三十八本桜 暗雲

「ふぅ……ありがとうございました」


 肌を艶々させて満足そうに呟くジャンヌ。


「悩みは晴れたのか?」という私の問いに「え? あ、悩みですね! そうでした! 大丈夫です!」などと返す。本当に解決したのだろうか。


「流石は団長だ。魔法の切り替えに隙が無く、技の駆け引きや速度も群を抜いている」


「そ、そんな! 私など、まだまだです!」


 立場上、偉そうに「体術が足らん」などと語ってしまったが実際は目立った弱点など見当たらない。


 今回は舞台が狭い上に相手も本気を出していなかったからこそ勝てたが、長期戦となれば私でも勝てるかどうか。現状でも魔物の討伐数はジャンヌのほうが圧倒的に上回っている。


「果たして、本気を出させる機会があるかどうか」


「何かおっしゃいましたか?」


「いや、なんでもない」


 話を変えようと、私は彼女に「しばらくはベルディアに腰を据えられるのか?」と訊ねてみた。


「そうしたいのは山々ですが……すぐに次の任務が入ると思います」


 彼女は国を護る盾であると同時に、時代を切り拓く剣でもあるのだ。留まっている暇などない。


「あまり無理をしないようにな」


 そう言って彼女の肩を叩いてやると、嬉しそうに「はい!」と返事をしてくれる。片手をあげて応じた後、集まった団員達に見届けられながら颯爽と鍛錬場を去る私。「流石は指南役……」「剣聖の名は伊達じゃない」「憧れの存在だよ」という喝采を背中に浴びながら一人になった瞬間。


「いててて……勘弁してくれよ、全く……」


 壁に手をつき、腰を押さえる。場の空気と立場を考えて稽古に応じたが、正直ギリギリだった。


能力低下デバフからの魔法剣による寒暖差はこたえる……こればかりは鍛えようがない」


 歳はとりたくないものだと痛感する。弟子達が目覚めるまで、こちらも疲労を回復しなくては。


「良い格好を保つのも大変だねぇ」


 後ろから声をかけられるが、驚きはしない。既に気配を感じ取っていたからだ。


「そう思うなら、腰痛を治す魔法を開発してくれ」


「それは医師の仕事だよ」


 エヴァは溜息混じりに答える。


極炎龍インフェルノ • ドラゴンはいいのか?」


「大体の調査は終わったし、回収出来るものは全て取っておいた。後は国の調査団に任せるよ」


「そうか。だったら話したい事がある。他の誰にも聞かれたくない内容だ」


 私はジャンヌから託された竜呼の角笛を懐から覗かせる。ほんの一瞬だけ目を見開き、エヴァは辺りを見回しながら「成程」とだけ呟く。


「嗚呼、僕の嫌な予感はどうやら当たりそうだ」


「嫌な予感?」


「とりあえず酒場ドラッカートへ行こう。話はそれからさ」


 私は頷き、馴染みの店へと足を進ませた。


「――店主マスター、地下お願い出来る?」


 エヴァの問いに寡黙な店主は顎先を動かして指示する。私達はカウンターの中へ入り奥にある扉を開けた。そこには地下への階段があり、更に奥へ進むと個室が用意されているのだ。


 昔は退避所シェルターとして使われていたらしいが、今は常連の客が周りの邪魔を気にせず飲める場所として利用されている。


 小さなテーブルに腰掛けて少し待つと、手に酒瓶とグラスを二つ持ったエヴァがやって来た。


素面シラフでは話しにくいと思ってね」


 高そうな葡萄酒ワインを注ぎ合い、皮肉げに「乾杯」と言いながらグラスをぶつける。


「……さて、どこから話すべきかな」


 こめかみを指で叩きながら、エヴァは話し出す。


「とりあえずジェドの死因だけど、ショック死さ。身体正面、肩から脇にかけて四本の爪痕があった」


「ジャンヌの報告通り、やはり龍に襲われたのか」


「普通に考えれば。でも相手はジェドだよ?」


 確かに満身創痍だったとしても、正面から一撃でジェドを屠るなど並の魔物では不可能。それが翼竜ワイバーンであったとしても。


「見たこともない龍だったと聞いている」


「そうだね。一般的な竜の爪数は三本で統一されているのに対し、四本爪など初めて見たよ」


 私は極炎龍インフェルノ • ドラゴンとの戦いを思い出す。確かに地面の爪痕は三本だった。


「ジェドは自分の手におえない程の龍を呼び出して自滅したのではないか?」


「いいや、無理だね。大掛かりな儀式ならまだしも実力より上の魔物を呼び出せる魔法道具なんて存在しないから」


 そうなると、ジェドが極炎龍インフェルノ • ドラゴンを呼び出したという線は不可能。


「ジェドには『協力者』がいたのかもしれない。そいつに殺害された挙げ句、罪を被せられている」


 確かに辻褄は合う。だがそれが事実だとすれば、その協力者は極炎龍インフェルノ • ドラゴンを使役出来る程の圧倒的強者だという事。


「窃盗団時代の仲間か、それとも……」


「千本桜の中に、裏切り者がいるかもね」


「馬鹿な!」


 私は思わずテーブルに拳を振り下ろしてしまう。


「発言には気をつけろエヴァ! いくらお前でも、言っていい事と悪い事が――」


「だったらシャナは、ジェドがあれ程までの怨嗟を君に抱いていた事を気付いていた?」


「そ、それは……」


 正直、私は救済のつもりでジェドを誘った。その高い実力を腐らせるには惜しいと感じて。傍で目を光らせ、仲間達と切磋琢磨し、自身の行動によって周囲から喜ばれる。そんな経験を重ねれば、きっと更正するはずと。


 だが、こちらの都合通りにいくはずもない。人の心ならば、尚更。


極炎龍インフェルノ • ドラゴンの自爆にしろ、証拠を残さないよう命じられての行動と取れなくもない。いくら知能が高いとはいえ、誇り高き龍が自死など考えられないからね」


 私は注いだ酒を一気にあおる。


「……この国で何が起きているんだ……?」

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