三十本桜 狼は気高い

 今生の別れデスティアーズの猛攻は続く。


 今はまだ大和も避け続けているが、足場の舞台は毒によって溶かされ今にも崩壊寸前だ。


 何より時間がない。何度かジェドに向けて突撃アタックを仕掛けた大和だが、奴の自己像幻視ドッペルゲンガーは効果を発揮。実態を掴めず距離を取られ、更には反撃カウンター危険リスクまで生んでしまう。


「ジリ貧……って事⁉ どうするのさシャナ!」


 エヴァが悲痛の声をあげる。確かにこのままでは勝ち目など無い。攻撃を当てなければ。


 恐らくチャンスは一度。覚悟を決めるしかない。


「……十文字斬りクロス • ラッシュだ」


 大和もそれを分かっている。毒を避け、分身に翻弄されながらも一撃を当てる準備を行っていた。


「俺様の魔力が尽きるのを待っていやがるのか? 残念だけどよォ、抜かりはないぜェ」


 ジェドは懐から指輪を取り出し装着する。何かの魔法道具マジックアイテムだろうか。


「あれは……星降ノ指輪スターフォール!」


 エヴァの解説によると指に付けるだけで少しずつ魔力を回復してくれるらしい。その用意周到ぶりに恨みの強さが窺える。


「入団戦で、僅かな傷を付けられただけだよね⁉ ここまで恨まれるなんて、おかしいでしょ!」


「…………」


 私は何も答えない。いや、答える事が出来ない。今は黙って弟子の戦い、その行く末を見守るのみ。


「ハァッ……! ハァッ……!」


 体力の限界も近い中、大和は考えていた。それは物心つく頃から何度も目にした『魔力』について。


 大和は魔法を使う事が出来ない。魔法に愛される者ではなかったと諦め、決めつけていた。エヴァに教わるまでは。


「その世界全ての者に魔力は備わっているんだよ」


 剣術と同じ、使い方を学び鍛錬さえ積めば誰でも使えるようになるらしい。


「……魔力……それを剣に組み合わせれば……」


 精神を集中させる際、大和は己の内にある僅かな魔力を感じていた。使い道のないその力を今までは雑念として振り払っていた。


「留まる力を巡らせ流すイメージ……腕から拳へ、拳から剣へ……」


 双小太刀に変化が生じる。柄を渡って鍔、そして刀身に淡い光が灯った。魔力の伝達――。


 大和は抜刀の構えで腰を捻る。


「かかってきやがるかァ? いいぜ返り討ちだァ」


「イメージだ……想像を現実に、成功を形に……」


 大和の姿に私の鼓動は高まった。あの境地に至るまで、自分はどれだけの時間を費やしたか。


 進化は止まらない。一剣士としての恐ろしさと、師匠としての喜びが入り混じり身体を震えさせる。


「見せてみろ大和……お前の、輝きを!」


「――フーー……ッ‼」


 大和が一文字斬りを繰り出すと、何もない空間に魔力の白刃が出現。ジェドに向かって突き進む。


「なっ、なんだとォ⁉」


 尚も大和は小太刀を振るう。真向斬りを放つと、再び魔力で形成された斬撃が飛ぶ。


 一文字と真向がぶつかり、十文字となった攻撃は更に加速。これが大和の新技――。


「『十文字斬りクロ • スラッシュ』ッ!」

 

 連撃ラッシュではなく斬撃スラッシュ、同じ技による二種の派生。それを失敗の許されないこの局面で……よくぞ!


「ぐっ……! ぬうぅううううっ!」


 両手の短剣で斬撃を防ぐジェド。


「いっけぇええええ! 貫けぇえええええ‼」


 拳を振り上げ叫ぶエヴァ。私も思わず拳を握る。


「……ナメんじゃ……ねぇええええええっ!」


 なんと、ジェドは大和の一撃を弾き飛ばす。


「嘘でしょぉおおおおおおお⁉」


「いいや、まだだ!」


 再び今生の別れデスティアーズを繰り出そうとするジェドは、気付くのに遅れてしまう。


「はぁっ、はぁっ――や、奴はどこだ……⁉」


 相手を見失う失態。巡ってきた千載一遇の勝機チャンス。これを逃す育て方を、私は弟子にしていない。


「……ようやく……届く……!」


 声はジェドの足元から聞こえた。小柄な体躯と低い姿勢で死角に潜り込んだ大和。斬撃を防いだ事で無防備となった相手に最後の攻撃を御見舞する。


「――十文字斬りクロス • ラッシュッ‼」


 十文字三連を当てた瞬間、何かが切れる不気味な音が聞こえた。関係あるかと四連目を繰り出そうとした矢先、激痛で小太刀を落としてしまう。


「筋断裂! 限界を越えた代償だ……!」


 大和の獣化も解かれ、人間の姿へ戻ってしまう。魔力の枯渇、体力の限界、そして怪我……これ以上なく悪条件が揃っている。


「……どうした……もう、終いかァ……?」


 まさか倒しきれないとは……ジェドは大和の最強技を食らって尚、立ち続けている。万事休す――。


「…………」


 転がった小太刀、上弦を見下ろしながら「フン」と鼻を鳴らすジェド。


「……まで……峰打ちか……つくづく腹のたつ野郎……だ……!」


 そう告げて、ジェドは倒れた。慌てて審判が詰め寄り状態を確認。


「…………っ! 医療班! 治癒魔法を早く!」


 カウントを唱える事無く、両腕を交錯。同時に、解説が大音量の拡声器マイクで叫ぶ。


「――しっ……試合っ! 終了ぉおおおおおっ‼ 勝者は、し、信じられない……な、なんとっ……! ヤマト選手だぁあああああぁああッッ‼‼」


「「うおぉおおおおぉおおおぉおおおおっっ‼‼」」


 正に番狂わせの大逆転劇。観客達のおよそ半分も生きていない子供が、国の代表とも言える千本桜の元上位を倒したのだ。


「シャナ! ヤマトがやったよ!――あれ?」


 泣きながら抱きつこうとするエヴァを無視して、私は大和の元へ駆けていく。


 激闘を終えてしゃがみ込む愛弟子に声を掛ける。


「大和……! 随分と無茶をしたな……!」


「……師匠……へへ……見てくれたかよ、ボロボロになったけど……勝ってやったぜ……」


「……ああ、最高の試合ベストバウトだった」


 担架が来たのを断り、私は大和を抱きかかえる。せめて治療室まで、この若き勇者を運ばせてもらいたかった。


「……師匠、もしかして……泣いてる……?」


「な、何を! これは、あの……土埃が目に入っただけだ! 決して涙ではない!」


「なんだ、そうか……そうだよなぁ……」


 大和は眠ってしまった。満足そうに笑顔を浮かべながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る