四十本桜 運命が定められた日
――その晩、どうも胸騒ぎがしていた。
横になっても落ち着かず、仕方がないので水でも飲みに行くかと半身を起こした次の瞬間。
外からドンという大きな音が聞こえ、その衝撃で宿舎が揺れる。傍に置いていた刀を手にして窓を開けると、城から煙があがっているのが見えた。
「火事か⁉ いや違う、これは――」
更に爆発音は至る場所から聞こえ始め、あっという間にまちは煙で覆われてしまう。
「襲撃だと……⁉ どこから⁉」
私は窓から外へ出ると、屋根伝いに疾走して国王の間へ向かった。敵の仕業だとすれば、目的はアルカゼオンの首に違いない。
最短距離で城へ到着すると、悲惨な光景が広がっていた。
床に転がる数々の死体。兵士だけではない、戦う意思のない女子供まで斬り伏せられている。
「……クソッ!」
階段を駆け上がり、ようやく国王の間に到着。
「国王!」
目に飛び込んだのは、血溜まりの中で倒れるアルカゼオン国王と、それを見下ろす侵入者の姿。何故侵入者と思ったか、それは相手が黒衣の
月明かりに照らされる侵入者の右腕を見て、一瞬動揺してしまう。それは明らかに人間のものではなかった。
非対称に膨れ上がった腕、鋭く尖った黒爪は血で濡れている。そして指や掌に広がる竜鱗……。
すぐに
『ジェドの死因――四本の爪痕が――協力者――殺害された挙げ句、罪を被せられて――』
「……そうか、貴様が……貴様がぁあああッ‼」
一瞬で距離を詰め、怒りのまま刀を振り下ろす。異形の腕を盾にする相手。龍特有の生身とも金属とも云えぬ感触が刃越しに伝わってきた。
人間に似た龍なのか、龍に似せた人なのか。とりあえず今、そんな事はどうでもいい。
「斬る……! 貴様だけは……!」
まさか傷を負うとは思っていなかったのか、出血する己の腕を見て侵入者は後方へ飛ぶ。
逃がすものか。私は一歩で攻撃の間合いに入り、再び剣を振るう。人の腕をしている側へ袈裟斬り、防げるものならば防いでみろ。
瞬間、先程とは異なる硬い感触とギィンという聞き慣れた音が木霊する。
「……貴様、その剣を……どこで」
当然だが何も答えてはくれない。尚も私が相手胴へ一文字を繰り出すと、侵入者は剣を持ち替え逆袈裟で攻撃を弾いてみせる。
敵の刀身が赤銅色に灯り、微かに触れた袖が黒く焦がれてしまう。
「――どういう事だ? 何故……」
思わず呟く私に対し、侵入者は指を鳴らす。それが合図だったのだろう、外から巨大な窓を割り一匹の飛龍が出現。見たことのない
反撃に来ると思いきや、敵は跳躍すると龍の背に乗って窓から飛び去ってしまう。奴の目的が国王の命だとすれば、もはや長居は無用という事か。
「国王! アルカゼオン国王!」
私は倒れた国王の元へと駆け寄った。胴に風穴が開けられ、詳しくない私でも手遅れだと分かる。
「……シャナ……か……」
言葉を絞り出すアルカゼオン国王。ベルディアの
「……向かえ……奴等の目的は……儂の命……だけじゃない……」
「それは、どういう――」
「……ヘレナが……あの子らの元へ……この国の、いや……世界の……希望を……」
「お気を確かに! アルカゼオン国王!」
「……すま、ない……後は……まか……せ――」
「アルカゼオンッ‼」
亡骸となった友を抱きしめる。だが悲しみに暮れている暇など無い。
彼は敵の目的は別にもあると言い遺した。あの子らの元へヘレナ王妃が向かった……それは何処だ?
