三十六本桜 展望

 王の間へ到着すると、アルカゼオン国王とヘレナ王妃の前で敬礼をするジャンヌの姿が見えた。


 彼女の隣に立ち、私も敬礼し報告を行う。


「魔物討伐、完了しました」


「御苦労。流石は剣聖、仕事が早いわい」


「少々、予期せぬ出来事もありまして」


 私は火竜の大量発生と、極炎龍インフェルノ • ドラゴンが現れたことを告げる。


 それを聞いた国王達は、驚きを隠せない。


「ううむ……何故そのような事に……」

 

 竜呼の角笛やジェドについては一切言及しない。ジャンヌも黙って成り行きを見届けている。


「森の調査は進めさせております」


「うむ、大義であった。同じく我が国を救ってくれたエヴァにも後日、褒美を授けよう」


「王様、他にも伝える事がございましょう?」


 王妃の言葉に、王は「う、うむ」と咳払いをして語りかける。


「勝ち抜き戦、見事じゃった。お主が育て上げた弟子達の実力、本物と認めよう」


「ありがとうございます」


「その後は如何とする? 千本桜に入隊か?」


「少々考えている事がございまして……」


 強者の中で揉まれるのも良いだろう。だが弟子達には各々の世界を救ってもらう目標がある。ここで小さくまとまってはいけない。


「世界の広さを知るべきかと」


 私の言葉に、王様は身を乗り出して訊ねる。


「つまりは……旅に出るという事か?」


「その通りです」


 その話を聞いて最も動揺したのは王妃だった。


「牛若ちゃんをこれ以上危険な目にあわせるなんてとんでもない! あの子はまだ幼いのですよ⁉」


 大和と大して年齢は変わらないのだが……。


「実力も才能も認めさせる事が出来たのです。後は教養を叩き込むのみ。牛若ちゃんは私達の養子に入り、英才教育を施したのちに将来は国を支える存在へと――」


「お主の言いたいことは分かった。好きにせえ」


「お、王様⁉」


 王妃の話を遮って、国王が結論を下す。


「ヘレナも見ておったじゃろう、あの子達の力を。年端もゆかぬのに、堂々と千本桜を倒してみせた。我々はそれを予見出来んかったし、仮に傍で鍛えたとしても勝ち抜き戦は失敗したじゃろう」


「そ、それは……」


「全ては剣聖の功績。何より儂は、賭けに敗れた。これで我を通そうとすれば、只の恥知らずじゃ」


 王の言葉に、王妃も沈黙するしかない。


「これから先、剣聖の弟子は今よりもっと強い輝きを放つ。そうじゃろう? シャナよ」


「はい。世界中を照らしてみせましょう」


「相変わらずデカイ口を叩きおる」


 がっはっは、と高笑いをしてみせた後、国王は膝を叩き「任せたぞ」と呟く。それに対して私は深く一礼を行った。


「出立はいつにするつもりじゃ?」


「怪我が治り次第、早々に」


「つれない事を申すな、宴くらい開かせえ」


「重ね重ね、ありがとうございます」


 無事に報告を終えた後、私は王の間を離れる。医務室へ行き二人の様子を確認しておかねば。


 そんな折、後ろから「シャナ様」と声を掛けられる。他でもない、ジャンヌだ。


「私も同行させていただいてもよろしいですか?」


「向かうのは道場や宿舎ではなく医務室だぞ」


「シャナ様の弟子に、大変興味があります。未来の英雄達に挨拶をさせていただきたいのです」


 千本桜団長が自ら挨拶に出向こうなど、時代とは変わるものだなと実感する。


 医務室へ向かう道中、ジャンヌは少し気にかかる話を持ち出す。


「以前、シャナ様からお聞きしました『サムライ』の話なのですが」


 異世界の事を話せない私は、生まれを「東洋の外れで閉鎖的な小国」と話していた。そこでは剣士の事を侍と呼び、鎧の代わりに和装を。剣の代わりに刀を差しているなど話した覚えがある。


「仰っていたサムライと先日、偶然出会いまして」


 侍と……? 思い当たる節があった為、ジャンヌに訊ねてみた。


「それは長刀を持った美形や大柄の男だったか?」


「なんと。お知り合いでしたか」


 私は小次郎や一刀斎と出会った経緯を話す。


「成程、私の時と状況が似ておりますね」


「それは、どういう意味だ?」


「その一刀斎と呼ばれる男に、突然喧嘩を売られたのですよ」


「……千本桜の隊長にか」


「向こうは私の事など存じ上げなかった様子。ただ強そうだから戦えと。丁重にお断りしましたが」


 一拍置いて、ジャンヌは言い切ってみせる。


「並の強さではない事は分かりました。足の運びやの佇まい、何より圧が凄まじかったです」


 一瞬にして猛獣がいる檻の中へ入れられたような感覚に陥ったと話す。


「あの者達は、一体何者なのですか?」


 同じ異世界から来たとは話せない上に、分かっていない事も多い為に「謎の組織に属している者達」とだけ伝えておく。


「得体が知れない以上は警戒すべきですね。我々の障害となるものは他にも多いですし」


 魔王を討てば邪悪な魔物は全ていなくなると思っていた。しかし被害は未だ続いている。自然発生をするものなのか、魔王とは別に魔物を生み出す何者かがいるのか……。


 他国の侵攻や内乱の噂など、ジャンヌの言う通り問題は山積みなのである。


「そんな中、未来を見据えて弟子の育成をされるシャナ様は流石です」


「余り煽ててくれるな、照れ臭い」


 実力者である彼女に、しっかり見定めてもらうとしよう。緊張しつつ、私は医務室の扉を開けた。

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