第2話 魔法学園

この世界に転生して、ゲームで知っている知識しか無い俺が助かったと思うことは、言葉が通じて文字が読める事だ。

どういう原理かは知らないが、まるで日本語のようにスラスラと文字が読めてしまう。かと言って、日本語が分からなくなった訳でも無い......と思う。

異世界転生するだけで、二か国語も使えるようになるというのは、かなり嬉しい事だった。

メーティス学園。まるでお城のようなこの建物には、オシャレな文字でそう描かれていた。

メーティス学園魔法科。それが、シルビオの通う所である。

この学園はその名の通り、魔法を学ぶ学園だ。

この世界の全ての人は魔法を使えるのが当たり前で、魔法が強いこと学園内の成績に直結する。

そしてこの学園の特徴として、身分関係なく入学できるというものがある。

貴族だろうが平民だろうが、誰だって入学出来る。ただしその代わり、分かりやすいほど実力主義だ。明確なルールがある訳では無いが、魔法の実力によってカーストが存在するのは暗黙のルール。のはずだが......残念ながら貴族達は学園内でも平民を差別している。実質的には、帰属主義のこの世界と何も変わらないのだ。

そして残念な事に、シルビオはカーストの中でも底辺だ。

実力者でも無く、貴族の中でも嫌われ者のシルビオは、カースト最底辺と言わざるを得なかった。


「はぁ......」


シルビオは、知っての通り嫌われ者だ。

その理由はいくつかあるが、その一つとして「弱い」という所がある。

いや、厳密には「弱い癖に威張っている所」かな。強いからって威張るのも良くはないが、シルビオは自分の固有魔法が弱いことに劣等感を抱いており、それもあって周りに迷惑をかけている。固有魔法は、他人には使えないその人独自の魔法だ。

