二十九本桜 毒と狼

「ジェドは本気になった……という事?」


 エヴァの問い掛けに私は「ああ」と答える。


 最後に極毒の双剣アウトレイジアスを使ったのは、翼竜ワイバーン群討伐の時だったか。王国に攻め入らんとする魔物を奴は、恐るべき速度で鏖殺おうさつしていった。


 戦いが終わっても尚「殺し足りない」と言い出し単身で迷宮に潜っていく後姿が印象に残っている。


「一撃でも受けては負けという緊張プレッシャーは、精神的な疲労も並ではない」


 それに対抗出来るのは――。


「師匠ッッ‼」


 大和が大声で私を呼ぶ。真っ直ぐにこちらを見て何かを訴える様子。当然、こちらも理解していた。


 こちらが小さく頷くと、大和は心臓に拳を当てて簡素な敬礼所作を取る。


「次戦の事など一切気にする必要は無い……全てをこの戦いに注ぎ込め。因縁を断つんだ」


 大和は精神を集中、白雷が発生し全身を纏う。


「そうだ……その忌々しい姿を待ち望んでいたぜ」


 傷つけられた頬を擦り、ジェドは呟く。


「……グルルルルル……!」


 逆立つ銀毛に鋭い金眼、戦狼バトルウルフへ変貌した大和が唸りを上げる。


 だが前回とは大きな違いがあった。意識を保った状態で武器を持ち、相手へ向けて構えを取る。その表情に笑みを浮かべながら。


「――悪いね、待たせてさ……よし、やろう」


「その生意気な口、叩けなくさせてやるよォ」


 ゆらり、とジェドが動く。盗賊や暗殺者が使う、暗部の歩行だ。足音を消し、独特の律動リズムを刻む事で相手の視界外へ移動する。


 加えてジェドは腕に付けた魔法道具マジックアイテムを発動。動く度に姿がぶれ、四体もの影分身を生み出す。


自己像幻視ドッペルゲンガー! あんなものまで用意してたのか……!」


 自分の囮となる影を生み出し、敵の攻撃を避ける為に使われる道具アイテム。他の者が使えば、それほど脅威とは感じない。けれどジェドが使うとなれば話は別だ。


「実態を掴ませない動き、一度でも攻撃を食らわせれば良い状況……奴には最適解だよ……!」


 悔しそうなエヴァに私も「そうだな」と答える。


「だが大和も負けてはいない」


 獣の脚へ形状を変え、ジグザグに駆ける姿は正に疾風迅雷。人間がどれだけ鍛えた所で到達出来ない領域フィールドに突入。


 次々とジェドの分身を消していき、あっと言う間に本体へ攻撃を仕掛ける。


「んだァ⁉ その速度――!」


 私の見立てでは今の大和は全部の基礎能力ステータスに上昇していると思う。これが如何にとんでもない事か。


「ごッ⁉ がッ!……て、テメェ……‼」


 連続して大和の攻撃を受けるジェド。その毎に、骨が軋み呼吸が止まる。


「圧倒的だ……! シャナは、ウシワカがここまで強くなると分かっていたのかぃ⁉」


 信じられないものを見るような表情のエヴァ。


「潜在能力の高さは分かっていたつもりだ。しかし私の想像など、あいつは軽く超えてくる」


 これは推測だが、希少レア種である白銀戦狼は通常の戦狼より戦闘力が高く、それも災いをもたらす噂に起因しているのかもしれない。


「だが、一時的な手段に過ぎん。本来の姿とはいえ強すぎる力は身を滅ぼす」


 長丁場となれば魔力も体力も枯渇、敗れるまでもなく自滅するだろう。


「ウオォオオオオォオオオンッ!」


 つまり、追い詰められているのは両者共なのだ。


「わざわざ正面切って付き合う義理もねェ……!」


 生まれ持った個性、職種によって伸びる基礎能力ステータスは変わる。


 元盗賊であるジェドは『避け』や『運』の上昇が他より上がりやすい。回避という一点に集中すれば、よっぽどでないと攻撃は届かない。


「放っておきゃ勝てる……だが、それじゃァ俺様の気は晴れねぇんだよォ!」


 ジェドは後方宙返りを連続して距離を稼ぐ。


 それを追いかけようと一歩踏み込む大和だが――私は咄嗟に「待て!」と叫んでしまう。


「シャァッ!」


 逃げと思わせての、後転蹴りサマーソルトによる反撃カウンター。靴の先端に仕込んだ刃が飛び出し、大和の肩に傷を負わせる。


「危ない! 一歩間違えば致命傷だよ⁉」


 見てられない、といった様子のジェドに私は一言「落ち着け」と告げた。


 相手はジェドだ。手練手管を駆使し格上相手にも勝利を収めてきた元千本桜上位。


「一瞬も隙を見せるな、大和!」


 返事をする代わりに大和は「フーー」と息を吐き構えを取り直す。


「残念だったな! あの瞬間、オメェは差し違えてでも俺様に致命傷を与えるべきだったァ!」


 十分な距離を取ったジェドは、そんな事を言う。似たもの同士の得物、射程外の距離。ここから何を狙うのか。


「見た目で近接武器だと思ってねェか? コイツの本領は、遠距離にこそあるッ!」


 極毒の双剣アウトレイジアスを構え、魔力を込めていく。すると刀身が毒々しい深紫に変わり、不気味に泡立つ。


「喰らいやがれッ! 『今生の別れデスティアーズ』ッ‼」


 ジェドが短剣を振るうと、紫の液体が放出。大和に向かって突き進んでいく。


 跳んで避けた場所に液体は散乱。次の瞬間、床はジュウジュウと焼ける音をたてて溶けた。溶解液、というやつか。


「オラオラオラオラ!」


 縦横無尽、四方八方へ毒液を撒き散らすジェド。


「あいつめ……! なんて技を……!」

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