三十三本桜 強襲

「何かあったのですか?」


 貴賓室へ向かうと、私の顔を見て国王が「おお、丁度呼ぼうと思っとった所じゃ!」と言ってきた。


「近隣の山林から百を超える魔物が現れ、我が国へ向かっておる」


「何故、突然に……」


 いや、予兆はあった。勝ち抜き戦が始まる前に、考古学者が周辺の異変に気付き報告を挙げていた。それをないがしろにする国王の姿を私も見ている。


 追い返した考古学者から詳しい話を聞く為に呼び寄せているが、到着はまだらしい。


「魔物の種族は分かりますか?」


子鬼ゴブリン亜人オーク雷鷲サンダーバードと多種多様です」


 本来、群れる事など無い魔物だ。それらが徒党を組んで国を襲う? どうも釈然としない。


 とりあえず、それら考察は専門家に任せるとして我々がやるべき事は討伐だ。


「直ぐに現場へ向かいます」


 そう言ってきびすを返すと、扉の前に立つサラディンが一歩前に詰め寄る。


「…………」


 共に戦うと言いたいのだろう。相変わらず口数の少ない男だ。


「サラディン、お前は他の団員と共に門前待機だ。一匹の魔物も城下町に入れるな」


「……ソードマスター……」


「プリーズ、私にも指示を頂けませんか」


 扉が開き、現れたのは勝ち抜き戦を終えたばかりのDボゥイ。何故か左頬が赤くなっている。


「クライ、王妃から手痛い一撃を頂戴しまして」


 振り返り王妃を見たが、目線を逸らされてしまう。恐らく牛若に傷を付けた事が原因だろう。


「Dボゥイ、お前は王達の護衛だ。しっかりと名誉挽回しておけ」


「エモーション。畏まりました、指南役」


「待つのじゃ、シャナよ。そうなると討伐は」


 王様の言葉に私は頷いてみせる。


「私一人で十分です。弟子があれだけの活躍をしてみせたのです。師として少しは良い所を見せねばという気持ちもありますが……」


 こんな気持ちになるのは、いつ以来か。他人から触発されるなど、私もまだ青い。


「血が滾って仕方がないのですよ」



 ……と、まぁ啖呵を切って出てきた訳だが。


 腰痛が再発し、正直今は目的意識モチベーションが下がっていたりする。


「ヒィン……」


 心配そうに擦り寄ってくる太夫黒たゆうぐろの鼻を撫ながら「大丈夫だ」と話す。男が一度口にしたのならば成し遂げねば。


「よし、行くぞ太夫黒!」


「ヒヒィイイイイン!」


 私達は土煙をあげてこちらへ向かってくる魔物の軍勢に愛馬と突撃。


「千本桜指南役、遮那――推して参る!」


「「「ヴォオオォォオオオオオオオッッッ‼‼」」」


 こちらの名乗りに魔物達も呼応。愛刀『膝丸』を抜き、闘気を込めて払う。


 飛ぶ斬撃は巨大化し、前衛の敵を一気に殲滅。


ッ! ッ! フンッ‼」


 数が数なので、一振りで大勢を斬り伏せるように動いていく。絶命した魔物は黒い灰と化す。


「太夫黒は後方援護を頼む!」


「ヒイィイン!」


 跳躍して下馬し、着地と同時に数体を屠る。


「絶技、回天」


 名の通り回転斬りを繰り返す技。正直に言えば、歳を重ねると三半規管が弱くなるのか目が回る上に軸足の負担も大きいので乱発はしたくない。


「ギャッ!」「グエッ⁉」「ヴォアッ‼」


 魔物は次々と切断されていく。この世に生を受け存在する魔物と、強大な力を持つ魔族によって生み出された魔物。


 後者は所謂、傀儡くぐつである。己の意思を持たず創造主の命令だけに従う。魔力で形成された身体は滅びれば塵となり消えていく。


 ベルディア王国は『純粋な』魔物との共存を認め国民として受け入れている。その判別方法が『灼眼であるか否か』という即座に見分けが付けられる事も幸いしたと思う。それでも未だに魔物は全て悪と決めつける者は少なからずいるのだが。