「――牛若と大和か⁉」
弟子達が狙われる理由が分からない。しかし今は私の直感を信じるのみ。そっとアルカゼオンを床に寝かせ、再び疾走する。
「――――⁉」
王の間を出た瞬間、先程の侵入者と同じ格好をした二人組の姿が見えた。
奴等は私の姿を見ると、無言で合図を送り合い逃走を行う。こちらの実力を見抜いた? それとも他に理由があるのだろうか。
全力で追いかければ捕られられる自信はある。だがアルカゼオンの遺言を無碍に出来ない。私は舌打ちしながら、一直線に医務室へと向かう。
その道中、暗がりの中よく見ると廊下に血の跡が続いていた。それを辿っていくと、医務室の前で倒れる男の姿に行き着く。
「大丈夫か⁉」
声を掛けるが返事はない。既に息絶えている。相手の顔を確認すると、鍛錬場や勝ち抜き戦で関わった千本桜の新兵ストラウドと気付く。
「何故……彼がこんな目に……!」
怒りに飲み込まれるな、冷静になれと自分に言い聞かせ呼吸を整える。刀を握り直し、閉ざされた医務室の扉を蹴り飛ばす。
「――――⁉」
中に居た侵入者二名が私に気付く。一人は眠る牛若を脇抱えており、もう一人の大男は手に刀を持っていた。奴等の足元には――。
背中に大きな斬傷を受けたヘレナ王妃と、血を浴びて恐怖に身体を震わせる大和の姿。
すぐに理解する。ヘレナ王妃は弟子達を守って斬られたのだと。そして既に絶命している事も。
「――許さんぞ、貴様らぁぁあああっ‼」
もはや怒りを制御する事が出来なかった。私は放った瞬間に自分でも不様と思う程の力任せの剣を相手に放つ。
大男は己の武器でそれを受けるが、弾き飛ばされてしまう。間髪入れず、隙だらけになった相手に対して怒涛の五連撃を繰り出す。
「――――!」
ぐらりと巨体が揺らぐ。しかし即座に体勢を持ち直してみせる。通常ならば立っていられるはずがない。やはり此奴も人間ではないのか。
「……ならば首を
こちらの殺気にあてられたのか、今度は大男が攻撃を仕掛けて来る。
面すりあげ面、出小手、面抜き胴と基本に忠実な技を繰り出す。そこからの――三連打突。
「――何故……! いや、やはり……!」
もう一人の侵入者が大和に手を掛けようとしていた。このままではまずい、そう思った私は『ある言葉』を言い放つ。
「……変化を加えろと言ったが、まだまだ技の繋ぎが甘いな――サラディン!」
「「…………ッ!」」
明らかに動揺し、二人の動きが止まる。信じたくなかったが……やはりそうか……!
「後ろの貴様も私が知っている者か? これで確証を得た。アルカゼオン国王を殺害したのは……ジャンヌ・ダルクだな?」
「「………………」」
何も答えない。だが、その沈黙は肯定に等しい。
「何故このような愚行を……! 剣士としての誇りはどうした⁉」
二人は別の侵入者と同様に無言で合図を送ると、何かを取り出し私へ向けて放り投げた。
爆弾かと思い防御態勢を取るが、起こったのは強烈な閃光。目眩ましを使って撤退するつもりか?
「逃がさん!」
ある程度ならば目を瞑っていようと相手の気配は読める。それぞれ立ち位置や物の配置、逃走経路も頭には入っていた。
だが奴等は更に上を行く。光は目眩ましと同時に飛龍を呼ぶ合図でもあったのだ。突如、窓の外から業火が流れ込む。
「龍の……火球か……! おのれ!」
強力な攻撃に城自体が揺れる。肌が灼かれるのも構わず私は弟子達の元へ駆けていく。
天井は崩れ、壁や床は黒く焦げてしまう。
「――ハァッ……ハァッ……!」
頭からは血が流れ、全身は火傷を負った。骨折も何箇所かしているだろう。
「……っく……ぅうう……!」
気を失っている大和を抱きしめながら、思わず涙が零れた。事件を引き起こしたのが本当に千本桜だとすれば……私は長い間、騙され続けてきたのか?
皆の笑顔、努力、そして絆……それら全てが偽りだったと……?
「……これが……お前達の望んだ光景か……?」
眼下には燃え盛る町並みが見えた。国の
「覚えていろ、千本桜……私は必ず、貴様達全員の命を絶つ……‼」
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