嫌われ者貴族の最弱魔法師〜貴族に転生して異世界最強無双〜
切見
第1話 嫌われ貴族、転生
目が覚めた。
知らない天井だ......なんて、言う日が来るとは。
まさか本当に知らない天井だとは思いもしなかった。ここはどこだろうか......まだ意識が朦朧としている。
「おはようございます。シルビオ様」
声がした。
とりあえず首だけを動かし
声のする方を向く。
するとそこには、まるでメイドのような格好をした女性が佇んでいた。
太陽のように眩しい笑顔で、おはようと言う。
「......ここは」
ん?誰だ今の声は。
「あーあー」
いや......俺か!
いつもと違う声。知らない声だ。
自分から聞き覚えの無い声が出て来るというのはこんなにも気持ちが悪いものなのか。
そして何より、ここはどこだ?
見覚えのない場所だ。周りを見回しても、全く身に覚えがない。
昨夜、確かに俺は自分の部屋で眠ったはず。
それなのにどうして、何をどうしたらこんな高級そうなベッドで真っ白な天井を見ながら、メイドさんに起こされるようなことになるのだろうか。
待て、思い出すんだ。
さっきまで何をしていたのかを─────────
俺は、ゲームが大好きだ。
毎日毎日、寝る間も惜しんでゲームをしていた。
そんな俺のお気に入りのゲーム『MAGIC《マジック》BRAVE《ブレイブ》〜もう一人の孤独な勇者〜』という、通称『マジブレ』というPCゲームをやっていた。
ノベルゲーム的な所もあるが、だいたいは可愛い美少女キャラや、カッコイイバトルで構成されているよくあるファンタジーなRPGだ。このゲームに惹かれたのは、そのタイトルだ。もう一人の孤独な勇者と言ってはいるが、勇者は主人公の一人だけしかおらず、もう一人が全く分からないのだ。
そんな事である意味話題になり、「もう一人」とやらを探すためにゲームを始めたと行ってもいい。
と、そこまでは覚えているのだが......
「......どうされました?」
落ち着きのある、透き通るような声。
俺はベッドから体を起こすと、隣で立っていたメイドさんのことを見る。
本物......だよな......?
まるで人形のように美人だが。というか、日本人に見えないのに日本語達者だな。
「何かご不満でしょうか?」
「あ、いや」
ずっと見ていたら、メイドさんが何やら心配そうな顔をしてしまった。
今の所分かったことは、このメイドさんは俺に仕えているということだ。
「朝食の準備が整っております」
「あ、あぁ......その前に、トイ......その、御手洗へ行きたいのだが」
「はっ!失礼しました。私としたことが、そこまで気が回らず」
何だか謝っていたが、それよりも俺は確認したいことがある。
トイレなら、必ずあると思った。例えここが知らない場所だったとしても、トイレにならあると。
俺は、鏡と対面する。
そこには、いつも見る顔とは違う顔が写っていた。
「......やはりな」
見覚えがない......そうは言ったが、実は一つだけ脳裏をよぎった事があった。
「シルビオ=オルナレン......」
どうやら俺は、異世界に転生してしまったらしい。
この顔を俺は知っている。
シルビオ=オルナレン。
俺のお気に入りゲームである『マジブレ』に出てるキャラクターだ。ゲームでは主人公と同じ学園に通う、悪い貴族として中ボスの立ち位置で登場する。
敵キャラの中でもかなり性格が悪いという事で、あまり人気の無いキャラクターだ。
劇中でも、相当な嫌われ者として扱われている。
「凄いな......」
『マジブレ』は、VRゲームではなくPCゲームで、キャラクターは3DCGで作られていただけあって、こうして間近に見ると凄くリアルだ。
夢のようだ......急なこと過ぎてまだ脳が追いついていないが、まるで夢のような出来事。
「よろしいでしょうか」
トイレから戻ると、先程のメイドさんが待っていてくれた。
朝食だと言っていたな。
取り敢えずついて行くと、何やら俺はだだっ広い部屋へ通された。
「おはようございます。シルビオ様」という声が響き渡る。部屋には、一、二、三、四......十人以上の人が立っていた。全員メイドだ。どうやら、俺を起こして来てくれた人一人だけでは無かったようだ。
