第3話 最低

学園に通い始めてからというもの、まぁ厳密に言えばシルビオでは無く中身の俺が通い始めてからだが、クラスを始めとする学園中が俺の噂でいっぱいだ。

だが、悪い噂では無い。

「変わった」という言葉がよく聞こえるのだ。

俺がシルビオと代わったことで、シルビオは変わったという事だ。

それは、俺がちゃんとシルビオを演じることが出来ていない証拠でもあった。

俺がゲームでプレイした事あるのは勇者である主人公のみ、シルビオはプレイアブルでは無いのだ。当然、シルビオのやって来たこと全てを把握している訳では無い。

ゲームでは主人公視点で物語が進むため、敵キャラであるシルビオの詳しい話などはあまり語られないのだ。

そう考えるとむしろ、知らないことの方が多いだろう。

俺が思うことをするだけでシルビオとかけ離れて行く。シルビオを理解するには、相当な悪人になる必要があるようだ。

何にせよ、ゲームのシナリオを大きく変える事は避けたい。


「あ、あの......」

「ん?」

「お着替え......手伝います」


魔法実技の授業。

まぁこれは、いわゆる体育のようなもので、外で魔法の練習をするというものだ。

そして、体育は着替えが必要。それはこの学園でも同じだった。体操服とは言わないが、学園が指定した動きやすい服に着替える必要がある。

そして俺が更衣室で着替えようとしたところ、他の男子生徒に話しかけられたのだ。


「は?」


一瞬、理解が出来なかった。

何を言ってるんだコイツは。と、始めは思ってしまったがよくよく考えてみれば、おそらくシルビオが手懐けている人だ。

またか......ゲームで全く見ないようなモブすらも、シルビオのいいなりにさせているのか。


「いらない。そんなことより早く着替えて行こうぜ」

「え?は、はい!」


......敬語なのがまだ気持ち悪いな。同級生だし同じクラスなのに。人にビクビクされると、こっちも疲れるものだ。

幸いなことに、ゲームの主人公であるアランはここにはいなかった。この時間だと、確かシルビオから助けた女子にお礼を言われている所だったか......もうどんな風に世界が変わったのか分からない。もしくは、変わっていないかすらも。

全く、俺がシルビオになる前のシルビオは一体どれほど好き勝手やっていたのだろうか。


「こっちの身にもなって欲しいよ」


まぁこっちの身の時に色々とやらかしてくれたんだがな。

とりあえずは着替え終わり、外に出た。

この学園は驚く程広い。そのせいで、移動教室は散歩レベルで歩かされる時がある。

皆について行って少し歩くと、広い施設へと辿り着いた。

訓練場......だったか?ここは。

円形の、弓道などで使いそうな板がターゲットとして置いてあったり、木で出来た武器が置いてあったりする。

その近くに木や皮で作った人形、つまりダミー人形も置いてある。ここで剣さばきや魔法を練習するのだ。

魔法を練習すると言っても、ここは魔法学園。

普通、魔法というのは初等部や中等部で基礎として習うもの。つまり高等部であるここは、ある程度使えるのを前提で通う学園だ。

それも、エリートばかりのエリート校。

中には規格外の威力や、魔力量を誇る超エリートもいるが......これがまた残念な事に、シルビオは違う。


「さぁ、今日はそれぞれ皆の魔法を伸ばすわ。魔法を使ってこのダミー人形を破壊してみて」


この世界には、魔法以外に稀に固有魔法というものを持った人が産まれる。

固有魔法とは、他の人には使う事が出来ない特別な魔法だ。例えば壊れた物を直したり、物を魔法で作り出したり、魔眼や千里眼などもある。

そして、シルビオの固有魔法は『付与魔法』というものだ。

その名の通り、武器や防具などに何かを付与することが出来る。まぁ何かというか魔法になる訳だが。

残念なことに、これがあまり使い勝手が良いものでは無い。

理由としては、いくつかある。

まず、誰でも使える強化魔法と役割が被っているという所。

強化魔法というのは、パワーやスピードなどの身体的強化や武器や防具の強度を強くしたりする物質強化。魔法の効果を上げる魔法強化もある。

それらのことを総じて、強化魔法と言う。強化魔法は汎用性が高く簡単に扱えるため、闘いの際にバフとして掛けておくのが一般的だ。身体強化魔法とも言う。まぁ一応、効果範囲というものが存在しており、効果範囲から離れると自動的に解除されるという制約がある。

