二十一本桜 本番当日

 いよいよ本番の日を迎える事となった。ベルディア闘技場には早朝から観戦席を求めて多くの者達が長蛇の列を作り、立ち見まで出る始末。


 酒場では、弟子が何戦まで保つかという賭けまで横行している。ちなみに現時点で一番人気の確率オッズは『三戦目で敗退』の二・〇倍。全体割合『千本桜の勝利』九十七に対して『弟子の勝利』は僅かに三。


 勝ち抜き戦など無観客で行うのが常であった為、まさかこんな盛り上がりになっていようとは予想もしていなかった。国王としてみれば『我が国の力を世に知らしめる絶好の機会』『私が賭けに負けた際言い逃れをさせない為の処置』こんな所か。


 わざわざ国王の権限を使い、祝日にする辺りで並々ならぬ本気度を窺えた。


 弟子達を鍛える事にかまけていたつもりは無いがこれだけの事態になりつつ気付けなかったとは……いや、私にバレないよう周りも画策していたはず。


「やあ、いよいよこの日がやってきたね! 調子はどうだい?」


「お前も、この馬鹿騒ぎを隠していたのか?」


 笑顔を浮かべながら呑気にやってきたエヴァへ、真横の壁に掌底を当てながら訊ねる。


「わぉ、せっかくの壁ドンなのにキュンとしない」


「…………」


「無言で剣に手を掛けるのやめてもらっていい? いや違うんだよ、確かに上から色々言われてたよ? でもそれは君達に余計なプレッシャーを与えまいとする僕の愛であって決して面白半分だったわけではすみません少しは楽しんでいた部分もあります」


 少しずつ刃が姿を現すのを見て、エヴァの口から本音が引き出されていく。本当にこいつは……。


「まあ良い。私の弟子は、こんな事で浮足立ったりしないからな」


 本日は午前の修行も孤児院も休みなので、宿舎で心の準備をさせている。そろそろ集合時間だが、果たして。


「「おまたせしました」」


 二人の声がして振り返る。そこに立っていたのは気合が入り過ぎて瞳孔が開いている大和と、青白い顔をして俯く牛若の姿。


「……お前達、まさか……緊張してるのか?」


 私の問いかけに、大和は乾き笑いで返す。


「ばっ、ばばばばばか言いなさんなよ、師匠ぉ! あああれしきの人数で、きっ、きき緊張とか!」


 牛若は腹を抑えながら走り去る。


「さっ、さっきから、おなかが……あぅっ!」


 ……もしかしたら、駄目かもしれん。この戦い。


 一抹の不安を感じながら、私は二人を闘技場まで連れて行く。その道すがら、いつも以上に周りから声を掛けられる。


「おっ、剣聖御一行! 頑張りなよっ」


「アンタらが今をときめく弟子達かい? 命あっての物種だからね、無茶するんじゃないよ!」


「キャー! ウシワカくーん!」「真っ赤になって照れてる、カワイイ!」「何してんのよ、私のウシワカ君に色目使ってんじゃないわよ!」「はぁあ⁉ なんなのアンタ、やる気⁉」


 ……この娘達、エヴァの追っかけだったのでは。心なしか横を歩く親友の笑顔が淋しげだ。


「愛しい僕の顔よりも、アレを見なよ」


 エヴァが指差す先には闘技場。だが指摘している箇所はそこではない。


 入口前、ずらりと整列する千本桜の姿があった。五十名は居るだろうか。恐らく国王達の到着を待ち構えているのだろう。


 その前線に、見知った大男が立っていた。


「久しいな、サラディン」


「…………」


 声を掛けるが、副団長は目線を真っ直ぐに敬礼をしたまま無反応を示す。聞こえていない訳もなく、もしかしたら無視をされたのか?


「ソーリー、指南役。彼は怒っているのですよ」


 闘技場扉の横に座り、煙草をふかす男。胸元を開けた貴族洋装スーツ片側肩鎧ハーフメイル籠手ガントレットのみという必要最低限な装備に留め、髪は散切り無精髭という出で立ち。だが腰には細身の美しい西洋刀サーベルを携えている。


 一見すると好色家ドンファンだが、彼こそ千本桜の実力三位――デイヴィッド • レイ、通称Dボゥイだ。


「怒っている?」


「イエス。いくら貴方の教えを受けたとはいえ今回の勝ち抜き戦、少なからず団員達はプライドを傷付けられましたからね」


「弁明はしない。戦いを見れば分かるからな」


「グレイト。砂鯨サンドリオン討伐の力、楽しみにしています」


 私達は団員から睨まれつつ、闘技場内へ進む。


砂鯨サンドリオンの件を知ってるとは、耳が早いねぇ。何か対策を考えてるのかな」


「かもしれんな。だが僅かな時間にも二人は成長を果たした。猫が虎になる予想を立てられたとして、龍になる予想を立てられる者がどれだけいる?」


「まあ、普通は……考えられないよね」


「その程度の想像力では如何なる対策も無意味だ」


「随分と弟子達を買っているんだねぇ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるエヴァに、私はフンと鼻を鳴らす。


「当然だ。誰の弟子だと思っている」

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