最終話、運命が変わったその先へ
お昼ごはんを食べた後、中庭へ行くとルルカのドラゴン以外にも、もう2匹ドラゴンが増えていた。その3匹のドラゴンを囲むようにして、見送りにきた母さんたちが集まっている。
「待っておったのじゃ」
「このドラゴンはルルカの?」
「うむ! 妾のドラゴンは飛ぶスピードも速く、力持ちなのじゃ」
ルルカが指差した方を見ると、馬車、いや龍車に次々と荷物を詰め込んでいる所だった。花嫁道具も含まれているから、かなり大量の荷物だ。リュカも積み込むのを手伝いに走っていった。
「ありがと! ルルカ!」
「気にする事はないのじゃ。あとアレティーシアたちは、あのリボンの付いたドラゴンの龍車に乗るとよいのじゃ」
先ほどのドラゴンの隣を見ると、黄色のリボンを首に結んだ少し小柄なドラゴンが僕たちを見つめている。しかもいつもの茶褐色ではなく、黄色がかった鱗がキラキラ輝く美しいドラゴンだ。
「なんか可愛いね!」
「そうじゃろ! 新しい生活が始まるのじゃ。おめかししてみたのじゃ!」
ルルカは仁王立ちして、ニッ! と笑んで、Vサインをする。
「そしてこのドラゴンは、アレティーシアの元に行く事を望んでおるのじゃ」
「え! 一緒に来てくれるの?」
僕が驚くと、黄色ドラゴンは「ガゥ!」と返事をした。嬉しくなってドラゴンの側に行って足を撫で「よろしくね!」と言うと、頭を擦り付けてきた。堅そうな鱗は意外にも柔らかく羽に近い感触だ。
「名前を付けて大切に可愛がってやって欲しいのじゃ!」
「もちろんだよ! ありがと! ルルカ!」
「うむ!」
ふと先ほどのルシェリアさんとの話で、気になってしまった事があった。なのでルルカの袖を引っ張って耳元で小さな声で聞いてみる事にした。
「少し聞きたい事があるんだけど良いかな?」
「かまわないのじゃ」
「会って間もない頃に僕の全てが分かるって言っていたよね?」
「うむ。言ったのじゃ」
「その時見た未来と、今見える未来は変わった?」
「うむ。良き方に変わったのじゃ!」
「そっか。良かったぁ!」
僕が、ホッとして息を吐くと、ルルカが「アレティーシアなら大丈夫なのじゃ」と太鼓判を押してくれた。
「準備が整いました! お乗りください!」
兵士が僕たちに駆け寄りお辞儀をする。
「うん。ありがと!」
「あと我らもアレティーシア様と、黄の大陸へ向かいたいと思います!」
約50人ほどの兵士たちが、ビシッと敬礼する。
「なかなか帰れないけど良いの?」
「はい。独身者ばかりなので、それについては大丈夫です」
「よろしくお願いします」
「は! よろしくお願いします!! あと25名が先行して住居を建てているので、すぐに暮らせるとの事です」
「本当にありがと!」
僕がお礼を言うと、兵士たちの顔から少しだけ緊張が解けて笑みを浮かべている。
「では行こう」
「うん!」
リュカが僕の手を握り、龍車に引っ張り上げてくれる。
「母さん、父さん! みんなまた会おうね!」
窓を開けて手を降る。
「必ず会いに行きますね」
「元気でな!」
「いってらっしゃいませ」
「またな!」
「頑張れよ!!」
龍車が、フワリと浮き上がり飛び立つ。どんどん母さんたちの姿が小さくなっていき、城も遠ざかっていく。
僕たちのドラゴンに並走するように、ルルカのドラゴンが飛んでいるのが見える。
「もう会えない訳じゃなくても、さみしい気がするね」
「あぁ。そうだな」
リュカが立ち上がり、僕を抱き上げ膝に乗せる。その僕の膝の上に天音が乗って手をペロペロ舐めてきた。リュカと天音の、優しい温かさに心が少し落ち着いてきた。
「タキ、外を見てみろ!」
「わぁ! 凄すぎる!」
すでに黒の大陸は遠ざかって、波の柱が海から噴き上がり太陽の光でキラキラ輝き、何重もの虹が出ている。更にその間を縫うようにドラゴンが群れを成して飛ぶ光景は圧巻だ。
「綺麗だしかっこいいね!」
「あぁ。素晴らしいな」
しばらくの間、まるで絵画のような幻想的な光景に目を奪われてしまった。
「そろそろ黄の大陸に到着します」
僕たちの隣に並んで飛んでいたドラゴンに乗っていた兵士が、大きな声で知らせてくれた。