また、貴族という身分も相まって相当ふんぞり返っているのだ。

まぁ悪役だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないがな。


「ここだな......」


学園を目の前にして、少し怖気付いている自分が居る事に気付いた。

それもそうだ。全くとまでは言わないが、初めて来る世界で急に学園に通うことになるのだからな。しかも、今までも通っていたように振る舞わなくてはいけない。

緊張して、思わず震えてしまう。だがこれは緊張から来るものだけではない。ワクワクというのも少し混じっている震えだ。

今までゲームやアニメでしか見てこなかった異世界の学園が、すぐ目の前にあるのだからな。


「よし......」


門を通って、中に入る。

すると、中に入る巨大な校舎がそびえ立っていた。


「うわぁ......」


開いた口が塞がらない程に、圧倒的な景色だった。車が何台も通れるほどに広い道。真ん中には噴水。まるで広場のようだった。

巨大な校舎に囲まれ、人々は建物に吸い込まれていく。

ここ一帯が一つの街のように見えた。


「すげぇな......こんなに広いとは......ん?」


何やら騒がしい。噴水の近くだ。

この世界のことをゲーム上の知識程度しか知らない俺からすれば、何もかも新鮮だ。しかしそれは、逆に言えば情報不足という事もある。

今は何でも見て、何でも知ることが大切かもしれない。まぁ結局、噴水近くは校舎に入るのに通る道な訳だし、ついでに見てみる事にした。


「ちょっとアンタ達、いい加減にしなさいよよ!!」


噴水に近付くと、罵声が聞こえた。

三人。男二人に、罵声を放っているのは女子生徒のようだ。


「私の魔法テスト中、後ろからずっと邪魔してたのアンタ達でしょ!?」

「えぇ?知らねぇなぁ」

「俺達はずっと授業に集中してたからよぉ。お前みたいな平民なんかの相手をしてる暇なんてねェんだよ」


あの女子生徒、フィリア=ヘズルワーレだ。

このゲームのメインヒロインであり、主人公に好意を寄せる者の一人だ。

男二人は......メインキャラクターでは無い。言ってしまえばモブキャラだ。

まったく、朝っぱらから元気な奴らだな。

しかしこれで分かった事がある。

今日、この日はストーリーの最初。ゲームスタートしてから、一番始めに起こるイベントだ。

つまりここが────────


「君達、何をやっているんだ」


主人公の初登場だ。

アラン=カイバール。それが、奴の名だ。

ゲームは、アランがこの学園に編入する所から始まる。

そして今、まさしくこれが初登場。ここでヒロインを助けて、一つ話題を作ってから学園生活を始めるのだ。


「なんだ?コイツ」

「見ねぇ顔だな。編入生か?」

「そうだ。君達は何を喧嘩しているんだ?この女の子が怒っているようだったが」


アランは、フィリアと男二人の間に割って入る。

どこから見ていたのか知らないが、困っている人を助けずに居られないのがアランだ。


「知らねぇよ。そいつが勝手に怒ってるだけだ」

「なんか?自分がテストで良い結果を出せなかったことを俺達のせいにしようとしてきてよぉ。俺達が何をしたって言うんだ?えぇ?」

「アンタ達が魔法で邪魔して来たんでしょ!?私はその瞬間を見ていた!絶対にアンタ達の仕業よ!」


熱くなるフィリア。

俺は知っている。フィリアは嘘をついていない。

フィリアは嘘が嫌いで、自分自身も嘘をついたりはしない人だ。そして極度の負けず嫌いだ。

自分のミスを、決して他人のせいにしたりはしない。

だから知っている。この件に関して、フィリアは悪くない事を。

だが、この場を収めるのはシルビオでは無い。


「チッ、てめぇいい加減にしろよ......俺達を誰だと思っている?あんま調子乗ってんじゃねぇぞ!!」


貴族の一人が、フィリアを殴った。

いや、殴ろうとした。

しかしその拳が届くことはなく、手のひらで受け止められていた。

そう、アランの手によって。


「なっ!?」

「暴力は良くないんじゃないかな。それだと、まるで自分達が追い詰められているように見えるよ」

「平民の分際で、我々に口答えするのか?」

「良いよ。掛かって来ても。僕が相手になる」


アランは堂々と立ち塞がり、二人の貴族を真っ直ぐ睨んだ。

しかしその表情には少し余裕が見える。今この場で闘っても不利だということは、俺だけでなくあの貴族達にも伝わったようだ。

二人は舌打ちと捨て台詞だけ吐いて、逃げるように去って行った。

周りで見ていた他の生徒達も、それぞれの場所へ向かい出した。

人々が去ると、アランは力が抜けたようにその場へ尻もちを着いた。敢えて堂々として虚勢を張る事で、相手を追い払ったのだ。

まぁここからはアランとフィリア、主人公とヒロインの出会いだ。「アンタになんか、助けて貰わなくても」とか「困っている人が居たら助けるのが当たり前だろ」とか、そういうよくある出会い方だ。

俺はゲームを何度もやっている。このシーンだって何度も見た。だが、こうして外から客観的に見るのは初めてだったな。

もう少し見ていても良いが、俺も一応この学園の生徒のようだからな。遅刻する訳にはいかない。

俺も、教室へ向かう事にしよう。



──────────



「......行くか」


気持ちの整理は出来た。

決めて来たんだ。今更、後には引けない。

大丈夫。俺なら上手くやれるさ。そう自分に言い聞かせ、扉の前で最後の覚悟を決めた。


「おはよう!」


俺は、教室の扉を開けると同時にクラスメート達から冷たい視線の洗礼を受けた。

俺の元気の良い挨拶は、教室の中を響き渡って嘘のように消え去った。

賑やかだった教室が、突如として静けさに襲われる。漫画なら、シーンという文字が浮かび上がっている事だろう。

とても気まずい。


「はは......」


引き攣った笑いで誤魔化し、自分の席に着いた。

確か、シルビオはこの席だったはずだ。

しかし、ここまでクラスメートから嫌われていたとは......本人になってみないと分からないものだな。

だが、全員が軽蔑の眼差しだった訳では無さそうだ。何人かは驚きの表情を浮かべていた。

おそらく、俺が「おはよう」と口にしたからだろう。

実際はどうなのかは知らないが、少なくともこの世界の貴族達は自ら挨拶したりなどしない。

俺以外の貴族もクラスに数人はいるが、誰一人として挨拶はしないのだ。

その貴族中の嫌われ者代表である最低の男、シルビオが自ら進んで挨拶をしたのだ。

俺がいた世界で言うところの、先生が学校で糞を漏らした並の(少し例えが汚いが)驚愕度というわけだ。

シルビオが本当に嫌われていることを実感した数秒間だった。

ふと、窓際の方の席に目をやる。

時間的に俺は遅刻ギリギリに来たから、もう全員揃っているはずだが。一つだけ席が空いている。

あそこ、誰の席だっけか......まぁいいか。

とりあえず席に着くと、一人の少女が駆けつけてきた。


「シ、シルビオ様......おはようござい......ます」


ハァハァと息を切らしている。もう少し落ち着いてから話せばいいのに。

というかこの子今、様って言ったか?学園内で仕えているメイドなんて居たか......?