効果範囲は一般的には触れられるぐらいの至近距離が限界だ。

しかし魔法士によっては、効果範囲数メートルに及ぶ者もいる。そういう人が優れた魔法使いなのだ。

比べて、性質を強化するのが強化魔法なら付与魔法は性質そのものを物に与える魔法だ。

例えば、ただの剣を強化するなら鋭さや切れ味、そして耐久力になるのだが、付与魔法は炎属性を付与する事が出来る。

これは数少ないメリットだ。それだけ聞くと、付与魔法も強いように思える。しかし付与魔法には致命的な欠点がある。

それは、一度付与されたものは解除出来ないというもの。

身体強化を使えば体はずっと強いままで、武器などに付与すればずっと強度が上げられたままにもなる。

魔法による強化というのは、詳しく言えば本人の魔力を使って性能を限界以上に引き上げている状態だ。聞こえは悪いが、即効性のある超強力なドーピングのようなもの。魔力か体力が尽きたり、自ら解除する事も出来る。

しかし付与魔法はそれが出来ない。強化状態がずっと続いているとどうなるのかは、簡単に想像つくだろう。

界王拳二十倍をずっと保っているようなものだ。

筋肉を力ませた状態で毎日を過ごすことなど、到底不可能だろう。炎属性を付与した剣など、鞘に収めるにも一苦労だ。

故に、シルビオが向いているのは貴族などではなく鍛冶屋や装備屋になるだろう。

武器や防具などに魔法を付与すれば、高級な道具を作ることが出来る。強化魔法と違って、効果範囲なども存在しない訳だから、他人が作ったものに付与を施すだけの『付与師』なんかになれば良かったのだ。ネーミングセンスは悪いがな。

しかしそれでもデメリットは発生する。金属疲労などが早くなる事だ。

武器でも防具でも、長持ちしないものは使い勝手が悪い。

これが付与魔法のデメリット。解除できないことの弱みだ。


「......」


俺は、机に置いている剣を手に取って見つめる。重たいな。やはり、 本物の武器は重たいものだ。とてもじゃないが、満足には振り回せそうにない。

机の上には様々な武器がある。

自分に合ったものを探せということだろう。

もちろん、俺は武器を使った事がない。

剣、槍、弓、斧、メイスに盾、どれも俺が生きていた時代では使わないものだった。


「破壊しろと言われても......な」


付与魔法は、自分の使える魔法を付与するものだ。いくら強化魔法より強くできるとは言え、武器が無ければ意味は無い。だから、俺はここで武器を選んで使わなくてはならないのだ。


「じゃあ、オルナレン。お手本を」


そうだった......ここで何故か、シルビオがやる羽目になっているんだった。

日頃の恨みか知らないが、何故俺シルビオなんだ。

先生だってシルビオの固有魔法を知っているくせに。

お手本ならそこら辺の、もう使う武器を決めてる奴らにやらせればいいだろう。

俺じゃお手本にならない。


「......分かりました」


嫌々でもやるしかない俺は、深呼吸をして心を落ち着かせる。

シルビオは最弱の固有魔法のくせに、いや......だからこそかもしれないが、貴族だということを良いことに他人をこき使っていた。

なぜこの学園に通えているのか謎なくらい、能力としては劣っていたのだ。

そしてシルビオは頭が固い。自分の威厳を保つために必死だった。だから魔法の方が疎かになってしまい、どんどんアランに差をつけられ、負けてしまったのだ。

......だが、俺は違う。

このゲームを俺は知っている。

いや、もはやゲームでは無い。ここが俺の現実だ。

この世界を、俺は知っているんだ。

使え、全てを。俺の知っている知識全て使い、この場面を脱するのだ。それがシルビオと俺との差だ。

俺はこのゲームをクリアしているんだぞ......!