夕焼けで赤く染まる空をゆるく旋回をしながら、夜の闇が迫る地上へ降り立つ。
龍車から降りると、夜にも関わらず砂埃を含んだ乾いた熱風が吹き荒れている。そして地面を見下ろすと大地はヒビ割れ、草木は一本も見当たらない。砂埃が嫌いな天音は僕の胸元に潜り込んでしまった。
「想像以上に酷いな」
「うん。以前来た時よりも荒れてる気がする」
目の前に建てられた、これから住む屋敷だけが、何だか異様なモノに見えてしまう。それほどまでに荒廃してしまっている。
「よし! 今日、今から契約しに行こう!」
「だが疲れているんじゃないか?」
リュカの気遣う気持ちは嬉しい。でも黄の大陸へ渡ると決めた時に覚悟はしてる。
「大丈夫!」
「分かった。だが地下の滝へはどうやって行くんだ?」
「そうだった。知っている人いるかな?」
思わず2人で「う〜ん」と、唸ってしまう。
「ならば、ガルダの渓谷に行くのじゃ」
「ルルカ知ってるの?」
少し遅れて到着したルルカが駆け寄ってきた。
「妾の故郷だから当然なのじゃ!」
「じゃあ。案内して貰っても良いかな?」
「では妾のドラゴンに乗って行くのじゃ」
「よろしくね!」
「うむ!」
リュカに抱えてもらい、ルルカのドラゴンに跨がる。フワリと舞い上がり真っ暗な空を飛んで、10分ほどで目的のガルダの渓谷に到着した。
「こっちじゃ」
ルルカが魔法石で周囲を照らしながら進んでいく。その後ろをリュカと手を繋いで、ゆっくりついて歩く。岩場なので何度かつまずいた。
「前に来た時とは違う場所なんだね」
「悪用されんように王族のみが知っておるのじゃ」
「そっか。盗賊とか住み着いたら困るもんね」
「そう言う事じゃ。ほらここじゃ!」
今にも崩れ落ちそうな大岩の前で止まる。
「次からはアレティーシアが道を開く者になるのじゃ。よく見ておくのじゃ」
「分かった」
複雑な古代言語を唱え、手のひらを大岩にかざす。すると黄色く円形に輝く魔法陣が現れ、大岩は砂のようにサラサラと消えていき、地下へと続く階段が現れた。
「崩れやすくなっているな」
「ゆっくり進むのじゃ」
僕はリュカに横抱きにしてもらい階段を下りていく。ルルカが言った通り、歩くたび壁も階段もホロホロと砂が落ちていき、今にも崩れ落ちそうだ。
階段の最下層まで来ると、ルルカは僕とリュカの手を握りしめて再び古代言語を唱える。
「妾から手を離さないよう気をつけるのじゃ」
「うん」
「分かった」
「にゃん」
エレベーターのフワンとした感じがしたかと思った次の瞬間、滝のある場所に降り立っていた。
ただしそこにあったのは、黒の大陸や青の大陸の地下で見た荘厳な雰囲気は全くなかった。
それどころか……。
「噴き上がる滝の水が少ないし、なんか弱々しくない?」
「うむ。まずは大精霊の元へ急ごう」
滝と言うより細い噴水に見えるし、空気も何となく重く砂埃が舞い上がっている。これでは大陸が崩壊するのも時間の問題だ。
「ルルカ! いた! あの人だよね?」
「うむ。あの長い金の髪の毛には見覚えがあるのじゃ」
走って水が噴き上がる場所まで行くと、滝の湖の底に沈んだ大精霊を発見した。その顔はまるで死人のように蒼白だ。
「じゃ! 行ってくる」
「タキ!」
「待つのじゃ!」
ルルカとリュカの静止する声が聞こえたけど、時間が無いのが見て分かってしまったから、服を脱ぎ捨て下着だけになって湖の底に向かって潜っていく。不思議な事に、この湖の中では呼吸が出来る。
「大精霊さん! 大精霊さん!!」
大精霊の腕を掴んで揺らし、頬をペチペチ叩いてみる。
「起きて!」
何度も根気強く呼びかける。
しばらくしてからようやく瞼が震え、ゆるゆると目が開いた。
『お前は誰だ?』
頭に直接響く細く弱々しい声。
「僕はアレティーシア、貴女と契約する為に来たんだ」
『我には既に力は残ってはおらん。帰るがいい』
「でも、それじゃ! この世界が消えちゃうんだ」
『そんな事、知った事では無いわ。我は人間が嫌いだからな』
どうしよう。もしかしなくても魔族と契約してたのも、人間が嫌いだったからとか?
