三十二本桜 上位の実力
自分の身に起こったのか理解出来ていない様子の牛若。無理もない、それ程までに相手は速かった。
「スタンダップ。君の実力をもっと見せてくれ」
手招きの仕草を行うDボゥイ。牛若は痛みに耐えながら立ち上がり、構えを取る。
「――スーー……
精神を集中して袈裟と逆袈裟の高速四連を相手に浴びせる。ようやく習得した牛若の
「羅生門!」
「ワンダフル! これは指南役の技だね?」
初見にも関わらず技を防ぐDボゥイ。ただこの男それだけで終わらない。
「ラーニング、こんな感じかな」
一度見た羅生門を完璧に再現してみせる。いや、むしろ牛若が放った技より洗練されていた。
「――ごっ……はっ……⁉」
四連全てを喰らって吹き飛ぶ牛若。完璧なまでの
「……卓越した才能のみで上り詰めた男、か」
「二つ名は『
人は平等でないと思わせるような存在。生まれて一度も修行はおろか素振りさえした事がないとか。それが許されるのは単純に彼が強いからだ。
「だけど何処の生まれであるとか一切分からないんだよね……国王が遠征中に軍へ招き入れたと聞いた事がある程度で……」
千本桜に出自は不問とされている。実力さえ示す事が出来ればそれで良い。
「もしかして隊長や副隊長より強いのでは……⁉」
「どうかな……ただ一つ言える事は、現状で牛若が勝利を収める確率はほぼ無い」
「な、何か策があって送り出したんだよね?」
「…………」
私はそれに答えず、黙って試合を見つめる。
何度倒れても立ち上がり、剣を振るう牛若。その
「……はぁっ……はぁっ……!」
「ペインフル、君は頑張っている。十年もすれば、私を超えているかもしれない。だが今じゃない」
Dボゥイは木剣を上段で構えた。彼の身体から立ち昇っていた力の奔流が一点に集中していく。
そのまま勢いよく剣を振るうと、牛若の横にある地面へ裂け目が入った。何の変哲もない只の木剣でこれほどまでの事をやってみせる。
「天才、か」
認めざるを得ない。余り使いたくない言葉だが、彼に当てはまる言葉が他にないのだ。
「バット、今回は残念だったけれど腐らず頑張って欲しい。この結果が君の人生に大きな影響を――」
「……ざんねん……?」
Dボゥイの言葉を遮り、牛若が口を挟む。
「……まだ……負けて、ない……!」
そう、我が弟子は諦めてなどいない。満身創痍になりながらも剣を握り、相手の前に立っている。
Dボゥイは一瞬呆れたような表情をした後、再び笑みを浮かべながら頷く。
「……イグザクトリー。指南役の『勝負は決着がつくまで分からない』という教えだね」
ふむ、と指を額に当てながら考える素振りをして牛若へ言い放つ。
「セレクト。場外かテンカウント、お好きなほうを選んでいいよ」
相手は本気だった。それだけの実力差がある。
「……まけません……!」
普段は平青眼の構えを基本としている牛若だが、今は剣を斜構えに変化を付けていた。
何かを狙っているのは一目瞭然だが、相手は天才Dボゥイ。敢えて乗ってくる。
「ショウダウン!」
渾身の真向斬りが牛若を襲う。つい先程、大地を斬ってみせた一撃。普通は身体が恐怖で萎縮して、動けなくなる。だが牛若は違った。
威力も速さも先程と変わらないのならば、見えていなくとも致命傷だけは避けられる。
足を下げ、上半身を捻って回避行動を敢行。敵の剣先が牛若の肩から腹まで一直線に裂き、血飛沫があがった。
それでも牛若はDボゥイに向けて残された片手で剣を振るう。肉を切らせて骨を断つ、会心の反撃技だったが――。
事態を想定していたDボゥイは、攻撃が来るより先に体勢を整えてしまう。
「トゥーバッド、残念だけど君の攻撃は――」
確かに一撃を当てる事は出来ないだろう。しかし牛若の狙いは違っていた。
剣筋はDボゥイに向けられておらず、目標の外。
「――! まさか……⁉」
気付いた時には、もう遅い。牛若の剣はDボゥイの竹刀に向けて放たれる。ガツンと大きな音が立ち相手の武器は根本から粉砕。
「武器破壊……!」
牛若は、がくりとその場に
私は身を乗り出し、舞台へ向かって叫ぶ。
「公式戦の規約では相手の武器が破壊された場合、引き分けか無効試合となる! そうだな、審判!」
「う……ま、まぁ……確かに……」
対応を求める為、審判も困惑していた。誰が何と言おうが、ここは無理やり押し進める他ない。そうしなければ敗北となってしまう。
そんなこちらの思惑に一役を買ったのは、他でもなくDボゥイだった。
「マーベラス! これは参った、まさかこんな決着方法を考えていたなんてね!」
高笑いしながら、彼は審判の肩に手を置き話す。
「ジャッジ、私の降参だよ。勝者は……彼だ」
審判は何度も頷き、改めて宣言する。
「――勝者ッ……! 牛若選手ッッ‼」
「「「うおぉおおおおおおおおぉおおっっ‼‼」」」
闘技場が歓声で揺れた。全ての観客は立ち上がり手を叩き、勝者に喝采を浴びせる。感動して涙を流す者までいた。それは私の隣も同じだが。
「やった! やったよ‼ ウシワカが……! ヤマトが……! 千本桜に勝ったんだよっ‼」
「喜ぶよりも先に、まずは治療を頼む!」
「うわわわわ! そ、そうだった!」
慌てて私達は牛若の元へ駆け寄る。精根尽き果てたようで、気を失っていた。しかし命に別状は無さそうで安心する。
「数日は目を覚まさないかもしれないね……」
それだけの死闘だった、仕方がない。
治癒魔法を牛若の傷口に当てながら、エヴァが訊ねてきた。
「試合前、ウシワカに指示を出していたよね。何と言っていたのさ?」
「……悪魔もびっくりの、無理難題をな」
私は牛若に「最後まで立ち続けろ」と指示。勝つ事を放棄し、負けない手段を選んだのである。
牛若は王妃からの寵愛を受けているし、大怪我を負わせる事はないだろうという狡い考えもあった。
一方的に蹂躙される牛若を見て、途中で試合を止めてくれれば無効試合に持っていけると。
だが結果はどうだ。牛若は自分で武器破壊という勝ち筋を見出し、死力を尽くした。
「……師匠失格だな」
今も眠り続ける牛若の頭を撫でながら囁く。
様々な番狂わせはあったものの、これにて無事に勝ち抜き戦は終了となる。国に弟子達の実力も知らしめる事が出来て良かった――と安堵したその時。
ガタガタと闘技場が揺れ始める。観客は何もしていない、これは……地震か?
しばらく揺れが続き、ようやく収まった頃合いで貴賓室が慌ただしい事に気付く。
どうやら勝利の余韻に浸る時間はなさそうだ。
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