三十九本桜 指針

 ――それから二日が経過し、ようやく医療班から弟子達が目覚めたという報告を受けて駆け付ける。


 寝具ベッドから半身を起こし、未だ放心状態でいる二人に私は「寝坊だぞ」と声を掛けた。


「……ししょう?……えっと……ここは……?」


「か、身体が……イテェエエエ!」


 試合の事を覚えていない? もしかしたら脳に障害が残っているのでは……不安な気持ちで医師に目を向ける。


「一時的な解離性障害ですね。徐々に記憶も戻ると思いますよ」


「そうか……よかった」


 胸を撫で下ろし、私は椅子に座って事情を説明。まるで絵本を読み聞かされる赤子のように、瞳を輝かせながら二人は話を聞き入っていた。


「マジかよ……あの千本桜を俺達は倒したのか?」


「なんだか、しんじられないよね……」


「何と思おうが、会場にいた者達と私が証言者だ」


 弟子達の頭を撫でながら、心の底から思っている言葉を口に出す。


「よく頑張った。二人は私の自慢の弟子だ」


「……じ、じじょぉ……!」


「……へっ! 当たり前だろ、そんなの……!」


 泣きながらしがみついてくる牛若と、照れ隠しか顔を背ける大和。その目は涙に溢れていた。


「だが、世界を救う強者には程遠い。安静にして、怪我が治れば新たな修行を開始するから覚悟しろ」


「「はいっ‼」」


 てっきり不満でも口にするのかと思いきや、案外素直に受け入れるものだと驚いてしまう。


「こんだけボロボロにされて、文句も言えねぇよ」


「勝ったのも、ししょうの教えとおりにやっただけだしね……」


「せめて千本桜の隊長にでも勝たないと、自慢とか出来ないっつの」


「ああ、その隊長ならお前達が眠ってる時に様子を見に来たんだぞ」


「「ええぇえええっ⁉……ぐ、ぐあぁぁ……!」」


 驚きのあまり身体を動かし、その痛みにもんどりを打つ弟子達。安静にしろと言っているだろうに。


「よく鍛えられていると褒めていたぞ」


「くぅ……近くで見たかったぜ……」


 悔しそうな大和に牛若が訊ねる。


「どんな人なのですか?」


「おいおい、千本桜の隊長を知らない奴なんて初めて見たぞ」


「ベルディアきっての魔法剣士だ。牛若も知っていると思うが、魔法と剣術を同時に修める事は無理と言われている。その理由は何だ? 大和」


「きゅ、急に振ってくるのかよ……! えっと……剣術は鍛錬によって補えるけど、魔法は素養で左右されるから……だったっけ」


 私は「その通り」と言って頷く。


「故に魔法の才がありながら、わざわざ剣術の修行を行う必要など無いという事だ。剣術鍛錬に割く時間があれば新魔法の習得や精度を上げていくほうが実践的だからな」


「それをどちらも極めちまったのが千本桜隊長、ジャンヌ・ダルクさ!」


「へえぇ……すごい!」


「隊長、また俺達の所へ会いに来てくれるかな⁉」


「それが昨日、新たな任務を受けてベルディアを出てしまった」


「そうか……残念」


「再会の機会はある。そんなに落ち込むな」


「まだ字も読めねぇくらいガキの頃にさ、千本桜隊長の戦いを耳にして胸が熱くなったんだよ。こんなに強い奴がいんのかって。後から、それが女だって聞いて二度びっくりしたっけ」


「え、女の人なの⁉」


「そうそう、そんな感じでさ」


 牛若の反応リアクションに大和が笑ってみせる。それにつられ、私も可笑しくなってしまう。


「ししょうまで……」


「いや、すまない。そうだな、牛若はこれからもっと、この世界を知っていかなければ」


 私が立ち上がるのを見て、大和は「もう行っちゃうのかよ」と不満をこぼす。


「明日も面会に来る。しっかり療養するように」


「「はい!」」


 良い返事だ。私は満足して病室を出ていく。


「――あっ、剣聖様!」


 その矢先、突然甲冑を纏った兵士に呼び止められてしまう。敬礼を行う相手に「何事だ」と告げる。


「国王様がお呼びでございます。すぐに鍛錬の間へお越しください」


「鍛錬の間へ?」


 呼び出しならば王の間のはず。それが鍛錬の間であるのは……どうにも嫌な気がしてならない。


 とはいえ無視する訳にもいかないので、私は城の一階奥にある鍛錬の間へと向かう。


 ――分厚い扉の前に立ち、私は深い溜め息を吐く。覚悟を決めて中へ入ると、身体を鍛える為の器具に囲まれて一人の屈強な男が巨大な鉄亜鈴てつアレイを持ち上げていた。


「ようやく来たか、シャナよ!」


 筋肉自慢ボディビルダーも逃げ出してしまう程の肉体美を惜しげもなく披露しつつ、国王は白い歯を覗かせる。


「急いだつもりなのですが、申し訳ありません」


「やめいやめい、二人だけの時に敬語なんぞ使われたら、こそばゆうて仕方ないわ!」


 そう言いながら鉄亜鈴を床へ落とすと、衝撃で部屋全体が揺れた。


「もういい歳なんだ、あまり無茶をするな」


「おう、それよ。その話についてじゃ」


 どの話についてなのか、全く分からない。


「カイザルクの動きが、どうもきな臭い」


「帝国が?」


 カイザルクはベルディアを含めた五大国家の頂点に立つ『帝国』である。今から千年前、皇帝が三人の子供達と騎士団長にそれぞれ国を与えた。ベルディアは、その騎士団長が興した国となる。