『ハン! 分かっておるなら帰れ。この世界が滅ぶならば、それもまた運命』
僕の考えた事が伝わってしまっている。でもそんな事より、このままだと本当に滅んじゃう。ここまで来て何にも出来ないって、もうどうしたらいいんだよ!
『レフィーナがいるのをアレティーシアは忘れたの?』
頭を抱えて湖をグルグルしていると、懐かしい声が脳内に響いた。
「覚えてるけどレフィーナ、なんとか出来るの?」
『もちろんなの。この世界はレフィーナ自身なの。だから滅んだら困るの』
「頼んでも良いの?」
『はいなの!』
返事をした途端、光の塊が僕から抜け出してレフィーナが姿を現した。
『フェリシア聞いてくださいなの。貴女も死にたい訳では無いのでしょう?』
『ハン! レフィーナ様、自らおいでとは驚いた』
『答えてくださいなの』
『望んではいない。が、我には大陸を支える力は本当に残っておらんのだ』
『それを聞いて安心しましたの。ならばレフィーナがフェリシアを助けるの』
『出来るのか? そのような事が?』
『レフィーナなら出来るの。だってレフィーナは、この世界そのものなの。この世界が生きているならば、レフィーナも死んだり消えたりしないの』
『分かった。レフィーナ様を信じよう』
『それとね。人間とも仲良くなって欲しいの』
『それは! 出来ない……』
フェリシアと呼ばれる大精霊は、その時、初めてレフィーナから目をそらした。
『理由を聞きたいの。どうして仲良く出来ないの?』
『……人が短命だからだ』
『そうね。大精霊はこの世界がある限り生き続けるの。けど……人は、レフィーナたちをおいで死んでいくの』
レフィーナが僕を見つめて悲しそうな表情をする。
『そういう事だ。失って悲しむならば最初から大切なモノは作らん』
この大精霊フェリシアは本当は優しい人なんだと思う。そしてとても寂しがり屋。
『ならば奇跡の大精霊レフィーナが良い事を教えてあげるの』
『何だ?』
『アレティーシアは、レフィーナと魂が混ざっているの。フェリシアこの意味、貴女なら分かるでしょうなの』
『……あぁ。なるほど。分かった契約をしてやる』
フェリシアの了承を得ると、ふわっと微笑みレフィーナは僕の中に戻った。
『アレティーシアと言ったか?』
「うん」
『こちらへ来い』
「分かった」
僕の両手を、フェリシアの大きな手が包み込んで、聞き覚えのある古代呪文を唱えはじめる。クロトの契約の時に聞いた呪文だと、すぐに気がついた。
『これで契約は成された。大陸も一月ほどで蘇るだろう』
「そっか……。良かっ……た……」
ズルリと一気に魔力が抜ける感覚がして意識が遠のいていく。これはたしかにキツすぎる。
『お前も、万年の時を生かされるのか……。それならば……我も……』
フェリシアの小さなつぶやきは湖の波音に消され、僕の耳に届くことは無かった。
カーテンの隙間から漏れる強烈な日差しで、目が覚めるとリュカが隣に寝ていた。手を伸ばし、柔らかな金の髪の毛を触る。するとリュカも目を覚まして僕に微笑む。
「おはよ! リュカ」
「おはようタキ」
ゆっくり起き上がる。
「もう身体は大丈夫なのか?」
「うん! 一晩ぐっすり寝たら気分が凄くいいんだよね」
「それは良かった。今日はこれからどうする?」
「ん〜……。まずはリュカに見せたい! と言うか食べさせたいものがあるんだ」
