三十五本桜 千本桜団長

「そっちも終わったみたいだね、お疲れ様」


 エヴァは火竜の遺体があちこちに転がり、地形が壊された場所で回復薬ポーションを飲みつつ話しかけてくる。


「魔力が枯渇しそうでヒヤヒヤしたよ。でも色々と学びも得れたし、満足満足」


 エヴァにとって戦闘とは研究の一環だった。魔物の生態を調べたり、開発した魔法を試してみたり。最初は呆れていたが、もはや慣れた。


「それより極炎龍インフェルノ • ドラゴンの遺体は⁉ 希少素体だから丁重に扱わないと!」


 目を輝かせるエヴァに詳細を話す。


「火球を飲み込み、自爆した⁉」


 かなりショックだったようで、その場にしゃがみ込んでしまうエヴァ。


 だが私も正直、勿体ないとは思う。魔物の爪や皮膚は武器防具の素材として使われ、内臓や血も魔法薬の材料となる。捨てる箇所など無いのだ。


 更に大物級となれば買い取り価格も跳ね上がる。極炎龍インフェルノ • ドラゴン程なら曾孫の代まで遊んで暮らせるだけの金になるはず。


「もしかすれば、何か残っているかもしれない! 僕はそっちを調べてみるよ!」


「そうか。私は国王に討伐報告をしてくる」


「それがいいよ。ではまた夜にでも落ち合おう!」


 エヴァは、あっという間に飛び去っていく。


「よし。凱旋と行くか、太夫黒」


「ブルルルル……!」


 愛馬の背に跨り、城へ向けて駆け出す。城下町に繋がる巨大な門へ差し掛かった時、何やら騎士達が慌ただしく動いている様子に気付く。


「け、剣聖様! 丁度良い所へ! 大変な事が!」


 私の姿を見た門番が近寄ってくる。


「どうした、何があった?」


「ととと、とりあえず裏門へ向かってください! サラディン様も向かわれております!」


 もしや、取り逃がした魔物が住民を襲ったのではないか。そんな不安を抱きながら裏門へ回る。


 現場は人の輪が出来上がっていた。馬を降りて、「サラディンはいるか⁉」と名指しで叫ぶ。


「……ソードマスター……!」


 中央にいた千本桜副団長サラディンが、私の元へ駆け寄ってきた。


「事情が掴めん。一体何があったと――」


 人垣が開き、私の目に飛び込んできた光景。


 そこには血溜まりの中、倒れている男がいた。


 肩から腰にかけて、正面から引き裂かれたような怪我。目と口を大きく開き、苦悶の表情で絶命する相手の名を呟く。


「……ジェドが……どうして……!」


 被害者は千本桜十一位、つい先程まで我が弟子と剣を交えていた者に間違いない。


「説明しろ! 何故このような事態が起こった⁉」


 無口なサラディンの代わりに、副団長補佐の騎士が話し始める。


「わ、我々は指南役の命令を受け、門前警備を行っておりました。すると今しがた報告を受けまして、『裏門に千本桜団員が倒れている』と……!」


 そんな事を言われれば、サラディンとしても持ち場から離れざるをえない。


 勝ち抜き戦を終えたばかりで疲労困憊だったとしても、ジェドにとどめを刺せる相手が何処にいる? 仮にいたとして、どこに消えたというのか。


「……第一発見者は、誰だ?」


 私の問いに、サラディンを含めた全員が口ごもってしまう。


「え、ええと……それは……」


「私です、シャナ様」


 突然、頭上から声がしたかと思い目線を向けると監視塔の屋根に誰か立っているのが見えた。


 その者は五十メドル程の高さから身を投じ、空で何度も回転を行いつつ華麗に着地してみせる。


 美しいのは動作だけではない。気品放つ金髪を赤い髪飾りバレッタで纏め、端正の取れた顔立ちは彫刻のよう。光沢放つ白銀の甲冑を身に纏い、悠然と私の前へ躍り出た。


「戻っていたのか、ジャンヌ」


 名を告げると、相手は片膝をつき拳を胸に置く。王族でもない私に敬礼は必要ないと言っているが、一向にやめる気配はない。


「はい、無事に任務を遂行して参りました」


 その所作に兵士達から感嘆の声が漏れてしまう。


 彼女こそが千本桜最上位であり団長を務める――ジャンヌ・ダルク、その人である。


「第一発見者というのは、本当か?」


「その通りです。ベルディア入国の際、私は魔物に襲われるジェドの姿を目撃しました」


「それは、どのような魔物だった?」


「あれは『龍』だったと思います。見たことのない種族でしたが、遠目からでも強いと感じました」


「戦っていないのか?」


「大勢の雑魚に囲まれてしまったもので、逃がしてしまいました。申し訳ありません」


 私やエヴァの攻撃を掻い潜った魔物達か。ならば責任はこちらにある。


「どちらへ逃げたか分かるか?」


「森林へ向かっていきました」


「すぐに調査団を派遣、魔物発生の原因を突き止めろ。ジェドに関しては丁重に弔う」


「「「畏まりました!」」」


 私の指示に騎士達も動き出す。その様子を見ていると、ジャンヌが耳打ちで話しかけてきた。


「ジェドの遺体傍に、彼の荷物が落ちていました。わざわざ裏門にいた事も踏まえ、ベルディアからの逃亡を企てていたのではないかと」


「……勝ち抜き戦で私の弟子に敗れているからな。可能性は高い」


「彼の荷物には、こんな物まで」


 取り出したのは、年季の入った角笛。ジェドに楽器の趣味があったなど聞いていないが……。


「こちらは『竜呼の角笛』……野生の竜を呼び寄せる古代道具です」


「……何?」


 だとすれば今回の騒動、その首謀者はジェドだったという事か? 一体、何の為に……!


「もし自分の組織を壊滅された千本桜に恨みを抱き続けていたのだとしたら……懐に入り、内部からの破壊を虎視眈々と狙っていたとしたら」


「………………」


「シャナ様は覚えていらっしゃいますか? 翼竜が大量発生し、千本桜に討伐依頼が下されたのを」


 「……無論、覚えている」


「私の推測が正しければ、あの一件も本当に竜を呼び寄せられるのか実験に使ったと考えられます」


「……そんな……いや、まさか……」


 頭を抱える私に、ジャンヌは謝罪する。


「この話は忘れてください。全ては私の勝手な邪推です。シャナ様が気に病む事などありません」


「…………気を遣わせたな、すまない」


「その角笛は、いかが致しましょう?」


「一先ず、こちらで預からせてくれ」


「畏まりました。では私はアルカゼオン王に報告へ参ります」


「分かった。私もすぐに後を追う」


 ジャンヌがいなくなったのを確認し、私は大きな溜息を漏らす。


「この歳になって尚、己の未熟さを痛感する」


 多少、人より剣術が秀でているだけの半端者だ。

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