斬撃強化バイブレーション付与......」


剣を手に取り、詠唱を唱える。

本物の剣なんて初めて手に取ったが、案外何とも無いものだ。

魔力操作なども生まれて初めてのはずだが、何故だか体が知っている。どうすればいいのか自然に分かる。

確かこの世界の人々は、体に流れる魔力を操作して身体能力を向上させているんだったな。

これが魔法か......変な感じだ。だが不思議と理解出来る。

何だか、今ならやれそうな気がする。

剣に魔力を込め、強化魔法を付与する。

腰を落とし、ダミー人形を睨みつけ剣を構える。

そして──────


「え......」


ダミー人形に向けて思いっきり振った剣は、思いのほか簡単にすり抜けた。手応えが無かった。

ダミー人形に上手く当たらなかったのか?リーチを間違えたようだ。

こんなに格好つけておいてスカるなんて、恥ずかしい事この上なしだ。

そして、生徒達は我慢の限界を迎えた。

一気に笑いが起きる。大笑いだ。


「止まってる的も外すのかよ!」

「おいおい大丈夫かよ。お坊ちゃん」


シルビオの知っている魔法の中で使えそうなやつと、俺がゲームをプレイ中に見た魔法。

それを、剣に付与しただけだ。

確かに動きは悪かったかもしれない。素人だからな。

だが剣のリーチを見誤る程では......


「......ッ!?」


ダミー人形が、今になって形を崩した。

ズリズリと少しづつ、上と下に別れた部分がズレていき、最後は綺麗に真っ二つに割れた。


「こ、これは......」


驚いた......自分でやっておいてなんだが、俺自身結構驚いてしまっている。

だが驚いているのは俺だけではなく、周りで見ていたクラスメートも開いた口が塞がらないといった状況だ。

斬撃強化魔法......これは、シルビオは使っていない魔法だ。

ストーリー上で扱うキャラはおらず、敵キャラが使っていた技......だったかな。

普通なら、魔法というのは見様見真似で使えるようなものでは無いという設定があったはずだ。

まさか、これは俺の才能か......?いや、それともシルビオの......?


「う、嘘だろ......?」


静まり返る皆。

馬鹿にしていたやつらも、切れたダミー人形に釘付けだ。

どうだ?お手本は務まっただろうか。

こんな威力だとは自分でも驚いたが、少し誇らしげにして皆の前から立ち去った。


「ふん......」


なるほど。今ので分かったことは、付与する魔法によっては使い物になるかもしれないという事だ。

シルビオは知っている魔法が少なかった。だから、強い魔法を付与することが出来なかったんだ。こうやって魔法によっては、期待以上の能力を引き出すことだって出来るかもしれない。

付与魔法の、可能性を見た。


「......」


俺のお手本が終わると、皆はそれぞれ自分のダミー人形で魔法を練習し始める。その中でも、お手本でも無いのに注目を浴びる人物が居た。

アラン=カイバール。

アランはダミー人形の前に立つと、一瞬でその人形を木端微塵にしてしまった。


「......だよな」


さすが主人公だ。

通りでシルビオが敵わないわけだ。もう既に、この時点で差はついていたのだからな。まぁ少し前までは俺もアレだったのだ。自分が主人公の時は、特に気にしていなかったが......こうして他人視点で見ると異常な強さだな。