「今からか?」
「うん! 今から! リュカと2人で食べたかったんだ」
ベッドから立ち上がり、丸テーブルの上辺りに、人差し指の先に光を灯し空中に日本語で
【イチゴのショートケーキ】
と描くと、ポフッと小さな音を立てて、皿の上に乗った三角形のイチゴケーキが現れた。もちろん僕とリュカの2人分。
「甘く良い香りがするな」
「はい! フォーク。これはね。前世の時の僕の大好物だったイチゴショートケーキって言うデザートなんだよ」
「タキの大好物か。それは興味深いな。食べてもいいか?」
「うん! 食べてみて! 僕はさ。1番好きなものを、誰よりも愛しているリュカと食べたかったから今とっても幸せなんだよ!」
僕からのサプライズ告白に、さすがのリュカも一瞬、固まってしまった。けどすぐに「オレも愛してる」と、お返しに額にキスをしてくれた。
「甘くて美味しいな」
「気に入って貰えて良かった」
本当に大好きな人と2人で、大好きな食べ物を食べる。それは僕が一番やりたかったこと。
念願のイチゴのショートケーキは、今までで一番美味しくて甘くて幸せの味がした。
黄の大陸に、待ちにまった雨が降りはじめ、少しずつ草花と木々が生い茂り、川には透明感あふれる綺麗な水が流れはじめた。
月日が流れ、鳥も動物たちも戻ってきた。もちろん人間たちも。
ルルカの作った、魔族の街ハルルは魔族だけじゃなく他種族も受け入れて栄え、王都に次ぐ大きな街になっていった。
僕の屋敷の周りにも家が立ち並び、大きな街になってきた。その街を王都レフィーナと名付けた。
「僕たち、年とらないね?」
「あぁ。オレも成長が止まってる」
何故だか10年経っても20年経っても、僕とリュカの姿は全く変わらない。悲しいかな僕は6歳の姿のままだったりする。けどリュカがいれば僕は幸せだから、それでいいと思っている。
『ハン! 驚いているな』
『フェリシア貴女まで、リュカデリクと混ざるとは思いませんでしたの』
『あの者たちは番なのだろ? 引き裂くなど我には出来ん』
『ふふふ! フェリシアが優しいの』
『そんなのではないわ!』
フェリシアはアレティーシアと契約した、あの日こっそりリュカデリクにも気づかれないように内緒で魂を自身と混ぜたのだった。
愛する人が先に逝ってしまった悲しみと孤独が、この娘アレティーシアを狂わせ再び災厄を呼んでしまう。そんな未来をフェリシアが見てしまったから……。
◇◇◇◇◇
運命に分岐点があったとするならば間違いなく、サリアとクロトを断罪することより赦しを選んだ瞬間からだろう。
その時から未来が変わった。
レイジとスヴェンの事を、真に理解出来るのはクロトだけだった。
同じ境遇のクロトがいたから、レイジは破滅させる事をやめた。
踏み留まる事が出来た。
もしあの時、アレティーシアが2人を許さずクロトの命を絶っていたら、この世界は間違いなく消えてしまっていただろう。
ーーー終ーーー
棺桶から始まる異世界も波瀾万丈〜前世で恋人だと思っていた彼女に裏切られた俺は、次に目が覚めたら5歳の女の子に転生していたので、2度目の人生はハッピーエンドを目指すと決めた〜 うなぎ358 @taltupuriunagitilyann
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