三十一本桜 特別試合
「大和は……! 大丈夫ですか⁉」
治療室から出るなり、心配した様子の牛若が声を掛けてきた。
「……右腕の筋断裂、左腕と軸足も断裂寸前。更に獣化の反動で昏睡状態となっている」
「目が……さめないんですか? まほうの力で……なんとかならないんですか?」
「魔法も万能ではない。だが、エヴァの力も借りて全力を尽くしている。最後は大和の生きたいという思いが重要だ」
「……大和……」
今にも泣き出しそうな顔をする牛若の頭を、私は乱暴に撫でる。「あいつは大丈夫だ」と言って微笑むと「……はい」と答えた。
牛若と話を交わせられるのにも理由がある。次の対戦相手が決まらないのだ。ジェドの勝手な行動に段取りは崩れ、負けるとも思っていなかったせいで困惑しているのだろう。
「我々の勝利で終わらせればよいものを……!」
既に弟子達の実力は認めさせたはず。これ以上、試合をする事に何の意味があるのか。
重傷の弟子を前に、私も気が立っていた。
だが、そんな思いを他所に司会が
「――長らくお待たせいたしました! それでは、改めまして第六試合を行いたいと思います!」
「……おい、まだ行うつもりか?」
「中位は出尽くしてしまっただろう?」
「どうするつもりなんだ……」
観客も騒然とする中、名を呼ばれるより先に姿を現したのは――。
「グッド、舞台は心地が良い。血湧き肉躍るね」
「お、おい……あれって、まさか」
「嘘だろ……あの人……いや、あの御方は……」
煙草をふかしつつ現れた伊達男。はだけた胸元を掻きながら何故か手に木刀を下げている。
「……千本桜の実力三位、デイヴィッド • レイ!」
上位を出すのは明らかに行き過ぎた行為。流石の私も黙っていられなくなり身を乗り出す。
「ジャスタミニッツ。協議の末、特別試合を設ける事となりました」
「特別試合……?」
「イエス。ウシワカ君が私に一撃でも浴びせる事が出来れば貴方達の勝利。こちらは、木剣にて相手をさせて頂く」
「おいおい、マジか……?」
「いくら三位とはいえ、ナメすぎなんじゃ……」
「いや、それくらいのハンデがないと……」
再びざわつく観客に向けて更に話は続く。
「アンド、先の試合でヤマト君が戦闘不能に陥った事も鑑みて、国王は六戦目を勝利した段階で決着として良いと仰っております」
つまり、これが最終戦というわけだ。
相手を気遣うよう見せつつ、最後には無理難題を吹っ掛けてくる。なんと浅ましい考えか。
そんな提案に乗る必要は無い。実力を示した事は闘技場にいる全ての者達が理解したはず。
抗議を申し立てようと動く私を制したのは、何と牛若だった。
「……ししょう、やらせてください」
はっきり自分の意見を言う。引っ込み思案な牛若には珍しい事だ。しかし……。
「駄目だ、許可出来ない」
「大和は勝ちました。ししょうの前で、強い自分を見せられました。でも、せっしゃはまだです」
そんな事はないと言いかけて、私は止める。伝えたい言葉以上に思う事はあるはず。牛若に今必要なのは、守ってやる事ではなく背中を押してやる事。
「……分かった。戦ってこい」
「ししょう……! ありがとうございます!」
「一つ、助言をしておく。いいか、牛若――」
牛若は頷き、決意に満ちた顔で舞台へ進む。試合成立がみなされ、観客席から歓喜の声があがる。
「……どの道、断れない方向へ進ませるのでしょうけどね」
エヴァが現れると同時に愚痴をこぼす。彼が姿を見せたのなら、大和は大丈夫なのだろう。
「一歩間違えたら、という状況だったよ。それだけ自分を追い込む必要があったんだね」
「まだ幼いのに」と目頭を押さえるエヴァ。私は、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「送り出してよかったの?」
牛若の背中を見つめ、訪ねてくる。当人の意思、いや剣士の本懐と言うべきか。
「責任は全て、私がとる」
最悪、この国を相手取る事になろうとも――。
牛若が舞台に立つと、Dボゥイは拍手を行う。
「エクセレント。こちらの提案を受けてもらい感謝するよ、小さな
「…………」
爽やかな笑みを浮かべる相手に対し、牛若の表情は厳しい。
審判が号令を下すより先、勝ち抜き戦初の抜刀。その切っ先をDボゥイへ向ける。
「ワォ、やる気は十分みたいだね」
緊迫する空気の中、審判が試合開始を叫ぶ。
「――レディイ……ファイッ!」
先制を仕掛けたのは――牛若だ。三艘飛びから、得意の突きを繰り出す。
――だが、しかし。
Dボゥイは、その攻撃を髪先に触れさせる距離で躱してみせた。完全に、見切られている。
「――――⁉」
動揺を隠せない牛若に、相手は耳元で囁く。
「アメイジング、
突然、牛若の身体に衝撃が走る。視界が急に乱れ思考も一時停止。痛みが脳に伝達されるまで一秒、そこから何をされたのか理解するまで三秒。
――自分は今、攻撃されたのだと。
床に平伏した体勢で、牛若は冷汗をかく。一撃で分かる力量差、師匠が試合を止めようとした理由。
「アーユーオーケー? 手加減したつもりだけど」
うまくいかないな、と木剣を見つめるこの男。
見た目と雰囲気で騙されるな。奴こそ千本桜上位三位に君臨する――デイヴィッド • レイだ。
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