さっき皆が驚いていたのは「シルビオにしては強かった」からだ。

ダミー人形さえまともに破壊することが出来ないほど戦闘力が低いと思っていたシルビオが、まさか一撃で破壊するなんて。そういう思いの驚きだ。

だがアランは違う。あのダミー人形を一瞬で粉々にするなんて。という驚きだ。

まぁ、ゲームをやっていた俺からすれば今更なことではある。

アランが最強な事は誰よりも知っている。

アランは一度見たものなら全属性、全ての魔法を使うことが出来る。

必ず誰よりも一歩、いや......何歩も上を行く男なのだ。

希望は捨てろ、お前は弱いと言わんばかりの実力差だ。

......だが、それを見て俺は思った。


そんな最強の主人公の敵として、負けず劣らずの立ち位置に居たシルビオは、やはりそれなりに強かったのではないかと。


「ただいま」

「ッ!お、お帰りなさいませ。シルビオ様」


まだ、様付けは慣れないな......。

学園も終わり、俺は家に帰ってすぐに自室へ入った。

メイド達の焦る様子も、俺が「ただいま」とか「おかえり」とか、挨拶する度に驚いている。もうそっちの方は慣れて来てしまった。


「シルビオ様、お食事はどうなされますか?」

「あぁ、後で」


シルビオの部屋。

高そうな本や、高級そうな家具が置いてあるだけの、特に何も無い部屋。こんな所で育てば、そりゃあ傲慢な性格にもあるだろう。

落ち着かない......それもそうだ。ここは俺の部屋では無いのだから。

しかし、今日は一日中人に見られるわ、自分の知っている実力じゃないわで疲れてしまったな。

他人の部屋とは言え、他に一人で落ち着ける場所は無い。慣れるしかないだろう。

とりあえず疲れた体を癒すためにも、頭の整理をさせるためにも、少し眠ろうと思った。

だがその前に、少しだけ付与魔法を練習しよう。シルビオに足りなかったのは、こういう日々の努力と見た。あの性格じゃ、自分に才能があると思い込んでいたに違いないからな。