 王国にいる魔物と同じ容姿をした敵を屠るのは、正直気持ちの良いものではない。しかしそれを割り切らなければ剣士失格だ。


 錆びた大剣を振るう蜥蜴族リザードの攻撃を躱して首を飛ばす。鳥人族ハーピーの超音波を避けて背後から一刀両断。


「「「オアァアアアアアアッッ‼」」」


 数に物をいわせて一塊に襲い掛かってくる。私とすれば、むしろ都合が良い。


「秘技、羅生門」


 細切れになった魔物が消失していくのを見届け、今一度戦況を確認。半数は倒したか。


 太夫黒も頑張ってくれている。魔物を踏みつけ、あるいは蹴り上げて次々と戦果を挙げていた。


 ……だが、やはりおかしい。ここまで戦ってみて魔物達のベルディアを襲うという意思が希薄な気がしてならないのである。


 もしや私は何か思い違いをしていたのでは……。


 そこに思い至った瞬間、再び揺れが起こる。身を屈め警戒を強めていると、遠くの空に一本の赤線が

引かれている事に気付く。


「……いや、違う。あれは……火竜の群れか⁉」


 この一体で火竜が目撃された情報など一度として聞いた事がない。


 同時に合点がいく。ここにいる魔物達はベルディアを襲おうとしたのではない。元々が森に生息していた所、火竜の出現に気付き逃げて来たのだ。


「よもや、このような事態になろうとは」


 随分と任務ミッション難易度が爆上がりしたものである。


「とはいえ、放ってもおけんし――なっ!」


 襲いかかってきた子鬼ゴブリンを斬りながら私は指笛を吹く。それだけで太夫黒は傍に駆け寄ってくる。


「魔物はサラディン達に任せ、火竜殲滅を――」


 愛馬の背に跨ると、高くなった視界の先で何かが光った。背筋が震えるのを感じ、直感的に太夫黒へ「避けろ!」と指示を出す。


 光は私達のいる場所まで物凄い速度で接近。横を通り過ぎると、魔物に当たり爆発を起こす。火柱は天を焦がし、辺り一帯を焦土と化した。


 とんでもない威力の範囲攻撃、おおよそ火竜に出来る芸当ではない。


 まさかと思いつつ射出元を見据える。すぐに嫌な予感は的中した。


極炎龍インフェルノ • ドラゴン……!」


 竜の上級位、それが『龍』である。それも我々が勝手に名付けたもので、未だ解明されていない部分は多い。それだけ希少レアと言えよう。


 過去に一度、この極炎龍インフェルノ • ドラゴンを討伐した。当然一人ではなく、この世界において最強が揃った勇者一行パーティが全力を奮ってようやくである。


 当初、龍に名前など無かった。その余りの強さに私が『極』の一文字を付け、火炎魔法でも伝説級の威力とされる『インフェルノ』をエヴァが名付けて極炎龍と呼ばれる事になった。


「老体には厳しすぎる展開だが……」


 前衛の火竜が腔内に火を溜め、射程内まで接近。私は馬上で構えを取り、それを迎え討つ。


「ようやく気合いが入った!」


 一斉に放出される火球。それを右へ左へと跳躍し躱す太夫黒。なんと頼りになる相棒か。


ッ!」


 敵の真下へ潜り、無防備な腹に刀を刺す。絶叫をあげながら竜は黒塵と化した。


「「「ギャオオォォオオオオオッッ‼」」」


 飛行や遠距離攻撃といった優位性イニシアティブを無視して、こちらへ突っ込んでくる火竜。


 噛みつこうと伸ばした標的の首を斬り落として、次の火竜へ接近。片翼を薙ぎ飛ばし、地へ落下した頭に刃を突き刺す。


 順調、そう思っていた矢先に極炎龍インフェルノ • ドラゴンの攻撃が溜まる。こちらの予想より蓄積チャージが早い。


 この距離で避けや受けは不可能、ならば――。


「秘技――」


 とっておきを披露しようとした時、私の前に魔法障壁が出現する。


 障壁は極炎龍インフェルノ • ドラゴンの焼却砲を防ぐと、粉々に砕け散った。


「衝撃だよ、最高硬度を誇る防御魔法なんだけど」


 空中から聞き慣れた声。私は相手を確かめる事もせず「心強い増援だ」と話す。


「こうして共に戦うなんて、魔王戦以来かぁ」


「腕は鈍っていないだろうな?」


 エヴァの周囲に幾つもの魔法陣が展開。それぞれ赤 • 青 • 黄と異なった輝きを放つ。


「あの時の僕より、今の僕は十倍強いよ」


 ハッタリではない。それが最強魔導士――。


』エヴァーグレイスだ。

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