 故に皇帝血族が牛耳る他国からは冷ややかな目で見られる事が多い。しかし自国から勇者を排出し、強力な仲間達を集め魔王討伐という偉業に成功。


 一気にベルディアの株は上がったが、他の国家としては面白くない話だ。


「南方国家があらぬ入れ知恵を吹き込んだのじゃろう。ベルディアは帝国転覆を企て、世界を牛耳ろうとしとる。その前段階が魔王討伐であったとな」


「成程。それで、どうするつもりだ?」


 訊ねられるのを待っていたとばかりに、アルカゼオンは不敵な笑みを浮かべる。まさかと思うが。


「南方国家へ趣き、拳で分からせるんじゃ!」


「何故そうなる⁉」


 想像通りの答えに思わず突っ込んでしまう。


「何故もへったくれもあるか。全力でぶつかり合い、最後は笑って握手じゃろうが」


「そんな脳筋発想がいつまでも通用すると思うな」


「なんじゃと? 筋肉を馬鹿にされて、黙っておくわけにいかんのぅ……!」


 腕を回しながら、私に詰め寄るアルカゼオン。


「通用するかどうか試してみせぇや。なんなら刀を抜いてもええぞ。そんぐらいのハンデはやる」


「……ハンデだと?」


 その言葉は私の怒りを買った。


「過去の対戦成績で私のほうが勝ち越しているのを忘れたか?」


「何を抜かすか。儂のほうが勝ち越しとるわ!」


「上等だ! ここで白黒つけてやる!」


 私は上半身裸となって気合を入れ、独活うどの大木と対峙。


「お主から習った決闘方式――相撲で勝負!」


「いいだろう……望むところだ!」


 急遽決まった戦い故に土俵はない。足裏以外の身体部分を床につける、または壁に触れた時点で負けとする。


「……ハッケヨイ……!」


「のこったッ‼」


 アルカゼオンは合図と同時に突進を行う。通常の戦い方であれば力自慢に力で対抗するのは無謀。身を翻し一撃を避けて反撃に転ずるべき。


 しかし私は敵の策に乗る。狙うはただの勝利ではなく、完全勝利。


 床スレスレの低い構えでアルカゼオンにぶつかる。体格、力は明らかに分が悪い。故に、こちらは技を使う。


 懐へ潜り込み相手の威力を流す。同時にアルカゼオンの革帯ベルトを掴み、もろ差しの体勢。これはかなりの有利となる。


「うおぉおおおおおおおおおッッ‼」


「ぬうぅううううううううんッッ⁉」


 私は渾身の力で寄り切りを行う。しかし壁の直前でピタリと動きが止まった。


「ぐぐぐぐぐ……ッ!」


 更には背中へ岩のような重圧がかかる。のしかかり潰すつもりか。なんという切り替えの早さ。


 拮抗が続くと思いきや、アルカゼオンは更に次の行動へ出る。私の両脇を掴むと、一気に持ち上げて見せたのだ。


「パワァァアアアアアアッッ‼」


 もはや人智を超えている。謎の奇声には筋力上昇効果でもあるのだろうか。


 このままでは床へ叩きつけられてしまう。私は足を振って勢いをつけ、アルカゼオンの顎に向けて膝をお見舞いさせた。


「ぐぬっ⁉」


 脳が揺れたのか掴まれた腕の力が緩む。窮地から脱出した私が再び相手の懐へ飛び込もうとした、次の瞬間。


「ふんふんふんふんふん!」


 なんとアルカゼオンは闇雲に張り手を繰り出す。こんな出鱈目でたらめ攻撃が飛んでくるなど思ってもみなかった私は、その内一つの張り手を肩に受けてしまう。


「――ッ!」


 みしりと骨の鳴る音と共に自分の意思に反して片腕が垂れた。脱臼である。無理に動かそうとするが反応はなく、代わりに激痛が身体を駆け巡った。


「ぬうぅううううううううんッッ‼」


 未だ焦点の定まっていない顔で怒涛の連打ラッシュを繰り出すアルカゼオン。それに対して片腕が使えない私は反撃の瞬間タイミングを計る。


 一撃を当てたほうが勝者、そんな緊迫した戦いは意外な決着で幕を閉じてしまう。


「何をしてるの、貴方達!」


 突然扉が開いたかと思うと、そこには腰に手を当て仁王立ちするヘレナ王妃の姿があった。


「へっ、ヘヘヘヘレナ……!」


 アルカゼオンは途端に背筋を伸ばし、青くなった顔から汗を吹き出す。


 私も同様に直立不動するが、目線を動かせば誰かさんの怒涛の連打のせいで破壊された器具や壁床が無惨な姿で転がっていた。


「……これは一体どういう事ですか?」


 静かに問い詰める王妃に対し、壊した当人は「いいいいや違うんじゃ」と言い訳しようとする。


「あちらで、ゆっっくりとお話を聞きます」


 そう言ってアルカゼオンの耳を引っ張りながら鍛錬の間を後にする二人。取り残された私は「ふぅ」と一息ついてしゃがみ込む。気が緩むと途端に腕が痛み始める。慣れた感じで外れた肩を入れ直し、念の為に医務室へ向かう。


 その道中、アルカゼオンの真意について考える。


 勝ち抜き戦で勝利を重ねる私の弟子達を観て、新時代の到来を予見したのだろう。更には極炎龍インフェルノ • ドラゴンが国の近くに現れるという異例事態。


 もはや、これまで通りという訳にいかないのかもしれない。国を護るという大きな使命を抱えているのなら尚更。


 他国へ王自ら出向くという話も、アルカゼオンなりの決意表明なのかもしれない。


「……血が騒ぎ暴れたいだけなのかもしれんが」




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