そのメイド達が囲っている、だだっ広い机にちょこんと置いてある背もたれの異常に長い椅子に座らされた。
机の上には沢山の高級そうな料理が並んでおり、とても美味しそうな匂いを漂わせている。
朝食だと言っていたな......これは、俺の知っている朝食では無かった。
「どうぞ。お召し上がりください」
一体何の肉だろうか。見たことの無い料理......ゲームではこのように高級料理を食べる描写が無かった。故に、初めて見るものばかりだった。
もうなんだか、考えるのも嫌になるほど混乱している。現状を理解する前に物事が先へ進んでしまう。もう受け入れるしか無いという感じだ。
「どうかされましたか?先程からボーッとなさってますが」
「え?あ、いや......」
またメイドさんに心配されてしまった。
......よく見ると、メイドさんの中にも知っている顔がいくつかある事に気付いた。
ゲームで見たことがある。おそらく、登場していたキャラクターだ。
「大丈夫ですか?シルビオ様」
「あ、あぁ」
名前を呼ばれる度に違和感を感じる。
自分が自分では無い。自分で動かしている手を見ても、自分から発せられる声を聞いても、全てが俺では無いのだ。
「......大丈夫だ」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。
とりあえず俺は、朝食を食べる事にした。いくら脳がパニックになっていようと、腹は減るものだ。取り敢えず何かをして落ち着かないと、訳が分からない事ばかりで気絶してしまいそうだった。
美味いな、これ。高級そうな料理だという印象しか無かったが、食べたとてそれは変わらなかった。一体何の料理なのかも分からずに、俺は出された料理を食べていく。
そう言えば、シルビオは貴族だったな。だからこんなにメイドも居て、料理も高級そうなのだ。
ということは、食事のマナーなどもあるのだろう。しかし、一般人である俺に異世界の食事のマナーなど分かるわけがないので、それっぽく丁寧に食べた。こんな事で、今フル活動させている脳のリソースを無駄に割きたくはない。
「美味しいな。これ、誰が作ったんだ?」
「はい。本日はパメラが担当致しました」
「そうか......美味いぞ」
「ありがとうございます。勿体なきお言葉です」
何か言いたかった。
こんな静かな中、大勢のメイドに見られながら食事をするなんて。とてもじゃないが耐えられなかった。
......さて、今起こっていることを整理しよう。
まず、俺が今いる場所。
オルナレン邸。シルビオ=オルナレンの家だ。しかし家というにはあまりにもデカすぎる為、俺からすれば城と大して変わらない。
そして大量のメイドだ。シルビオは沢山のメイドを持っていた。
次に、俺はシルビオ=オルナレンだという事だ。
どういう訳か、俺は異世界に転移するだけではなくゲームの中のキャラクターになっていたようだ。
以上。状況整理終わり。
......とりあえず、シルビオを演じるしかないか。どうしてこんなことになっているかさっぱり分からないが、俺の目的は元の世界へ戻ることだけだ。まずは目の前の事から片付けていこう。
いくら意味のわからない状況だとしても、これが現実である事には変わりないんだ。
下手なことをして、死んでしまっては元も子もない。
「シルビオ様」
「うおっ、な、何だ?」
たしかこの人、メイド長のヴィオレッタだったな。戦闘能力が高く、メイドの中でも随一の実力者だ。
「ゆっくりお食事をなさるのもよろしいですが、既に学園の迎えが来ております。遅刻される前にご支度を」
あぁ、そうだった。
シルビオは学園に通っているんだったな。
異世界のファンタジーで学園モノ。それがこのゲームのテーマだった。
俺がシルビオになってしまった以上、俺も学園に通わなくてはならない。
俺が異世界から転移して、中身だけ違う人になっていると言った所で信じてくれるわけが無いし、何かの間違いで最悪の事態になる可能性もある。
何よりもシルビオは......嫌われているから。
「すまない。今日は食べるのが遅くなってしまったようだな。ありがとう、少し急ぐよ」
すると、ヴィオレッタは驚いたような表情をした。
他のメイドもザワザワとし始める。
あれ、俺何かしたか?