あ、それとメイドの名前も覚えないとな。

ゲームでは見なかった者や、出たけど名前が分からなかった者もいる。

覚えていた方が良いだろう。


「付与するなら羽根ペン......でいいかな」


付与魔法の良い所は、制服や武器などに付与し、常に強い状態を保てるという所だ。

永遠に外すことの出来ないというデメリットが、ここではメリットとなる。

強化魔法なら大ダメージによって魔力の流れを崩されたり、一定時間が経つと解けてしまう。

しかし、付与魔法ならば永続。

だからこうして、予め強化をしておくということも出来るのだ。

それにしても、学園での俺の魔法の威力......付与魔法が通常の強化魔法の三倍程だったとしても高い威力だった。

おそらくだが、シルビオは魔力量が多いのだろう。確か、魔法の強さは個人によって差が出たはずだ。優れた魔法使いほど、同じ魔法でも効果や威力が優秀になっていく。

どうやら、シルビオには才能があるようだ。


「バイブレーション」


俺は、続けていくつかの魔法を、そこら辺にあった羽根ペンに付与した。

制服とかでも良かったのだが、失敗した時にまずい。

とは言え、ペンだとちゃんと付与できているのか分かりにくいな。


「痛っ!」


斬撃強化魔法ことバイブレーションを施した羽根ペンは、少し触るだけでも指が切れてしまう程の威力を誇っていた。

しかしよく見ると、その仕組みが大体見えて来る。バイブレーションは、強化対象に流した魔力を微振動させて切れ味を上げているようだ。

しかし羽根ペンは元が柔らかいから、そこまでの恩恵は無いのかもしれない。


「触っただけじゃ分からないか」


シルビオの部屋にあった本。これらのほとんどが、魔法に関する物だった。

何ページか開くだけで、ゲームにも出てこなかったよいな物が沢山見つかる。

それに本のページが所々破れていたり、本の隙間からクシャクシャになって出てきたページがあったりする。ちゃんと読んでいたという証拠だ。

こうしてみると、シルビオは意外と勉強熱心だったようだ。

分厚い白紙の本を見つけ、これを使う事にした。


「......すまん」


一応謝っておく。

通常、羽ペンなら紙を一枚切る事も出来ない。

刺すとしても、この分厚い本......5センチくらいの分厚さの本では、そもそもこの硬い表紙すらも突き抜けることは出来ないだろう。


「......試すか」


羽根ペンを手に持ち、本の上で振り上げる。

そして思いっきり振り下ろそうとする前に、俺の動きは中断された。


「痛っ!?」


手のひらに痛みを感じて見てみると、手の皮が少し切れていた。

重症という程ではないが、僅かに血が出ている。

何かで切ったような後だ。


「......まさか」


羽根ペンの羽の部分で、机の上にあった紙をひと撫でする。

すると、紙はスゥーっと綺麗に真っ二つに切れ、その下にあった机にも少し傷が入ってしまった。


「なっ......!」


どうやら、羽が原因だったようだ。

鋭くなったのはペン先だけでは無く、羽根ペンそのもの。ならば、もちろん羽も鋭くなる。


「なるほど......早速効果は出たようだな」


持ち方を変え、再度挑戦する。今度は、ペン先の方の凹凸がない安全な部分を持つ。

そして本の上で大きく振り上げ、思いっきり振り下ろした。


「ッ!!」


トンッと、木に何かがぶつかったような音がし、手元を見ると真っ直ぐと立っているペンの姿があった。


「......凄いな」


物の見事に刺さっている羽根ペン。

俺が持って場所まで、本の中へと入ってしまっていた。

まるでナイフ。

もう少し長さがあれば、机まで貫通していた事だろう。

......強い。

もしこれを本物の剣に付与すれば......それはもう、相当な威力を発揮出来るのでは無いだろうか。


「ふぅ......まぁ今日はもうこれくらいにして、そろそろ飯でも食うか」


試したいことも試せたし、あまりメイド達を待たせてはいけない。俺もお腹空いたしな。

そう思い、すぐに部屋を出た。

食事所の部屋は......何とか覚えている。

何せ広い家だ。まるで迷宮のように入り組んでいる。

何とか部屋を探し出して食卓につくと、出来たてホヤホヤの食事が待っていた。

俺は、メイド達に見守られながら食事をした。

料理は凄く美味しかったんだが......こんなに沢山人がいるのに一人での食事となると、流石にいい気分では無かった。変に緊張してしまう。味も分からないくらいだ。

けれど、食べた後に「美味しかった」と言ったら、またメイド達は驚いた。

何だか、逆に面白くなってきたな。


「......風呂でも入るか」


異世界だから、もしかしたら風呂は無いんじゃないかと少し心配したが......そんなことは無かった。

貴族だからか、風呂は普通にあった。

飯も美味しかったし、文句なしで良い暮らしだ。正直、前いた世界より全然良いかもしれない。

とても贅沢な暮らしだ。

もしかしたら風呂の最中にまたメイド達が入って来たりするんじゃないかと、警戒と少し期待を胸にしていたのだが......そこまでの事はなかった。

残念......では無い。全然そんな事は無い。むしろ、落ち着いて風呂に入れたから良かった。


「はぁ......」


俺は、小さな幸せを噛み締めながらベッドで横になった。今のはため息ではなく、疲れと少しの満足感から来るものだ。

こうして落ち着いてからやっと、俺は現状を振り返る。


「本当に、シルビオに転生したのか......」


何故、転生したのだろうか。

漫画やアニメで見たことのある展開だから、簡単に受け入れてしまったが......よく考えているとおかしな話だ。

まるで夢でも見えているようで、しかし覚めることが出来ない。そもそも、この体の持ち主だった本物のシルビオは何処へ行ってしまったのだろうか。

......まぁ何にせよ、前の生活に比べればここは良い意味で現実味がなくて......正直言ってとても楽しい。

転生したのがシルビオでなければ、だがな。

こんなに嫌われてばかりでは、精神がもたない。

主人公に転生出来ていれば、どれだけ良かった事か。


「おやすみ......」


俺は、誰かに向かっておやすみを言う。

誰もいないことは分かっているが、何だかそれが寂しくて思わず声に出してしまった。

ホームシック......というやつだろうか。

やはり知らない場所に一人でいるのは、とても息苦しいものだ。

そして当たり前のように「おやすみ」の返事は返ってこなかった。


「シルビオ様」


俺は飛び起きて驚いた。

返って来ないと思っていた返事が、返って来てしまったのだ。

すっかり寝る気だったのに、なぜかそこにはメイドの声が聞こえた。

名前も覚えられていないメイド。

ゲームではモブとして登場した気もしなくはないが......俺の記憶には薄い。

そんな彼女が、真っ暗闇な中で佇んでいる。


「な、何だ!?」


少し警戒しながら質問する。状況が読めない。

俺の言葉を無視し、メイドは何やらゴソゴソとしだした。

暗殺という言葉が頭を過ぎる。

銃かナイフか、いや銃はこの世界には存在しないか。なら包丁でも取り出すつもりだろうか。

そんなことをしなくても、シルビオぐらい魔法でイチコロだ。

ついにシルビオの行いに痺れを切らしたメイドが殺しに来たのか?だがそれなら、わざわざ起こす必要は無い。

まさか......自分の死を察して恐怖する顔を見るためか?

