二十二本桜 勝ち抜き戦、開幕
控室にて、出番を待つ弟子達は相変わらず落ち着きがない。大和は意味もなく部屋を歩き回り、牛若は膝を抱え掌に人の字を書いては飲み続けている。
……魔物に呪いでもかけられたのか?
見るに堪えられなくなり、私は二人に言い放つ。
「相撲をとるぞ」
上半身裸となって気合の表れを見せる。弟子達は動揺していたが、そんな事は関係ない。
「ぶつかり稽古だ! 大和、来い!」
名を呼ばれ、何がなんだか分からない状態で突進してくる大和。
「うおりゃあ!」
「おわああぁあっ⁉」
そんな、へっぴり腰の相手を豪快にぶん投げる。勢い余って控室の机に激突、破壊するが無視だ。
「牛若、来い!」
言われるがまま牛若も突進。
「や、やあぁあぁあ」
「そんなものか、お前の力は!」
「ぎゃふんっ‼」
豪快な上手投げを食らわせる。その衝撃で壁に飾られていた高そうな絵画も割れるが無視だ。
「もっと気合を入れろ!」
「「う、うおぉおおおおおおおおっ‼」」
何番やりあったか数えていないが、その壮絶さは控室の破壊加減で伺い知れる。
席を外していたエヴァが戻ってきて、状況を見るなり「……何があったのさ」と呆れ顔。
「それよりシャナ、国王が到着したみたいだよ」
小さく頷き、上着を羽織りながら弟子達に話す。
「緊張するなとは言わん、それさえも楽しめ」
「「は、はい! 師匠!」」
「すぐに戻る。集中力を高めておけ」
控室から出た瞬間、私は「いたたた……」と腰を抑えて唸ってしまう。
「若くないのに無茶するからだよ」
「腰痛を治す
「残念だけど、この世界では見つかっていないよ」
「魔法も万能ではないという事か……」
情けない事を言いながら廊下を進み、貴賓室へと到着。そこは闘技場の最上階から戦いを一望出来る観覧席を指し、国王のみ入室を認められている。
入口の前に立つ騎士へ声を掛け、高級な木製扉を開けてもらった矢先に怒号が飛んできた。何事かと目線を向けた先には、困り果てた
「おお、シャナよ。元気にしておったか?」
「はい、お心遣い痛み入ります」
片膝をつき、顎を引いて心臓の位置に拳を置く。私達は、いつもの敬礼で話を進める。
「エヴァーグレイスも、変わりないかしら?」
「はっ。王妃の見目麗しいお姿を拝見出来ただけで全ての
「フフッ、相変わらずねぇ」
ホホホと手にした扇を広げ、口元を隠しながら笑い声を立てる王妃。エヴァのこうした人付き合いの上手さは、剣聖と呼ばれる私も太刀打ち出来ない。
「国王様、今一度だけお話を――」
「ええい、まだおったのか⁉ 早々に下がれ!」
怒鳴られた
「奴は考古学者でな。近隣の山々や他国集落にて、不可思議な出来事が起こっておるから調査団として千本桜を派遣しろと、うるさくてのぅ」
「不可思議な出来事、ですか?」
「季節を告げにやってくる鳥が未だ姿を見せんとか棲息外で魔物が出現したとか……要領を得ん」
確証を得る為に動いて欲しい学者側と、確証を得てから動きたい国側の責ぎあいか。
直接的な被害もなく、討伐対象すらはっきりしていないとなれば兵を動かすのは難しい。
「我が精鋭の騎士を、そこらの便利屋風情と一緒にされては敵わん……ところで」
ズイ、と国王が寄ってくる。
「ウシワカきゅんは、どうじゃ? 元気かの?」
「きゅん……ええ、まぁ。今は控室にて集中させておりますが、逞しくなった姿をお見せ出来るかと」
「そおか、そおか。聞けば最近行った学力試験も、満点を取ったとか」
「あ、そうですね。大したものです」
「一部ではウシワカきゅんファンクラブなるものが出来ておるとか」
「それは……初耳ですね。そうなのですか?」
「シチューに入っておる嫌いな人参も食べたとか、宿舎の近くで生まれた子猫にこっそり食べ物を与えておるとか、他にも――」
……何故、師である私より詳しいのだ?
「という事で、今回の勝ち抜き戦が失敗に終われば儂の養子として迎え入れる準備も整えておる」
「成程ですね……は?」
聞き捨てならない言葉が飛び込んできて、思わず生返事をしてしまう。
「私が立派な王族にして差し上げますから、心配をする事はありませんわ。ホホホ……」
二人共、すっかりその気になっている。アルカゼオンの後継ぎとなってしまっては、将来私の世界を救ってもらう計画が破綻してしまう。
だが焦る必要はない。私は国王達へ物申す。
「勝ち抜き戦が失敗した場合の事まで考えて頂き、ありがとうございます。けれど杞憂に終わるかと」
「ほぉ、自信がありそうじゃのう……」
「勿論でございます。本戦をお楽しみに」
そう告げて私は立ち上がり、その場を後にする。
後から追ってきたエヴァが「言うねぇ」と、楽しそうに指を鳴らす。負けた後の事など考えて試合に挑む者などいない。
賽は投げられた。私は早足で控室へ戻り、扉を開くと同時に大声で叫ぶ。
「行くぞ二人共! 出陣だ‼」
「「はいっ!」」
弟子達の身体から立ち昇る闘気を眺めつつ、私は大きく頷いてみせた。
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