いつものシルビオと違ったのか、それともこの世界の住人として不自然な動きでもやってしまったのか。
普段からニコリともしない、無表情なメイド。という設定のヴィオレッタが、そんなに驚くほどのことをやったつもりは無い。
ヴィオレッタだけでは無い。シルビオのメイドは、誰一人として笑顔を見せないのだ。
その理由はシルビオにある。
シルビオは、貴族の中でも嫌われ者の中の嫌われ者で最低だと評判だ。
ゲームで覚えているシーンは、メイドにいつもいつも理不尽なことを頼んだり、納得のいかないことがあればすぐに怒る。などなど、まさに敵キャラとしての役を真っ当していると言えるだろう。
......そうか、だからか。
今の俺の言葉は、嫌われ者であるシルビオの言葉ではなかったのか。なるほど、これは難しそうだ。
「そ、それじゃあ行ってくる」
「あ、あの、お着替えを」
おっと、パジャマのまま家を出る所だった。
俺は自分の部屋に戻って、服を脱ぎ始める。
すると......
「お手伝いします」
と、ヴィオレッタが俺の服を掴んだ。
いやいや、何当たり前のように入ってきてんの?
ここ俺の部屋だし、着替えるってのに。
「あの、恥ずかしいから外で待っててくれないか......?」
「ッ!?し、失礼しました.....」
凄い驚きようだった。
そんなに強く言ったつもりは無かったんだが......威圧的だっただろうか。
いや、普段やっている事を拒否されて驚いたのだろう。シルビオを演じるのであれば、そこら辺はしっかりとやらないといけないのだろうが......やはり俺も男だ。もう俺の息子では無くなってしまったが、それでも見られるのは恥ずかしいものだ。
何だか、三部のDIO様の気分だ。俺の場合、首から上も別人になってしまったが、多分こんな気分だったのだろう。早く俺も、この体に馴染むといいが。
「よし」
幸い、学園の制服は俺のいた世界で言う学校の制服と大差無かった。普通に着ることが出来た。まぁ、元々制服がどんな形かはゲームで知っていたというのもある。だが質感が違うな。ゲームでは実際に触ることは出来ないから、初めて質感を知ることが出来た。俺の知っている服とは、何か違う素材のようだ。
何だか異世界に来たことを実感する。
「さて、行くか」
俺は部屋を出て、家も出ようとする。が、重要なことに気付いた。
この家は広い。城と言われても何も疑いようが無いほどに、大きな家だった。
故に、出口が全く見当たらないのだ。出ようにも、一体どこから出ればいいのか分からない。
それによく考えたら、学園の場所も分からない。この世界を知っているつもりだったが、考えてみれば分からないことだらけだった。
ゲームでは、シルビオの家の玄関なんてどこにあるのか分からなかったし、学園の位置も家からどの辺にあるのかなんて描写されていなかった。
これは困ったな......仕方ない、メイド達に聞くしか無いようだ。
「あ、えーっと......学園の場所分からないんだけど......」
「.....?家を出れば送迎の者が待っているはずです」
あ、そうだった。
全く、貴族ってのは慣れないものだな。
よく考えてみれば、シルビオが自分の足で学園へ向かうとは思えないか。
「じゃあ、玄関だけ教えてくれないか?」
「.....?分かりました。ついて行きましょう」
「おう。ありがとな」
「ッ!?」
今度は何に驚いたって言うんだ......?
俺が何をしたって言うんだ。
あぁ、そうか。俺はまたお礼を......全く、不便な体だ。お礼の1つを言うだけで、こんなにビクビクされてしまってはこっちも疲れてしまう。
まぁ今までしてきたことを考えれば、
こればっかりは仕方がない。俺がシルビオになってしまっている限り、受け入れなければならない事だ。いや......ここではまだマシな方か。
学園......楽しみではあるが、正直心配でもある。ファンタジーの学園モノなんて俺だったら楽しみで仕方ないはずだが......この体がシルビオだというだけで心配の方が勝ってしまう。
俺は期待と不安を胸に、ヴィオレッタと共に家を出た。
「......シルビオ様、変わりましたね」
「ええ。お礼だなんて、初めて聞きましたわ」
後からコソコソとメイド達が話していた気がするが、まぁどうせ
シルビオはそういう奴だ。そう言われても、仕方がないようなことをして来た。
......折角の異世界転生なのに、こんなに楽しくないとはな。
せめて学園生活だけでも、充実させたいものだ。
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