物騒な理由ならいくらでも思いつく。だが逆にそれ以外の理由が想像できないのだ。


「......」


俺は静かに逃げる体勢に入った。

ドア付近に立っているメイドによって、完全に部屋に閉じ込められている状況だ。

逃げられる自身は無いが。

しかし幸いにも、少しづつ暗闇に目が慣れてきた。

そのお陰で、メイドの動きがハッキリと分かるように......分かってしまった。

なんと、服を脱ぎ出したのだ。


「ちょ、おいおいおい!何やってんだ!」


どう見ても、シルビオを殺そうとしているようには見えなかった。

いやまだ分からない。ここは異世界だ。武器が無くたって魔法が使える。

何が起こってもおかしくは無いのだ。

だが......。


「......御奉仕です」


メイドは、暗い表情でそう言った。

今、御奉仕と言ったのか?

まさかとは思うが......いや、そんな事。

メイドは、俺に構わず服を全て脱ぎ捨てた。

そしてベッドに乗ってくる。

とても柔らかそうな、二つの爆弾が揺れている。薄暗い中で、艶めかしい肌が浮かび上がっている。

体をくっつけようとしてくるメイドの、肩を押して離した。


「待て待て!やらなくていいから!!」

「......?」


なぜ?というような顔をする。

こっちのセリフだ。と言いたいところだが、理由は大体分かる。

シルビオのせいだ。

シルビオは夜に、おそらくこうやってメイド達に奉仕させていたのだ。

全くもってけしからん。

だが俺にそんな趣味はない。(まぁ少しは気になるが)俺は純粋な青年なのだ。

だから、こんなようなことをするわけにはいかない。

それに、あんな顔を見てしまったら......。


「しかし......」


そう、その顔だ。

その悲しげな表情。本当はメイドもこんな事をしたくないのだろう。

シルビオは、一体どんな気持ちでこんな事をやらせていたのだろうか。

別に、今ここでやってしまっても誰も俺を止めることは出来ないし、誰も咎めることもしないだろう。

だがそれは俺の心が許さない。

俺は俺という理性に則り、非道徳的なことはしないと誓う。


「もうやらなくていいんだ」

「え......?」

「こんなこと、やらなくていい」

「やらなくて......も......?」

「あぁ、こんな事させたのは俺なのだろうが。もうしなくてもいい。今まですまなかったな」


別に俺がやったわけではないのだが、メイドにとっては俺もシルビオも同じ。

変わらないのだ。

なら、俺が代わりに謝っておかないといけないだろう。今は俺がシルビオなのだから。


「だからほら、服を着ろ。もう二度としなくてもいいんだからな。というか、むしろするな」


俺は暗闇の中で落ちている服を拾うと、メイドに軽く着せた。

するとメイドは驚愕した表情を見せ、すぐに涙を流し始めた。


「もう......やらなくても......いいのですね......」

「おう。他の奴らも......多分やってるよな?こういう事......まぁ、伝えておいてくれ」


抱き着いて慰めてやろうとも思ったが、今はそういう時ではないな。

それに、今の俺ではまだ嫌われ者だ。

だがそんなに嫌だったような顔をされると、少し悲しくなってくる。俺も一緒に泣きたいよ。

や嫌われているのは俺じゃなくてシルビオだと分かっていても、心は痛むものだな。


「さぁ、さっさと部屋に帰って寝るんだ」

「ありがとうございます......それでは失礼します。......おやすみなさい、シルビオ様」

「あぁ、おやすみ」


メイドは服を着ると、速やかに俺の部屋から去って行った。

明日ちょっと気まずくならないといいが......まぁ、メイドは沢山いる訳だから一人くらい仲悪くても......良くないか。というか、恐らく全員と仲悪いだろうしな。

今更だ。


「はぁ......」


今度は、疲労からのため息が出る。

やれやれだ。これでようやく、落ち着いて眠れるようになったんだな。

全く、知れば知るほど最低な野郎だな。

最低で最悪の貴族。

シルビオ=オルナレン......お前はどこまで悪役なんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る