二十本桜 伝授

 その日は午後の稽古が始まるまで、一度も弟子達は喋らなかった。生返事をするばかりで、黙々と午前の修行をこなす。


 緊張というより、気持ちが入っていない様子だ。昨日は私と戦う事を公言せず、弟子戦で留めておくべきだったのかもしれない。


 修行場につき、私は背負った大風呂敷を地面に置いて二人に告げる。


「考えた結果、木剣に決めた。斬られても、痛みは残るが死にはしないから安心しろ」


 若干の挑発を入れるが、やはり反応はない。一体どうしたというのか。とりあえず試合が始まれば、嫌が応にも気合いを入れてくるはず。そんな希望を抱いていると大和から「師匠」と声を掛けられる。


「勝ち抜き戦が終わったら、もう稽古をつけてくれないんスか?」


 改まってそんな事を言う。更には牛若まで。


「せっしゃたち、もっとししょうから色んなことを教わりたいです。おねがいします」


 きっと二人は、本番を終えたら見放されると思っていたのだろう。今から始める戦いも、確かに卒業試験と思えなくもない。


 私は思わず小さく笑ってしまう。そんな事で不安を感じ、元気がなかったのかと。


「お前達は私の想像を超えて成長した。だが、まだまだヒヨッコに変わりない」


 弟子達の肩を叩きながら私は言う。


「教えてやれる事は、まだまだある。勝ち抜き戦が終わろうと、師として傍にいさせてくれ」


「「じじょ"う"‼‼」」


 涙を浮かべる大和と牛若。本当に、しょうがない弟子達だ……全く。


 背を向け、目から出る汗を拭いながら私は気合を入れ直す。


「――よし、では午後の修行を開始する!」


「「はい!」」


 すっかり気合が入った様子。良き哉、良き哉。


「ところで師匠、さっきから気にはなってたけど、その荷物は何なんスか?」


 大風呂敷を指差し、大和が訊ねてくる。


「これか? エヴァに頼んで、研究所内にある回復薬ポーションを全部持ってきたんだ」


 包みを開けると、中から水縹みはなだ色の瓶が山積みで姿を現す。


「これだけあれば、何度死に目に会おうと平気だ」


「……いや、師匠。死に目って何度も会うものじゃないと思うんスけど……」


「まずは牛若。木剣を持ち構えろ」


「はっ、はいっ!」


 緊張した様子の牛若だったが、木剣を構えた瞬間顔付きと空気を一変させる。


「今から私が技を披露する。お前はそれを避けろ。そして同じ技を私に当てるのだ」


 低い体勢からの脇構え、それを見ただけで牛若も気付く。昨日、自身が披露した技だと。


「……いくぞ。スーー……ッ!」


 まずは逆袈裟。牛若との違いは逆手はあくまで添えるだけ、柄は握らず指先で支えるのみ。


 肝要なのは腰。重心は下腹の真下へ落とす感覚。


 抜刀とは刀のみ非ず。力を抜き、敵を抜く。


「――――!」


 動く事はおろか反応する事さえ出来ず牛若は私の初撃を胴に受ける。だが、これだけで終わらない。


 袈裟、逆袈裟、また袈裟と高速四連。その全てを受けた牛若は、表情を歪めて地に伏せる。


「秘技――羅生門」


「………………⁉」


 横で見て、何が起こったのか分かっていない様子の大和に私は「回復薬ポーションを浴びせろ」と指示を出す。


 それを聞いた大和が、慌てて一瓶を掴むと中身を牛若に振りかける。


「……う……うぅ……」


「さっさと立て、牛若。今度は今の攻撃を真似て、私に打ち込んでこい」


 傷や痛みは無くなるが、体力まで回復はしない。それが回復薬ポーションの特徴だ(中には完全薬エーテルという全てを回復、死者も蘇えらせる道具もあるらしいが)。


 ふらつきながら、それでも脇構えを作ってみせる牛若。気合を込めて逆袈裟を繰り出すが……。


「遅い!」


 初撃を躱し、反撃カウンターを浴びせる。頭上に一本を喰らった牛若はそのまま倒れてしまう。


「もう次の回復薬ポーションか? そんな事では大和の番が来るより先に使い切ってしまうぞ」


「ぐっ……! うぅううう……!」


「早く立て。そして私の攻撃に備えろ」


 土に爪を立たせ、こちらまで聞こえてくるぐらい歯軋りを立てながら立ち上がる牛若。


「いくぞ。スーー……ッ!」


 響き渡る四つの鈍い打撃音。白目を剥いて倒れる牛若に、私は「大和、回復薬ポーション」と指示を出す。


 怪我を治し、意識が戻れば再び立ち上がらせる。剣を振るわせ、反撃を食らい、連撃を受けて意識を飛ばす。そこからまた怪我を治しての繰り返し。


「し、師匠! もうやめてくれよ! このままだと牛若が死んじまう!」


「都度、回復はしている。死にはしない」


「け、けどよぉ……!」


「人の心配をしている余裕があるのか、大和。最初に言っておくぞ、二人共。本日の修行を達成しない限り、休みも食事もないからな」


「う……ぐぐぐ……!」


「とはいえ体力も限界か。仕方ない、大和の修行と交互に行う。すぐにお前の番はやってくるぞ牛若、集中力を途切れさせるな」


「……は……はい……」


 立ち上がろうとする気力が絶ち、再び突っ伏してしまう牛若。


「さて、待たせたか。いよいよお前の番だ、大和」


「う、うおっス!」


 緊張なのか、大和の肩が小刻みに震えている。


「どうした、怖いのか」


「へ、へへっ。冗談言わないでくださいよ……こ、これは……武者震いってヤツっスわ」


 ここに来て威勢を張れるとは、良い根性だ。


「よし。では木剣を構えて――と言いたい所だが」


 ぽりぽりと私は頬を掻きつつ、言い放つ。


「大和、この半年で私から学んだ事は多いな?」


「は? まぁ、そりゃ……多いっス」


「とりあえず、それら全部を――忘れろ」


「………は?」


 呆気に取られる大和。こうして修行の締め括りは始まった。

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