前はお前の好きなように生きろよ。人に嫌われるような人生ならそれでも良いけどよ。俺だったら、どうせなら人に好かれるように生きたいけどな」

「......!」


そうだ。

なぜ俺は、シルビオである事に拘っているんだ。

シルビオになり切ろうとしているんだ。

俺は俺だ。シルビオじゃない。

シルビオ=オルナレンである必要なんか無いんだ。

なら、変わろう。いや、俺が変えてやろうじゃないか。

シルビオというキャラクターを。

せっかくの新しい人生なんだ。また元の世界へ戻れる保証なんてないし、元の世界を続きから始められるかどうかも分からない。

俺の一生はこの体のまま、シルビオのままで終わるかもしれない。

そうなった時、後悔しないように。

俺の人生を歩もう。


「俺は......俺の道を行く。人に好かれるような生き方をする。それが、今のシルビオの目標だ」

「良いねぇ!その意気だ。だったら俺に任せてくれよ。手伝ってやるからよ」

「心強い」


ちょっとチャラいが、仲間が出来た。

そして俺に目標が出来た。

今までのシルビオではなく、新しいシルビオになるんだ。

俺が新しいシナリオを作ってやる。シルビオが人気者になって、主人公に負けないようなストーリーを。

シルビオが、主人公だ。


「じゃあ早速」


と、フレデリックは何かを取り出した。

それは小包に入った物。

四角くて、両手より少し大きいくらいの物だ。


「弁当、一緒に食おうぜ」


気付けばもう、お昼だった。

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