「あっ」


思い出した......この子はティア。

シルビオが学園に通い始めてすぐに作った、パシリだ。もっと悪く言えば奴隷。

そして、最初に主人公に助けられる人。

このティアを助けることで、ヒロインとの繋がりを、ヒロインの興味を持つことが出来たのだ。

だがこれが原因でシルビオは、主人公に恨みを持つこととなる。


「な、なんなりとお申し付けくださいませ」


クラスメートからの視線が痛い。

俺が悪いわけでは無いのに、俺の体がやった事に苦しまされる。

そんなに嫌な目で見るのなら助けてくれよ。

この子も、ついでに俺も助かるのだからな。


「え、えーっと......」


どうしよう。

別に俺は、ティアを縛り付けるつもりは無い。

ティアって呼び捨てするのもなんか変だな。今まではゲームで見てたからそう呼んでいたけれど、こうしていざ目の前にいるとなると、本当にそこに存在しているみたいだ。

......いや、実際に存在しているのだろう。

なぜならこれは現実だ。どう見ても、ゲームでは無い。

ならば、それ相応の対応をするべきだ。


「な、なんちゃってぇ......その事は、実は冗談でした!だから別に俺に構わなくても、い、いいんだぜ〜!」


俺は、出来るだけ軽くなるように言った。

変な汗が流れて来るのが分かる。目も泳ぎまくっていることだろう。そもそもシルビオはこんなキャラじゃない。しかし、これ以外の言い方を思いつかなかったのだ。

だが、失敗した。

教室は再び静まり、絶対零度の時間が訪れる。

俺は、恥ずかしさと気まずさで死にそうだった。


「ど、どういうこと......ですか?」


おい、そこ大事だろ。俺の恥ずかしい思いを返せ。一発ギャグでボケた後にそのギャグの説明をさせられるような気分だ。

と言いたい気持ちを抑えて、俺は優しく教えた。


「いやだから、別に俺に従わなくてもいいって事だ。自由にしてくれ」

「じゃ、じゃあ......」

「あぁ、もうどっか行ってくれ。死にそうだ」


おっと、つい本音が漏れてしまった。

少しほっとした様子を見せながらも、警戒しながら去るティアを見送った。

はぁ......なんだか、もう疲れてしまった。

シルビオって、結構メンタルが強いのではないだろうか。こんな事を平気でやっていたのだからな。俺ならとっくに退学している。


「おーい席付けー。先生の魔法食らわせるぞー」


おっと、そんなことをしている間に先生が入ってきた。

どこの世界でも先生の雰囲気は変わらないな。


「今日は転入生を紹介する」


転入生。そう聞くと、何故か少しだけワクワクするものだ。だが残念ながら、俺はその転校生を知っている。なんなら、さっき見たばかりだしな。

教室の扉を開き、俺達と同じ制服を着た男が入って来る。そして先生の横......つまり、黒板の前に立ち、笑顔を見せた。


「初めまして皆さん。アラン=カイバールです。僕の事は、気軽にアランと呼んでください」


そう、アランだ。今日はアランの入学日。つまり、ゲームで言えばこれが第一話となる。

これで一つ分かったのは、俺がシルビオになったのはゲームのシナリオの最序盤とほぼ同時。いや、ほんの少しだけ手前という事だ。


「よろしくお願いします」


アランは、このゲーム上で主人公の役割をしている。

つまりプレイヤーはアランになり、物語を動かすのだ。普通なら俺はアランに転生するはずだが......って、転生に普通も何も無いか。転生してる時点で、もう普通では無いのだからな。

しかしこのアラン、誰かが操作してるとか無いよな.....?誰かがやっているゲームに俺が転移してしまった......とか。まぁ、だとすればもっとゲームらしい喋り方をするだろう。

このアランは、主人公にしてはあまりに流暢な喋り方だ。


「じゃあ、あそこの空いている席へ」


この後は、アランとシルビオが軽くバトルするのがゲームでの流れだ。

しかし、その理由の『シルビオからティアを守る』というのを、俺は消してしまっている。

シルビオがティアを奴隷のように扱うのに対し、アランが怒るという流れだ。

だがそのティアを解放してしまった今、アランがシルビオに対して怒る理由が無い。


「ん?オルナレン。なんか今日はやけに姿勢が良くないか?」


え?

先生が俺に構ったことで、また教室がざわめく。「たしかに」とか「本当だ」などと言う声が聞こえる。

さっき転入生として紹介されたアランよりも、俺に注目を集めてしまっている。

そういえばシルビオはいつも、机に足を乗っけたりして、ちゃんと座っていたことが無い。

それに比べると、俺は今しっかりと床に足を着けて座っている。

当たり前のことをしているだけなのにこの驚きよう......ゲームで見ていた以上に、シルビオは悪い奴だったと実感した。


「そ、そうですかね......はは」


これで良いのだろうか。

俺はシルビオだ。シルビオになったんだ。それなのに、シルビオらしい事をあまり出来ていない。

むしろ、そのほとんどを覆してしまっている。

もう既に、ゲームとは違ったシナリオになってしまった事もある。

本当にこれで良いのだろうか──────



俺は、何かある度にクラスメートからの視線が痛いので、一旦トイレへと逃げ込んだ。

ゲームではトイレなんて全く出てこなかったけれど、割と現代に近い所があった。利用するのに特に不自由は無い。

鏡を見る。

そこには、見慣れない人の顔。けれども、見たことが無いわけではない。

いつ見ても憎らしい顔だ。

人は見た目で判断出来ないとは言うが、どうもこの顔だけは顔が性格を物語っている。


「なぜ、こうなってしまったんだ......」


なぜ俺はシルビオに転生したのだろうか。

主人公ではなく、シルビオに。

しかし、そんな質問は空を漂うだけでどこにもたどり着かない。

答えが返ってくるわけがない。


「......よそう」


今考えていても仕方がない。

俺はただ、シルビオを演じるだけだ。

それで、帰る方法を探す。

必ず帰るんだ。あの世界に。

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